Last:Aria. smile! (アリア、笑って!)【03】
◆
重プラズマで作られた光の弾頭が艦首砲塔から入り込み艦尾へ突き抜けていった。超高温に曝された全ての箇所が燃えながら爆発している。
「うわぁーっ! だ、ダメです! 艦を維持できません。至る所でダメージを検知……もはや隔離できません。だ、脱出を……」
「何故負けた? シミュレーション上で勝利確率は九十九パーセントを超えていた。負ける理由など無かった筈……」
クルーが慌てふためく艦橋内で呆然と立ち尽くすミスリル。首を数回横に振ってから何気なく未だ床に倒れ込んでいるアンドレアを一瞥すると、今まで気にならなかった、はだけたスカートから覗く脚が酷く魅惑的に映った。
無意識に生唾を飲み込んだところで我に返った。
「何を考えている……えーい、オリハルコン! タマハガネは裏切り者のお前を必ず追い詰める。全速前進だ。オリハルコンにこの艦をぶつけてやる!」
「……はい!」
艦長の突貫指示に自らの最期を悟ったクルー達。せめて宿敵との相打ちを狙って稼働するエンジンを全開にしていく。
「速度上がります。これならアイツらを道連れにできます!」
ミスリルは一度頷くと中空に向かって両手を伸ばした。
「よし。それでは脱出するぞ」
「は、はい?」
また粘土でも捏ねるように両手を動かし始めるとそのまま大声で笑い始めた。
「あははは。諸君! この艦橋を作り替えて脱出船にする。死にたくなければここから出るんじゃないぞ。あはは」
ミスリルの叫びに少しだけ安堵の表情が垣間見える。ふと一人の若いクルーが大事なことに気付いたと言わんばかりに質問するために手を上げた。
「艦長! 他の搭乗員は――」
「――知らん」
「知らんって……そんな……」
伝えればどうにかしてくれると思ったのだろう。素っ気ない返事に二の句が継げない。その態度が少しだけ気に入らない様子のミスリル。
「うるさい。艦橋内に居ないものは依代になれるのだ。それはそれで光栄なことだろ? なぁ、副長。あははは」
「……」
もはや口を開くものはいなかった。しかし先ほどの若いクルーがまた手を上げた。
「それならば我が軍は敗北したんです。どうやら家族達は逃げられたようだし……この無敵戦艦が沈むとなれば我々も艦と運命を共に……わっ!」
セリフを言い切る前に何故か姿が見えなくなった。床を見ると人一人が落ちるほどの穴が空いている。
「ひっ!」
「何てことを……」
周りのクルーからも悲鳴が上がった。
「私に意見する資格があると思ったか? 船と一緒に沈みたい奴は名乗り上げろ! 後を追わせてやる。あははは。さぁ、副長、早くしろ。時間がない。置いていくぞ」
重苦しい沈黙が辺りに満ちていた。そんな中、視線も動かさずに中空の手を止めないミスリル。数名のクルーが静かに腰のホルスターから拳銃を抜いてミスリルに向けた。しかし撃つ前に銃を抜いた全員の姿は見えなくなった。
「バカなことは考えるな。死にたくない奴は静かにしていろ。さぁ、副長、私の隣に――」
もう一度アンドレアに視線を移すと何故かスカートの中の妖艶な下着が目に入った。横たわったまま片膝を立てているのでストッキングに包まれた柔らかそうな細い脚が艶かしい。一瞬狼狽えるミスリル。覗いているのを誤魔化すために視線を少しだけ上に移すと、アンドレアは拳銃を構えてミスリルに向けていた。
「ふ、副長……何故だ?」
両腕を上げているのでまるでホールドアップしているようだ。しかしゆっくりと右手の薬指を一度だけ曲げた。後は中指を一ミリほど曲げればアンドレアも奈落の底に落とすことができる。
しかし、それができなかった。
(この女を殺すのが惜しい……だと? これがもしや『性的な意味の絶頂』に繋がる……)
一瞬の迷い、そして期待。それは引き金を引く刹那の時間を与えることになった。アンドレアは機会を逃すことなく弾丸を叩き込む。
「いま理解した。お前はこの世界にとって邪悪すぎる。ここで我々と共に滅びろ」
「あ、アンドレア……裏切るのか?」
胸の辺りから赤黒い染みが広がっていく。アンドレアを見つめたまま数歩だけ後退ると、それを見た他のクルーも慌てて銃を抜いて発砲し始めた。穴だらけになっていくミスリルは、ただ呆然とアンドレアに視線を向け続けている。
「こんなことなら……」
一言だけ呟くと、それ以上は何も喋らず、それこそ再度腕を上げて何かする様なこともなく、ただの普通の人間のようにばたりと倒れてしまった。
「悪魔を裏切ったんだ。地獄行きはやめて欲しいな……」
アンドレアが呟くのと同時に艦橋内の構造物が崩れ始めた。床も崩れ始めている。しかしクルー達が床下に落ちる前にプラズマの火炎が辺りに吹き込んでくると、その業火は全てを一瞬で灰にした。
◇
「ひぃーーっ」
プラズマの弾丸が戦艦を貫いたところまでは見ていたが、ここで頭から真っ逆さまに落ちていくアリアとオリハ。先ほどの攻撃で殆どエネルギーが切れていた。
「お、オリハ、あれ……あれ見て!」
燃えながら爆発する空中戦艦はこちらに覆い被さるように前進していた。
「みすりるメ……死ナバ諸共トイウコトカ……」
姿勢制御を試みるオリハ。生きているスラスターになけなしのエネルギーを注ぎ込んで落下速度を落としていく。何とか着陸できそうな速度になったところで、遂に空中戦艦が爆発分解し始めた。
上空から無数の燃え盛る残骸が降ってくる。
「駄目ダ。トテモ避ケラレナイ……」
地上まで数百メートル。加速する為のエネルギーは殆ど無く、無事なスラスターも足りていないので、もはや祈ることしかできない。
落下して砕け散るか、上空から降ってくる瓦礫に押し潰されるしかないように思えた。
「無理カナ……なんしー、スマナイ。ありあモ……」
「ううん。敵は倒したわ。私ね、あなたと一緒なら……」
その時、あの春の風を肌に感じた。
『アリアちゃん、大丈夫!』
その時、あのブザー音をセンサーが検知した。
『The cavalry is alived again!(騎兵隊が戻ってきました!)』
二人は顔を見合わせる。そう、ただ顔を見合わせただけだ。それでも二人の意思が通じたことは間違いない、そう確信できた。
「ね……嬉しいね……」
「非科学的ダ……ケド、嬉シイナ」
二人の瞳に涙が溢れる。それは優しさに触れることで溢れ出る温かな心の結晶。
『――マダだ! 諦めんじゃねー!』
無線から響くカミナの叫び。突然目の前にBMが現れた。空中で背後に回ると落ちていくオリハを抱き止める。
『――よくやった! 後はお姉さん達に任せな!』
一気に離脱を始めるが破片は容赦無く落ちてくる。直上に燃え盛る巨大な船体の一部が迫る。しかし、何処からともなく飛来する大量の銃弾に軌道を変えられてカミナ達をかすめて落ちていった。
『――信頼されたら応えるしかねーよな!』
『――そうよ! 欠片もアイツらに当てんじゃねんぞ』
『――おうよっ!』
「皆さん……」
百機を超えるBMの全力の射撃は銃弾のカーテンを作ると、その下を花道のようにアリアとオリハを抱えたカミナ機は進んでいった。
◆
カミナの座るコクピットもうるさいほどにアラートが鳴り響き、眩しいほどに警告ランプが点滅している。それでもオーバーヒート警告も無視してスラスターを全開にしていた。
「アリア、生きてるか? オリハも壊れちゃいねーな?」
無線はかなり前からオープン状態でオリハと敵指揮官の唯ならぬ関係やアリアの葛藤も全て聞こえていた。しかし、今は雑音しか聴こえない。カミナの背筋に冷たい汗が滑り落ちる。
(やめてくれよ、このまま葬式なんて……)
「おい! 何とか言えよ!」
ここで味方BM達のど真ん中に着陸する。既にカミナ機のバックパックからは炎が上がっていた。慌てて数機が消火剤を振り撒く。
「アリア! オリハ! 聞いてのかよー!」
数秒の雑音。
『――アァ、何トカ、マダ機能中ダ』
『――うん。ありがとう……二人とも生きてるわよ』
カミナの瞳には涙が溢れていた。それを拭きもせずに全力ガッツポーズを一人決める。
「イエス! イエスッ! イエーーーースッ!」
直後にスピーカーからは割れまくった叫び声が鳴り響いた。
『――よーし、良くやったぞ!』
『――生きてるのか? 正しく奇跡、正しくミラクルだ!』
『――アリア、アリア、無事なのか?』
『――遂にお姫様を護りきったな、オリハ!』
歓声は暫くの間、鳴り止むことはなかった。
◇◇◇ 一週間後のサン・クルーズ街外れ
「しかし……コクピットに脚が付いてるだけに近いな。まぁ、それでも並のBMより強いんだろうけど……」
ロイドの呆れるような声が聞こえてくる。中央には見たことない形のBMらしきものが鎮座しており、周りを傭兵団の面々が取り囲んでいた。
「ホントだよ。卵にダチョウの足がくっついてるみたいだぜ?」
カミナの言う通りで、コクピットが収まるくらいの大きな卵型のモノに明らかに細すぎる脚部、更に細い腕が生えており怪しさを際立たせている。
「まぁ、そもそも生きてるってのが奇跡だけどな」
「しかし……おーい! 本当に行っちまうのか?」
ここで前面の装甲が上側に捲れ上がった。ゆで卵の殻を剥くのに似ている。二重扉のハッチまで開かれてコクピットの中が見えると、すぐさま両腕が機体の前に階段を作った。
キャビンアテンダントよろしくタラップを降りる一人の少女。それはニコニコ笑顔のアリアだった。
「ふぅ……外の風が気持ちいいわ!」
細い脚にスレンダーな身体の少女は白と紺で配色された軍の制服のような装いだが、下はズボン型では無く可愛らしいミニスカートになっていた。機嫌良さそうに額の汗を手で拭いながら一歩一歩降りてくる。
「おいおい、密室だからってあんまり気持ちいいコトばっかしてるんじゃないぞ」
「ぶっ! カミナさん、やめてください!」
「今日は回数、増えてないか? あははは」
周りの皆はいつものやり取りを笑顔で聞いていた。両腕を交互に入れ替えてスムーズに階段を作る卵型BM。
そう、このBMを操る戦闘AIのオリハだった。
「ハイ、暴風デスヨ」
突然、タラップ代わりの手からドライヤーのように風が吹いた。スカートが翻り白い布がチラリと覗くが瞬時に両手でガードするアリア。
「このエロAIめ! 正規軍の皆さんに訴えて廃棄処分してもらうぞ!」
「冗談ダッテ……モウ、本気デ怒ラナイデ〜」
強めに足踏みしてダメージを与えようとするがオリハからは反応がない。ヒョロヒョの手のくせに安定感抜群で揺れもしないのでノーダメージなのだろう。
一人憤慨していると周りには人だかりができていた。スーツ姿の美女集団もいる。
「ねぇ、アリアちゃん。そこのエロAI放っておいて、ウチらと一緒に復興作業しないの? ホントに準正規軍扱いになったのに……」
「あぁ、何よりも安全の方が大事だぜ?」
「そうだ、そうだ。俺たちのアイドルは居てくれるだけだ良いんだから!」
(皆が旅立ちを止めてくれる。顔を見れば心配してくれているのがよく分かる。それだけで嬉しくなる)
少し感極まって涙が出そうになる。それを笑顔で上書きしてぺこりと頭を下げた。
「カミナさん、ナッシュさん、皆さんも……ありがとうございます!」
ちょうど一週間前に終局した戦闘は第七辺境軍の一部が西ユーロ統合軍を名乗って都市を攻撃したテロ行為で片付けることになったらしい。詳細を報告しても、信じてもらえないだろうし、オリハやアリアに無駄な調査が入りそうだったので、その辺りは空中戦艦辺りから全部秘匿されることになった。
しかし、都市防衛に多大な貢献をした傭兵団ワイルド・スカンクは正規軍兵士の熱烈な推薦もあり準正規軍への昇格が正式に決定している。
「半機族も活動が増え始めたと報告があった。だから休みも終わりだ。今まではアイツラも本能的に空中戦艦はヤバいと理解してたんだろうな……」
そもそも傭兵団は自然発生する半機族と呼ばれる野良BMを狩る営利集団だ。ナッシュの言う通りで本来業務が溜まりに溜まっている。
「というわけで残留は大歓迎なんだが?」
ふと皆の声が静かになった。それは、なんとなく最後の呼びかけだと感じたからなのだろう。
(でも決めたのよ)
アリアが微笑むと、逆に皆は落胆の表情を見せた。
「私はオリハと旅がしたいんです!」
「仕方ない。ハネムーンだもんな」
カミナの一言に皆もう一度アリアの顔を見つめる。するとみるみる頬が真っ赤に染まった。
「えっ……ハネムーンって、えーーっ!」
「じゃあ昨日のパーティーは披露宴だったのか?」
ロジャーが言っているのは昨日の戦勝記念の慰労会のことだ。サン・クルーズ主催の大規模なパーティーがあり、正面舞台のど真ん中に作られた席には何故か無駄に飾りつけられたオリハとドレスアップしたアリアが座っていた。
勿論これはダイアナ達の悪ノリだ。総務部と兼務で新たに災害対策本部を任されたダイアナ以下ギャル役人の面々からのプレゼントといっても良い。
「ちょっと、えーっ、あーっ……」
焦っていたアリアだが、次第に顔がニヤけてだらしない顔つきになっていく。
「んー、えへへー……楽しかったなー。皆さん本当にありがとうございました〜!」
今は照れて頭を掻きながら周りに礼を伝えている。昨日の出来事を思い出しているのだろう。最初は皆から見つめられて恥ずかしそうにモジモジしていたが、徐々に乗り気になっていくと積極的に披露宴的なイベントに参加していた。
今思えば、二人は今日旅立つことを決めていたのだろう。ラストは何故か用意されていた『感謝の手紙』を読み始めて会場の涙を誘っていたのだから。
「あんな楽しい場は本当に久しぶり。楽しかったです。ねぇ、オリハ!」
「ソウダナ。報ワレタ気ガシタ」
「何それ、偉そうに……んふふ!」
楽しそうな二人を見つめる周りの面々。皆が二人を大事に思っているのがよく分かる。
「どうだ? 落ち着いたらゆっくり旅に出る方が良いんじゃないのか?」
諦めの悪いナッシュがまた声を掛けた。するとアリアはオリハの細い腕を絡めて微笑んだ。
「思い立ったが吉日。今日……いえ、今から出発します」
「しゃーねーな。じゃあ元気に行ってこい」
カミナが声をかけると、それが最後の挨拶という空気を皆が感じた。そんな雰囲気を感じたアリアは安心したように頷くと、またタラップを登ってコクピットに入っていった。ハッチを開けたままBMを立ち上がらせると少しだけ腰を浮かせて前のめりになった。
「みなさーん、また戻ってきますねー」
皆、一番欲していた言葉が聞けたので安堵の表情が浮かんだ。従姉妹の娘ポジションの旅立ちを素直に喜んでいる。
「アリアちゃん、すーぐに戻ってきて良いからね!」
「そうだぞ。飽きたら二、三日で帰ってこい」
カミナもロジャーもよっぽど寂しそう。カミナに至っては昨晩も一人酒瓶片手に号泣していたくらいだ。ロジャー共々シスコンなのが皆にバレて揶揄われていた。
「はい! それでは、いってきます!」
ハッチが閉まると貧弱な右手が元気に振られた。アリアが操縦しているのだろう。すると、機体が上の方から音も無く透明になっていく。熱光学迷彩で姿が見えなくなる前に、空中に飛び上がると、全くどこに居るか分からなくなった。
『――ありがとうございましたー!』
数秒後、思いの外に遠くからアリアの声が春風に乗って聴こえてきた。その後はもう何も聴こえてこなかったが、暖かい春風のような空気だけは何時迄も残っている気がした。
暫くの間皆でアリアの旅立った方角を見つめていた。
――二人はローズとナンシーの心を乗せて、今はただ、二人の幸せを謳歌するために旅立っていく
――そして玉鋼はオリハルコンを、二人を敵とみなして追い詰めていく
――でも、今はイケ。二人ならどこまでも。二人ならいつまでも。二人で何回もイクのだ!
Sector:13 End
二人の絆の回数:測定終了(実際は百二回)
第一部 了
30分後に最後のオマケあります。それでひとまず完結です。




