P13:スリーポイントは外せない【02】
(それに、これくらいできないと捨てられちゃう)
変な想像が頭から離れないアリア。コクピットの中で孤独を感じて勝手に焦ってしまう。
「や、やって……やってやるわよ!」
「ヘイヘイ……」
期待してないけどね、と言いたげなオリハを一瞬睨みつける。
(見返さなきゃ。現実のアリアは、そりゃあもう凄いのよ! 驚きなさい!)
さっとレバーを掴むとすぐに排気口をセンターに捉える。集中するアリアは気付かなかったがオリハは感心していた。グレネード照準用のレバーは感度が高いのでまともに操作することもできないと踏んでいたからだ。
「ナカナカニ……」
「えっ? なになに? 私凄いの?」
散歩中の犬が尻尾を振りまくってるような笑顔でコンソールを見つめるアリア。あまりの可愛らしさに一瞬フリーズする。
「……ハッ! エット……」
とはいえ此方も喧嘩中の身。AIとはいえ簡単には仲直りしたくない。何となく褒めるのをやめて黙っていた。数秒の微妙な間が空く。
「ねぇ、どうなの?」
既に少しイライラしているらしい。こうなっては急に褒めるのも変な感じになる。
「チナミニ、フウソクヲ、コウリョシナイト、ゼッタイニ……」
操作説明を淡々と続けることにしたオリハ。
対して褒めてくれないとなら、命中させて褒めちぎってもらおうと決意するアリア。レバー操作に集中する。
「えいっ!」
「エッ? アッ!」
説明途中でアリアはトリガーを引き絞っていた。
「よしっ! 完璧!」「ダメダー!」
気合いの叫びと諦めの小声は同時だった。
「えへへ、スリーポイントなら完璧なショットよ……って、えっ? 何っ!」
コンソールに目をやるとちびキャラがタバコを吹かしていた。
「ゼッタイニ、アタラナイ。フウソク0.8Mダカラ……25センチ、ハズレル」
「えっ、何それ?」
「セツメイ、キイテヨネー」
残念そうな声にイラっとしたアリア。コンソールの中のちびキャラを睨みつけると少し困った顔が見えた。
(何よ? 当たらないっていうの?)
不安なまま放物線を描く弾頭に視線を向ける。完璧なスリーポイントのシュートとイメージが完璧に重なっていた。しかし、途中からオリハの予想通りほんの少しだけ右に逸れたので排気口自体に直撃して爆発した。
「うげっ……」
何となく、ゴールから嫌われてくるんとリングを回って外れるイメージと重なった。
「ハズレター!」
純粋に残念そうな機械音声。逆にアリアのささくれだった心にズキンと突き刺さる。
「ちょっと、失礼じゃない。あ、当たるには当たったでしょ!」
「イヤ、アソコデ、バクハツシチャ、ダメダヨ。ハイキコウノ、ナカニ、ハイラナイト……」
「えっ、そうなの? じ、じゃあもう一度!」
(外れちゃった……頑張らないと!)
胃がムカムカして少し吐きそうになるアリア。しかし今度は手が震えてレティクルが安定しない。
「えーい、気合い入れなさい、アリア!」
自分自身に叱咤激励した瞬間、森の木々がザワっと動いた気がした。鳥肌が立って全身が危険を感じる。それを無視してレティクルの表示に集中する。
「アリア! ソクジ、テッタイ! イソゲーー!」
機械音声の癖に本気で焦っている声。コンソールに目をやると慌てふためいて足踏みしていた。刹那にモニターに映る木々の違和感の正体が、全て敵BMだったと気付いた。既に周りを囲まれている。心臓がキュッと冷たい手で握られた感じがして身体が硬直して動かない。
「何で…………何で突然こんな近くに沢山居るのよ!」
「ネツコウガクメイサイダ!」
オリハが何かを勝手に操作すると、敵の位置がレーダーや画面に表示された。その数、三十体を超えている。
「ゼンソクコウタイ! コントロール、モラウゾ!」
焦る機械音声には何も返せない。その瞬間、ポンポンと何かが発射される音が聞こえた。
オリハはチャフとフレアとスモークをありったけをばら撒きながら全速後退を開始。ローラーダッシュとスラスターを最大出力にすると、アリアが今まで体感したことのない速度で後ろに進んでいった。直後に敵のマズルフラッシュが無数に瞬き、閃光弾が機体に何発も直撃した。
「40ミリ、ハ、イタイー。デモアサルトモードノ、ソウコウナラ、ナントカ……」
少しだけ声色が柔らかくなったと思ったら周りの地面が爆発し始めた。
「リュウダン、ハ、ダメーーー!」
反転すると全速力で逃げ出すオリハ。敵の偵察部隊とも出会すが反撃せずに撤退を貫く。モニターには警告灯が幾つも赤色点滅していた。
「ぐっ……気持ち悪い……」
あまりの急加速と急減速、進路変更で前後左右に揺さぶられて吐きそうなアリア。顔色が明らかに青い。
「アリア、アトデ、オセッキョウ!」
「な、何でよ!」
久しぶりにアリアは悪いことして先生に怒られる前の生徒のサイアクな気分を味わっていた。
◇◇◇ 帰投後のハンガー
いつものハンガーに無事帰ってこれた二人。しかし雰囲気は二人のサイアク。
「ナッシュト、ハナシガ、アルカラ」
コクピットハッチを開けると私が出ていくのをじっと待っているオリハ。反論しようと口を開きかけるが何も言葉は出てこない。アリアの小さな胸が不安と焦りで押し潰されそうだ。
「…………はい」
力なく返事をすると、素直に部屋に戻っていった。アリアは涙を流さないことだけで精一杯だった。
◇◇ 十分後の作戦ルーム
作戦ルームにはナッシュとカミナ、それにお馴染みのクーガーとロイド、他数名がモニターを前に深刻そうな顔をしていた。この部屋にアリアは居らず、代わりにドローンが一機浮いている。
この謎な状況にも既に慣れたらしい面々は何事もなく会議を続けている。
「――という訳だ。オリハ、ありがとう。さて、前回ファクトリーを壊滅させてからオレ達は本格的に目の敵にされ始めたらしい」
「だからって、ペース早くないか?」
「そうだ。だから作戦会議なんてものをしている」
「ナッシュ、状況が不鮮明すぎる。今回の情報だって……どう判断する」
ここで皆がドローンを見つめる。
「ネツコウガクメイサイ、マデ、ツカワレテイタ。ナニガ、オコッテイルカハ、ヨソクデキナイ」
皆が沈黙する。だが、何かが起きている。先制攻撃を仕掛けるか、主力部隊が戻ってくるのを待つか、誰も決められない。
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、またもドローンから聞こえてくる機械音声だった。
「シカシ、ココデ、ツブサナイト、ヨケイニ、ヤッカイナコトニナル、ヨカンガスル」
「ドローンの予感かよ……」
少しだけ沈黙。その後で皆が笑い始める。
「ははは、よーし、決まったな?」
「これまでも、それで片付けてきたからな。先制しようぜ」
「賛成だ。不気味な排気口はオリハの言う通りだと思う。グレネードをぶち込んでやろう!」
「イイね! あはは、流石はAI、流石はアーティファクト、流石はオリハということね。ところでアリアちゃんはどうしたの?」
場の空気が軽くなる。最後にカミナが素朴に聞くと、ドローンは何故か不規則に揺れ始めた。
「ケンカ……トイウカ……オシオキ……トイウカ……」
「歯切れの悪いドローンか……」
また皆で爆笑していた。
◇◇ アリアの自室
部屋の入り口のドアからパイロットスーツ、シャツ、靴下、ブラ、パンツ、と脱ぎ捨てられていた。それらを辿っていくと次第に水音が大きくなっていく。
(こういう時はシャワーを浴びるに限るわ)
部屋に入るや否や服を脱ぎ散らかしてシャワールームに直行していた。熱いお湯を全身に浴びて気合いを入れる。今日は明らかに調子に乗り過ぎた、と反省しても後の祭り。でもムキになるのを止められない。ここで俯いたままシャワーの水流を最大にした。
「だって、しょうがないでしょ! 私の居場所が……居る意味が無くなっちゃう……」
水音に紛れて大声で愚痴る。痛いほどのお湯が頭に当たって全てを洗い流してくれるようだ。
「わーーーーっ!」
水音で誤魔化しながら更に思いっきり叫んだ。多少はマシになったが、未だ気分は晴れない。諦めて蛇口ハンドルを勢いよく閉める。
暫くの間、目を瞑ってシャワーヘッドから床に落ちる水音を聴いていると瞑った瞳から涙がポロポロ溢れ出て床に落ちていた。
「これが現実なのかな……捨てられるのかな……もっと強い人……もっと可愛い娘が現れたら……捨てられちゃうのかな」
アリアは悲劇のヒロインになりきって目が真っ赤になるまで泣き続けた。これはいつものルーティーン。要するに涙活だ。
「ぐすっ……ふぅ、少しスッキリした……かな」
まだ心の中にはモヤモヤが渦巻いていたが多少はマシになった感じがした。タオルで勢いよく顔を拭いてから身体に巻き付け、そのままシャワーカーテンを一気に開けた。
「ふぅ……って?」
その瞬間、アリアの泣き腫らした赤い目に最初に映ったのは宙に浮かぶ自分の下着だった。それを大事そうに両手で掴みながら隠密飛行するドローンが浮いている。正面にあるレンズの横のLEDは赤く点滅していた。
大層興奮していたらしいが、今はLEDが不規則に点滅している。要するにオリハは焦っていた。
(これって……録画中?)
何となく赤色点灯は録画中のイメージが根付いている現代人。今は裸を撮られていることより、泣き腫らした弱い自分の映像を残して欲しくない。そんな思いに突き動かされていた。
「この、エロAI、盗撮やめなさい!」
強気に両腕を腰に前屈みになってカメラに顔を近づけた。この時、オリハは困惑していた。バレたら一大事、それこそ絶交されることを危惧していたが、思わず脱ぎ捨てられた下着の温もりに正気を失ってしまった。
「エット……」
ここでスーパーAIは対策を検討し始めた。盗撮に対するアリアの行動は以下のパターンだ。
1.シャワーカーテンを閉められる。
2.水を掛けられる。
3.箒か何かで追いかけ回される。
3の可能性が最も高く、またラッキースケベの起こる可能性も他の二つより段違いに多かった。故に見つかったら変な言い訳をして怒らせる、それを今回の戦術として採用していた。
「アノ……」
しかし、こんなご褒美は想定していない。シャワーを浴びたばかりなので全身が火照り、髪の毛は濡れて艶やかに輝いているアリアは、何故かタオル一枚で小さな胸の谷間を強調するようなポーズをしている。奥底に羞恥を感じる強気な表情はこれまででも最上級に魅力的だ。
「アノッ……アノッ……」
ここで戦術が全く通用しない事態に至り混乱し始めたスーパーAI。数秒固まっていたと思うと、ピーピーと電子音が鳴り始め空中で揺れ始めた。
「えっ、オリハ、どうしちゃったの? 壊れちゃ嫌よ!」
シャワー中、ずっと不幸な身の上に落ちていく自分ばかり想像していたが、オリハが壊れてしまえばどちらにしても終わりということにふと気付いた。アリアはドローンに対して、まるで『抱きしめて欲しい』と言わんばかりに両腕を前に出す。目も潤んだままで上目遣いに熱烈に見つめている。
その瞬間、アリアの身体からはタオルが外れて下に落ちた。それを気にする素振りもないアリア。
ここで、高性能AIは、何かの限界を迎えた。
「ア、ア、アリアーーーッ!」
突然ドローンの上部の蓋が開き、マジックハンドが出てくる。アリアの目にも、蓋に描かれたハートの模様が目に入った。
「えっ、ちょっと、ダメよ、あっ、あれーーっ」
何と、マジックハンド二本でアリアを優しく抱き抱えた。両手を祈るように胸の上で組んだびっくり顔のアリアが裸のまま空中を移動する。まるでお姫様抱っこで抱えられているようでドキドキ。
(ちょっと……ドローンにもキュンとするって、私どうしちゃったの?)
実は二度目のお姫様抱っこ。故にオリハは自信満々で抱えることができた。そのスムーズさにもアリアはキュンキュンしてしまう。そのまま部屋を移動してベッドに放り投げられた。なすがままの一糸纏わぬアリアはぺたんとベッドの上で座っている。
「ア、アリア、イイ?」
赤色LEDを高速に点滅させて迫るドローン。
アリアは破壊力最大の照れた微笑みを見せてAIに一撃を喰らわせてから、改めて両手を差し出した。
「うん、いいよ」
近づくドローンに合わせてベッドに寝転がると、目を瞑って身体の力を抜いた。
♡♡♡
「はぁ……」
色々と終わった後でもう一度シャワーに入り、今度はすぐさま部屋着を素肌に羽織った。布地一枚とはいえ防御力は上がった。さも冷静なフリをしながら頭を拭きながら部屋に入っていくと、ドローンは機嫌良さそうに飛び回っている。
「アリア、ヨカッタ――」
「――うるさい! このエロAI!」
いつものセリフを阻止するが、ふとドローンと目が合うだけで激しく動揺するアリア。
(ドローンの背景が花畑は私チョロ過ぎでしょ!)
「で、何しにきたのよ」
「イヤ、ナニヲ、サセテモラエルトハ、オモワナカッタカラ……」
「ぶっ! い、良いから用件を言いなさいよ!」
ドローンは空中にレーザーで高画質な映像を出し始めた。
「ツギノ、サクセン。エーット、ニジカン……イエ、イチジカンゴ、デス」
「一時間? もーっ、先に言いなさいよ!」
作戦を説明し始めるオリハ。奇襲の為、熱光学迷彩持ちのBMが掻き集められたとのこと。警護任務中の部隊からも引っ張ってきたらしく、代わりにカミナは警護任務に充てられるらしい。近づいて、一斉にグレネードを排気口にぶち込む作戦だから『今度は外さないで』と冗談めいて口に出すオリハ。
それを真に受けてショックを受けるアリア。
「アリア、コンドハ、レイセイニ、コウドウシテネ。スゴク、ダイジダカラ」
優しく諭すオリハに、またキュンとするアリア。
(また変な気分になっちゃう!)
「み、身支度するからハンガーに戻ってなさい!」
「ハーイ」
ドローンが扉の鍵を全て開けると、丁寧に外から全ての鍵が閉じられていった。
「アイツに普通の鍵は無意味なのか……」
ベッドに腰掛けて、ふぅ、と小さく溜息を吐く。既に不安なわだかまりは溶けて無くなっていた。しかし、逆に別のモヤモヤが生まれていた。
「もっとオリハに頼って貰いたいな……」
少しの沈黙の後、一人横向きにコテンと倒れ込んだ。アリアからは溜息しか出てこない。
「現実の私は役立たず……どうしたら……オリハの役に立てるのかな……」
溜息を吐きながらそのまま目を瞑ると、直ぐに寝息に変わっていった。




