P15:スリーポイントは外せない【04】
◇◇◇ ゼブラ小隊
『――何が起きた!』
『――操作が……』
突然に無線が途切れ、ザリザリとしたノイズだけが響いている。コンソールに映るちびオリハもパケットが無くなった時の動画サイトみたいに驚いた顔のままフリーズしていた。
「オリハ、どうしちゃったの?」
暫くすると、コンソールやモニターの電源が落ちて外の様子が見えなくなった。
「えっ? オリハ……どうしたの?」
数秒するとモニターに映像が映り始めた。しかし、いつものコンソールには『Non Persona MODE now』とだけ表示され、ちびキャラは居なかった。その文字の下には『awaiting orders.』とだけ書かれて点滅している。
「オリハ……オリハ? ねぇ、何処行っちゃったのよ! 早く出て来なさいよ!」
アリアが叫んだ言葉がコンソールに表示されると直ぐに『Answer.』と表示された。その下に『重篤な電子妨害を受けた為、ペルソナ退避モードです』と表示されている。
「ぺ……ペルソナ? それは何なの?」
また『Answer.』の後に『人格AIで現在の名称はオリハ』と表示された。
「オリハ? オリハを、オリハを出して!」
しかし、その回答は無情にも『重篤な電子妨害を受けた為、ペルソナ退避モードです』が、繰り返されるだけだった。音一つない森の中で孤独に打ちひしがれるアリア。オリハと会ってから初めての心細さに震えながら身を竦めることしかできない。
「オリハ……助けてよ……」
コンソールに浮かぶのは『awaiting orders.』のメッセージだけ。ふと、ちびキャラやキラキラを纏った八頭身イケメンが頭に浮かぶ。そっと目を瞑ると涙が溢れてくる。
(どうしたら良いの……全く分からない。怖い。怖くて逃げ出したい、初めてこの世界に来たときのように、あてもなく逃げ出したい)
「オリハ……たすけ……ひっ!」
何回目かの泣き言は、また森の木々が動き始めたことで遮られた。徐々に姿を現す無数のBM達。その全ての機体からライフルの銃口を向けられている。
無数の敵意を浴びせかけられたアリアは瞳孔が開きっ放しで息が荒い。恐怖で頭が真っ白になって全身が震えだすと失禁してしまい股間の辺りに出来た染みがどんどん大きくなった。もはや両手で顔を隠し身を縮めて震えることしかできない。
「助けて……助けて……」
永遠に続くかのような静寂と恐怖。アリアの精神は壊れる寸前だったが、突然の轟音と衝撃が襲った。オリハは敵BM達の銃撃で背中から仰向けに倒れてしまう。
「きゃーーーー!」
コクピットの中で座席ごと倒れているアリア。目に映るのは森の木々と青空だけ。敵が見えなくなって我に帰ることができた。
「あっ……う、撃たれたの? こんな現実いらな……あっ!」
倒れている中、思わず上を見上げた。目に入ったのは森の中で棒立ちする五機のBM。敵からの銃撃でそれらの装甲が削られる音が響いている。あまりの無防備な光景に身震いした。
「み、みんなも動けないんだ……」
(誰も助けてくれない……誰も)
また恐怖に押し潰されそうになるが、オリハの『デハ、オマエガ、タタカエ』のセリフと、とぼけたオリハの顔が思い起こされた。少しだけイラッとして涙が溢れ出てきたアリアの瞳。右手の袖で拭くと操縦桿を握り締めた。
「うぅぅっ、オリハのバカ! どうなっても知らないからね!」
操縦桿を前に倒すと銃撃の中、アリアの搭乗するBMは起き上がった。チラッと背後を確認する。棒立ちの味方の光景は変わっていない。ここで自分が逃げれば全ての攻撃が仲間達に向かう。
その事実に背筋が凍るようにゾッとした。
「もしかして……私が……護る……そんなの無茶だよ!」
おっかなびっくりで攻撃しようとトリガーを引くが『Unset Rifle.』と表示されるだけだった。
ここでアリアの中で何かがキレた。
「こらーーっ! ライフルくらい自分で構えなさい!」
すると、『I follow the |instructions《従う》.』と表示されてライフルを構えてくれた。
「ほらっ! これじゃあ狙えないでしょ! 早く頭にスポッと被せなさいよ!」
泣きながら叫ぶとHMD付きのゴーグルが座席の背後からアリアの頭部にセットされた。高精度の映像には無数の敵意が近づいて来る姿が映る。自分を殺そうとする存在達。マズルフラッシュと共に衝撃が襲う。横からも撃たれると、今度は横倒しになってしまった。
「ぎゃーーー! もういやーーー!」
泣きながら操縦桿を右に倒すと起き上がってくれた。迫り来る敵意の塊からは容赦の無い攻撃が続く。
「もう、近づくなーーーー!」
トリガーを引くと轟音と共に間近でマズルフラッシュが瞬く。数体のBMと森の木々がバラバラになっていく。トリガーを握り締めているので、四十発のマガジンが数秒で空になり、カラカラと音がするだけになった。
「ほら、弾がないよ、どうするの? 早くしなさい!」
文字しか映っていないコンソールに文句を言うと、また『I follow the instructions.』と表示されて給弾を始めた。
「無くなったら直ぐに弾くらい込めなさい! この役立たず!」
その間も銃撃は止まらない。モニター越しに敵BMへ文句を叫び始めるアリア。
「もーーっ! アンタ達も調子に乗ってバンバン撃ってんじゃない! ほら、なんか盾とか無いの? ほらほら、早くっ!」
アリアの叫び声にも反応して左腕のシールドを展開する。
「気が利かないわね! それくらい考えてやりなさい!」
前面のモニターには無数に映る敵BM。場所を変えようと操縦桿を思いっきり左に倒すと、足元のローラーが空転する音が聞こえた。刹那にジェットコースター並みの横Gがアリアを襲う。
「ぎゃーーーー! 速い速い、速過ぎーー!」
大きな木にぶつかって、また横倒しになってしまう。
「いたたた、もー!」
シートベルトが緩いのか操縦席から落っこちそうになっているアリア。操縦桿に何とか触れるとBMも起き上がってくれた。
「ほらっ、気が利かないわね。もっとしっかり私を固定しなさい!」
すると、ベルトが締まって座席に固定された。
「よしっ!」
その瞬間、今度は逆方向から砲撃を喰らって横倒しになってしまう。
「きゃーーー! またぁ!」
直ぐに操縦桿に力を込めると反応して起き上がった。
(どうする? こんなこと繰り返していても、埒が開かない)
もう汗や涙や色んなモノで全身グチョグチョで気持ち悪い。ここで初めて自分の股間の染みに気付く。
(私、漏らしてるじゃん!)
「あはは……早くシャワー浴びたい! だから、倒して帰る!」
叫んでから、ふと横を見ると至近距離に敵BMが居てこちらに抱きつこうとしていた。
「ひぃっ……」
一瞬身を竦めるが操縦桿を逆に倒して距離を取り、そのまま銃弾を数発叩き込む。
「ビックリさせないでよね。ビックリし過ぎて、もう、漏れるものもないよーだっ!」
舌をベーっと出して威嚇する。未だモニターに映る無数の敵BM、銃口が一斉にコチラを向いた。無数の敵意にあてられて、また少し失禁してしまう。それに気付くと涙が溢れ出てきて目に映る敵BMがみるみる歪んだ。
「うわーーん、何で私がこんな怖い目に逢わなきゃいけないのよーー!」
HMDを上にズラして涙を両手で拭く。拭いた側から涙が溢れ出る。
「無理だって! できるわけないよ! 一人なんて……一人? そんなの……無理だよ、もう嫌だよ、こんな現実ならもう要らない……要らないよ……」
膝を曲げ両手で顔を抑え操縦席に縮こまる。震えながら泣いていると、アリアのスマホからメッセージの着信音が鳴った。
前世のクセで泣きながら確認する。すると、差出人はオリハからだった。送信日時はたった今、すぐ。
慌てて飛び起きてアプリを開く。
『ガンバレ』
たった四文字のメッセージ。呆然と眺めるアリア。思い起こされるのはコンソールに映るちびキャラと機械音声。周りでは未だ激しい砲撃が続いている。
そっとスマホで返信する。メッセージは一つだけ。
『会いたいよ』
もう一度、操縦桿を握る。涙で歪んだ瞳で敵を見る。
もう一度、袖で涙を拭く。もう溢れ出てこなかった。
もう一度だけ、赤く腫れた瞳で敵を睨みつける。
「ターゲットの……排気口を狙える場所を教えなさい。あと、グレネードの準備をして、早くっ!」
コンソールに表示された『I follow the instructions.』の文字。即座にモニターへは射撃ポイントの方向と距離が表示された。直後に短いアラーム音と共にコンソールへ『mode change ASSULT』と赤く点滅している文字が表示された。
迷わず指で押すと『are you ready? Yes or No』とその下に表示された。刹那に聞こえるオリハの声。確かに『ハイ、カ、イイエ、ヲ、エラベ』という声が聞こえた。
「決まってるでしょ! 『はい』よ!」
ペシっと勢いよく『Yes』を叩くと一瞬だけ何だか分からないモノがモニター一杯に表示された。鼻息荒くHMDを自分の手で降ろして操縦桿を握り締める。コンソールの下にはグレネード用のレバーも出て来ていた。
「やってやるわよ、見てなさいっ!」
まるでその台詞がキッカケのように敵BMが一斉にアリアに向けて銃を構えた。
「ひっ……」
身体が竦むが顔を左右に振ると、記憶を頼りにスラストレバーを思いっきり前に倒した。操作に合わせてスラスターが全開になり敵のど真ん中に高速で突っ込んでいく。
「はひぃーーーーっ!」
タックルしながら突っ込むアリアの操るBM。なんとか敵の第一陣を突破することに成功した。慌てて振り返りながら射撃する敵BM達は高速機動に全く対応ができていない。
そのまま操縦桿を傾けてターゲットを指す方向に向けた。敵の集団は抜けても抜けても現れてくる。銃弾が飛び交い鋼鉄が削れる音は永遠に続くかのよう。
「うぅぅっ……ここ、何処よ?」
スラストレバーを戻し速度を緩めて現在地を確認すると、いつの間にか前回の射撃ポイントまでたった百メートルの場所に来ていた。
しかし絶望的に長い道のり。辿り着くためには数十体のBMを掻き分けて行くしかない。
また涙で敵の姿が歪む。
「うぅぅ……うわーーーん!」
泣きながら再度スラストレバーを押し倒す。刹那に強烈なGがアリアを襲う。一瞬で敵意の集団に近づくと右手のライフルを進路上のBMに向けた。
「うわぁーーーーっ! どけーー!」
トリガーを引き絞ると徹甲弾が目の前のBMを穴だらけにしていく。ボロボロになったBMへ肩から体当たりして数体纏めて吹き飛ばしながら突き進む。
「わーーーっ!」
叫びながら、前だけを見てレバーを必死に倒しているとポーンとアラームが鳴って『shooting point is here.』と表示された。スラストレバーを急いで戻すと急停止して思いっきりベルトが身体に食い込むが、気にせず顔だけをターゲットに向ける。
「んんーーーーっ!」
外に弾き出されるようなGに耐えながらアリアは歯を食いしばる。涙や鼻水でグチャグチャになってもターゲットからは目を離さない。何故か頭の中は異常な位にクリアだった。右足を軸に九十度ターンさせると、回転の強烈な横Gに耐えながらコンソール下のレバーを握った。
アリアがレバーを握るとBMもグレネード射出用のバズーカ砲を構えた。
横Gが治るまでの一瞬、ふとオリハが耳元で囁いているのが聞こえた。
『アリア、カゼ、ヲ、ワスレルナ』
風速三メートルの表示が目に入る。スリーポイントシュートの微調整をイメージしてほんの少しレバーを横に倒す。
「いけーーーーーっ!」
トリガーを引くと『ポンッ』と音が聴こえた。グレネードは放物線を描いて排気口に飛んでいく。すると、今度は爆発せずにグレネードは見えなくなった。
しかし成功したか結果が分かる前に敵BM達の反撃が再開されて、また砲撃で倒れてしまった。
「きゃーーーーっ!」
そこかしこで警告ランプが赤く点滅している。アラーム音が鳴り響く。ここで、アリアの緊張は切れてしまった。仰向けに倒れたBMの中で、全身をギュッと縮めて泣いていた。
「オリハ……オリハ……私……やったよ。でも、もう、無理だよ……助け……」
両手で涙を拭きながら泣いている。銃弾が装甲を削る音が響く。その音にアリアの精神が削られていく。
「助けてよーーっ! オリハーー!」
その時、地面が揺れ始めた。グレネードは排気口を通ってECMの機関部で爆発し、巨大な電源を巻き込んで誘爆していった。仰向けに倒れたままのコクピットの中で周りを眺めるアリア。地面からいくつも火柱や煙が上がっている。
「あぁ……私、上手く出来たのかな……」
アリアが呟くと突然モニターの電源が落ちた。期待と不安。一瞬の暗闇が終わりモニターが再起動すると、いつもの機械音声が聞こえた。
「アリア、ヨクヤッタヨ!」
「良かった……上手くできた……」
操縦桿が勝手に動き始める。
「アトハ、マカセテネ」
コクピット内の機器が一斉に稼働し始めて、モニター全面が文字や記号で埋め尽くされるが一瞬で消えた。直後に八頭身イケメンVチューバーがキラキラを纏って目の前でポーズを決めた。
八頭身イケメンはゴーグル越しの映像でアリアの両手を握る。すると、何故かアリアの両手には両手を握られた感触が伝わっていた。
「えっ!」
チラリとゴーグルを外すと、いつものマジックハンドがアリアの手を握ってくれていた。
「ネタバレ、ダメー……」
マジックハンドがゴーグルの位置をそっと直すと、イケメンオリハの片手がアリアの頭をポンポンと優しく叩いた。映像と感触の完璧な同期。リアル、とかではなくゴーグル越しの世界はもう一つの現実だった。
「オリハ……あなた、実在してるみたいよ」
満足そうに笑うオリハ。それを合図にいつものネイティブっぽい発音でビートに合わせてリズミカルにあたかも歌うような機械音声が聞こえてきた。
engage enemy now.
(現在、交戦中)
confirm main target is down.
(標的の破壊を確認)
but the threat continues.
(しかし脅威は継続中)
detect multipul little energe.
(複数の小型エネルギーを検知)
move to counter attack sequence.
(反撃態勢に移行する)
targets lock.
(複数の目標を固定)
mode change ATENA.
(高機動モード『アテナ』に移行)
are you ready?
(準備を確認する)
いつもの台詞。いつものオリハ。また涙が零れ落ちる。でも温かい涙。安心の涙。
「もちろん……もちろん、はいよ。お願い……ね」
「マカセロ!」
ここで私は意識を失った。
◇◇◇ 帰投中のコクピットの中
「やめてっ! もう来ないでーー!」
少し倒された操縦席から跳ね起きるアリア。自分の両肩を抱きながら震えが止まらない。
コンソールには心配そうなちびキャラ。すると、ハートが描かれた蓋がパタンと開き、二本のマジックハンドが出てきた。おっかなびっくりで、そっとアリアを抱き締める。
いつもの温かくて柔らかなマジックハンド。いつも通り私の体に触れる時、最初だけは丁寧に優しく触ってくれる。それに安心する。
「あの時、スマホにメッセージ送ってくれたの?」
「アレガ、セイイッパイ、ダッタ。ゴメンネ」
「そっか……」
言葉と言葉の間の静かな時間が心地良い。二人が互いのことを思いやる時間。
(一生懸命に私のことを考えてくれたんだ。ダメだ……なんか照れちゃう)
「シート、ベタベタ、ダケド、ガンバッタネ」
少しだけの悪戯っぽさと愛情を感じる声色。機械音声なのにアリアにはとても安心する声。
震えは止まっていた。
「汚しちゃってゴメンね。えっと、基地まで二時間くらいあるから少し洗おうか?」
「イヤ、アトデ、イイヤ。ソレヨリ……アリア、イイ?」
「…………うん」
アリアは安心感に包まれながら、目を瞑ってオリハのマジックハンドに身体を任せた。
Sector:04 End
――危機を脱したアリアとオリハ。しかし、厳しい戦いの日々は始まったばかりだ
――そんな中、二人の間に暖かい何かが生まれ、二人の絆を育んでいく
――イケ、アリア。生きていく為に。イケ、オリハ。大事な存在を護る為に
二人の絆の回数:三十五回




