P42:騎兵隊の到着です【01】
◆
いつも艦長席で悠然と座っているミスリル艦長だったが、今はアンドレアの横で落ち着かなげに立って単騎のBMを睨みつけている。
(ミスリル艦長が技術顧問も兼ねている最新鋭の空中戦艦に単騎のBMで歯向かうだと……生意気な!)
アンドレアは一機のBMに……先ほど通信でミスリルが『オリハルコン』と呼んでいた存在に精鋭の自軍が掻き乱されていることに苛立っていた。
(そんな存在許せるか!)
「全砲門、ってぇーーっ!」
アンドレアの号令で主砲二基四門が砲撃を開始した。主砲の左右には口径12センチの副砲が一基ずつ配置されており、それらも一斉に連射し始める。数秒後には敵BMの立っていた地面は爆風の嵐で地形が変わるほどだ。
「続いて特務BM隊、出撃良いか?」
『――問題ない』
無線越しに落ち着き払った男の声が聞こえるとアンドレアは無言で頷き右手を強く横に振った。
「よしっ! 砲撃終了後に全機出撃させろ。すぐにリモート・スレーブの射出を開始、上手くやれよ!」
「特務隊BM発艦の五秒後にRS射出、繰り返す。五秒後にRS射出」
若い男性オペレーターの声と共に三機のBMが戦艦の後部デッキから地上に降りていく。続いてミサイルの様にBMが多数射出された。その数は三十機ほどで地上まで辿り着くとすぐさま隊列を組み始めた。
「ラッシュ1、全機射出完了、動作正常です」
「よーしっ!」
三十機のBMが隊列を組んで谷間を進んでいくのが艦橋からもしっかりと視認できた。ここでミスリルの表情が和らいだのをアンドレアは見過ごさない。
こちらも安堵の笑みを浮かべた。
「よーーしっ! 何時迄も単騎のBMなんかにデカい顔をさせてるなよ。すり潰してやれ!」
アンドレアの声を号令に三十機が一斉に襲いかかっていった。
◇
安全な後方の岩陰から自分達が居た場所への砲撃を眺めていたアリア。大きな谷の地形が変わっていくのを見て背筋を凍らせている。
「うひー、あんなの卑怯じゃない?」
「イヤ。思ッタヨリ、アノ船ハ弱ソウ」
「そうなんだ……」
どこをどう取っても凶悪なまでに強そうに見えるが、このコクピットの主は余裕綽々だ。感心して自慢そうなちびキャラを熱烈に見つめている。
「何あれ?」
隊列のようなものが目に入った。綺麗に整列している。もちろん学校の全校集会なんかを思い出す。
(へー。貧血で何機か倒れたり……うぷぷ)
距離を考えるとBMの隊列らしい。
「ねぇ、オリハ……って、えっ?」
ちびキャラの顔に縦線が入っていて表情が暗く見える。アリアのスマホからマンガの表現を学んだらしい。時折電球が点いたり大きな汗をかいたりすることもある。
「その表情パターンは初めて……じゃなくてヤバいの?」
「ナカナカニやばイ、トイウカ面倒」
「へー」
少しの沈黙の後、アラームがけたたましく鳴り響いた。
『――Warning. enemy incoming. Warning enemy……』
また機械的な女性の音声が聴こえてきた。
「ゲッ……」
「あっ! 浮気女だ」
余裕なさげにチラリと横目で確認したオリハだが既に戦闘シミュレーションに精一杯。動揺は隠せていないが誤魔化すアドリブもする余裕はない。
玉の汗を額に浮かべたまま。ちなみにアリアの方には絶対に視線を向けないという覚悟を感じる。
「ななななんしーハ、キキキ緊急時ノミ支援スル……カカカ簡易人格ダヨ」
『――Hi. I'm Nancy. Nice to meet you.(私はナンシー。よろしくね)』
可愛らしい外国の少女が思い浮かぶ元気な小鳥の囀りのような声。
「ナンシーさんとは! ところで浮気相手からの自己紹介って正妻としてはどういう態度を取れば良いのかしら……」
「正妻! ヤキモチ可愛イ……ジャナクテ!」
思いの外に嬉しい言葉を聞けて何かの機能がアンロックしそうな勢いのオリハ。すぐに(コンソールの中で)首を数回横に振って正気を取り戻す。
「戦闘! ありあ、集中!」
「あっ、はい!」
「ヨシ!」
ヘルメットを操作してバイザー型のゴーグルを降ろすとシートベルトの締め具合が自動で少しだけキツくなった。両腕を胸で組んで鼻息荒く気合を入れる。
「オリハ! やっておしまい!」
「あいあいさー!」
オートパイロットなので操縦桿には触れない。オリハが操縦していてもアリアの操縦を優先するようにできているので緊急時のみアリアが介入することにしていた。
「ほほう……」
アリアが滑らかに操縦桿が動いている様を見つめていると、視界に入った敵機は瞬時にロックオンされていく。刹那に粒子ビームが空気を切り裂いて飛んでいった。
『――enemy 2 down.(敵を二機破壊)』
「よし! ナンシーさん、報告ありがとう。カッコいいぞオリハ!」
「ウハハ。何機デモコイ!」
今までAIのCPU能力に余裕がなくなってくるとアリアに射撃の補助をして貰っていたが、余裕のある時は勿論一人で充分戦闘できる。
「負ケナイヨ〜」
「カッコいいー!」
複数の武装を巧みに操り、ものの数分で三十機ほどのBMを鉄屑に変えていた。
◆
「クソッ! 流石はアリア。だが俺達三機のマスターBMを破壊しなければ無限に母艦から排出される。さぁ、いつまで耐えられるか?」
破壊し尽くされるとオリバーの言う通り、戦艦から三十機ずつ出てきて最初と同様の隊列が瞬く間に作られていく。
「次だ! 第二次攻撃を開始せよ!」
◇◇ 一時間ほど経過
「どんどん出てくる……」
「ソレハ無理ーー!」
囲まれて絶体絶命に見えたが電磁装甲は二十ミリ弾位なら弾いてしまう。四方八方から囲まれて集中砲火されても致命傷になる攻撃だけはギリギリで躱しているのでダメージは殆ど無かった。
「デモ負ケナイ!」
逃げる時間が八割、攻撃が二割だったが、それでも確実に敵の数を減らしていく。とはいえ武装も次々に弾切れになりダメージも蓄積するのだから、全機を破壊し切るには最初より圧倒的に時間がかかる様になっていた。
「がんばれがんばれ」
「負ケナイ……カナ?」
「Rifle out of ammo. Please reload.(ライフル弾切れ。リロードしてください)」
いつの間にかアニメ調の四頭身の女の子がゴーグルの中のVRで妖精のように浮いていた。真っ白なふわふわドレスに身を包んでいる。ナンシーのアバターらしい。少しだけ小姑ムーブで不機嫌そうな演技をするアリア。
「あらあら、可愛らしいことで。そんなことよりお掃除が済んでないようですけど」
「Yes mom!(了解です!)」
ポンっと現れた箒を持って敬礼するナンシー。思わず微笑むとナンシーもウインクで返してくれた。
「んふふ。頑張り屋さんね! じゃなくてオリハ! ほらほら、ナンシーさんが弾切れだって言ったでしょ?」
百二十機ほど破壊したところで残弾が殆ど尽きていた。手持ちのライフルもチャンバーが開いて給弾待ちになっている。
「声掛けてくれたんだからマガジンチェンジしなさい。急いで、急いで!」
「quickly!(急いで!)」
急かす二人に少し焦るが手持ちの弾薬は尽きていた。背部ミッションパックで生成できるものの、未だマガジンひとつ分にも満たない。
「チョット待ッテ。弾薬生成間ニ合ッテナイカラ……」
言い訳しつつ待つしかないオリハ。しかし姦しい二人はニコニコしながら見つめ合っていた。
「ねぇ、私、ナンシーさんと上手くやっていけそうよ。よろしくね」
「You're welcome.(どういたしまして)」
箒をバトンのようにクルクル回しているナンシー。アリア的には何となくローズを思い起こさせるので浮気相手(?)とはいえ強く当たれない。ならば仲良くなってしまえ、という精神だ。
「呑気ダナ……」
疲れてきたのか機嫌が悪そうな声が聞こえてきた。見ればコンソールの中のちびキャラは息も絶え絶えにバテている。
「ほらほら、がんばれがんばれ!」
「Yes. Go Go let's Fight!(はい! ゴーゴーファイト!)」
「ナンシーさん、応援は笑顔が大事よ! スマイル!」
「Yes. smile!(はい、スマイル!)」
ナンシーはいつの間にかチアガール風の衣装に着替えていた。コンソールの中にも移動してオリハの間近でポンポンを振っている。
「あらあら、負けられないわね!」
アリアもすかさずポケットからポンポンを出すとクルクル回したりと流行りのダンスの振り付けを交えて楽しそうに応援している。二人は時折顔を見合わせて笑っていた。
「GoGo!」
「ゴーゴー!」
「ハァハァ……マッタク……」
ナンシーとの応援のお陰か、のそのそといつものライフルにいつものマガジンをセットし始めた。もはや秘密兵器感は無くなり、どちらかというと『デスマーチ中の中間管理職』の様な哀愁が漂っていた。
「ほらほら、ビームとかレーザーとか色々使って早くやっつけちゃえ!」
気楽な声にジト目で返すオリハ。
「強力ナ武装ハ全テ弾切レ。らいふるモ、コチラガ最後ノまがじんデス」
「えーっ」
「四度目ノらっしゅハ切リ抜ケタケド……物量ニハ物量シカ勝タン……」
ここでアリアの口癖を真似てくる辺り余裕があるのかないのか。熱光学迷彩を張ってから岩陰に隠れて数百メートル後退。
油断はしていないらしい。
「弾薬じぇねれーとガ間ニ合ワナイ……少シ様子見ダナ」
「オリハ……大丈夫?」
「ウーン、自分ガ敵ノ立場ダッタラ……」
ここで口を噤むオリハ。すると短いブザー音が鳴った。
「the BanditOne has begun to change direction.(バンデットワンは進路変更を開始しました)」
ナンシーからの連絡だった。緊急時はブザーで知らせてくれるらしい。
「地震速報みたいね」
「Best regards.(よろしくお願いします)」
可愛らしく軍服に着替えてペコリと頭を下げているナンシー。緊急時、応援時などでコスチュームも変わるし口調も変わるようだ。
「で、オリハ。どうなの?」
コンソールにリアルタイムのシミュレーションを映し出した。そこには空中戦艦が船首をニューベイに向けて街を砲撃する姿が映っていた。
「ヤバいじゃん」
「ソウダヨネー」
ライフルで一番前の砲塔を狙って攻撃するオリハ。正確な射撃で二連装砲塔の砲身一本がひん曲がった。すると遠隔操作BMが雲霞の如く集まってくる。
「逃ゲレバ街ヲ砲撃スルヨネー」
迷彩をオフにして電磁装甲をオンにしたところで目の前に数機が突っ込んでくるのが見えた。それを最小限の弾数で撃破する。
また岩陰に逃げ込むと、盛大に溜息を吐くAI。
「コンナノヲ繰リ返シテテモ埒ガ開カナイ……」
「……」
「……」
黙り込む一人の少女と二人のAI。すると、突然アリアは意を決したように上を見上げた。
「オリハ……もう一気にあの大っきなのをやっつけよう!」
「イイノ? 失敗スル可能性ガ七割ダケド……」
首を横に振るアリア。
「信じるよ。うん。あなたを信じる。負けたら二人で何処かへ逃げましょう」
「Take me with you!(私も連れてって!)」
いつの間にか大きなアタッシュケースを抱えたナンシーが不安そうに訴えていた。
「んふふ。そうね、三人で一緒に何処かへ逃げましょう」
ペロッと舌を出して戯けるアリア。それを見て安心しているナンシー。
「I'm very glad!(嬉しい!)」
クルクル回って機嫌が良さそう。今度はカントリー調のドレスに着替えており、バスケットを持ってピクニックに出かけるイメージに変わっていた。
「そうよ。みんなで仲良く暮らしましょう」
浮気相手(違う)の女の子が機嫌良さそうに空を舞う姿を眺めるニコニコのアリア。しかし目の奥には信念を感じられる。
「ねっ、オリハ。ダメなら逃げましょう!」
自らの台詞とは全く逆で、逃げる気など毛頭ないという覚悟が感じられた。ふと、戯けていたのも自分を思い遣って場の空気を和らげているだけと気付いたオリハ。
「ありあ……」
マジックハンドが飛び出てアリアを抱きしめる寸前で止まった。コクピット内のカメラ全てがニコニコ顔のアリアにフォーカスを合わせている。要するに数秒見惚れていた。ここでマジックハンドがギュッと握り締められた。
(ココデ全額れいずデキナキャ男ジャナイ!)
「ジャア……派手ニ行クヨ?」
「うん!」
ここでイケボタイムが始まった。




