P24:さーて、ボーナスタイムよー!【02】
◇◇◇ 数日後
正式に準正規軍への格上げが決まると、まず騒々しくなったのが裏方の事務官の面々だった。やたら掃除を張り切ったり、安全衛生的なことをとやかく言い始めたり、労務的なことで副団長のナッシュと揉めたりしていた。
いの一番で食堂に改善の手を伸ばしてくれたのでメニューが刷新されたが、これについての評判は上々だった。
「むぐむぐ……ご飯が美味しくなるのは良いことだよね〜」
アリアがパンケーキを口いっぱいに頬張りながらニコニコしている。
「アルコールと酒のバリエーションも増やせば良いのに……」
カミナは不満そう。アル中とヘビースモーカーを減らす為に嗜好品の販売は数量を規制すると張り紙が貼られていた。
「全く、不健康な奴らには酷な世界だな……」
「んふふ。お酒、減らしましょうよ」
「そりゃ無理だ。健康になっちまう……」
「えぇ……」
ゆで卵とベーコンとマッシュポテトをボールいっぱい持ってくると、マヨネーズをドバドバ入れながら掻き混ぜている。その後、一心不乱に食べ始めるとアリアが二枚目のパンケーキを食べ始めるより早く食べ終わってしまった。
「ごちそうさま。確かに味は良くなった気がするな。じゃあ先行くぜ」
「ん! むぐぐ……」
今日は士官クラス全員、早朝からブリーフィングがあるので、まだ日も明けきらない時間帯でも食堂は賑やかだった。混雑の中をトレイ片手に急ぎ足でカミナは行ってしまった。
「もう……じゃ、私も急ぎますかね」
二枚めのパンケーキを半分ずつ折り畳んで二回に分けて口に放り込む。両手を合わせると、カミナの後を追いかけてすぐに席を立った。
◆◆◆ 一時間ほど後の司令室
『――本日の訓練は昨日迄の訓練の成績で選抜したメンバーによる三対三の実戦形式の演習を行う』
マイク越しにナッシュの真面目な声が響くと何故かそこかしこから歓声が飛んだ。ナッシュもそれを不思議には思ってなさそうだ。少し姿勢を正してマイクを構える。
『――さーて、ワイルド・スカンクが誇る三人のエースから紹介させてもらおうか』
「おーーっ!」
突然に始まる選手紹介。さながら運動会のアナウンスだ。司令室はパーティー会場のような騒ぎっぷりだが、反対に直下に見える演習場には独特の緊張感が満ちているようだ。
『――彼には誰も賭けられなかった。まさかの男が上位三人に滑り込み。単勝十八番人気が今日の演習の切符を手に入れたぞ! もうお調子者とは言わせない。金に厳しく自分にも厳しい男の中の男。特殊部隊を指揮した経験は伊達じゃない。その名はロイド・オースティーーン!』
「わーーっ!」
騒ぐ皆を見てみれば完全に体育大会の高校生と一致する。違いといえば殆どの野郎の右手には缶ビール、左手には現金が握られていた。
そしてロイドも悪い気はしていないらしい。司令室の窓からも愛機の横でガッツポーズを決めて気合いを見せている姿が確認できたが、モニターには経歴と共にリアルタイムの映像が映し出されている。
「ロイドー、頼んだぞーー!」
「お前に賭けたからなー。負けたらぶっ殺すぞー」
司令室には即席の賭場が作られていた。
◇
「参加者は賭けられないってのはいただけないなぁ」
興奮するカミナが拳を鳴らしながら舌舐めずりをしている。
「代わりに賞金をゲットしないとな!」
いつもの雰囲気と違うロイドやカミナを見て呆れているアリア。
『――さぁ、筋肉の筋肉による筋肉の為の女。暴力と男と酒が好き。粒子ビームの加速器も好き。だが、何よりも勝利が好きなこの女。前評判通りの成績を叩き出したのは、そう、それは私だ。カミナだ。カミナ・コーデリア・ローゼッサだーっ!』
暫し静まり返る辺りの聴衆。カミナを見ると、何故か顔が真っ赤だ。
「その名前……言うなよなぁ……」
どうやら本名が可愛らしすぎて恥ずかしいらしい。
「カミナさん……ぶっ!」
アリアが思わず吹き出すと涙目で睨んでくるカミナ。
「お前、カミナの続きはコーデリア・ローゼッサなんてお淑やかな名前なのか?」
「うははは、可愛い名前じゃねーか。コーデリアちゃん!」
「ほら、コーディ。しっかりと頑張りなさいね」
「あはは、コーディ……あははは!」
真っ赤な顔のカミナはBMの足をよじ登ってコクピットに入っていくと、すぐにハンドガンを持ってまた出てきた。
「今コーデリアをバカにした奴全員コローース!」
「あははは……」
盛り上がりは最高潮となってきた。ここでアリアの順番だ。少し緊張するアリアは生唾を飲んでいる。
「ねぇ、どんな紹介かなぁ」
「ピピーッ、カ、カワイイヨ、アリア!」
コンソールの中のちびキャラは両目がハートでフラフラしている。時折ハートマークのついた蓋がパカパカして触手が出てくるタイミングを計っている。
「んふふ! まだダメよー」
「マダ! クゥーッ! サキッチョダケデ、イイカラ――」
「――ダメ〜!」
乳繰り合っているとアリアの紹介アナウンスが始まった。オリハを突然放っておいてアナウンスに集中する。
『――さぁ、最後のメンバーは予想通りであり、大番狂せでもある。天使のような笑顔の横には無敵のドローン』
「ホウチプレイ……」
アナウンスに合わせてコクピットから出てきたアリア。開いたハッチに片足を掛けて決めポーズだ。ピッタリしたTシャツにミリタリージャケットを合わせた対オリハ用の勝負服。フリル多めのミニスカートから伸びるスパッツと白く細い足。軍用ブーツではなくスニーカーの組み合わせでスポーティーさを付け足し、かつフェミニンさが漂う甘辛ミックスには全く隙がない。
風でスカートが翻り細い足が覗く。そりゃスーパーAIごときイチコロだ。
『――そして可憐な少女が駆る最強BM。見た目とのギャップはダントツだ。誰が言ったか「ドローンを連れた魔女」の二つ名は伊達じゃない。アリア・マツモト、ここに見参!』
興奮して手を振りながら笑顔の弾けるアリアに観客のボルテージも最高潮。オリハは背後からチラチラ見えるスパッツを全力で録画している。こちらの興奮も最高潮だ。
『――さぁ、これに立ち向かうグッボーイズはぁ……彼等だ〜!』
アリア達三人の反対側には三機の軍正式装備の重BMが並んでいる。演習相手としてオフィサーからも三名が選ばれており、BMの前に直立不動で立っていた。少なくないブーイングが飛び交っているが、逆に応援の歓声も相当多い。これは賭けになっているからこそだろう。
『――正規軍の若きエースの名を縦にしているこの男達をまとめて紹介するぞ。まず――』
三人はいきなり上半身裸になると真ん中のBMによじ登り始めた。上半身裸のムキムキ筋肉が両肩と頭部の上に登り切ると嬉しそうにポージングしている。
『――その名はオリバー・スカーッド!』
「イェース!」
右肩に登っている細マッチョの伊達男がアナウンスに合わせて両腕を上げる。
『――ネイサン・ジャクソーン!』
「ウォーーッ!」
左肩のムキムキが叫んでいる。
『――最後はマルコ・ドロン隊長、このオフィサー部隊の責任者は俺だー!』
「……」
BMの頭部でバランスを取りながらポージングを決めるスキンヘッド。若干顔が赤い。
「隊長、また照れてるのかよ……」
「一番ゴツいのに……」
司令室では今回出場しないメンバー二人が笑いながら呟いていた。その音声はナッシュのマイクを通してマルコも聞いていた。
「人前出るのが恥ずいってダサいよな」
「あぁ、ほんとダッセー……」
マルコの両隣からも小声で悪口が聞こえてくる。
「……お前ら、本隊に戻ったら特別訓練」
取り繕い始める隊員達だがマルコはそれ以降口を開かなかった。
◆ 司令室
「ロイドは大穴だよ。締切は開始アナウンスの三分前迄だよー」
「お前に今月の給料賭けるんだ。ロイドー、負けんなよー!」
即席の賭場にはどこから持ってきたのかキャッシュレジスターまで置いてある。テンキーを高速で打ち込み入金するのは情報士官のミネベアだ。戦況予測は得意だがギャンブルは非効率と一蹴するタイプなので愛想はない。
「お預かりします。二十ゴールドをロイドですね」
「頼んだぜ!」
「知りません」
「こっちはアリアに三十ゴールドだ! 固いよね?」
「知りません」
次々と捌くミネベア。悩む客へのサービスも忘れない。
「ここで借金返さないと……クソ、誰に賭けたら……」
「あっ、ここだけの話ですけど……ウチの演習成績と軍のコンピュータから抜き出したオフィサー達の成績を掛け合わした予想もありますよ。どうですか? 今なら格安の一ゴールド」
「買った! ミネベアちゃんを信じるよ! 当たるよね?」
「それは知りません」
「えぇぇぇ……」
そんなやりとりを温かく見守るナッシュもホクホクだ。
「クレーン新調したかったんだよね。ホント、これを毎月やりたいよなぁ……」
そのセリフを聞いていたミネベアは、心底嫌そうな顔をしていた。
◇◇ それから二十分ほど後
「じゃあねー」
カミナがBMの手を振りながらスタート位置に着くため遠ざかっていった。今回の演習は三部構成になっており、まず参加者六名の距離は互いに離れた状態で開始される。第一競技は『高速移動しながらの射撃』がテーマになっている。
『――アリア、慌てるなよ。味方機と安全に合流するのが裏テーマだ。無駄なリスクを負わないように気をつけろ』
「ロイドさん、了解でーす!」
ロイドの無線に明るく返事をするが頭の中はピンク色で何にも了解していない。如何にオリハから手を出してもらうかだけ考えていた。
「よーし、私達も気合い入れるわよ!」
「ゴホウビ〜……」
コンソールの中のちびキャラは瞳を潤ませながら懇願している。それを見るだけでアリアも燃え上がるように身体が疼いてしまう。
そう、アリアのお預けも限界だ。
「えーっ……良い成績だったら今晩はコクピットに来ようかな〜」
「ウヒーーッ、ガンバル〜!」
怪しく微笑みながらコンソールの中のオリハを突くアリア。両目ハートのちびキャラも興奮しきりだ。二人ともすぐに見つめ合うし無駄に息が荒い。
「ヘーイ、お嬢さん。終わったらデートしない?」
ここでコクピットハッチの開いたBMが一機近づいてきた。本来スタート位置は数百メートル離れている筈だが肉声の届く距離まで近づいてきている。二人きりでイチャイチャしてるのを邪魔されて思いっきり不機嫌になったアリアはナンパ男を無視することにした。
「アリアー、どうだーい?」
軍用BMからオリバーと呼ばれた細マッチョがこちらに向けてウインクしている。それを見たオリハは敵意剥き出しにBMの目を赤く光らせて威嚇していた。
「ジコヲ、ヨソオッテ、ヤッチャウカ……」
やきもちを焼いてくれたので承認欲求は満たされるが、このままだとオリハを犯罪者にしてしまう。ここは意思表示をしっかりしておこうとアリアはハッチを開けた。
「間に合ってまーす」
アリアがツンと横を向いてそっけない態度をオリバーに向けている。しかし、この瞬間、オリハ個人のメールボックスに新着メールが届いた。このメールボックスは非公開だった。
(ナンダ?)
「おぉ、怖い怖い。じゃあオレ達が勝ったらデートってのはどう?」
「何それ? 意味分かんない!」
「ソウイウノ、マニアッテルヨ」
アリアがイライラしながら応答している。それを横目にオリハも適当に相手をしながらメールを確認していた。
(トクニ、ヘンナメール、デハナイナ……)
単純なテキストなので開封してみると、そこには一文だけが記されていた。
『お前が人間の女の子を幸せにできるのか?』
正しく青天の霹靂。瞬時にオリハはCPUの八割を『その命題』に占有させた。
「ははは、やっぱり女の子だな。怖くなっちゃったのかな。ヘイ、子猫ちゃん、お家でミルク飲んでるのが似合ってるぜ」
「な、なにをーっ!」
安い挑発にブチギレ寸前のアリア。シャドウボクシングでオリバーを威嚇。
「オリハ、なんか言ってあげて!」
「……」
オリハは正しくフリーズしていた。『アリアの人生』シミュレーションを解く為には八割では足りなかった。既に殆ど全ての機能を停止して、残った全てのCPUを割り振っている。しかし、どんな手段を使っても肯定の解答は出てこない。アリアは不幸になるしかないという結論だった。
(ソ、ソンナワケ……ナットク、デキルカ!)
「オリハっ!」
「アッ、ハイー」
今のアリアとオリバーのやり取りはオリハの短期記憶にも入っていない。
「……ナ、ナンデシタッケ?」
気の抜けた返事にアリアの方が怒り心頭。
「ムカピーッ! わかったわよ。負けたらなんでも言うこと聞いてやるわ!」
「オーケー、じゃあ約束だぜ!」
アリアが怒りに任せて叫んだ返事を聞くと、コクピットハッチを閉めてさっさと開始地点に行ってしまった。
「オリハ! しっかりしてよね。ボーッとしてたら私、さっきの変な男の人とデートすることになっちゃうよ?」
「アッ……ハイー……」
「ちょっと、何それっ!」
怒るアリアを無視して、『人間同士の恋愛』と『AIとの疑似恋愛』についてどちらが幸せかを推論する。テーマを絞っても、全てのパターンの回答が『人間同士』の方に優勢と判断した。
(オレハ……アリアノ、ジンセイヲ、モテアソンデイル……ダケナノカ?)
どんなパターンでシミュレーションを繰り返しても、オリハとアリアを祝福するような解答を得ることはできなかった。
◇◇ 訓練開始の数分後
「エエエッ……ソンナ、ヤクソクヲ――」
「――しちゃったわよ! いい? オリハ、絶対勝つわよ」
難解な命題を与えられたとしても、まずNTRは阻止するしかない。
「誤射してやっつけちゃうとかは禁止。皆んな、今回の正規軍入りを喜んでるんだからね!」
「アッ、ハイ……」
同じことを考えてたか、とほくそ笑むAI。コンソールの中でちびキャラがサングラスをはめると、寝っ転がりながらトロピカルドリンクを飲み始めた。
「デハ、フツウニ、カツトシマスカ」
余裕を見せて自信満々で呟くオリハ。こんなのでアリアの両目はハートだ。
「きゃーー! かっこいいーー!」
アリアも自らが課した禁欲生活で完全な欲求不満だ。実際は『もっと強引に迫ってくればいいのに。無理矢理サレたら仕方ないのに』と思っていた。
「今日は下着も可愛いの履いてきたのよ。へへへー、勝ったら……ご褒美に見せちゃおうかなぁ?」
なので思考もセリフも壊れ気味だ。スカートをチラチラ捲ったりと無駄な挑発を繰り返している。
「ウヒョーー!」
「見て欲しいな……だから絶対に勝ってね♡」
「ア、アリア〜……」
見つめ合う二人。ゆっくりとハートマークの蓋が開いてマジックハンドがアリアに向かう。しかし、スピーカーから威勢の良いファンファーレが鳴り始めた。
『――これより訓練を開始する。各自、状況開始!』
キッと司令室の方を睨みつけるアリアとBM。正直訓練よりオリハとの関係をステップアップさせることの方が重要だ。
とはいえお世話になっている人達の期待にも応えたい。
「仕方ない……私、宿題は先に済ませるタイプなの。だから、オリハ。ちゃっちゃと終わらせるわよ!」
元気な宣言を合図に背中に装備された粒子ビーム砲と百四十ミリ滑空砲が展開された。アサルトライフルを両手に握り、バックパックから肩にはグレネードも装備されているしシールドも両腕に展開されていた。
「スペシャルモード、トットト、オワラセルヨ!」
「うん!」
効率が良いかどうかなど関係ない。ハリネズミのように武装されたBMが一機、躊躇なくローラーダッシュで訓練エリアに侵攻していった。




