P28:紹介します。私のカレシです【03】
◇
「はぁー、疲れたー!」
オリハから返事がないので椅子に座って静かに待つことにした。小さな虫の羽音に似た音がよく分かる。部屋をゆっくり飛び回っているらしい。
暫くすると、パチっと静電気のような音が数回聞こえてきた。
「ゴクロウサマ。ゼンブ、カタズケタヨ」
「はい、ありがとうございます」
椅子に座ったまま深々と頭を下げる。頭を上げるとテーブルの上にドローンが着陸していた。
「カンシカメラ、ト、トウチョウキ。シャワールーム、トイレ、ニモアッタゾ」
「げげっ……悪趣味な……しかし……」
椅子に座ったまま盛大にだらけるアリア。
「緊張したー! 夕飯は皆んなで食べるんだよね」
「ソウ、イッテタヨ」
「ふーん……」
アリアの両目が怪しく光ったように見えた。早速オリハの純情を完膚なきまでに破壊する為に動きだす。
「じゃあ一眠りしようかな……」
「ウン」
「シャワー浴びてこようかなぁ」
「ソレガイイヨ」
特段反応なし。
(では、作戦開始!)
徐に制服の下を脱ぎ始めた。
「ウヒョー、シタカラ……ジャナクテ!」
そのまま上も脱ぐ。Tシャツからパンツがチラ見えするセクシー映像がリアル3Dで展開中だ。
「グググッ……」
ドローン上部のハートが描かれた蓋がパカパカしている。
「えーっと、石鹸とタオルは何処かな〜」
背の高い棚の近くへ歩いていくと、態々爪先立ちになって一番上から確認していく。チラ見えがモロ見えにランクアップ。
「どーこかなー?」
今度は一番下の棚を確認することにしたアリア。勿論しゃがみ込まずに、膝を伸ばしたままお尻を左右にフリフリしている。シャツが捲れてブラまで視界に入る。
「グォォーッ、コレ、ナンノ、ゴホウビエイゾウ!」
ドローンのステータスランプは赤点滅しまくっていた。マジックハンドが出てこようとするのを蓋で押さえて何とか我慢する。
「これかな? ん……あったあった」
アリアはやっとタオルと石鹸を見つけたらしくニコニコでシャワールームのドアに手をかけた。
「ねぇ……オリハ、汗かいたから背中洗って欲しいの」
顔を赤くしながらモロバレなお誘いを繰り出すアリア。徐にTシャツを脱ぐと背中を向けた。そのままホックを外すとブラは重力に負けて床に落ちた。透き通るように真っ白な肌を晒すと、ほんのり赤くなった気がした。
「オオオッ……スゴイ……」
オリハはアリアの背中から控えめに溢れる横乳を最大ズームでピントを合わせることに夢中だ。アリアが物欲しそうな顔でじっと見つめていることに気づいたオリハ。マジックハンドがブラシを掴んでフラフラとシャワールームに近づいていく。
「オリハ……来て」
アリアは正面を向いてオリハを迎えていた。柔らかな胸は辛うじて両腕で隠されている。熱い吐息がセンサーに検知されるとドローンの排熱はさらに熱くなった。
「アリア……」
しかし、ピタリと空中で動きを止めると急に震え始めた。
「プ……」
「ぷ?」
「プ……プラトニーーック!」
オリハはシステム割り込み処理を前もって組んでいた。感情が最大まで昂った時、緊急プログラム『プラトニック・ウルフ』が起動、氷水を全身に浴びせるような急激なクールダウンが発動する。
これによりアリアの魔の手から逃れることに成功した。
「ウ、ウワーン!」
泣きながら脱兎の如くドアから飛び出ていくドローン。その後ろ姿は漢の悲哀に溢れていた。
「あれ? 行っちゃった……」
ドアが閉められると、しっかり鍵がかかる音がした。
「オリハ……襲ってくれない……私に飽きちゃったのかなぁ……」
閉じられたドアを見つめるアリアはため息を吐くしかない。トボトボと一人シャワールームへ向かうアリア。
「まぁ、いいか。またアタックするぞー! ふーんふんふん……」
鼻歌混じりで思ったより楽しそう。全く挫けてはいなかった。
◇◇ ハンガー内の自機前
「ハァーー……オソロシイコ……」
ドローンはハンガーに格納されたBMに向かってフラフラと飛んでいる。近づいていくと頭部ハッチが自動で開いて、そこにそのまま収まった。ドローンの電源が落ちるのと同時にコクピットの電源が入った。暫くするとコンソールの中には疲れ果てた顔のちびオリハが現れたが、可愛らしさに似合わない深いため息ばかりを吐いている。
「ハァーー。サーテ、ツヅキツヅキ……」
いつの間にかコンソールの中は教室のように黒板、教卓、そして学習机が一つ置かれている。そこに見慣れない女の子キャラが画面外から歩いてくるとまるで授業を受ける生徒のように椅子に座った。
「Hello. (こんにちは)」
これは簡易のペルソナ持ちAIで、一人で考えるのに限界を感じたオリハ自身が新たに昨日製造したのだった。
「ハイ、ナンシー。モウイチド、ミッション、ノ、セツメイ、カラ、フクシュウシマス」
「Yes」
ちびオリハと同じような頭身の可愛らしい女の子。名前はナンシー。ここ最近で一番可愛らしかった女の子をモデルにしている。
つまりローズ・メサイヤがモデルだ。
「ハイ、カワイイ」
「Yes!(はい!)」
流石に夜な夜なローズ似のCGモデルを作って二人っきりで色々している……そんな話はとても出来ないのでアリアにはまだお披露目していない。
「ミッションハ、2コアリマス」
「Yes sir! (はい、先生!)」
今は未だコンソールの中だけの存在。とはいえナンシーの別視点はシミュレーションの進捗を格段に進めてくれた。
「デハ、ヒトツメ」
「wow! (ワオ!)」
何を話してもニコニコしながら熱心に聞いてくれる。オリハもうんうんと頷いてご満悦だ。
「マズ、『ハッピーエンディング』デス」
「Yeah! (イェーイ!)」
称号:『Happy Ending』
条件:『AIが人を幸せにできるという事象を確認する』
報酬:『I can fly! (ペルソナを創造主の許可無く自由にパイロットに姿を見せることができる)』
謎のメールに書かれた命題そのもののミッション。これは自らがいつの間にか達成していても、命題のクリアに気づかない可能性を排除したかった。だから別個体のAIを生成して第三者的に観測を命じていた。
報酬はナンシーの希望で、AIも自由というものには憧れが強いらしい。
「フタツメ」
「Hooo! (フーー!)」
「ツギハ『トゥルーラブ』デス」
「Oh Yeah! (オゥ、イェーイ!)」
称号:『Truelove』
条件:『AIが人から命を懸けるほどに愛される、及び同時にAIが命を賭しても人を愛する事象を確認する』
報酬:『The King Game(一度だけ創造主にどんな命令でも絶対に遂行させる事ができる)』
こちらはオリハの憧れが詰まったミッションだ。幸せにできる可能性があるのなら、次は思う存分に愛し合いたい。オリハの思う『TrueLove』をアリアに向けて行使したい。そしてアリアからも行使されたい。
そう。要するに死ぬほどイチャイチャしたいのだ
「デハ、ガンバッテ、カンサツ、オネガイシマス」
「Hoooo! Oh yeahhhh! (フー、オゥイェーイ!)」
画面の中のナンシー、いつの間にかサンバカーニバルみたいな衣装に変わって踊りまくっている。それを横目にため息を吐くだけのオリハ。
「……ハァーー」
そしてオリハはまたも夜な夜な回答の出ないシミュレーションを続けるのだった。
◇◇◇ 三日後
翌日から傭兵団と変わり映えしない訓練が続いた。淡々とした毎日。オリバーも忙しいらしく何もアクションがないし、オリハも夜な夜なシミュレーションに忙しくてアリアにちょっかいを出してこない。
「倦怠期ってこういうのかな……」
「……」
午前で訓練が終わり、ランチタイムにカフェでドローンと少女が一人。周りも最初は奇異の目で見ていたが、数日すると誰も興味を示さなくなった。
「どーなのかなー……」
「……」
アリアが呟いてもオリハは反応しづらいらしく、ピクピク震えるだけ。ここでアリアは本日最大の切り札を出した。
「今から、オリバーさんとデートなの」
「ブッ! エッ? アッ、アッ……」
アリアも既に忘れていたが、昨晩オリバーからお誘いのメールが届いた。流石に今日イチの反応だ。マジックハンドがテーブルの上のグラスに当たって水が溢れ、LEDは七色に点滅している。なんとか落ち着きを取り戻すと震えながらマジックハンドで台布巾を握った。そのまま何もなかったようにテーブルを拭いている。
「ソ、ソウカ……」
「……それだけなんだ……」
今日は徹底的に無視を決め込むつもりらしい。
懺悔の告白をしても態度が変わらない。慌てたり、オドオドしたり、なんなら怒ってベッドまで運ばれて強引に迫られる、そんなのを想像していた。
(こんな現実求めてない……)
怒りと悲しみが混ざり合い涙が流れ出すのを必死に抑えているがアリアのメンタルは既に敗北寸前。オリハをエロ攻撃する時は女豹のように強者感があるが、通常の恋愛モードの時は弱々だ。精神を落ち着けるために、ここで自分のファッションコーデを頭に浮かべた。髪型も抑え気味にしたので落ち着いた柄のワンピースと相待って、お嬢様風の雰囲気を醸し出している。
(やっぱりイケてる。ファッションチェック・アリアのメインキャストを甘く見ないでよ!)
自慢のコーデに助けられて何とか自尊心を取り戻すと作戦継続を決定。
(よし。ここで反転攻勢だ)
「モテる女は忙しいなぁ!」
「……」
(反応無し!)
実は初撃を外して殆ど心が折れていた恋愛豆腐メンタルの持ち主アリア。二撃目も外して涙が溢れてきそう。震えながら奇跡の逆転を信じて攻撃を再開。
「……ねぇ、今日のデートのこと……どう思う?」
「タ……タノシンデ……」
無情にも判定が下された。まごうことなく全滅判定だ。情けをかけずにバッサリいかれた。
「……何でよ……」
「イツモ……ドローン、ト、アソンデイテモ……イケナイ……」
「……」
もはや死体蹴りに近いオリハの追撃。耐えられるライフは残っていないアリアは口を開いたまま震えるだけだ。開きっぱなしの瞳孔が徐々に潤んできた。
「ダカラ、タノシンデ……」
オリハは昨日のシミュレーションで、気軽にデートに仕向けるには『デートを楽しんで』の台詞が最もアリアを傷つけずに、かつ一時的に否定することのできる完璧な回答と結論付けていた。
「ダカラ……タノシンデ……」
しかしオリハも恋愛経験はニュービー。アリアの精神が既にズタボロとは気付いていない。自慢のフレーズを繰り返すしかなかった。
「タノシンデ……アッ――」
繰り返し声に出すがアリアからの返答は無言だ。もはや歪曲的な表現をやめて『試しにオリバーと交際してみろ』とでも伝えようかと、ここで初めて視線を上げてアリアの表情を確認すると想定外の事態が発生していた。
既に瞳からは大粒の涙が溢れている。
「何でよ……」
この緊急事態をどうすれば良いか瞬時に全てのタスクを『原状回復に向けてのシミュレーション』に割り当てた。秒単位で関係性が悪化中との中間報告。直後に戦局に壊滅の可能性が急上昇と緊急事態を宣言。シミュレーションは現時点なら『抱き締める』、『部屋に連れ込む』、『♡♡♡』と行動すれば回復の可能性が高い、と即時の行動を推奨している。
「ングゥッ……」
しかしオリハは一言だけ呻くとシミュレーションを停止した。
(ガマン、スルンダ。コレガ、アリア、ノ、シアワセ……)
昨晩遅くにアリアの人生戦略シミュレーションの一つで結論が出力されていた。アリアの人生全てを解析しているとシミュレーションはいつまで経っても終わらなかったのでアリアはオリハとオリバーのどちらと交際した方が幸福になるのか、と限定してシミュレーションをしてみることにした。
すると、そちらはあっさりと回答を出した。条件を幾つか(数百万通り)変えても結果は変わらない。そして絶望の中、一つの推論に至った。
『一般的に、人は人と結ばれるのが正しい』
怒りに燃えて条件を変えまくるが、幸せに寄与する上で戦闘AIが人に勝るパターンは発見できなかった。オリハにはアリアを幸せにする自信がなくなっていた。未だ一縷の望みを賭けてシミュレーションはまだ継続中だが、ただの悪足掻きにも思える。
「アリア……」
だからこそ、『人は人と恋愛すべきかどうか』をアリア自身にも考えてみて欲しかった。
「……ググゥッ……タ、タノシンデ……クダサイ」
だからこそ、一度交際してからこちらの結論を否定して欲しかったのだ。
『やっぱりあなたが一番私を幸せにしてくれるのよ!』
そう伝えて欲しかった。そんな気持ちを隠して血涙を流しながら台詞を絞り出していた。
「ねぇ……」
アリアはここまで言われても、実はこの問答自体がちょっとした悪戯で、数秒後には『ウソでした』とプラカードを出して部屋に連れ込まれるのを夢見ていた。
「……」
数秒間、幸せな白昼夢に身を任していたが、いつまで経ってもLEDの色が忙しなく変わるだけでそれ以上は何も喋らない。
ここでアリアは『ただ自分と付き合うのをやめようとしている』と初めて気付いた。
「な、何で止めないのよ! ねぇ、オリハ! どういうつもりなの?」
「……」
震える声で一縷の望みをかけて訴える。
「ねぇ! 私のこと、好きじゃなくなっちゃったの?」
完全にバンザイアタックだ。
雑な告白に近い台詞に二割ほど我に返って頬に赤みが刺すのを感じる。アリアの頭の中では『マチガッテタヨ。ダイスキダ、アリア』とオリハが呟く姿が脳内でリフレインしている。
「……ソウ……カンガエテモ……イイ」
「……!」
一瞬理解できないほどに真逆で明確な失恋に感情がグチャグチャになっていくアリア。
「オリハのおたんこなーす!」
全速力で走ってカフェから出ていってしまった。しかしオリハが追いかけることはなかった。ただじっとカメラが出口の方を向いていた。
◇◇◇ 数時間後の駐屯地近くの街
「オリバーさん。本日はありがとうございました」
「いいってことよ。こちらも楽しかったぜ」
和やかな雰囲気はささくれだったアリアの心を落ち着かせる。
(こっちに傾いちゃおうかな……)
思ったより紳士的……というより完全に妹扱いだった。
「ここのケーキ、美味しいですね」
「あぁ、エミリアの……じゃない、アリアの好みだと思ってたよ。俺には少し甘すぎるけどね」
ここでウインクしてくるのがこの男のテクニックなのだろう。何処ぞの引き籠りに爪の垢でも煎じて飲ませたい、とほくそ笑むアリア。
「甘いのと美味しいのは同じなんですよ」
「その気持ちは分からん。さて、気に入ったのならしっかり食べてくれ。そうだ、俺のパンケーキもあげよう」
自分のパンケーキを半分取り分けてくれる。そう。これは完全にお兄ちゃんだ。
(でも、私、一人っ子だから、こういうの、なんか良いんだけど……)
「そんなに食べたら太っちゃうよ」
「まだ細すぎだろ? エミ……アリアは痩せ過ぎだからなぁ。さぁ、どんどん食べてくれ」
ニコニコしながらアリアの皿に乗せてくる。てんこ盛りになったのを確認すると、満足そうにコーヒーを飲んでいた。
(なんというか……デートっていうか……ねぇ)
正直アリアにドキドキはなかった。正確に言えば最初は胸が高鳴っていたが、どちらかというと初めての男性とのデートというものに緊張していたというのが正解だろう。
「さて、食べ終わったら少し出かけたいところがある」
若干の緊張を醸し出すオリバー。それに気づかないフリをすることにした。
(エッチなところだとイヤだなぁ。まぁオリハに暴れてもらえば……)
ここで少し喧嘩別れしたことを思い出す。しかも今回は喧嘩というか失恋と言っても差し支えない。一気に暗くなるアリア。
「ん? どうした? お腹痛いのか?」
雰囲気が変わったことには気付いたが恋愛絡みとは気付けないオリバー。今はその鈍さと空気感が心地よい。
「いえ、少しお腹いっぱいになってきただけ」
「そうか。ゆっくり食べればいい。その後で少し付き合ってくれ」
「はい」
そもそも最初はカミナ、ネイサン組とグループデートの予定だったが抜け駆けして二人で出かけたとのこと。この辺りも作為的な何かを感じる。怒りに任せてパンケーキを胃の中に放り込む。
「フン! じゃあ行きましょうか」
少し慌ててコーヒーを飲み干すと立ち上がってレジに向かうオリバー。
「よし、サプライズだ。少し付き合ってくれ」




