P41:任セテオケ。50/50ダ【04】
◆◆◆ 空中戦艦の艦橋
数分前から微動だにしない制服姿の男。周りの部下達が慌てる中、腕を組んで視線一つ動かしていない。
「艦長……ひ、人質がブロックごと切り離されています!」
(なんだ? なぜアクセスできた? これは……やはり……)
艦長と呼ばれた男は周りに一切反応せず自らの思考を深めている。しかし、一つの可能性以外にこの状況を説明できるものは思い浮かばなかった。
(やはり、玉鋼……ならばヒヒイロカネかオリ――)
「――艦長!」
「何だ? アンドレア君」
反応のない艦長に苛立つ女性士官が語気を強めに呼び掛けると、さも気付いていると言わんばかりに視線を向けて呟いた。気圧されて思わず後退ってしまう。
黒髪ロングでミニスカートから覗くストッキングを履いた細い脚が似合う美女だ。
「い、いえ……人質ブロックが何故か切り離されています。そもそも、そ、そんな機能があることなど――」
「――それはどうでも良い。何処に行ったか分かるか?」
唖然とするアンドレアを尻目に悠然と椅子まで歩いてそのまま腰掛ける艦長。未だ固まったままなのを確認すると小さくため息を吐いた。
その態度を見るとアンドレアの方も流石に怒りが湧いてくるようだ。
(ちょっと! あの人質達ってある意味この戦争の切り札よね。それが知らない機能でブロックごと逃げていったのよ? はっ、もしかして艦長が犯人……そうよ、落ち着きすぎて……)
「何処に行ったと聞いているが?」
両手を握り締めて艦長を睨むアンドレアだが、問いかけ直されると少しだけ落ち着いた。
(流石に……メリットが無さすぎるか……)
「……はっ、い、いや、ステルス機能も持っているのかレーダーに映りませんでした。目撃情報からするとサン・クルーズ方面かと思われますが……」
じっと黙って前を見続ける艦長。何も喋り出さないのでまた狼狽えるしかない。
「あの……艦長? どうし――」
「――副長」
「はいっ!」
落ち着き払ったいつもの艦長に見えた。アンドレアも姿勢を正して傾聴する姿勢を取った。
「まだ反抗する傭兵団と合わせてサン・クルーズを人質ごと殲滅しろ」
「はぁ?」
思わず間の抜けた返事をするアンドレア。艦長はもう一度ため息を吐いて繰り返した。
「被害などもう関係ない。戦略不要で攻撃のみだ」
「ミスリル艦長……」
「もう一度伝える。全てを殲滅せよ」
暫くの間、艦橋の中に口を開く者はいなかった。
◆◆◆
「何が起きた……」
明らかな指揮系統の混乱が見てとれる。刹那にロイドは背筋にひんやりとした汗を感じていた。
「各員、敵の混乱に乗じて数を減らせるだけ減らせ!」
『――ロジャー』
数名が返してくれると銃声が一気に増えた。そこかしこで撃破される正規軍のBM。それでも撤退か反撃か動きが定まらないところを見ると混乱からは立ち直れていない。
『――ロイド、変なBMが……うわっ!』
その瞬間、味方陣地に如何にも新型といったBMが突撃してきた。合わせて正規軍BMが防御も関係なく突撃してくる。
『――クソ、もう長くは保たんぞ』
一気に押されて防衛ラインが崩れ始めた。
「もう頃合いだな……よし、各員。この突撃に合わせて後方に引くんだ」
『――やっとかよ。ロイド!』
『――おせーよ!』
『――どうした、前線を押し下げるつもりか?』
待ちかねた、といった風情の傭兵達。反対に不満そうなニューベイ防衛隊。
『――ここで下がれば取り返しがつかないぞ』
「……クソッ……どうする?」
ロイドは無線を切って毒付いていた。まだ血気盛んなパティオ達が不満そうに声を上げているが無線でトラップのことを懇切丁寧に説明していては作戦が台無しだ。
とはいえ撒き餌扱いはあまりに酷だ。一縷の望みを賭けて無線をオンにする。
「ニューベイ防衛隊に伝達。後退してくれ。パティオ、この拠点を放棄する。頼む、ここは引いてくれ」
無理矢理に『ここ』という箇所だけ強調した。正直コレで伝わらなければ諦めるしかない。
戦友と知り合いでは重要度が違いすぎる。
『――ん……ロイド、了解。ニューベイ防衛隊諸君、一旦引くぞ!』
「そうだ。後方の工場地帯まで引いてくれ」
こちらの意図に気づいてくれたのか素直に後退していく。辛うじて戦線を確保していた刑務所から続々と後退する傭兵達。直後に雪崩れ込む軍のBMの姿が確認できた。勢いのままデコイに向けて乱射しながら続々と正面グラウンドに侵入してくる。
「よし、各員退避! Fire in the hall!(爆破するぞ!)」
無線で一度だけ叫ぶと返答を待たず起爆スイッチをオンにした。刹那にグラウンドに無数のヒビが入ると、そのまま視界の全ては爆炎で埋まった。
『――やった!』
『――ザマァねーぜ』
『――よし! 敷地内のBMは無力化を確認。これより掃討する』
「いや、後回しだ。救助に来たBMの手足を破壊しろ!」
敵戦力を削ぐには完全に破壊してしまうのは正解だ。しかし、時間を稼ぎたいだけなら怪我人入りのBMを作る方が圧倒的に効率が良い。
慌てて生存者を助けにきた勇敢だが間抜けな軍BMの脚部を狙撃すると、そのまま転がって動けなくなっている。それを見た隊員達は同じことをしようと決めて、無抵抗に寝ているBMは無視することにした。
「敵さん動揺してるな。よし、このまま状況を膠着させるぞ」
しかし、そう無線で語った着後に行動不能になっているBM数機が爆発した。
『――最悪だな、アイツら……』
特務部隊のBMが足手纏いと言わんばかりに同士討ちを始めた。
「督戦隊か。はは、なかなかにクソな状況だ」
敵とはいえ見ていて気分の良いものではない。その直後に特務部隊のBMの一機が後方からの攻撃で爆散した。軍のBM全機が混乱しているのが側から見ていてもよく分かった。胸糞悪いが利用しない手はない。
「全機射撃停止。暫く高みの見物と洒落込もう。同士討ちまでしてくれるとは――」
ここで無線から雑音混じりで女の声が聴こえてきた。
『――こちら元特務部隊所属のエルメラ。私達の家族を空中戦艦から救出した。繰り返す。家族全員よ。全員……全員が無事よぉーー!』
最後の叫びは音が割れるほどの大声だった。スピーカーから流れてくるこの音声に敵味方、全てのBMが動きを止めていた。
「マジか……」
『――おい、ロイド、クーガー! あはは、アリアとオリハがやってくれたぞ!』
カミナの嬉しそうな大声が聴こえてくる。数瞬待って無線からは歓声が溢れ出した。
『――アイツらスゲーぞ!』
『――これで奴隷になってる理由もない!』
『――まるで映画……正しく英雄だ』
『――お、俺の家族も無事なのか?』
『――ははは、ジャックポットだぜ!』
全ての銃声が一時的に止まって辺りは困惑と歓喜に包まれた。すると何か大きな箱状のものが側方から飛んできた。街外れの大通りに着陸しようとしている。
『――ほら、皆んな、聴こえる? 大事な家族たちの歓声を、ほら、聴こえるでしょ!』
無線からも微かに歓声が聴こえる。そこには子供や女の声も混じっていた。
『――だから、もう無駄な戦争はしなくて……きゃあー!』
空飛ぶ箱に特務部隊の一機が射撃を開始した、が数発撃ったところで味方に撃たれて動きを止めた。その一連を皮切りに混乱が加速していく。
「無茶苦茶だな。こちらの予想以上に内部で対立が広がってるとは……」
『――なら、やることは一つだな』
今までロイドに任せっぱなしだったナッシュが突然無線に割り込んできた。勝機と判断したのか傍観することをやめたらしい。咳払いすると大声で檄を飛ばし始めた。
『――あー、傭兵団ワイルド・スカンクの隊員諸君、我々は人質を取られて嫌々戦っていた正規軍の部隊に助太刀する。敵は特務部隊、敵は特務部隊のみとする!』
一瞬の沈黙。
『――両手を上げて投降しろ、特務のクソ野郎ども! さもなければお前らだけが死ぬことになるぞ!』
動揺が手に取るように分かる程に隊列も乱れていく。前方で展開していた特務部隊のBMが後方の味方に銃口を向ける始末だ。勿論傭兵団のBMに撃墜されていった。
後方で指揮をしていた特務部隊のBM達は狼狽えているうちに周りの機体に取り囲まれていた。その中の一機が無謀にも反撃を試みたが数秒後には全機が戦闘不能になっていた。
街に再び静寂が訪れると数機のBMのコクピットハッチが開いた。
『――こちらは西ユーロ統合軍を名乗らされていた第七辺境軍所属の東部方面隊隊長ヘンリーだ。諸君らの協力に感謝する』
「こちらは傭兵団ワイルド・スカンク。よく戻ってきてくれた。歓迎する」
ここで無事着陸に成功した箱状の飛行物体から民間人と思わしき人々が続々と降りてきた。直後に歓声を上げながら軍人達が合流していくと、辺りはカーニバルのような様相へと変わっていった。
◆◆◆
「人質を乗せたと思われる飛行物体がサン・クルーズに到着したようです。特務部隊は全滅……全軍が我々西ユーロ統合軍からの離別を宣言――」
「――このままニューベイへ向かう」
それだけを言うと両腕を組んだまま外の景色を見ていた。
「予定通り殲滅すれば良い」
「しかし……」
周りには声を上げる者は居なかった。横に立っている副官すら二の句が継げない。
「ミスリル艦長、殲滅対象は何ですか? 傭兵団と裏切り者の――」
「――全てを破壊しろ」
アンドレアが代わりに質問を続けると徐々に気が触れたような様相で叫び始めた。
「あぁ、全て殺せ! もう我慢ならん。大体からして依代はまだ足りないんだ。これでは外宇宙など遠い先の話だ。全てを灰燼に――」
『――コチラ、元たまはがね。聞コエルカ?』
周りには理解できないことを叫び始めたところで無線から聞きなれないマシンボイスが聴こえてきた。その声に反応して遥か前方に視線を移すミスリル。
「貴様……オリハルコンか?」
そこに何かの存在を確信しているのか、何もない谷底をただ睨みつけていた。
◇
『――貴様……オリハルコンか?』
「ソウダ。コチラハおりはるこん」
「えっ?」
驚いた顔のアリア。いろんな感情が渦巻いているらしく完全に固まっていた。
(まさかオリハの本名? えー、オリハルコンって……カッコよ! カッコよすぎてヤバいを通り越して尊み!)
そんなアリアを無視してオリハもまた遥か前方の空中戦艦を睨みつけていた。
『――やはりオリハルコンだと! 貴様、まだ生きていたのか?』
「ヤハリ、みすりる、カ……コチラハ、コンナ、姿デ、生キ恥ヲ、晒シテイル」
機械音声といえど少しだけ卑下する感情が漏れ出している。それを感じたアリアはミスリルと呼ばれた存在を一瞬で敵と認識した。
『――お前ともあろう存在が、BMしか制御できないとはな! ははは、もうすぐ大気圏脱出も可能となる空中戦艦を操る俺様とは差が開いたものだな!』
「みすりる……」
「オリハ……ちょっと!」
(恋人をバカにされて黙っている彼女など存在しません!)
息を吸い込み心の中に思いつくだけの罵詈雑言をセットアップしてタイミングを計っていると、ちびオリハはコンソールの中でタバコを吸いながら余裕そうにしていることに気づいた。
「モシカシテ、大勢乗セタ大キナ船ニ乗レテ嬉シイノ? 相変ワラズ餓鬼ダナ」
嫌味たっぷりの返事に溜飲が下がる思いのアリア。
(あら、こういうのは好きよ。やっぱり異世界転生モノで逆転前の煽りシーンを嫌いな人なんていないわ!)
『――負け惜しみを! 隠れてないで出て来い!』
(んふふ。マンガみたいに堂々と正面突破したりして……なーんて!)
「サァ、行クカ」
「えっ……えぇーーっ!」
叫びが終わる前にBMは動き出している。岩陰から無防備な姿を堂々と晒して前方のバンディットワンに対峙した。
「これが……」
「ソウダ。俺達ノ敵ダ」
前をじっと見つめるアリアが小さく頷いた。
◆
「艦長、敵BMを確認。モニターに出します」
「やはり……」
真っ直ぐ敵を見つめていたアンドレアだが、ミスリル艦長は一言呟いてから何も喋り出さない。流石に気になって横に立つ男の顔をチラリと覗き見てみると正しく憤怒の形相に変わっていた。
「えっ?」
アンドレアの驚きが伝わったのか顔を一瞬横に向けるといつもの無表情に戻っていた。
「副長」
「……あっ、はい!」
表情の変化に見惚れて反応が遅れて焦るアンドレア。それを気にする素振りもないミスリル。
「全戦力を持って前方の敵勢力を殲滅したまえ」
「あの……一機に見えますが全戦力を向けるのですか?」
溜息一つ吐くとアンドレアと視線を合わせた。
「何か反論でもあるのかね?」
落ち着いた表情と苛立つ声。上官に対して反論などできるわけがない。もはや姿勢を正して敬礼を返すだけだ。如何にも軍隊っぽい機敏な動作で無線機を片手に大声を飛ばす。
「はっ! 全戦力を向けて敵を殲滅します。全砲門準備! 特務BM隊の発艦準備が出来次第に三十秒斉射。続けて全機出撃させろ」
『――了解。遠隔操作BMの準備完了まで二分ほど』
「オリバー大尉、任せるぞ」
◆
「了解。前方の標的を殲滅する」
無線を切ると首を軽く回した。目を瞑って溜息を一度だけ吐くとニヤリと微笑んだ。
「待っててくれ、アリアよ。理想郷で永遠に愛し合おう」
オリバーの瞳に宿る光からは既に正気は失われていた。
◇
「どうするのよ! あんな強そうな――」
「――俺ノ方ガ強イ」
コンソールに映るちびオリハすら自信満々だ。
「ひぃ……かっこよ……」
「ふる装備ハ訓練以来ダ。サァ、軽ク捻リ潰スヨ!」
ちびオリハの口元がキラリと輝くと、アリアの瞳の中にハートが見えるようだ。
「うん!」
ラブラブ空間がコクピット内に充満したところでアラームが鳴り響いた。
『――Warning. enemy incoming. Warning enemy……』
じろりとコンソールを睨みつけると慌てふためくオリハの姿が見えた。
「ナ……アッ……一先ズ外ニ……」
コンソールの中で誰かを画面外に追いやっているのが見えた。アリアはじっと見つめたまま何も喋らない。
「……」
「チョッ……ナ……ナンシ……」
追い出される直前にスカートの端のような何かが翻るのが見えた。
「んー?」
「ナン……ナンカ……ナンカ、ノ、野良犬ガ入ッテキチャッテ……」
無茶な誤魔化しに入るオリハ。
「ふーん……犬だったんだ」
一応認めたフリをしてあげるアリア。オリハはもはや動揺を全く隠しきれていない。
「ねぇ……今の女の人の声って誰よ?」
「あ……あしすたんとノ別人格ダケド……」
「ふーん……」
もはや『蛇に睨まれた蛙』、というより『電源ボタンに指をかけられたゲーム機』と言った感じだ。
「ア、アノ、アッ! アー、アレ? やきもちナノ?」
「……フン!」
可愛らしく頬を膨らませてそっぽを向くアリア。
◇
それを見てホッと溜息のオリハ。
(ヨ、ヨシッ! 次ノ作戦!)
何とか誤魔化すためにCPUをフル回転させると、出てきた作戦は『エロい方向に持っていくしかない』だった。自らの導き出した回答に疑念を持ちながらマジックハンドでアリアの頭をそっと撫でる。
「ひぃ……」
いつもと違って無言で優しく微笑みながらそっと髪をすくだけ。
(ドウダ! イケルカ? ダ、だめナノカ?)
ドキドキのAI。
◇
しかし、それ以上にアリアの鼓動は激しくときめき、興奮が耳を赤く染め上げた。
「な、何すんのよ!」
完全に照れ隠しの強めの言葉。
(これにときめかない女子などいるだろうか、いやいるわけがない!)
心の中で手早くツッコミを入れてから頭を数回振って冷静さを取り戻す。チラリとコンソールを見ると既に敵だけを見ていた。
その横顔に更にときめく。もはや見知らぬ女の影はアリアの記憶から消えていた。
「ぐぐっ、ななな何よその男前なリアクション……」
小声で呟きながらこの状況を冷静に考えてみる。要するにマジックハンドが髪を撫でてコンソールの中のキャラクターがニヤリとしているだけだ。
(でもね……もう手遅れなの、私)
もはやライブ中のアイドルや白馬の王子様よりも、コクピットから伸びるマジックハンドの方にときめいてしまう。そんな自らの性癖には絶望感すら感じるが、まぁ良いかと思い直す。
「ありあ、ソロソロ戦闘ニナルヨ」
「あっ、はーい」
戦闘前、というより部活の試合前の緊張感。シート位置を整えてシートベルトを締め直す。外していたヘルメットも被り直して準備完了。
(んふふ。この世界に突然一人で現れたあの時とは違うわ。そうよ。二人ならどんな敵にでも絶対に負けない!)
「ありあ、行クヨ」
「うん!」
Sector:11 End
――オリハルコンとミスリル。そして玉鋼という謎の言葉。それはアリアには分からない確執
――そんなオリハには分からない乙女心。そう。女心は秋の空。スーパーAIでも完璧な天候予測は不可能だ。
――イケ、オリハ。50パーセントを勝利に変えろ。イケ、アリア。二人ならどんな敵にも負けることはない
二人の絆の回数:七十八回




