P26:紹介します。私のカレシです【01】
◇◇◇ 演習から数日後
「アァァ……ドウシヨウカナ……」
深夜の真っ暗なハンガーの中、一機のコクピットだけ煌々と明かりがさしている。オリハは未だに有効解答がシミュレーションで得られないので悪戦苦闘していた。
命題は『お前に人間の女の子を幸せにできるのか?』のただ一つ。戦闘AIたる自分に何処までの可能性があるのか。
そしてもう一つ。アリアがゴーグルを外して現実を認識した時の、あの悲しそうな表情。
「アレヲ、ミチャウト……」
有効判定が上位のプランは以下の通り。
・薬物と洗脳を利用して一生ゴーグル無しでは生きていけないようにする
・事故を装って一生残る傷を顔につけた上で部屋に引き篭もらせる。結果的に現実社会で暮らせなくする
・視覚神経と聴覚神経に常時直接アクセスする
最後がもっとも高評価だった。日常でゴーグルなしでも八頭身モデルをアリアの脳にだけ見せることができる。ドローンのマジックハンドと動作をリンクすればアリアだけからは本物の恋人だ。勿論それがアリアにとって幸せかは別問題だ。
「ナンカチガウ、チガウ……ハッ、モウアサカ……」
昨日の訓練終了後からパラメーターを追加したりアプローチを変えたりしながらシミュレーションを回し続けたが、一晩休まず回してもマトモな解答は導き出せなかった。
「ドウシヨウ……」
オリハというAIはレゾンデートルの喪失という危機を迎えようとしていた。最初は『アリアにエロいことをする』がもっとも重要なミッションだった。それが叶えられてからは『アリアを幸せにすること』にミッションが変化したことを感じ、充実したAIライフを過ごしていた。
「ドウシタラ……」
先ほどの命題の本質は『オリハがAIであること』を問題視しているのと同意と判断していた。つまり『オリハの存在自体がアリアの幸せに寄与しない可能性がある』と。
「ソンナコト、イッタッテ……ネー……」
往生際悪くシミュレーションを回し続けるが、納得する解答は得られなかった。
◇
「はぁはぁ……んんっ……はぁ……」
軽く呻くアリア。苦しそう、というより悶えているようにも見える。エアコンの効いた部屋は暑くもなかったが首筋にはうっすらと汗が滲んでいた。
「……はぁはぁ……んくっ! はっ……また……」
身体が軽く痙攣したと思うと急に飛び起きた。時計を見ると起きる予定の二十分前だ。ため息を吐いてシンクに向かった。
「前回の自分の姿……我ながら衝撃だったものね……」
コップで水を飲むと徐々に落ち着いてきた。そのまま顔を洗ってから目の前の鏡に映る自分を見つめる。
「あれが今の私の現実……なのよね」
マジックハンドと触手に絡め取られて喜ぶ自分の姿にはそれなりの衝撃を受けざる得なかった。無数の触手を前に乱れる自分の姿は、今思い出しても、もはやはしたないでは済まされず、下品にさえ思えた。
「羞恥というより幻滅よ……」
故にここ数日は過剰な露出を避けて、慎ましく清純派な自分を目指して生活を律していた。裾の長い清楚めのワンピースやキッチリしっかりなブレザーに身を包みお淑やかにする。周りから少なからず揶揄われもしたが、今までの淫乱な自分と決別しようとしていた。
しかし、何故か毎晩、夢の中ではマジックハンドと触手に弄ばれて悦ぶ自分がいた。目指す自分とは真逆の自分の姿を思い起こすと怒りすら覚える。
「……良いなぁ」
夢の中では触手に塗れて純粋に快楽に溺れることができる自分が羨ましくて仕方がない。早く自分も夢の中のように襲われたい、最近は逆にそちらを強く思うことの方が多くなっている気がする。
勿論、ふと現実に戻って冷めることもあった。
(ふぅ……まぁ、いいじゃない。オリハはオリハよ!)
アリア自身は自分の好みが普通の人とは大分違うことについてあまり気にしていなかった。ジェンダーフリーにも程があるが、どちらかというと八頭身イケメンと抱き合う自分の姿より、メカニカルな触手に塗れた自分を思い出す方が興奮してしまう。こんなことばかり考えているから欲求不満で寝不足の毎日だった。
「ふわぁ……どんなジェンダーにも平等に朝は来るのね。これがホントのジェンダー平等……なーんてね! んふふ、さぁ、今日はどうアイツを揶揄おうかなぁ……」
今日も制服ブレザーっぽい清楚めなワンピースを手に取り下着のワードローブを眺める。手に取ったのは一番セクシーなスケスケ紐パンだ。早速着替えて姿見の前でクルリと回ってみる。
そう、これはパンチラした時の絵面チェックだ。
「チラ見せで悩殺、イチゲキで陵辱よー!」
ニコニコしながら満面の笑みを浮かべているアリア。そうだ。以前よりずっと拗らせていた。
◇◇ 十分後のハンガー
「サムケガスル……」
怖気が走ったその瞬間、コクピットが外側から開き始めた。するとキョトン顔のアリアがハッチを開けて覗き込んできた。綺麗に整えられたストレートの髪が朝日に透かされている。あたかも妖精が花弁を押し分けて花の蜜でも集めようとしているように見えた。
(イヤ、ヨウセイッテ!)
ロマンティック過ぎる清楚な感想を飲み込んで冷静に振る舞う。アリアの幸せに自らの行動がどう影響するか判断できていない。だから積極的な行動が出来なかった。
「オーリハっ! おはよ……う……って、何かあった?」
(スルドイ……)
外的環境や地政学、環境に歴史に人間関係と可能な限りパラメーターを増やしたら徐々にシミュレーションの結果が向上してきた。現状を正確に数値化できれば、もしかしたらAIと交際する方が幸せに寄与するという結果が得られそうだった。
だからこそ、殆どの演算能力を使っていたのでほんの少しだけ反応が遅れてしまう。誤差の範囲程度の遅れと判断していたが、そんな機微にも気付いてくれるのでCPU温度が数度上がる嬉しさを感じる。
「ナンデモナイヨ。シミュレーション、マワシテイタカラ、ハンノウガオクレタ」
「ふーん……よいしょっと」
ちょこんとシートに座ると黙ってじっと此方を見つめている。
無口なアリアも可愛い。
既にハッチを閉じたので密室だ。
故に邪魔する者は誰もいない。
そんなことを考えながら今後の対応をどうするか悩むAI。そもそも差出人さえ分からない一通のメール。
『お前に人間の女の子を幸せにできるのか?』
アリアのことを真剣に考えるが故に軽はずみに手を出せなくなって――
「――どうしたの? やっぱり変じゃない?」
「アー……ナンデモナイヨ」
シミュレーションにパワーを持ってかれているので反応が遅れる。心配そうに上目遣いでコンソールを見つめてくる姿を見ていると、ふと庇護欲のベクトルがおかしくなって襲いそうになる戦闘AI。ハートが描かれた蓋が開きそうになる。
そしてそれを見つめる二人。
「ハッ! イカンイカン……」
「何か隠し事してるでしょ?」
コンソールに顔を近づけてくるアリア。嗅覚センサーに検知される甘い香り。ピンク色の感情が溢れ出すその瞬間、シミュレーションの一つが解答を弾き出した。
『プラトニックを継続すれば現状維持は可能』
(クゥーーーッ……)
自らの出した答え。それは要するに蛇の生殺しを継続しろとのこと。即座にオリハは素数の計算を始めた。
「ん? メインモニターに沢山の数字が表示されてるけど……これは何――」
「――モウスグ、クンレンデショ?」
オリハはアリアの質問を無視してハッチを再度開けた。ハンガー内に満ちるオイルの燃焼や窒素化合物の成分を感じたのでほんの少し落ち着く。
「ソノカッコウ、ハ……カ、カ、カワイイ、ケド……」
「えっ? 可愛い? んふふ!」
照れながら可愛らしくお尻を少しフリフリ、スカートの裾をパタパタしている。そんなあざとい動きにもギリギリカメラ映像に白色は感知されない。
「オシイ……アッ……」
そんな画像分析を見透かされているようで挙動不審になる戦闘AI。
「アー、ウゴキヤスイ、カッコウニ、キガエテネ」
「えっ? あー、そうねー。うーん、訓練あるの忘れてたぁ。えー、面倒だなぁ……」
不満そうなアリアはグズってなかなか出て行こうとしない。唇を尖らせて上目遣いに物欲しそうな視線をするアリアは魅力的この上ない。
「ロ、ロロイドノ、トックン、マッテルカラ」
「うん……よーし、がんばろー!」
何とか健全な方向に誘導できた所で素数の生成をやめてコクピットから降りるアリアをじっと見つめる。その時、元気に飛び出るアリアのスカートが翻り、眩しい太ももと数ミリの白い布が検知された。
「グググッ……オソロシイ、コ……」
素数の生成が再開された。
◇◇◇ 訓練後のハンガー
アリア的には同級生のカレシと体操着姿で色々する為に体育倉庫に出向いたら、何故か部活に参加させられて思いの外、精力的に身体を動かしてしまった感じだった。
「連携訓練ばかりでつらみ……」
「ハハハ。アイカワラズ、ニガテ、ダナ」
「もー。ふーん、少し寝よーっと」
たっぷり身体を動かしたので二人とも一時的には性欲が発散されていた。コクピットハッチを開けてハンガーに降りる時、ふと動きを止めて固まるアリア。
「ドウシタノ?」
再度動き出すアリア。自室に戻るようなので、それをいつものようにドローン姿で追いかけるオリハ。
「んー、シャワー浴びよっかなぁ。誰か背中洗ってくれる人いないかなぁ」
「ングゥーーーーー……」
変な叫び声と共に姿を消すドローン。しかし、アリアは微かなモスキート音と肌に感じる微風で何となく隠密モードのオリハの位置がわかる。
(オリハは……ついてくるわね)
ニヤリと微笑むと急に部屋とは違う方向に歩き出した。食堂まで来ると、一人席に座ってジュースをストローで飲み始めた。
「なんか調子でない。引退しようかなぁ……」
ブツブツと独り言を呟くと微かに肌にあたる風が変わった。透明なドローンが狼狽えている姿が想像できる。
「彼氏作っちゃおうかなぁ」
少なくない風が頬に当たる。楽しくなってきたアリア。
「夜寂しいなぁ」
呟くたびに風の角度が変わる。
「誰か、一緒にベッドに入ってくれないかなぁ」
呟くたびに空気が揺れる。熱光学迷彩を張った無音飛行のドローンといえど、動揺すれば気配は感じる。その動揺が心地良かった。
「あぁん、身体が疼い――」
「――アリア、話があるんだけど……後が良い?」
ニヤニヤしたカミナがいつの間にか後ろに立っていた。隣にネイサンというムキムキが肩を抱いてニコニコしている。その横にはオリバーと呼ばれた青年が居た。一応横を見て聞いてないフリをしてくれていた。
「ひぃっ! カミナさん……あっ、今でイイですよ。何でもない、何でもないです。ないんですよー!」
耳までどんどん真っ赤になる。
「ニヒヒ。いいって、いいって。そういう年頃だもんな」
「ち、違います!」
ここでカミナはこそっと耳打ちしてくれた。
「日付がフィックスしたぜ」
「ふぇっく……す? えーーっ?」
何故か顔を更に真っ赤に染めたアリアはカミナを見ながら生唾を飲むことしかできなかった。
◇◇
「きゃははは! アリア可愛すぎよ〜!」
「……」
静かに固まるアリアの横にそっと着陸しているドローン。周りには先ほどの三人が座っていた。三人は筋肉質なのでテーブルが狭く思えるほどギューギューの圧迫感を感じる。
「可愛いわね。アリアったらフィックスをセック――」
「――やめて下さいよ、もーーっ……」
ストローでジュースをぶくぶくしながら絶賛不貞腐れているアリア。
「ははは、しかしアリアの乗るBMはモンスターだな」
「オリハです」
「えっ? あぁ、愛称かな。武装だけでも何種類搭載してるのか唖然とするぜ」
「えっ……そうかな……そうかも。えへへ〜」
オリハを誉められると嬉しくなってパタパタと尻尾を振る犬のよう。
「どんな武装なの?」
「えーっと、粒子ビームと、えーっと……PPAP……だっけ?」
「APSFDF! オボエテヨ……」
思わず口出しするドローン。仕方ないので事務的に武装紹介。
「……トイウカンジデス」
オフィサー二人組が驚いていた。
「タングステン弾頭からフレシェット弾まで。それにビームシールドとは……クールだな」
「あぁ。こちらの正式装備の方が馬力はあるが正にハリネズミだ」
六十ミリライフルと三十ミリガトリングに重装甲の正規軍MBMと比べても引けを取らない。
「正にオーパーツ。奇跡のBMだな」
「ソレホドデモ……アルヨー」
機械のくせして照れるオリハ。でもってオリハが褒められて嬉しいアリア。
「そうよー。それほどでも、あるのよね!」
機嫌が良くなったところでオリバーが席を立った。
「さて、明日の午後休暇にここで良いかい?」
「あっ、カミナさんは――」
「――ゴメンね。私、朝から休みなんだよねー」
「だから、オレ達二人で出かけることになってるんだ」
早速裏切られるアリア。
「ぶー……結局一人じゃーん……」
チラリとドローンに視線を移す。しかし何も反応が無い。どちらかというと無視されているような感じを受けた。
「じゃあ、また明日な」
オリバーは否定する間もなくさっさと歩いていってしまった。
「勝手な……」
「じゃあ私たちも行くわね。ホント、ゴメンね」
「こういう時はエンジョイしときな!」
二人して腕を組んで行ってしまった。ポツンと残される一人と一機のドローン。気不味い空気が二人の間に流れている。
「……」
「……」
音も無くそっと浮き上がると、弱々しいマシンボイスが聴こえてきた。
「シミュレーションデ、イソガシイカラ……モドルヨ」
「……」
沈黙が耐えられないドローン。小さく揺れながらバックで進んでいく。
「モ……モドルヨ……アァ!」
後ろ向きで柱にぶつかって狼狽えている。
「ア、アリア、マタネ!」
そのままハンガーの方へ飛んで行ってしまった。ポツンと残されたアリア。オリハが着陸していた机をじっと見つめている。
「オリハ……私が取られちゃっても……良いの?」
アリアの中のカレカノのイメージは単純だ。実体験は無いので少女マンガのソレが全てだった。
二人で買い物デートにいく。
手を繋いで歩く。
ふとしたことで彼氏にヤキモチ妬かせる。
そして壁ドンされて強引に迫られる。
そんなイメージに憧れる。
今はドローンが恋人。コクピットの中の3D映像が恋人。
それじゃあいけないの?
二人だけの甘い日常は確かに存在する、そう信じられた。
「外側から見たら、ただの戦闘機械とパイロット……なのかな」
ふとオリバーの爽やかな笑顔と逞しい肉体を思い出す。生々しい肌と筋肉。ノースリーブから伸びる太い腕に抱きつくアリアのイメージ。
無味乾燥したコクピットの中で触手に包まれる姿。対してオリバーの太い腕にぶら下がるのは酷く健全なモノに感じられた。
「バカ……」
小声で呟くとガクッと俯いた。そのまま大きなため息をついてから、勢いよく立ち上がった。
「バカオリハ!」
大声で悪態を吐いてから、大股で部屋に戻っていった。




