P33: あと『Realy sorry』ってメモも……【04】
◆◆◆ サン・クルーズ総合病院の院長室
「避難できない患者を見捨てず病院に残る看護師と役人か……凄いな……まるでコミックだ……」
「それはこちらのセリフよ。本当に助かったわ。ありがとうヒーロー」
ひとしきり泣くと冷静になってきたダイアナ。レイチェルと共に今は院長室の豪華な応接ソファーで来客対応中だ。
「あっちが副団長のナッシュ。俺達ワイルド・スカンクはこのサン・クルーズの住民の避難に協力する」
ロイドが紅茶を飲みながら窓際に佇むナッシュを紹介していた。
「私は総務部の子供病院慰問チーム……じゃない。残存市民避難チームのダイアナです。こっちはレイチェル」
「よろしくどうぞ」
「あぁ……よろしく。しかし……」
姿勢良くソファーに座って応対する明るい上司。紅茶をお淑やかに入れてくれたクールな部下。如何にも上流階級といったスーツ姿の女性二人、廃墟の街に置いといたら三十分と保たず襲われそうだ、と不埒な想像をするナッシュ。
「どうかしました?」
「ん? いや、何でもない。しかし……人っ子一人いない街か。子供の頃に良く想像したけどな。あまり見ていて気味のいいものじゃないな……」
「そうね。ハロウィンフェスの出し物にしては大袈裟で悪趣味だわ」
「違いないね」
ナッシュは立ったままタバコに火をつけて紫炎を深く吸い込んだ。
「病院……」
ロイドの一言で咽せ始めた。
「いや、すまんすまん。灰皿があったから――」
「――良いわよ。どうせここの院長はタバコを注意するようなモラルなんて持ち合わせてないから」
「ダイアナの言う通りです。真っ先に市長と逃げ出したクソ野郎の部屋なんて煤だらけにしても構いませんよ」
急に毒を吐き始める美人二人。美人だからこそ底知れぬ恐怖を感じる。
「確かに病院だったな……やめとこう」
灰皿でタバコを消すとナッシュもロイドの隣に座った。
「ニューベイへの避難状況は分かりますか? もう終わってる頃だと思うけど――」
「――どうも四十キロほどの渋滞が出来てるって話を聞いたわ」
レイチェルの回答に顔を見合わせるロイドとナッシュ。
「じゃあ、まだ四時間程度は掛かるということ? 軍の動きもあるから早く終わらないと危険だ」
「……既に車を捨て始めてるって話だから、大半の避難者がニューベイに辿り着くのは明日の昼頃だと思う」
ガックリ俯く男二人。
「じゃあ移動手段として車が使えないじゃないか。おいおい、逃げ残りを救助してニューベイに放り込むだけだと言ったよな?」
「まぁ待てロイド。防衛拠点を作った甲斐があるってもんじゃないか。ははは……」
呆れ顔のロイド。強がるナッシュ。それを不思議そうに眺めるダイアナとレイチェル。
「防衛……拠点? 何処に……」
「そうか。伝えてなかったな。オレたちの基地を潰して一直線に攻め込むなら南からになる。そこで街の南側の刑務所だ。見晴らしが良いし塀は高い。最高だ」
「えっ? 受刑者達は? 盗賊団とか……」
「全員逃げたらしいぞ」
「……」
偵察部隊が着いた頃には辺りの家々が行き掛けの駄賃で荒らされており、既に刑務所はもぬけの殻だった。警備員が逃げ遅れて残っていたので話を聞くと暴動が起きたので全ての鍵を解錠したらしい。
「スラム街に逃げ込んだか、避難者の集団に紛れたか……」
「どちらにせよ、街も廃墟になれば犯罪記録も無くなるからな」
同じタイミングでガックリ俯く四人。しかしダイアナは最初に顔を挙げると紅茶を一気に飲み干した。
「ふぅ、盗賊団もあなた達のおかげで減ったのに……また頑張ってもらわないとね」
「ははは。幸せな依頼だ。さて、今のことを考えよう。残りはどのくらいいる?」
全員が顔を上げて机の上の地図に視線を向けた。
「前の戸籍調査で市民登録されていない住民は二万人程度と推測されたわ。元気な半分は徒歩で逃げ出したとして、とても歩いて避難できない半分……やっぱり一万人は下らないと思うわ」
「多いな……」
ここで突然うるさいくらいのエンジン音が窓から聴こえてきた。四人で窓から見下ろすと大型のトレーラーの車列が病院に近づいてくる。ダイアナとレイチェルは何が来たのかと焦っていたが、ナッシュとロイドの二人は落ち着いたままだ。危険じゃないと分かっているらしい。
「あれは……?」
齧り付いてトレーラーを睨んでいるダイアナを無視してレイチェルはロイドとナッシュの方を向いた。
「トレーラーをあるだけ持ってきた。これでニューベイまで運ぼうと思ったが……人数が多過ぎるし渋滞が酷過ぎ――」
「――でも、やるしかない」
ダイアナが徐にガッツポーズを取って気合を入れ始めた。
「よーし! 旧国道があるわ。山道だけどトレーラーもいけると思う」
ヒューと口笛を吹くナッシュ。それを肘で小突いて注意するロイド。
「ニューベイも安全か怪しいわよね。どう思う?」
ここでダイアナは最大の懸念事項にあっさり辿り着いてきた。少しだけ狼狽えるナッシュとロイド。
「あ、あぁ。ニューベイは危険だと思う。可能なら近隣の都市に避難させたい」
「分かったわ。では避難要請しましょう」
判断が早い。すぐさま隣に座るレイチェルが何処かに電話をかけていた。口ぶりから相手は部下らしい。
「そう。理解早くて良い子ね。避難プランDの第二項よ。そう、それ言っていいの! 憧れのセリフ、『連邦規約に基づく緊急避難』って言っていいのよ! さぁ、動いて、動いて!」
考え込んで動かなくなったダイアナ。電話を終えたレイチェルはダイアナの次の一言を待っているようだ。
「敵の目的が明確じゃない以上は最悪のことを考えておかないとね。今から避難場所を東寄りの漁港に変えます。あそこなら水深も深いから大型船も入港できるわ」
プランの根幹を決め切るダイアナ。先ほどまで途方に暮れていたとは思えない。何より『出来るレディ』と『どちらかというとポンコツ』の二人だと思っていたら違うらしい。
「まるで指揮官だな……」
「ダイアナ? 本当に火事場で力を発揮するタイプの子よね」
凄い速度でメモ数枚に走り書きをしていたが徐に立ち上がる。
「レイチェル、防災無線を使ってアナウンスをセイラにさせて。子連れの家族から優先的に脱出させましょう。スラム街とか関係なし。ロイドさん、ナッシュさん、ドライバー借ります。あと警備は任せて良い?」
「も、もちろんだ……」
「家族連れ、子供、老人、怪我人、大人の順かな。何なら大人達はマラソンしてもらっても良いし」
「あのトレーラーなら百人くらい一度に運べるかな? では、まず安全圏まで運びましょう」
「なら旧国道沿いの公園が臨時拠点に向いてそうね。ここから二十キロほどなら……」
脱出プランがみるみる決まっていく。ダイアナもレイチェルも携帯で何処かに連絡し始めた。暫くすると若いスーツ姿の女性数名が携帯片手に部屋に入ってきた。
「ロッテルダムから連絡ありました。避難受け入れするそうです!」
「よろしい。他は――」
「――アントワープとハンザもオッケー来ました。ハンザは緊急避難用の船も出してくれるそうです」
「入港先はポーツマス港じゃなくてグリムスビー漁港にしてとお願いして。これは極秘で、特にニューベイの役人には秘密にしてと念を押して!」
「ひーっ、役人と役人が連絡し合って秘密を守れるとお思いですか? んふふ。脅してでも守らせます!」
「イエス、守らせまーす!」
部屋に入るとダイアナかレイチェルと一言二言会話して皆がすぐさま部屋を出ていく。入れ替わりで同じような背格好の若い子が出入りしていた。
「私の部下達よ。『子供病院慰問チーム』は組織に馴染めなかった切れ者ばかりが集まってきたの。因みにレイチェルは会計監査でバカ正直に上の不正を――」
「――ダイアナ。仕事して。あなたは特別切れ者じゃないわよ」
「ひっどーい! レイチェル、計画のドラフトを三十分で作って」
「見くびらないでね、そんなの二十分よ!」
ダイアナは部屋から出ていく所で扉に手をかけながらレイチェルを指刺した。
「最高。やっぱりあなたが一番好きよ」
廊下の外からダイアナの大声が聞こえる。ふと気付くとレイチェルは院長室のパソコンで書類を作り始めていた。
「警護と移動のプランが遅くとも三十分後には纏まります。では、準備よろしくて?」
五分前は途方に暮れていたのにこの変わり様。呆然と見つめて驚くしかない。
「凄いな……」
「そう。凄いのよ。ダイアナは本当に凄いのよ」
「いや、貴女を含めて全員が凄いんだ。そこだけ過小評価はよくない」
顔を上げるレイチェルと数秒見つめ合う。強気な笑顔を返してくれた所で、これは尻に敷かれた方が良さそうと判断した二人。
「ならグッボーイズはさっさと準備に行きなさい!」
「「ロジャー!」」
少年兵のように声を上げてから急ぎ部屋を出ていった。
◆◆ 三十分後の応接室
先ほどのレイチェルの見込みは正しく三十分ほどで脱出プランがテーブルの上に載っていた。部隊長クラスと避難チームと看護師チームが集まって熱心に議論していた。そこにロイドが情報士官のミネベアを連れて部屋に入ってきた。
「さて、たった一時間ほどで状況が色々と変わった。ミネベア、報告よろしく」
「はい。まずワイルド・スカンクの拠点が先ほど更地になりました」
ざわつく周りの隊長クラス。ミネベアの報告は続いた。
「その後、サン・クルーズに対して宣戦布告がありました。軍用のオープン回線を使っているので対象は我々となります」
「内容は?」
「予定通り正午から攻撃を開始するとのことです」
現在午前十一時。夜を徹して作業していた避難チームと看護師チームが言葉を失っていた。ダイアナがプランを見つめたままポツリと呟く。
「間に合う……の?」
「ダイアナ、無理よ。明日の昼でも怪しいのに……」
レイチェルだけが口を開いた。他は口を開くこともできない。とても終わる人数ではない。アナウンスで集まってきたのは大体想定通りの四、五千人だ。
これらを振り分けして列を作らせトレーラーに乗せる。ここ一時間ほどは順調に避難が進んでいたとはいえ、まだ始まったばかり。四、五百人ほどを運び始めた所で、どう考えても先に軍の攻撃が始まる。
絶望に俯くダイアナとレイチェル。それを見て皆が意気消沈してしまう。
「だから俺達がいる」
ふと呟くロイドの方を向くダイアナ。
「避難が終わるまで軍の奴らは近づけない。それがアウアビジネスだ」
咳払いするナッシュ。皆が呆然と見上げた。
「そうだよお嬢さん。こんな時しか俺たちは役に立たないのさ」
沈黙の中、ナッシュの言葉に賛同するように周りの部隊長達も腕を組んで頷いている。
「荒事はオレ達に任せときな」
「そうそう。避難だけに集中してくれ」
「出来る限り早く終わらせろよ。まだ死にたくないんだ」
「さて、やっと見せ場だな。うはは」
凄みのある笑顔が輝くおっさん達。戦闘のことはよく分からないが、傭兵団と正規軍が戦えばただでは済まないことくらいは皆が理解できた。
「皆さん……ありがとうございます!」
「それでは便宜上作戦名があった方が意思疎通がしやすいと思いますので、現時刻をもって本作戦を『アルカトラズ』と呼称します」
ミネベアの伝える作戦名にヒューヒューと口笛を吹いて盛り上げる部隊長達。満更でもないミネベアも頭を掻いて照れている。
そこでナッシュが手を叩いて自らに注目を集めた。
「よーし、それでは作戦アルカトラズを開始するぞ」
「「「ロジャー」」」
◆◆◆ 元刑務所グラウンド
刑務所の中のグラウンドには数十機のBMがエンジンを始動させたままキャノピーを開けて待機している。向かい合う形でナッシュがメガホンを手に叫んでいる。
「せめて半日保たせるのが作戦の全てだ。民間人の避難が終わったら、闇に紛れて我々も避難を開始する」
パイロットスーツに身を包んだ兵士達が真剣にナッシュの一語一句を聞いている。
「間違えるな。撃墜が任務じゃない。どちらかというと半壊させて戦場に取り残すんだ。負傷兵を助けに来させろ」
「そして、それを出来る限り嫌がらせして時間を稼ぐ。その上で回収させて更に時間を使わせる」
BMの中で頷く男達。口笛を吹いたり時々場を盛り上げている。
「美人パイロットだったらどうする? 捕まえてもいーのか?」
「良いぞ。但し虐待は禁止だ。条約違反は――」
「――けっ! じゃ、いらねー。回収してもらおう」
「うははは!」
わざと明るく振る舞うのは傭兵達の流儀だ。最後に助けられるか、見捨てられるか、そういうのは人と人との繋がりだ。敵を作って良いことなんて一つもない。
「よーし、作戦終了は民間人の避難完了までなんだ。お前ら、張り切り過ぎてこんな所で死ぬなよ」
すると、ナッシュも見慣れないBMに乗り込んだ。深緑色の大型BM。やたらに長い砲身のライフルを構えている。
『――久々だな、そいつの姿を見るのも……』
コクピット内でヘッドセットをつけるや否や無線が入り始める。
『――ウチのラッキーアイテムだよな……ソイツは』
コンソールのスイッチを入れると全面モニターが起動した。高解像度の映像が三百六十度に展開されている。
「そうだな。この『ランキー・ウインプ』を出した戦闘の戦死者はゼロを更新中だ。もちろん記録更新といくぜ!」
凄みのある顔はいつもの飄々とした雰囲気は感じられない。そこには一人の傭兵しか居なかった。
『――お、久々だな、ウチの元切り札』
「ははは。出し惜しみ無しだ。野郎ども、行くぞ!」
『――おうっ!』
Sector:09 End
――燃え盛る輸送機の中の二人とドローン。巨大な勢力からの攻撃に備える仲間達
――波間に浮かぶ小舟のように何か大きなものに巻き込まれていく
――二人の安息はまだ遠い。だからイケ、アリア。そして護るんだ、オリハ。
二人の絆の回数:五十六回




