P38:任セテオケ。50/50ダ【01】
◆◆◆
日も開けきらない早朝。数台のBMがエンジンを始動させていた。
そこかしこでキャノピーを開けたまま紫煙を燻らせる荒くれ者達。
『――で、どうするんだ? お前らナッシュやカミナとも仲良かったじゃねーか』
「まぁ……」
無線越しの音声はクーガーだ。ロイドは煙草を暫くやめていたが、軍との諍いのストレスには負けたらしい。深く吸った煙を吐くとコクピット内に置かれた灰皿で揉み消した。
「故郷に帰るしかないだろうな」
『――ははは。流れの傭兵団フローターの復活か?』
暫しの沈黙。
元々少人数で傭兵稼業をしており、そのリーダーをロイドが、副リーダーをクーガーが務めていた。
「それもいいかも……ん?」
『――♫……皆さん、おはようございます』
突如無線から音楽が聴こえてきた。それに続くのは更に場違いな少女の声。近接無線で気の合った仲間達と駄弁っていたが情報収集の為に無線はオープン回線に合わせてある。無機質な無線や高圧的な軍のプロパガンダとは異なる、場違いで平和な音楽と声色。
「アリア……なのか?」
◇
「何デ、せーらー服ナノ?」
「大事な時は制服って決まってるのよ……って、音声は?」
「入ッテルケド?」
「えっ? そういうのは始める前に言ってよね! もーー! じゃあ始めます。ファッションチェック・アリアの特別編でーす!」
穏やかなBGMをバックにアリアの声がコクピット内に響き渡っている。今回の放送はコクピット内を簡易スタジオとして配信をしていたが、オリハはいつもの動画配信だけでなく、テレビ放送、ラジオ放送、果ては軍の無線回線にまで音声を流していた。
「といっても……違うかな。今日は私の話を聞いて欲しいんです。ただ……それだけ……です……」
アリアが口を噤むと静かに音楽だけが聴こえてくる。暫くするとまた話し始めた。
「私の番組のファンの皆さんにはお馴染みの話ですけど……」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐアリア。
「名誉ファン第一号のローズちゃんという可愛い女の子がいました。お手伝い大好きな働き者のただの女の子。でも、その子は両親と一緒に……盗賊団に殺されちゃったんです……」
未だに思い出すだけで鮮烈な怒りの感情が湧くアリア。それは刹那に自らの行為を思い起こし、罪の意識に苛まれる。
「そして私は……その盗賊の男達を自らの手で殺しました」
手が震えているアリア。そっとマジックハンドを重ねるオリハ。それを見てニコリと微笑むと両目を瞑った。
「今でも間違っているとは思わないです。でも……人が人を殺すなんて……やっぱり普通じゃないよ」
微かに涙交じりの声がコクピット内に響く。アリアには誰がどのくらいの人数が聴いているかは分からない。正直言うと罪の告白なんて誰も聞いていない方が良い、そう思っていた。
「ゲームやVの中の世界だけだと思ってた。ゲームだって人殺しなんかキライなのに……人を多く殺せばいいなんて、そんなの絶対に嫌だ。絶対に間違ってる」
それでも話さずにいられなかった。
「そうよ。私は最近考えてるんだけど……やっぱり昔から大事にしてきたことって、大切なことが多いじゃない」
「何ソレ?」
オリハがポカンとしている。それを見たアリアはしたり顔で話を続けた。
「えーっと、嘘をついちゃいけないとか」
「フムフム……」
「あとは……ご飯を炊くときは蓋を開けちゃいけないとか」
「何ソレ?」
「スタパの新作は取り敢えず飲まなきゃいけないとか」
「ホントニ何ソレ?」
ジト目でコンソールから睨むオリハ。それを気にしていないアリア。ふと見ると楽しそうな雰囲気は消えていた。
「あとは、人を殺しちゃいけないとか」
「……」
アリアは盗賊団を自らの手にかけている。自らの意思でトリガーを引いた時のことは忘れたくても忘れられない。あの時の、コクピットの中の匂い、手の震え、吐き気、そして自らも知らなかった怒りと昂り。
「だからそういうルールって無視すると罰が当たるわけですよ」
「罰ッテ?」
「ほら、お米に芯が残るとか、みんなの話題についていけないとか」
「トカ?」
漫才のツッコミ役のようにアリアの言葉を促すオリハ。
「それと牢屋に入るとか……ね」
(牢屋ネ。現実ハモット酷イ……)
少しだけ安心するオリハ。人を殺すことに慣れ過ぎたり、そもそも心が壊れてしまったり、結局日常生活に戻れなくなるパートナーは何人もいた。軽くため息を吐きながらもアリアの精神の強さに感心している。今もフンス、と鼻息荒く喋っているのを頼もしく観測していた。
「ルールって昔の偉い人達がみんなで生きる為に考えたんだと思うの。だから、そんな大事なルールを壊したらダメなのよ。人を沢山殺した方が褒められるなんて変よ!」
「ソレハ……ソウダケド……」
「だから戦争なんてダメよ!」
◆
「甘すぎだ」
ロイドは思わず一言だけ吐き捨てるように呟いた。
ふと指先を見ると二本目の煙草の火は既に消えている。それをポイっと漆黒の闇に投げ捨てた。刹那に緑色の光が瞬いた。
「グリーンフラッシュか……」
稀に朝日が緑の光を発する、緑閃光と言う現象だとロイドは知っていた。その光景に目を奪われていると、無線から溜息のような声が聴こえてきた。
『――綺麗ね……』
静謐さに包まれている街並みは直ぐに茜色に照らされていく。
『――朝日に照らされる街……んふふ、一日の始まりって感じですね! あっ……でも、この街を壊そうとしているんだよ。そして皆さんの命をも奪おうとしている』
「……」
じっと街並みを見つめるロイド。
『――私は諦めが悪いんです。だから戦います。戦争はキライだけど、街を……皆さんを護ります。だから……言いたいことは一つだけ。皆さん、決して絶望しないでください』
コクピット内で天を仰ぎ見るロイド。モニター越しだが漆黒の闇だった空は、既に朝日に照らされてオレンジ色に染まっていた。
「こんなことを女の子に言われたら……なぁ……」
◇
「私は幸せなRを、現実を守る為に抗うわ。さっきも言ったけど、私、諦めが悪いんだから! 例え一人でも――」
「――俺モイル。ダカラ二人ダ」
思わず割り込むオリハ。するとゆっくりと顔をコンソールに向けるアリア。目をキラキラさせて固まっていた。プルプルと震えながら鼻息荒く興奮している。
「きゃーーー! オリハ本当にカッコいいわ……って、あれ? もう放送終わっちゃうの? あら? 何故にゴーグルを……あれ? いやーん……♫」
◆
起きていた者は皆がアリアの話に耳を傾けていた。暫くの間、聴いたことのないゆったりとしたBGMだけが流れていたがそれも終わってしまった。辺りに静寂が戻ってくると、ロイド達、脱出組の傭兵達は一斉に動き出した。
「逃げ帰る前に散歩でも行くか」
明るくなり次第この街からBMと共に脱出する筈の傭兵達。続々とエンジンは止まりコクピットハッチが開かれていった。皆がBMから降りると、孤独に故郷へ旅立つ為の足は止まり、反対に全員が同じビルへ向かって歩いていく。
「仕方ない。付き合うぜ。最後に散歩だけしておこう」
先頭を歩くロイドに歩きながら肩を組むクーガー。
「そうだな。流石にあれ聞いてそのまま逃げるのは矜持が傷つくぜ」
「女の子一人に任せるのはダセーよな」
「あーあ、仕方ねー。散歩ついでにデカブツを落としてやるか」
一人、また一人と合流すると、ナッシュやダイアナのいる仮の司令部である応接室の前にくる頃には殆ど全員が揃っていた。
「散歩行くなら付き合うぞ」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
パイロットスーツに身を包んだ歴戦の戦士達は結局勢揃いして部屋に入ってきたのでダイアナ以下女性スタッフ達は困惑していた。しかし、男達の照れた笑顔、そしてナッシュやミネベアの嬉しそうな顔を見ると察したらしい。泣き笑いしながら大喜びし始めた。
ナッシュも少し涙ぐみながら男達の前に出ると姿勢を正した。
「ありがとう。一時間後に作戦を伝える」
「「「おうっ!」」」
◇◇◇
少しだけ顔が赤いアリア。その周りを機嫌良さそうに飛び回るドローン。
「ちょっと時間あるとすぐに変なことしてくる……」
アリアとオリハも仮司令部に向かっていた。ここでカミナがそっと後ろから近づいてくると、アリアの口に指を入れて思いっきり左右に広げた。
「喰らえ、ロストバージンの痛みー!」
突然の襲撃に慌てるアリア。しかも思ったより痛い。唇が裂けて口裂け女になるかと思うほどに引っ張られた。
「もがが……いたたっ。カミナさん! もー、ロストバージンって昨日よりよっぽど痛いですよ」
カミナから脱出したアリアは唇の両端を指で摩っている。
「ひっどーい、裂けたらどうするんですか……って、何ですか?」
カミナは唖然とした顔で惚けていた。
「アリアちゃん……もしかして……」
目の前の少女の肌艶は最高、幸せオーラ全開、生気に満ち溢れていることに気がついたカミナ。顔がニンマリ笑顔になっていく。
「……あっ、えっ?」
失言に気づいたアリアは慌て始めたがもう遅い。
「いや、い、今のは例えっていうか一般論っていうか……」
「みんなー、今日はお祝いだ。赤飯炊いてくれー」
「やめてーーっ!」
◇◇
全員が集まってナッシュの言葉を聞いていた。その横には三角帽子を被ったアリアが立っている。何故かチリビーンズ入りの赤いおにぎりを持たされて顔を真っ赤にしていた。
因みに横に浮いているドローンにもお揃いの三角帽子がくっつけられている。
「イジメ……良くない……」
「あははっ! アリア、こういうのは皆んなでお祝いしないとな!」
「ぐぐぐっ……」
はしゃぐカミナと一部女性陣、ポカンとした男性陣。それらを無視してナッシュが作戦を説明し始めた。
「作戦は単純。どうにかして時間を稼ぐだけだ。ダイアナさん、どれくらいの時間が必要なんですか?」
「今はニューベイの港からも脱出が始まっています。あと……あと二日もあれば……」
二日という言葉の重みが辺りの空気にのしかかる。ダイアナ以下救出チームの女性陣は一斉に俯いてしまうと、直ぐにガラの悪い男達が騒ぎ始めた。
「一時間でも厳しいぞ。どうするつもりだ?」
「そうだそうだ! ナッシュ、どうするつもりだよ?」
ダイアナやレイチェルはもはや目をギュッと閉じて耐えるしかできない。
「ナッシュ、責任取れ!」
「そうだ、そうだ。金銭的な責任を取れー」
「うはは、金払え、シブチン!」
徐々に笑い声が混じり始めた。
「クソッ、分かったよ。基地再建の予算を放出する。お前ら、当分は根無草だからな!」
ここで口笛と歓声が上がった。
「ははは、こんなクソ任務ぶつけてくる傭兵団に残るかよ! 退職金貰ってトンズラだよ」
「その通り。次の任務なんざ無いに決まってるだろ!」
「……クソ野郎どもめ。というわけなんでダイアナさん、報奨金はそれ相応の高額を期待してますからね」
ここで顔を上げて辺りを見回すダイアナ達。周りはニコニコ笑顔のおっさんばっかりだった。防衛戦に参加する気満々と理解できて互いに抱き合い喜びを露わにした。
「はい! 街の防衛に成功した暁には必ず名誉傭兵団としてサン・クルーズが基地建設を請け負います!」
「基地の再建より金だよ。分かるかお嬢さん達? うはは!」
お金の話は彼ら流の照れ隠しのジョークだと理解したダイアナ。
「もちろん報奨金は弾みます! あっ、でも法律に則った範囲でお願いしますね」
舌をペロっと出して戯けると小さくない歓声が飛んだ。我らリーダーが彼らのノリに応えた、となればそれを合図にセクシーポーズで悪ノリする女性スタッフ達。一気に盛り上がると場末のストリップ劇場のような歓声が飛ぶ。
しかしそんな盛り上がりは長くは続かなかった。
「緊急報告があります。先に、所属不明の空中戦艦を現時点より『バンディットワン』と呼称します」
ヘッドセットを手で押さえたまま情報士官のミネベアが大声で割り込んだ。バンディット型は最も一般的な半機族のBMで彼らの狩の対象だ。ここ最近は人間同士の諍いに巻き込まれたくないのか殆ど出現報告も聞かない。
「良いね。ちとカッコ良すぎるが、まぁ呼びやすいか」
空中戦艦を雑魚敵と蔑むと歓声が飛んだ。そんな中ミネベアは無視して報告を続けている。
「敵空中戦艦の『バンディットワン』は軍機動部隊と別れて単独でニューベイに向かって移動を開始しました!」
一瞬で場の空気がピリッとしたモノに変わった。
「両方同時に攻め込むとは……本気出してきたってことか」
「部隊を分ける……のは無理じゃねーの?」
「じゃあ全機で先に戦艦落とすしか……」
「ないよな!」
ここで傭兵達は一斉にナッシュの方を向いた。すると諦めたようにナッシュも頷く。
「そうだな……それしかないか。分かった。ワイルド・スカンク全機と同士諸君、突撃準備――」
「――待ッテクレ」
ここで割り込むドローンに視線が集中する。
「アノ戦艦ハ俺一騎ニ任セテクレ」
いつもの機械音声が少しだけ人間寄りになっていたことに驚く者も居たが、それより『一人で戦う』などという無茶は聞き捨てならない。一斉に罵声が飛び交い始めた。
「お前だけにカッコイイとこ持ってかれるわけにはいかねー」
「おうよ! 全機で突っ込んだ方が勝ち目はあるさ!」
「そうだぜ。散るなら全機で――」
「――負ケルツモリハナイ!」
思ったより感情的な機械音声に皆が少したじろいだ。
「ばんでぃっとわんニ単騎デ乗リ込ンデ人質ヲ解放スル。ソウスレバ軍ノ殆ドハ寝返ルハズダ」
「そんなこと……出来んのかよ……」
沈黙の中、誰かの呟きがやけに大きく聴こえた。
「ソレ以外生キ残ル道ハナイ」
次は誰も声を上げる者は居なかった。
「勝手ナ事ヲ言ッテスマナイ。デモ、コレハ俺ノ仕事ナンダ」
とはいえ決め台詞に決めポーズ(ホバリングしたままマジックハンドで自分をクイっと指す)で隣にはハート目の美少女となると流石にイラっとするらしい。次第に声量が大きくなっていく。
「いや、お前だけにキツい戦闘をさせるわけにいくかよ!」
「一蓮托生だ! やっちまおうぜ!」
「そうだ! まず、アタシは連れてけ!」
徐々にクレームの嵐になっていく。特にカミナは怒り心頭で拳を振り回しながら大声で叫んでいた。
「死ぬなら全員一緒――」
「――俺ハ死ヌ気ハナイ。ありあヲ殺ス気モナイ!」
「オリハ……」
両手を胸に祈るように組んで横のドローンを熱く見つめるアリア。慣れたとはいえ、その姿に毒気を抜かれるカミナ以下傭兵達。
「……ウソ、本気なの、あの二人……」
「まさか異種族間恋愛……も、萌える……」
女性スタッフ陣は別の意味で言葉を失っていた。
「皆ハ軍カラ、コノ街ヲ、さん・くるーずヲ護ッテクレ。軍ノBMカラ、虐殺カラ民間人ヲ、破壊カラ街ヲ護ッテクレ」
戦艦に全部隊が向かえばサン・クルーズを見捨てるのと同意だ。街は破壊されて決して少なくない逃げ遅れた人々が死ぬことになるだろう。そして軍はニューベイにも雪崩れ込んで破壊し尽くす。
先ほどの盛り上がりは嘘のように女性スタッフ達は静かに俯くしかできない。
「そうだな……バンディットワンに手間取ってサン・クルーズを抜かれれば結局ニューベイに侵攻される……ならば、オリハ!」
そんな重苦しい空気を吹き飛ばすようにナッシュがドローンの方を向いた。
「勝算は?」
「任セテオケ。50/50ダ」
一瞬の沈黙。誰かが思わず『ギャンブルかよ……』と呟くとザワザワし始めた。
ここでロイドは人目を憚らず煙草に火をつける。
「半分も勝つ確率があるなら乗る価値はあるな。じゃあ俺はオリハにベットする」
紫炎を吐きながら視線を向けるとしたり顔でニヤニヤするナッシュと目が合う。一度頷くと大声を張り上げた。
「よし。ワイルド・スカンクはオリハに全額レイズする。全員、当初の作戦通りいくぞ!」
「「「おおうっ!」」」
覚悟が決まれば動きは早い。各自が散らばって準備に入っていった。




