P23:さーて、ボーナスタイムよー!【01】
「今日は……悲しい話から始めさせてください」
久々の配信は、タイトルコールもなく、紺色のワンピースに身を包んだアリアの悲しそうな声で始まった。
「皆さんもお馴染みの、公認ファン第一号のローズちゃんですが、ニューベイへの盗賊団襲撃の被害に遭い……あんなに元気だったのに……あんなに……あんなに……」
言葉に詰まって暫く嗚咽だけが続いた。
「……ごめなさい。ローズちゃん、急いで天国への階段を登っていってしまいました。早いよね……お父さんも……お、お母さんも一緒に……んぐっ……」
「アリア……ダイジョウブ?」
ドローンが心配そうにフラフラ浮いている。生配信をしたい、というアリアの意見には反対だったが真剣な眼差しで訴えられれば何も言えない。
「大丈夫……だから、今日は楽しい話をさせてください。ローズちゃんとの楽しい思い出をたくさん話しておきたいんです。たまにさっきみたいに泣いちゃうかもしれないけど、今日は許してくださいね……」
この時点で百件を超える追悼コメントが届いていた。少なくないスパチャも飛んできている。
「皆さん、ありがとう。頂いたお金は亡くなった人達の遺族の人達に必ずお渡しします。うん! それでは、ファッションチェック・アリア、特別編。公認ファン第一号ローズちゃん思い出コーナーを始めます!」
アリアは出会いから最後にホテル・メサイヤに泊まった夜迄をできる限り笑顔で話していた。時々泣き出したり、鼻をかんだり、また、笑って泣いて、と忙しく配信を終えた。
◇◇ 数十分後
「ふぅ……終わった……疲れた……」
「ゴクロウサマー。シチョウシャスウ、サイコウキロクダヨ」
「ふふふ、ありがと」
後片付けをしているドローン。それを後ろからじっと見つめるアリア。ふと視線に気づきドローンが空中で姿勢を変えると、アリアは慌てて視線を逸らした。
「あー……っと、このライトは何処に片付けようかなぁ……」
「……」
しゃがみ込んで片付けするフリをするアリア。それを自らのカメラで舐め回すように鑑賞し始めるドローン。
首筋はほんのり赤く火照り汗ばんでいる。ライトを当てられて暑かったのかもしれない。きっちり整えたロングストレートに落ち着いた紺のワンピース。腰の辺りにはしっかりとパンティーラインが浮き出ている。
見ているだけでバッテリーの消費が激しくなる。そっとマジックハンドを伸ばして肩に置く。
「ア、アリア……コンバン……」
ピクッと跳ねるように反応すると、更に首筋は赤みを増した。じっと動きを止めてオリハの声を待っている。
「コンバン……イイカ――」
「――んっ!」
急に頭を数回振ると立ち上がって髪やスカートの乱れを直し始めた。オリハは興奮しながらモジモジしているアリアを眺めていた。すると、決心したかのようにオリハのマジックハンドを優しく握るアリア。
「ア……アリア」
そのまま部屋の扉まで連れていくとポイっと外に追い出した。
「エッ、ナンデ?」
すぐさま扉がパタンと閉まる。
「恥ずかしいの。今更だけど、すごく恥ずかしくなってきたの!」
「エー……」
扉の内側でモジモジするアリア。
「はしたないと思うの……なんか最近すぐにエロい感じになってたから……」
「ソンナノ、サイコー――」
「――エッチなのはダメだと思います!」
すると鍵の閉まる音が響く。
「エッチなのはダメです!」
部屋の中ではアリアがベッドに飛び込んで毛布を頭から被っている。
「エーーッ……」
「エッチなのは……ダ……メ……」
毛布に包まれると疲れていたのか一瞬で眠りに落ちてしまった。それを室内に取り付けられた各種センサーと隠しカメラで把握したオリハ。
「アァッ……ネチャッタ……カ」
小声の電子音声で呻く。扉の鍵など無力化済みだったが、流石に疲れたのか、と思い直しハンガーに向かってフワフワ飛んでいった。
◇◇◇ 翌朝ハンガー
たっぷりの睡眠で回復したアリアは操縦訓練の為、スキップしながらハンガーに向かっていた。自分のBMの前に来るとコクピットハッチが自動で開いた。
「オーリハ! おはよう」
「オハヨウ……デス……」
何故かライトは切れたままで暗闇の中にポツンと椅子が見えている。
「どうしたの?」
「……アァ……ハイ……」
声をかけると遅ればせながらに明かりがついた。しかし、あからさまに声に覇気がない。これは昨晩のやり取りで、何故エロいことに持ち込めなかったのか理解できなかったからだ。何度シミュレーションしてもスーパーAIの処理速度を持ってしても解答は出力されない。結果、スリープモードにも入れず一晩中悶々としていた。
「ベ……ベツニ……」
カメラで全身を観察するスーパーAI。Tシャツにハーフパンツというアクティブな服装からは健全な肉体美、要するに微エロを感じる。そっとマジックハンドを太腿に伸ばす。
「エッチなのはダメよ!」
操縦席に座りながら伸びてきたマジックハンドを平手打ちした。
「イタイー」
「めっ!」
「ケチー……」
コンソールのちびキャラに怪しく微笑むアリア。頬も心なしが赤らめているので、いつもより妖艶に見える。思わず生唾を飲み込むコンソールの中のオリハ。それを無視してアリアはそっけない態度を続けていた。
「オリハ、今日の訓練は何? やる気満ターン!」
「エット、ゴゼンチュウハ、シャゲキクンレン。ゴゴカラハ、オフィサータチト、エンシュウデス」
「オフィサー……あっ、あの五人の軍人さんね。よーし、がんばるわよ!」
ネームドBMを仕留めたことで、数ある傭兵団の中でも知名度が急上昇したのもあり、軍のオフィサーが派遣されて監査が行われていた。有用なら準正規軍扱いに格上げされるという実しやかな噂も流れていた。無駄に戦闘服を新調する者、BMをピカピカにする者も多く、皆が浮き足立っていた。
そんな中、プライベートの調子が良いと仕事の調子も良くなるタイプのアリア。オリハにお預けさせることで手玉に取って精神的な上位にいるので余裕があるらしい。
「クンレン、オワッタラ……」
「えーっ、どーしよっかなー。PXでカフェラテ奢ってね〜」
「ハ、ハイ〜……」
逆にオリハは悶々とした時間が続き過ぎて女子校に放り込まれた男子中学生のよう弄ばれていた。
◇◇ 数時間後
司令室には若干の緊張感が満ちていた。パイロット達は自分の順番が来るのを心待ちにしながら他のパイロットの戦技を評価している。事務方はオフィサーに不愉快な思いをさせないよう細心の注意を払っている。
「次が例の……」
「ですね」
五人のオフィサーは小声で呟きながらそれぞれ双眼鏡で覗いている。隣では少しだけ身綺麗にした副団長のナッシュが無線で指示を飛ばしていた。
「次、アリア機」
『――はーい!』
「いい気合いだ。ぶちかませ!」
◇
VRゴーグルを被ったアリア、舌舐めずりしながらトリガーを引くと弾丸がフルオートで連射された。そのままタイミングを合わせて視線をずらしていく。連動した動きで並んだターゲットがすべて破壊されていった。
「秘技、『フルオートでたくさん射撃でも当たるよ』は凄いのよ!」
「ナマエ、ガ、ダサイ……」
「何だと、オリハ!」
◇
「ヒュー! アリアやるな〜。技名は確かにダサいけど……」
『――何ですって!』
司令室にはアリアのプンスカした声がスピーカーを通して響いている。しかし、周りからは感嘆するため息のような声がそこかしこで漏れていた。複数射撃訓練は速度、精度、共にアリアがトップだ。
「流石ウチのニューヒロインだな」
『――えっ…… えへへ〜。それほどでも、ありますね〜』
今度は浮かれた音声が響いている。オフィサー達の模範演技をも上回る速度と正確さ。アリアのセンスが花開いてBMの操作は熟練パイロットのそれに引けを取らないものになっていた。
「ホント、旧ヒロインはちょっとゴツ過ぎ――」
「――お前コロス」
「うわっ、カミナ、勘弁してくれー」
「あははは」
くだらないことで盛り上がってはオフィサー達の顔色を気にする司令室の面々。全員、明らかに浮ついた雰囲気を纏っていた。
◇◇ 訓練後
反対にオリハの心は晴れず調子も悪かった。オートパイロットでハンガーまで移動する際も道路の段差に躓いて倒れそうになる始末だ。午前の訓練も終わり、皆からたっぷり褒めてもらえたアリアは上機嫌そう。反対にドローンはフラフラと飛ぶのが精一杯だ。
「オリハっ。しっかりしなさいよ〜」
ニコニコ顔で両手を腰に前屈み。ドローンに胸元を覗かせながら可愛らしく注意すると、計算通りTシャツから覗く下着に狼狽えるドローン。
「ウヒー、マサシク、ヘビノナマゴロシ……」
「んふふ!」
ドローンから伸びるマジックハンドと恋人繋ぎして歩く様を微笑ましく見つめる団員と呆れ顔の軍オフィサー達。
「何ですか、アレは?」
「あの子は色々と拗れてんだよ。あははは」
カンナが笑いながら横で見ている若い軍服姿の男の肩を叩いている。
「操縦センスが天才的なヤツで自分のBMを恋人のように扱う奴はいたが……」
クルクルと踊るようにドローンの周りを回る少女。如何にも幸せそうな恋する乙女のよう。
「……AI付き一人遊び用の玩具に惚れてんのか」
「それ聞かれたら間違いなくアリアにコロされるし、アタシもアリアの味方するよ!」
カミナの脅しも意に返さず話を続けている。
「それにしても……なぁ」
側から見ればドローンに熱い眼差しを送ってアタックしているように見える。
「マジもんのメカノフィリアかよ……」
「ちょっと! 言葉遣いに気を付けな……って言っても、確かに心配よね」
カミナもオリハを丁度良い『悪い虫防止』くらいに思っていたが、ここ最近アリアのオリハに対する気持ちが本気っぽくって困惑していたところだ。両腕を組んでアリアを眺めているとやはり心配にもなってくる。ここでポンとカミナは手を叩いた。
「そうだ! アンタ達が正しい道に矯正してあげたら?」
「……えっ?」
「あははは。じゃあそっちの教育は任せたよ、グッドボーイズ!」
カミナも食堂に向かう為、アリアを追いかけていった。男達も食堂に歩き始めたが、一人の若い男は未だ立ち止まって考え事をしている。
「ヘイ、オリバー。あのキンキーガールの指導官になってやるのか?」
「ボーニーだぜ。女はもっとチャビーじゃなきゃな」
止まっていた男がアリアを目で追いながら大きく頷いた。
「よし。俺のテクニックでしっかり調教してやろう。ロッキンボディを作ってやるぜ」
一斉に振り向く四人。
「マジかよ? オリバー、お前はフィアンセがいるじゃねーかよ!」
立ち止まっている四人の真ん中に割り込んで両肩を抱くオリバー。
「へへへ、ルイーズ最近少し太りすぎなんだ。細身のスイートXXXをゲットしてやるぜ」
「サイアク! あははは」
「またバレてルイーズに土下座するのかよ。あはは」
ここで突然端にいた男が指を鳴らしてから二人の方を指差した。ニヤニヤしながらカミナに射線を合わせる。
「仕方ねーな。俺はバフガールをゲットするか」
「ネイサン、お前もかよ……」
「マジかよ……ホント、このチームはBADBOYだな!」
全員でアリアとカミナの揺れ動くヒップを眺める。
「よーし。確かに上玉が藻屑になるのは勿体無い。いつもの通りブリーフィングから始めるぞ」
「マルコ隊長!」
凄みのある笑みを浮かべるスキンヘッドの男が親指を立てた。
「やるなら勝てよ」
「ラジャー!」
オフィサー達はプライベートでも好戦的らしい。
◇◇ 翌日
朝起きると顔を洗って歯ブラシを咥えながら髪を整える。昨日の訓練は午後からもめっぽう調子が良く、オフィサー達の駆る軍のBM相手に互角以上の戦績を残していた。皆の称賛の眼差しを思い出すだけでニヤニヤが止まらない。
「んふふ、それほどでも、あるよ〜!」
独り言を言いながら髪型までセットを終えると、今日の服装を選ぶ為に乱雑に掛けられた服の束に向かう。服を手に取っては放り投げて数点を選ぶと徐に一人ファッションショーを開催している。
「ふんふふーん、こらはどうかなぁ……ふふーん、よし、これでオッケー!」
コーディネートを決めると上下の揃った新品の下着に履き替えるアリア。イメージも通りの可愛さにニッコリ微笑んでから膝上二十センチのミニスカートを履いてみる。
「んー、生パンは流石に刺激が強いかな?」
スパッツを下着の上に履いてからミリジャケを合わせると、それはそれはフェミニンな軍人コスプレっぽい姿が出来上がった。
「これはエロ可愛いわね……って怒られるかな? んふふ、まぁいっか、カワイイしから。よーし、今日もガンバルぞ!」
オリハを揶揄ってドギマギさせるのを想像するだけで胸が高鳴る。扉を開けて食堂に向かうと、ボサボサ髪のカミナが前を歩いていた。
「おっはよーございまーす」
「アリアか……頭痛いから大声やめて……」
飛びついてはしゃいでみたもののカミナはローテンション。
(二日酔いか……)
そっと離れて横を並んで歩くことにする。
「飲み過ぎ注意ですよ」
「バレたか。ははは、毎朝そう思うんだけどねー」
食堂に近づくと、その横にあるPXに人だかりができていた。皆が機嫌良く賑やかにしていた。
「エクスクルーシブだーーっ!」
「すげー。本当の話なんだよな?」
喜ぶ人や疑う人。騒然としていたが真剣な顔をしたナッシュが現れると何となしに静まり返った。辺りを見回してからニヤリと微笑む。
「オレ達ワイルド・スカンクは準正規軍への格上げが決まった!」
一瞬の静寂。刹那にどよめきと歓声が響いた
「うおぉーーっ!」
「えっ?マジかよ」
自慢げな顔のナッシュは久しぶりだ。ここ最近はいつもしかめ面だったので、そんなイメージがアリアにもできていた。
「そうだ。彼等から正式に通達があった。これはホンモノだぞ!」
すると昨日訓練を共にした男達五人も現れた。少なくない拍手が湧いている。
「昨晩、本部に『準正規軍に値する』の報を入れました。今朝、審査部に回すとのことでしたから間違いないでしょう。今まで審査部に回って却下された例はありませんからね」
「おぉ……」
皆が五人を尊敬の眼差しで眺めている。すぐにでも握手会が始まりそうな雰囲気だ。
「さぁ、まだ朝食前だ。明日より正規軍との連携も訓練することになるぞ。皆、気合い入れてけよ」
「おぅっ!」
湧き立つ団員。それを尻目にアリアとカミナの二人は食堂の椅子に座っていた。
「ホントに決まるとは思わなかったなぁ……」
オフィサー五人と騒ぐ皆に寂しそうな眼差しを向けているカミナ。それを不思議そうに見つめるアリア。
「カミナさんは反対なんですか?」
独り言がアリアに聴こえたことに気づくと、寂しそうに笑いながら首を数回横に振った。
「軍は固っ苦しいからね。それが嫌で傭兵なんかをやってる身としては、どうにも……」
「そうなんだ……」
この『そうなんだ』はカミナの心情と経歴の両方の意味だった。
(カミナさん、軍人さんだったんだ。言われてみればそんな感じかぁ)
そんなカミナが息苦しさを覚える軍隊という組織。一抹の不安を覚えてしまう。
「ダメなんですか?」
「ん? あぁ、いや、多分大丈夫だ。何と言っても準正規軍だからね」
「はぁ……」
その辺りの言葉の意味はよく分からない。不満げな顔をしていると、その瞬間に何となくオリハの気配を感じた。
「タイグウガ、ヨクナルダケ」
「オリハ、やっぱり?」
アリアは微かに風を感じていた。春の微風より弱い風。隠密モードのオリハを何となく察知できていることは、まだオリハにも伝えていない。
(その内ビックリさせてやろっと!)
恐らく机の上に着陸しようとしていると想像していた。すると、アリアの想定の場所に着陸したドローンが姿を現した。
「うぉっ! オリハ、突然現れるなよな!」
「スンマセーン」
やる気のない機械音声。LEDは緑点灯で落ち着いているらしい。
「まぁオリハの言う通りだ。準正規軍なんて装備提供と合同訓練、それと引き換えのきな臭いミッション提供と相場が決まってる」
「ソウイウコト〜」
「二人だけ納得しちゃった……」
あまり意味は分からない。ただ、オリハが『良い』と言ってくれたので不安はなくなっていた。
「まっ、いっか。朝ごはん食べよっと!」
一機と一人を置いて朝食を取りに列へ並ぶアリア。それを見つめるカミナとオリハ。
「カワイイナァ……」
LEDが怪しく赤く点滅している。アリアの方に視線を向けると机の上のドローンに向けてウインクしてきた。
「アァァ……」
それに呼応するように更に赤色の点滅速度が速くなった。
「大丈夫かな?」
ドローンを見て溜息一つ。準正規軍化よりアリアの恋愛事情の方がよっぽど心配だった。




