P31: あと『Realy sorry』ってメモも……【02】
◇◇◇ 輸送機コクピット
「カミナさーーん、流石でーす!」
操縦席から出てくるや否やアリアに抱きつかれるカミナ。頭を掻きながら照れくさそうに笑っている。
「いやあ、ホント偶然が上手く重なってくれたよ。整備済みの輸送機と鈍そうな整備員がセットで格納庫に置いてあったからね。へへへ、あとは色仕掛けでどうとでもなる」
「ひゃー! 凄いですね……」
女だてらに傭兵団でエースと呼ばれるだけのことはあるようで、自信満々に胸を張るその姿が頼もしい。
「よっ、流石は女傑! ワイルド・スカンクのエース! 立てば芍薬、歩けばゴリ――」
「――何だって? お仕置き〜」
瞬時にヘッドロックされるアリア。でも楽しそうだ。
「あはは、スミマセーン! あはは――」
『――こちらは傭兵団ワイルド・スカンク。識別信号を確認できない。所属を教えろ。繰り返す……』
二人がハイテンションに戯れあっていると基地からの無線が聴こえてきた。
「おっと。操縦はオートでも撃ち落とされちゃ敵わないからな」
機嫌良く呟きながら操縦席に座るカミナ。続いてアリアは少し後の座席に座った。
「ヘー……コンナンナノカ。タンジュンナ、ツクリダナ」
ドローンは副操縦士席に決めたらしい。音もなく座席に着陸した。
「あっ、オリハ。シートベルトする?」
「ウン。チャクリク、タノシミ?」
「行きは寝ちゃってたからね。今度は寝ないよ」
シートベルトをつけてあげているアリア。適当に締めると自分もベルトを締めて前を向いた。想像より低い場所を飛んでおり、景色がダイナミックに背後に流れていく。
「うひゃー、ジェットコースターみたい……」
少し怖くなって震える身体を自分で抱きしめている。
「そうだな。高度八十メートルで固定してる。これ以上高いと長距離レーダーに引っ掛かっちまう」
「ふへー……」
オートパイロットなので操縦桿は勝手に動いているし無線はひっきりなしに緊迫感溢れる声をがなりたてている。横ではカミナがヘッドセットをしながら機器を操作し始めた。
「あーあー、聴こえるか? こちらはカミナ。事情により輸送機で急遽帰投中だ。繰り返す。こちらはカミナ。撃ち落とすんじゃねーぞ」
一瞬だけ間があいたが直ぐに応答があった。声にも緊張が走っている。
『――何だって? カミナなのか。じゃあアリアも居るのか?』
「はい、いますよー!」
アリアが背後から元気良く叫ぶと、無線越しでも分かるほどに歓声が聴こえた。
「んだよ……私の心配はしないのかよ」
カミナの呑気な応答に皆の空気が和らいだ気がする。
『――そりゃそうだ。お前はコヨーテの群れの中で寝てても生きてそうだからな』
「けっ、うるせー。もちろんアリアもドローンもBM二機も無事だよ」
ここで無線越しに拍手も聞こえてきた。馴染みの声にアリアの涙腺も緩みそうになっている。
『――ははは、了解だ。ウェルカムホーム』
「良かった……みんな元気そう」
アリアはよっぽど心配していたのか、皆の声を聞くと感極まって涙を拭いながら嬉しそうにしている。それをチラ見してカミナもニヤニヤしていたが、ふと真剣な表情に戻った。
「こちらは無事だがそっちはどうだ? きな臭い、だけじゃすまないネタも仕入れちまった」
数秒の沈黙の後、ナッシュの重苦しい声が割り込んできた。
『――ナッシュだ。軍の動きの意味が分からない。もしかしてコイツの回答を持っているのか?』
「恐らくはビンゴだ。それも間違いなく、そっちが想像してる最悪の想定より悪いぜ」
『――そりゃ最悪だ。まぁ、お前ら二人が戻ってくれたことだけは最高だがな。何か要望あるか?』
すぐさまナッシュは話題を切り替えた。無線で重要な話はしないに限る。誰が聴いているか分からない。それはカミナも理解していた。
「取り敢えず腹ペコだ。これ以上の話は食堂でしよう」
『――よし、ランウェイ・ブラボーを最優先で空けるからそちらのタイミングで着陸してくれ』
「偉そうに……あはは。了解。優先してくれて感謝す――」
ここでビービーと警報が鳴り響いた。
「対空監視? AAMだと? どこから?」
「カミナ、コントロール、モラウゾ。アイハブ?」
慌てて操縦桿を握ろうとしたカミナ。それより早く回避に入る輸送機。急上昇で前面ガラスからは青空しか見えない。
「ユーハブ……じゃなくて! オリハいけるのか?」
「タイショックシセイ!」
その瞬間、フレアを撒きながら墜落したみたいに急降下を始めた。瞬時に前面の全てが地面に変わる。とても輸送機のして良い機動からはかけ離れていたが、そのお陰でミサイルは辛うじて翼の直ぐ横を抜けていった。
「ウヒョー、ソウジュウ、ムズカシイーー!」
墜ちていく中で冷静に機首を上に向けると失速せずに地面スレスレでコントロールを回復した。そのまま低空を維持して山間を抜けていく輸送機。
「ナントカナッ……テナイ?」
突如、山影から巨大な何かが姿を現し始めた。
「なんだよ、ありゃー?」
「えええ……」
真正面には巨大な船みたいなものが浮いていた。しかも抜けようと思っていたコースを完全に塞ぐような進路を取っている。ここで何かの下を潜り抜けるのは難しそうと判断したオリハ。一気に高度を上げてギリギリ艦橋のような構造物の横をすり抜けていく。
「ヒャッハーーッ! ギリギリー、オレ、スゴーイ!」
自画自賛のコメントが聴こえてムカついたようなタイミングで巨大な何かからの対空砲火が始まった。既に回避行動に入っていたので直撃は無かったが、近接信管の砲弾が間近で爆発する衝撃だけでバラバラになりそうだ。
ガラスや破片がコクピット内にも飛び散っている。
「カミナ。モウ……モタナイ……ゾ」
オリハが弱音を吐いた瞬間に至近弾が尾翼の一部を破壊した。
「ソウジュウフノウ!」
「アリア、逃げるぞ、ハリハリー、早くしろって……うわっ!」
◆ ワイルド・スカンク司令室
『――アリア、逃げ……早く……』
「カミナ、どうした? 応答しろ、カミナ、カミナ!」
『――……』
突然ザリザリとした雑音が混じると何も聞こえなくなった。必死に呼びかけても応答は無い。ワイルド・スカンクの司令室で黙りこくる男達。ナッシュは無線のヘッドセットを耳に押し付けていたが首を横に振った。
「ダメだ。反応なし。レーダーは?」
「雑音と同じタイミングでホワイトアウトした。強力なジャミングだと思う。東に百二十キロというところまで確認していたが……最後の会話からして墜落とみて正しいだろう。どうする? 捜索隊を出すか?」
ロイドが見ているレーダー画面の殆どは白く塗りつぶされていた。それを見たナッシュは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「勿論……と言いたいが戦時体制なんだ。無事なら勝手に帰ってくると思うし、捕まっていれば移動しちまう。で、ダメなら死体を探すだけになる。落ち着いてからで良いだろ?」
「……だな」
ナッシュの結論にロイドも異を唱えなかったし、他の野次馬達も口を挟むものはいなかった。あまりに色々なことが急に起きたので、どうしたら良いか皆が分からなかった。
「しかしナッシュ……どうなってるんだ?」
「分からん……何故に軍が俺達を敵と判断して宣戦布告してくるのか。何故にサン・クルーズを制圧しようとしているのか……」
一騎当千の強者達もこの状況には言葉が出てこない。辛うじて、またロイドが喋り始めた。
「サン・クルーズ、ニューベイ、この二つの街は経済圏ユーロの中でも飛び切り辺境に位置してる。ここらで活動している軍事組織は俺達ワイルド・スカンク傭兵団と……」
「幾つかの小規模な傭兵団、そして第七辺境軍の西ユーロ連隊のみだ」
ここで通信担当の女性兵士が声を上げた。
「通信復活! カミナさん、アリアさん! 聴こえますか? 聴こえたら応答下さい!」
繰り返し呼びかけるが反応はない。悲痛な叫びが余計に涙を誘う。ここでナッシュはヘッドセットを耳から外した。
「一旦……カミナ達は後回しだ。先に各傭兵団へコールしてくれ。彼らと話したい。メーデーでコール頼む」
「……はい」
どんより沈んだ空気の中、ナッシュが話し始めた。
「この辺りの傭兵団をかき集めれば百機を超えるBMが集まるはずだ。共闘すれば軍とはいえ迂闊には――」
またも通信担当は悲痛な声を上げた。
「――ブラック・エアー、それからジーニアスも、その他の傭兵団も応答ありません。これは……」
「なっ……クソ!」
ナッシュは自分の想定より遥かに悪い報告に驚いていた。それらの戦力を束ねればそれなりに戦力増強となる。それを切り札と考えていたが軍に先を越されたらしい。
「早いな……」
「あぁ。軍が本気を出せば傭兵団など簡単に捻り潰される……ってことだろう。さて、どうす――」
「――オープン無線で通信。これは……軍の我々への通達です!」
通信担当は慌ててスピーカーに切り替えた。落ち着いた男性の声が微かな雑音混じりに響き渡る。
『――繰り返す。我々は第七辺境軍に属していた西ユーロ統合軍だ。辺境地区を制圧した後は中央地区を開放する為に進軍する。我と思う者は……』
皆が黙って聞いていた。しかし其処彼処で不満げな小声が聴こえてくる。最初に大声を張り上げたのは情報士官のミネベアだった。
「何ですかコレ? この安っぽいアジテーションは? ハイスクールの生徒会選挙の方がよっぽどマシですよ!」
『――明日の正午までにサン・クルーズの住民は一人残らずニューベイに移動することを求める。また近隣の傭兵団は武装解除して全員出頭することを求める』
「ほら! 無茶苦茶ですよ!」
そこからは少しの間、罵詈雑言の嵐が吹き荒れた。少しして落ち着いてくるとナッシュが喋り始めた。
「皆、そろそろ落ち着いてくれ。何の目的かは知らんがオレ達を目の敵にしているらしい。武装解除するつもりもないが正面からやり合うつもりもない」
「じゃあどーすんだよ!」
「そうだ、軍に喧嘩売ったって……」
勢いが良かったのは最初だけ。すぐに尻すぼみで皆が黙りこくってしまった。
「というわけで、誰も何が起きているか知らないし、今後の展開も分からない。とはいえ民衆を見捨てるわけにもいかないとなれば……」
「……撤退戦か?」
ロイドがボソリと呟く。作戦立案ではこの基地内でナッシュに次いで頼られている存在。ナッシュも頷いている。
「しか、ないと思う。半機族が空気を読んで大人しくしてれば良いんだが……」
「ウチのエースのドローンじゃねーんだからな」
クーガーの軽口に乾いた笑いが少しだけ。逆にエース二機の安否不明が思い起こされて皆の空気がどんよりしてきた。
「カミナさんもアリアさんも……」
「そっちはまだMIAだ。場が落ち着いたら探索に行こう」
落ち込むミネベアの肩に手を置いて慰めるロイド。MIAとは『作戦行動中行方不明』のことだ。これは『死体を確認するまでは希望を捨てるな』と言っているのだが、逆に実質戦死と判断している、と言っているのと同じだった。
「はい……」
辛うじて涙混じりの声で返すとナッシュが大声を張り上げ始めた。
「さぁ! 各員、撤退戦の準備だ。基地を捨ててサン・クルーズに拠点を張るぞ。BMは避難ラインの護衛を除いてサン・クルーズ南郊外に集結。部隊割り振りはそこでする」
「おうっ!」
「やるぞ」
男達が鼻息荒く気合を入れていた。
「ロイド、作戦立案だ。手を貸せ」
「ロジャー」
◆
部隊長クラスが3D地図の前に集まってきた。それ以外の隊員は各自の準備を始める為に司令室から出ていく。ここで既に地図をじっと見つめていたロイドが口を開いた。
「ナッシュ、どうする? ニューベイだけで難民六万人は受け入れられ――」
「――船で運ぶ」
「はぁ?」
ナッシュは既に決めてあったのか被せ気味に返事をしてきた。
「そうだ。一時避難だけならニューベイで良いだろう。サン・クルーズに戻れないとなったら船で近隣の都市に運ぶしかない」
「そうか、港だったな。とはいえ六万人の避難か……考えるだけで吐きそうになる」
ニヤリと不気味に微笑むナッシュ。これは悪い兆候だというのは残った隊長クラスは全員知っていた。
「十万人かも知れんぞ。ニューベイに居て良いと軍は言ってない」
「そんな無茶な……いや、既に無茶苦茶か……」
「俺の悪い予想は当たるぜ」
男達は顔を見合わせるがナッシュは何故か笑っていた。ロイドが頭を掻きながら呟いた。
「これは……流石に外れてくれることを祈るしかないな」
◆◆◆ 数時間後のワイルド・スカンク格納庫
次々と出撃するBM達。ものの数時間で殆どのBMが出払ったので格納庫は空っぽだ。戦闘員以外の職員はそのままニューベイまで装甲車で運ばれていく。
というわけで基地は殆どもぬけの殻になっていた。残っているのは司令室に数名と護衛BM数機のみだ。
「軍はまだオープン無線でくだらないこと言ってますよ。サン・クルーズの住民全てをニューベイに移動させろ。さもないと基地とサン・クルーズを荒地に変える、ですって!」
横柄な軍の無線にミネベアが怒り始めた。呆れながら肩を叩いて宥めるナッシュ。
「よし、そろそろ俺達も撤退しよう。住み慣れた基地とも暫しおさらばだ」
「しかし……サン・クルーズとこの基地、これだけ広大な土地で何するつもりなんだ……」
街と基地から出ていけ、と言っているのだから必要なのは『この土地』なのだろう。軍の目的は土地そのものと判断していた。
「重要な鉱物資源か未知のテクノロジーでも掘り当てたか……ショッピングモールを作る為、とかなら笑えて良いんだがな」
「ははは。全くだ。よし、俺達もサン・クルーズへ向かうぞ。防衛拠点の準備は?」
「ナイスな場所が見つかったらしい。半日もあれば構築できそうとのこと」
「流石はライナスだ」
上機嫌なナッシュの横で暗い顔で溜息を吐くロイド。
「どうした? 幸運の女神がどっか行っちまうぞ?」
「幸運……いや、船の準備ったって……どうすりゃ良いんだ? 大規模避難なんてノウハウが無い……船の手配だって――」
「――そんなモノ出来るわけがない」
真顔のナッシュに呆然のロイド。
「副団長……そんな無責任な……」
ニヤリと笑うナッシュ。
「俺達は傭兵団だ。避難なんかの面倒ごとはその道のプロにやってもらおう」
「プロって……?」
「役人どもさ」
ここで自慢げに胸を張るナッシュ。しかしミネベアも呆れ顔で溜息を吐き始めた。
「その役人どもは既に逃げましたよ」
「えっ?」
ここでナッシュはびっくり顔だ。肝心な情報を入手していなかったらしい。
「真っ先に居なくなりました。飛行機でリゾートに逃げ込んだようです」
「そういうこと。ナッシュ、オレ達がヒーローになるなら全部やる必要があるぜ」
「いや……それはムリだろ……」
顔が青くなるナッシュを見ていると、逆に皆は少しだけ笑顔になっていった。




