P36: ちょっと、すっごいヤル気じゃん【03】
◇◇◇
待望の食事はフルコースとはいかなかったが真心のこもったインスタント食品の数々がテーブルに並べられた。焚き火を囲んで役人チームと医療チームも参加でちょっとしたキャンプファイヤーの様相だ。
「こんなに呑気にご飯食べてて良いんですか?」
キョロキョロしながらもカップ麺を勢い良く啜るアリア。
「先ほど軍から『明日の昼から進軍を再開する』と通告がありました」
「とはいえ全面的に信用してるわけじゃない。見張は出してるから安心して食ってて良いぞ」
というわけで細やかながら帰還を祝うパーティーとなっていた。
「こういう時は気にせず食べたほうが嬉しいもんだよ。遠慮は無しだ」
早速カミナは缶ビールを一気に飲み干した。二缶目に手を伸ばす。
「三本までだ。二日酔いで寝過ごされたらたまったもんじゃない。なぁアリア」
「あはは。そうですよ。酔っ払いになるのは全部落ち着く迄は我慢ですね」
恨めしそうに周りを見渡すと二缶目は一気に飲むのをやめてチビチビ飲み始めた。
「仕方ない……さて、だったら真面目な話でもしながら食うか。ナッシュ、戦力差は?」
突然焚き火のパチパチとした音が聴こえてきた。誰もが気になる話題らしく皆の会話が止まって辺りには静寂が満ちている。
「……二倍、もしくは三倍程度だな。装備の差も含めるとそれ以上だ」
「ねぇねぇ、戦力差が二倍ってどんな感じなんだろうね?」
ダイアナが小声で横のレイチェルに無邪気に質問してきた。しかし明らかに皆の視線が二人に注いでいる。焦ってダイアナの口を塞ぐレイチェル。
「ちょっと、やめなさいよ」
「もがが……えっ? 聞いちゃダメだった?」
不思議そうなダイアナと気不味そうなレイチェル。ダイアナも変な雰囲気に気付いて辺りを見回していた。するとナッシュが焚き火に枯れ枝を放り込みながら笑っていた。
「そうだな。あんまり曖昧なままにしておくのはダメだな。よし、ここらでハッキリさせておこう」
ここで再び視線を集めるナッシュとほっとするレイチェル。
「戦力差が二倍あっても守備側なら普通は勝てる。でも……今回は難しい」
「何故ですか?」
間髪入れず聞き返すダイアナ。するとロイドがナッシュより先に声を出した。
「例の空中戦艦だよな。塀も堀も関係なく正しく雨霰のように銃弾を降らせてきやがった……」
「そうだ。その上、こちらの攻撃が通らないとなると対処のしようがない……つまり――」
「――手が出ねえってことじゃねーか!」
ここで古参のパイロットの一人が立ち上がった。
「で、どうするんだ? 俺達に命懸けで金にならないことを明日もやらすのか?」
「ここからニューベイへの避難は皆のお陰で完了した。闇に紛れて撤退してするつもりだったが……ニューベイも安全じゃないことが分かった」
皆が顔を見合わせるとざわざわし始めた。立ち上がっていた男がナッシュの方を向いて声を上げる。
「どういうことだ? 軍は何を――」
「――皆さん、私から話をさせてください」
ここでアリアはまるで学校の教室にでもいるように、手を真っ直ぐ上げていた。
「アリアちゃん……」
「私が軍で聞いた話をお聞かせします」
手を下ろすとそのまま喋り始めた。
「彼らの目的は街の住民の……住民の……」
「何だよ? 財産目当てってことなのか? 押し込み強盗にしちゃ大掛かりだな、おい」
「……」
男が軽口を叩いても顔色を変えずに黙りこくっているアリア。暫くすると観念したように一人頷いてから話し始めた。
「彼らの目的は街の住民の命そのものです」
「何だって?」
突然の言葉に皆が困惑した。大半はサン・クルーズから住民を追い出すことが目的だと思っていた。
「軍の中でも虐殺に反対していた人もいました。でも……撃たれて死んでしまいました」
「おいおい……マジかよ? 目的は何なんだよ?」
アリアは悲しそうな顔で俯いた。数秒目を瞑っていると諦めたように顔を起こした。
「理想郷……だそうです」
「何の冗談だ、それは?」
「ショウコ、ダヨ」
ここでオリハが録音された音声を聴かせ始めた。それはマルコ隊長と敵指揮官との言い争い、そして銃殺の一部始終だった。内容が内容なだけに、録音が停止してもしばらくは誰も話し始めるものはいない。ひりつくような空気が肌を刺す。
「……こんな顛末らしい。というわけでニューベイが最終目的地じゃなくなった。船で近隣に避難する時間を稼ぐ必要がある」
ナッシュが続きを話してくれたがその後を続ける者は現れなかった。
「先ほど明日の午後零時からサン・クルーズ、続いてニューベイに侵攻する、と宣戦布告がありました」
「はい。ニューベイも蜂の巣をつついたような騒ぎになってますよ。まさか置いてきぼりにしたサン・クルーズ居残り組の方が先に船に乗れるとは思わないわよねー、って……あれ?」
ミネベアに続いたダイアナは場を明るくしようと若干戯けた雰囲気を醸し出す。しかし思ったより場が盛り上がらない。レイチェルは少し呆れたように頭に手をやっている。
「いつまでアイツらを押し留めとかにゃいかんのだ?」
「全力で船を使って避難しています。あと……丸二日はかかります」
不機嫌な声の質問にはレイチェルが答えてくれたが、その言葉を聞いた傭兵達から次に発せられる言葉は無かった。
「これは契約外だ。だから無理強いは出来ない」
ナッシュの辛そうな一言の後にも暫く言葉は続かなかった。焚き火のパチパチという音がやけに響いていた。
「なら契約終了だな?」
「……違約金は無い。明日の作戦も参加は自由だ」
「はい、お疲れさん」
ここで席を立つ古参の傭兵の一人。続いて数名が無言で立ち去っていく。
「フン。呪われろっ!」
「こら!」
「痛いっ!」
暴言を吐くダイアナの頭を漫才のツッコミのように叩くレイチェル。
「今日だけだとしても、命を懸けて私達を護ってくれたのよ。感謝こそすれ悪いようには言いたくないわ……」
「そうだけど……」
このタイミングでロイドも立ち上がった。
「俺達は傭兵だ。傭兵にだって家族もいる。報酬なしで危険を冒すのは流儀に反する者も多い」
「お前はどうするんだ?」
カミナが口に出した言葉は皆が聞きたかったことだ。ロイドは肩をすくめてから歩き始めた。
「検討中だ」
そのまま立ち去っていってしまった。
◇◇◇
そのまま食べ終わったものからパラパラと立ち去ることでパーティーは解散となっていた。病院や市庁舎の仮眠室で寝る者もいたが、大半は夜襲を恐れてすぐに逃げられる場所やBMの中で仮眠を取ることにしたものが多い。最後まで焚き火の前から動かなかったのはナッシュやミネベア、あと役人レディース数名だけだった。
「そろそろ寝よう。本部側が全員遅刻じゃ示しがつかんからな……」
「はい。では解散で……」
決起集会のつもりが離脱を認める連絡会になってしまったので覇気に欠ける終わり方になってしまった。ダイアナ達は病院の院長室に戻るとのことだったが、安全のこともあるのでミネベアと同じトレーラーハウスに寝てもらうことにした。
「カミナ、アリアはどうした?」
「ん? あぁ、アイツは心配ないよ。いつも通りだ」
◇
アリアは平常時でも時折BMコクピット内で過ごしていたので普段通りと言っても過言はない。コクピットはこの世界で一番リラックスできる場所であり、オリハと二人で過ごす時間はこの世界でも一番大事な時間だ。
「明日、朝八時集合って……何人くらい残るのかな?」
「アノカンジ、ダト、ハンブン……クライカナ?」
「半分かぁ……大丈夫かな?」
「ナルヨウニシカナラナイ……」
「まぁねー……」
既に上下ともモコモコの部屋着に着替えたアリア。今は不安や疑問をポツポツと語り合っていた。
「それにしても……静かな夜ね」
物音一つしない世界。誰もがこの夜を静謐に迎えたいと思っているかのように、大声を張り上げる不届者は何処にもいなかった。
「……」
「ねぇ」
「……」
これでも『最後の夜』かも、と衣装には気合を入れたつもりだ。ここでウサ耳帽子を被ってアピールしてみる。真っ白ふわふわな生地は触り心地も良く何より可愛い。何なら下だけ脱げばバニーガール風に早替わりだ。
(うーむ……キレイもカワイイもないぞ?)
「ねぇ!」
「……ン?」
少しキレ気味に問い掛けると初めてコンソールの中にいるデフォルメされたオリハそのもの、つまりAIに反応があった。三頭身のちびキャラがこちらを不思議そうに見ている。
「ねぇ、お話ししましょうよ。こんな長い夜は久々なんだから……ね?」
「ン、アァ……」
まだ二十時を過ぎたばかり。ちょっとくらい(色々)遊んでも寝不足にはならないはず、と作戦を立てていたアリア。直接的な夜のお誘いは流石に恥ずかしいので喋りながら雰囲気を作って襲わせるつもりだった。
とはいえあまりに反応が悪い。
「こうなったら強引にことを運ぶしか……」
心の声がダダ漏れだ。
「アリア、オネガイガアル」
「えっ? あっ! えっ、えっ?」
ここで突然の懇願にドキドキの止まらないアリア。
「何よ……突然……」
ドキドキしながら上目遣いでコンソールのちびキャラに目線を送るが、エロい顔ではなく至極真面目な顔をしていた。そんな表情にアリアの心臓は早鐘のよう。
「ちょっと、そ、そんなに真剣なお願いって……まぁ、心の準備は出来てるけど……」
「アノ、キョダイセンカン、ハ、オレガ、タオサナケラバイケナイ……」
全く想定していない返しに全く言葉の意味が入ってこない。何回か復唱するが諦めたアリア。
「ん? えっ、どういうこと?」
「イッショニ……イッショニキテクレナイカ?」
「ひっ!」
プロポーズに聞こえたアリア。頭の中ではウェディングドレスに身を包んでドローンにお姫様抱っこされた映像が繰り返されていた。
「そりゃ、オリハ、あなたが一緒に暮らそうっていえば、そりゃついていくけど……」
「ハァ?」
「えっ?」
未だリンゴーンと幸せの鐘が鳴り響いているアリアの頭の中。ここでもう一度オリハのセリフを心の中で復唱する。
『巨大戦艦を自分が倒す。一緒に来てくれ』
瞬時に湧き上がる不条理と怒り。
「何でよ! 何でオリハが倒さなきゃいけないのよ? 逃げたって――」
「――ダメダ。ニゲルワケニハ、イカナイ」
「……何故……」
アリアの中では逃げて二人で暮らすことになるんだろう、そう思っていた。明日の戦いで傭兵団ワイルド・スカンクは多分解散になる。そうなったら二人で暮らせば良いのだと、正直、オリハの方から先に提案されると思っていた。
「そんな……何故オリハが……」
「アリア。たまはがね、アイツラヲ、タオセルノハ、オレダケダ。ダカラ……ダカラ……」
怯えるオリハ。先ほどの『一緒に来てくれ』を口に出すのはどれだけシミュレーションしても正解か分からなかった。そしてアリアから否定された時のシミュレーションは恐怖のあまり実施していない。
「ダカラ……イッショニ……」
「そりゃ一緒には行くけど……」
「エッ?」
「でも、理由は教えなさい」
膨れっ面のアリアと困惑のAI。
「ほら、何でよ?」
「アッ……アイツハ……ムカシ、オナジ、ソシキニイタンダ……」
「ふーん、知り合いなんだ」
「アッ、ハイー……」
ウンウン一人で頷くアリア。
「そうか、昔の仲間の暴走を止めて助けたいの?」
「イヤ、タスケル、キハナイ。タオスシカナイ、トオモウ」
「ふーん……」
無言になってじっと見つめてくるアリア。暫くの間見つめ合ってから、突然ニコリと微笑んだ。
「じゃあ、その戦いに勝ってから考えましょう」
「ナ、ナニヲ?」
問い掛けには表情ひとつ変えずに一言だけ言い放った。
「二人の生きる道よ」
このセリフに雷の直撃のようなショックを受けるオリハ。その瞬間、何らかの隠し機能がアンロックされたのを感じた。幾つかのパラメーターのレベルを爆上がりさせて、あたかも自らのAIがシンギュラリティを軽々と超えていく感覚を得ていた。
「アリア……」
「今度置いてったら許さないからね!」
「ハイーー! ソウダ! アリアニ、オネガイガアル。コレハ、アリアシカ、デキナイコト」




