P32: あと『Realy sorry』ってメモも……【03】
◆◆◆ サン・クルーズ市庁舎ビルのとある一室
「そもそも何故軍が襲ってくるのよ? 法律違反……っていうよりクーデターでしょ!」
夜通しで市民の避難を押し付けられたダイアナ総務部長がパックのオレンジジュースを飲みながら部下のレイチェルに文句を言っていた。朝日に照らされた市庁舎ビルは既に殆どもぬけの殻だ。
「そんなこと知りません。軍に聞いてよね……」
昇進の辞令と共に受け取った指示書には『チーム一丸となってこの苦難を乗り越えてくれ』と認められていた。紙ペラ二枚を受け取った直後から我先にと逃げていく上層部。それを窓から眺めていたのは昨晩遅くの話だった。
「そもそも昇進に目が眩んで怪しい辞令を受け取るからいけないんでしょ?」
「ぐっ……だって主任から部長よ? 多少のリスクは――」
「――最初の給料日すら無さそうですけどね……」
「ぐぐっ……あ、あるわよ……多分……」
経理部も人事部も既に退避済みで警備員すら居ない。総務部でも無駄飯喰らいと揶揄され続けていた『子供病院慰問チーム』の十二名しか市庁舎には居ない。
「あーあ、みんな逃げちゃったなー。ダイアナの昇進のために命懸けるのは割に合わないなぁ」
「お、奢るから。美味しいご飯を奢るから!」
「有名フレンチのシェフも逃げたわよ。あなたの手料理なんか要らないからね」
「ぐぐぐっ……」
何も言葉が出てこない。上昇志向の癖して複雑な段取りが苦手なダイアナ。顔を真っ赤に涙目で俯いている。遣り込めるだけやっておいてだが、そこは付き合いの長いレイチェルは溜息を吐きながら助け舟を出した。
「取り敢えず、総合病院に行かない? 今もあの子達の避難は無視されてそうでしょ? 様子を見にいくのは私達チームのミッションとも合致してるわ」
「そっか……スラム街に行くよりマシね。分かった。レイチェルありがと!」
ここで素直になるので嫌いになれない。結局レイチェルのプランで行動することになった。
「じゃあ総合病院に行くわよ!」
◆◆ 十五分後の総合病院
「で、酷すぎない?」
「そうね……弱者は死ねって言うのかしらね」
病院には入院患者が半数ほど残っていた。正確には迎えがなかった患者のほぼほぼ全員だ。そして戦災孤児を引き取ってくれる人など居るわけがない。当然のように全員が残っていた。
「ダイアナ、入院患者の残留者リストが残ってた。あと『Realy sorry』ってメモも……」
院長室の豪華な椅子にふんぞり返って座りながら鼻息荒くメモを受け取るダイアナ。
「そりゃ、見捨てろって言われれば……悩みもするわよねぇ」
葛藤して悩んでも個人で対応することは不可能だ。指示に従うか、残って死を選ぶか、選択肢はそれくらいしかない。
「そりゃそうよ。昇進に目が眩んで残っちゃうバカも居るけど少数派よ」
「うるさい」
すると数名の医者や看護師が部屋に入ってきた。
「ほら、その少数派のヒーローの登場ね」
「えっ……」
レイチェルの軽口に扉の方を見ると全員が疲れ切った顔をしていた。
「優柔不断で見捨てられなかっただけだ。ヒーローとは言えないし、何なら今は残ったことを後悔してるよ」
一瞬呆然としていたダイアナだったが軽く頭を振ると立ち上がって右手を差し出した。
「でも、今のあなた達は間違いなくヒーローよ。尊敬するわ」
「じゃあアンタらもヒーローなのか?」
ここで握り返される手を確認すると自慢げに微笑んだ。
「そりゃそうでしょ。避難用にバスを二台用意してきたわ。パレード用で屋根の無いヤツ。総務部管轄の車両よ」
「ははは、じゃあ楽団はこちらで用意しないといかんな」
手を握る医者の一人が力無く笑う。看護師達とレイチェルが小さく拍手をしていると、外から喧騒の声が聴こえた。
◆
「……このバスはワシらが使う。もう一台はくれてやる」
窓から様子を覗き見ると老人達が十人ほどでバスを前に騒いでいる。数名は銃を構えており迂闊に手を出せない。バスに勝手に乗り込むとエンジン音が聴こえてきた。
「ちょっと! 重症患者が先――」
「――すぐに死ぬ奴等には勿体無い! ワシらが有効活用してやろう」
「勝手な!」
意を決して止めようとしたダイアナの部下を突き飛ばすと老人達はバスで病院の敷地を出て行った。
「何あれ……酷すぎない?」
「そうか……金持ち老人どもか。あはは、迎えの来ない入院患者は平等に置いていく方針だったから、老人施設の入居者も殆ど放置されたんだろうな」
窓からはバスがニューベイに繋がる大通りに出ようと進むのが良く見える。
「まぁ、家族にも見捨てられたんじゃ同情はするけど……」
「フン! 天罰あたれ!」
レイチェルの同情を良しとせずダイアナが悪態を吐いた。すると突然バスは爆発した。
部屋の中の全員がダイアナの方を向く。
「え? えーっ? アタシじゃないわよ?」
「あっ、あれ、あそこ見て!」
慌てるダイアナの横でレイチェルが指を刺した方角には都市迷彩柄の二足歩行ロボット、つまりBMが見えた。
四、五機が爆発地点に向かって進んでいる。
「何あれ……軍……なの?」
映画のような爆発と本物の軍隊。呆然としていたがダイアナが軍の動きから次のターゲットに気づいた。
「もしかして……もう一台のバスに向かってるんじゃない?」
「えっ……」
顔を見合わせるダイアナとレイチェル。
「逃げて! 早くって!」
「聞こえてない……お願い、ほらっ! 逃げて……逃げてっ!」
バンバンと窓を叩くがバスまでは距離があるので気付く者は居ない。BMが徐々に距離を詰めていく。バスの近くに居る仲間達は何が起きているか分からず不安そうにウロウロしているだけだ
「気付け! 気付け! 早く……あぁっ!」
バスに近付くと明らかにBMの動きが変わった。警戒しながらゆっくりと、獲物を狙うように慎重に動いている。もう十メートルほどしか離れていない。軍のBMは動きを一旦止めた。そして、一気に三機ほどが病院の門の辺りを強襲した。
「あぁ……」
銃口を突きつける人型の機械に茫然自失の仲間達。敷地の外から人ほどの大きさの銃を手に動きを止めている。民間人しか居ない様子に銃口を上げて警戒を解いたように見えた。しかし、何となく葛藤のような動きが数秒あると、覚悟が決まったように再度銃を向けた。
(ダメだ……)
ダイアナは辞令を受け取る行為に間違いは無かったと今でも思っていた。街に住む弱い人々を見捨てるなんてできなかった。そんな自分の決断を誇りに思っていたが、仲間達の命の危険がこうも早く迫ってくることは想定できていなかった。
そんな事態に直面すると、ただ怯えて震えるだけしかできない。
「やめて!」
レイチェルの叫びに我に帰った。次の瞬間、軍のBMから火花が散った。すぐさま反応した軍のBMは無抵抗な医療従事者に銃を向けている場合じゃ無いと気付いたようだ。銃口を反対側の通りに向けた。その方向に視線を動かすと、別の集団が発砲しているのが見えた。
「何あれ? 別のヤツらなの?」
戦争を始めるなら何もこんな所で、と怒りが湧いたが幸いなことに軍のBMが移動を始めた。上から見ていると状況がよく分かる。誘い出された軍のBMは別の組織のBMの挟み撃ちに合うとダメージを受けながら撤退していった。
「助かった……」
ほっと溜息を吐いていると、別の一団がまたも仲間達のいる門の方に移動している。
「またなの? もう見てられない!」
まだ仲間達は逃げ出していない。ここで見ていても埒が開かないと遅まきながら現場に向かうことにしたダイアナ。走っていると、背後からレイチェルの声が聞こえた。それを無視して建物から飛び出すと、聞こえたのは歓声だった。
「助かりました! 何が何だか分からなくて……」
「ありがとう!」
「本当だよ。流石に死ぬかと思った」
BMのパイロット達は降りて仲間達と絶賛握手中だ。力が抜けてへたり込むダイアナ。
そこに近づく男がいた。
「ワイルド・スカンク傭兵団だ。微力ながら手助けするよ」
差し出された右手を見つめていると涙が溢れてきた。
「わーん、ありがとー……」




