P12:スリーポイントは外せない【01】
「ゴメーン、アリアちゃん機嫌直して、お願い!」
同性の整備員数名と楽しそうに廊下を歩くアリアを追いかける平謝りのカミナ。すると、アリアは整備員達にお別れの挨拶をしてから急に歩く速度を早めた。
「あっ、アリアちゃん、ごめんって!」
スタスタ前を歩くアリアに向かって手を合わせながら追いかけている。クルッと振り向き不機嫌そうに溜息一つ。
「カミナさん、もうヘンなことしちゃダメですよ!」
「分かった、分かったって、約束するよ」
「はい、約束されました。じゃあ仲直りですね」
「ありがとう、アリアちゃん!」
早速にっこり笑顔に変わったカミナ。それを不審そうに見つめる。
(許すの早かったかな? まぁ良いか。カミナさんも悪い人じゃないからなぁ)
「じゃあ今晩奢るよ。お酒でも一緒にどう?」
「それがダメなんですっ!」
◇◇ 数時間後
「ホントにもう! 今度はナッシュさんも一緒に飲んで変なことしてきたら怒ってもらおっと」
整備用のツナギを着ているアリア。上半身を脱いで腰に袖を縛っているので、謎な柄のTシャツ姿だ。ハンガーの中でオリハの前に胡座で座り込んでジュースを飲んでいる。
「しかし暑いよねー。ねぇ、オリハ、整備は終わったの?」
先程まで機体の様々な箇所のメンテナンス用ハッチが開いており、整備士達がオリハの機械音声に従って油を差したりしていた。既に全て閉じられている。
「サッキノデ、オワッタ。シツド、タカイカラネ。コクピットニ、クル? エアコン、アルヨ?」
スピーカーから響く機械音声。コクピットが少しだけ開くとエアコンの冷気が漏れてきた。
「触手伸ばしてきそうだからヤメておきます」
「バレタカ……」
パタンと閉じられたコクピット。呆れ顔を向けるといちいち視線を逸らすBMの頭部。
(こんなやりとりが出来るのが嬉しい)
昨日はこの世界に落ちてきた日とは違う種類の恐怖を感じていた。一人で襲われる時とは異なる恐怖。こちらが選択を間違えると、他の人の命まで失われてしまうという恐怖。
敵BMから発射された粒子ビームの輝きを思い出して少し身震いする。
「アリア、オシッコ、ガマンシテルノカ?」
「ぶっ! うるさい! 昨日のことを思い出していただけよ」
「アァ。アレネ……スゴク、サンコウニ――」
「――帰ってきてからじゃない! 今日もご褒美無し!」
「エェーーー!」
オリハと賑やかにしているとナッシュが近づいて来るのが見えた。基地内の色々な場所で見かけるので、実はナッシュさん暇なのかな、と疑いの目を向ける。
「アリア、昨日はありがとう。少しレポート纏めてるんだ。教えて欲しいことがある」
真面目な話だったので、少しだけ背筋を伸ばす。
「あっ、はい。分かることであれば」
「ナンニモ、ワカラナイ、ダロウケドナ……」
「こらっ、オリハ!」
「お前ら、ホントに仲良いなぁ」
呆れ気味のナッシュがタブレットを手に持ち直し幾つか質問を始めた。
「アーティファクト持ちはどんなヤツだった?」
「えーっと……」
「ゾクニイウ、『バンディット』ガタ。リュウシビームハ、テニモッテイタ」
「なるほど。何発、どんなビームを撃ってきたんだ?」
「えっ、えーっと、オリハ……二発だっけ?」
小声でオリハに聞くアリア。
「4ハツ。アリア、アッチデ、カラダ、ウゴカシテキテ、イイヨ」
BMの左手がハンガー横の運動場を指差している。
「ちょっとー、除け者にする――」
「――アリア、すまん。ちょっと急ぎなんだ。オリハに直接聞かせて貰って良いか?」
ナッシュさんからは少しだけ焦りと面倒臭さと苛立ちが見える。
(だからって、失礼しちゃうわ!)
アリアは不貞腐れた表情に変わると、すっと立ち上がった。
「はーい、分かりました! 聞き分けの良いアリアは身体でも動かしてますよっ!」
ドスドスと歩いてハンガーから出て行った。ポツンと残されたナッシュとオリハ。暫く無言だ。
「すまんな、オリハ。後で機嫌取っといてくれ」
「キニスルナ、イツモノコトダ……」
二人してこの後の面倒を想像してガクッと俯く。
「さぁ、続きだ。さっき粒子ビームは四発と言っていたが……」
◇
「ホントにもう、失礼しちゃうわ!」
プリプリ怒っているが、内心は不安だった。オリハは皆の役に立っている。でも、オマケの私は何の役にも立っていない。いつもオタオタして怯えているだけ。
「……ホントにもう……」
(オリハがご褒美に……私に飽きたら……エースパイロットの正体がバレちゃったら……多分この世界では生き残れない。それが現実……)
これがここ最近の一番の悩み。立ち止まって思い悩んでいるとアリアに声が掛かった。
「アリアー! どうだ、一緒にやるかい?」
声を掛けられた方向を見ると、バスケットコートくらいの広場に整備士やパイロットが十人ほど集まっていた。寝転がったり車座で座って談笑しているので一通り身体を動かした後に見えた。
「何してるんです……」
近づいていくと、ボールが飛んできた。そのボールを驚きもせずに受け止めて更に近づく。
「ナイスパス。これってバスケットボールなんですか?」
「おおっ、ナイスキャッチ! もちろんバスケだよ」
「バスケットボール……何か正式名称はそんなんだったか?」
「確かな。でも、バスケはバスケだ」
ロイドとクーガーも居た。ロイドは飲み物を飲みながら立って話をしていたようだ。ロイドは寝転がっている。
その楽しそうな光景に目を輝かせるアリア。
「私、経験者ですよ。ほらっ!」
ドリブル数回でスリーポイントラインに近づくと両手でシュートするアリア。ボールはゴールに音も無く吸い込まれた。
「やるじゃん! よし、1on1やろうぜ!」
いつも冷静なクーガーが勢いよく起き上がるとゴールの下で転がるボールを手に取りドリブルしている。フリースローライン辺りまで移動するとアリアを手で誘った。
(よーし、これは異世界転生っぽい展開よ! ここから現実の私も皆から一目置かれるようになるのね!)
「はい、クーガーさん、負けませんよ!」
◇◇ 三十分後
(はい、結果は普通でした)
アリアと他のメンバーでは基礎体力が違いすぎる。故に相手のカットインは止められない。ジャンプ力も無いからシュートも止められない。唯一の武器はスリーポイントだけで、外から何本か入れられたので何とか互角の勝負に持ち込めていた。
「はぁはぁ……こ、これが現実なの? はぁはぁ……なんか違うわ。転生モノなら『あれ、なんかやっちまいました?』とか言って大活躍がお約束じゃないの?」
謎に不機嫌そうなアリアを見て、周りは少し不思議そう。
「強いな、アリア。特に遠くからシュートをポンポン入れてくるのは参ったよ」
「えっ? あら……そうかしらね?」
取り敢えず煽てることに決めたらしい。
「そうよ、アリアちゃん。実戦でもカミナさんに続くエースが女の子なのは同性として嬉しいわ」
「突然現れた美少女がトップパイロットなのは格好いいわよ!」
数個の美辞麗句が向けられると、ふにゃふにゃになって機嫌良さそうに揺れていた。
「えーーっ、褒めすぎですよー」
もはやアリアが尻尾をブンブン振る犬に見える。
休んでいた人達も、もう一試合という感じで立ち上がったところでアリアを呼ぶ声が聞こえてきた。
「アリアー! すまんが良いか?」
「ナッシュさん!」
◇◇◇ 数時間後のハンガー
BMのコクピットに座ったアリアの着ているパイロットスーツ。胸の辺りにはカエルみたいなアップリケが貼り付けられていた。
これは、皆が個性を出してスーツを改造しているのに自分が着るスーツは標準のままなのが許せなくなったからだ。
(現役女子高生として着こなしで負けてられないわ)
因みにカミナはホットパンツとタンクトップが定番で、そもそもパイロットスーツを着ていない。そこまで目立つのはまだ早いと思い、ひとまずアップリケを一つだけ貼り付けてみた。
「今度はスパイ任務なのよね!」
「オチツケ。テイサツニンム、ダゾ」
「同じよっ! よーし、頑張るわよー」
アリアがコクピットの中で妙に張り切っている。
(ここで頑張って美少女エースの名を縦にするわよ!)
「ムダニ、ハリキルナヨ。コウイウトキガ、イチバンアブナイ」
思いっきり見透かされて恥ずかしくなるアリア。
「何よっ! 私だって頑張れるんだからね!」
「アマリ、ムチャシナイデネ」
「フーンだ! 『アリアとオリハ』出撃準備オッケーです」
『――アリア、オリハ、面倒ごとすまない。カミナもまだ整備中だから単騎偵察になっちまった』
ナッシュの声はまたも申し訳なさそうな声色だ。苦労が絶えない。
『――アーティファクト持ちが湧き始めたから怪しいと思っていたが、早速敵のベースが確認された』
「……ねぇ、ベースって?」
何となくしか分からない言葉の意味を思わずコンソールに耳打ちするように小声で聞いてみる。
「コガタノ、キチダ。セイサンセツビヲ、モタナイ、キボ、ダナ」
「…………?」
聞いたは良いがイマイチ理解できず数秒固まるアリア。
「アトデ、セツメイスル……」
(あ、呆れられた。寂しい)
スピーカーの沈黙がキツい。両手の人差し指を胸の前でツンツンしていじけるしかない。
『――偵察だけで良いぞ。ウチで片付くレベルかどうかの判断を頼む。では、アリアとオリハ、武器使用自由を命じる。行動開始!』
「はい! 交戦規定を受理しました。出撃します」
単騎でハンガーからゆっくりと移動を始める。その中でアリアは無駄に興奮していた。
「ねぇ、『交戦規定を受理』ってカッコよくない? ねぇ、ねぇったら!」
「キマリゴト、ダヨ。メンドイダケー」
「えーっ、プロフェッショナルって感じよ!」
「ナンカ、フアン……」
◇◇◇ 敵ベース近くの森の中
「ネツコウガクメイサイヲ、ツカウカラ、センサーガ、ツカエナイ。アヤシイ、トキハ、テッタイ」
「えっ、弱気じゃない?」
茂みの中で屈むBM。敵にも見つかっていないが、まだ敵の姿も見ていない、というよりライフルさえ構えていない。それがアリアには不満だった。
(ここで帰投しちゃったら、活躍する作戦が……これでは皆んなから褒めて貰えないよ!)
アリアの頭の中には皆から称賛されまくる自分の姿が浮かんでいたが、それが脆くも崩れ去ろうとしているのを感じで焦っている。
「アンロック、シタバカリノ、キノウダカラネ。ナレルマデハ、シンチョウ」
「もう少し近づこうよー。ねぇ、オリハ。ねぇ、ねぇ、ねぇ!」
オリハ少し無言。
「コマッタナ……」
搭乗者の心配をするAI。気分は教官だ。少し痛い目を見せることにしたようだ。
「ナラ、ヤッテミテ」
いつものゲームパッドが飛び出てくる。それを空中で受け取るアリア。鼻息荒く、前屈みになってやる気満々だ。
「では、偵察にゴーゴー!」
「ハイ、ドウゾ」
オリハ的にはセンサーが使えないと霧の中にいるようなモノだったが、アリアからすると、目と耳が正常なら特に不安は無かった。
「ゆっくり歩くよー」
パッドの上ボタンを浅く押してゆっくり進む。時折しゃがんだり、止まったりと一応は気を付けているらしい。鳥の声しかしない。他の音は自分が進む音だけ。
「レーダー、セキガイセン、カクシュセンサー、ツカエナイ、ノハ、フアンダナー。ソロソロ……」
帰投を勧めようとしたところで、アリアの目とオリハの画像解析が同時に人工物を見つけた。
「あれは何? ベースかな?」
「…………ワカラナイ」
「えーっ、どうする?」
建物、というより排気口に見えた。陽炎が見えるので、熱風を吐き出しているようだった。
「ナンダ……ナニヲ、ヒヤシテル?」
「どうするの?」
「ワカンナイ」
「がくっ。もー、しっかりしてよね!」
少しイラッとするオリハ。
「フンッ! ダッタラ、アレダケノ、ハイネツ、ダ。グレネードヲ、ブチコメバ、タオセルヨ、タブン!」
「えーっ、じゃあ、そのぐれねーどを出してよ!」
オリハ的にも「売り言葉に買い言葉。今の発言は失敗」と思ったが、発した言葉は口には戻らない。
「エーット……」
「往生際悪いぞ」
少しムカつくAI。コンソール中のちびキャラを見てもイライラが伝わってくる。
「ジャア、ジブンデ、ヤッテネ」
しっかり機械音声まで不機嫌だ。
コンソールに『mode change ASSULT』と赤く点滅している箇所が出てきた。そっと指で押してみると『are you ready? Yes or No』とその下に表示された。
ちょっとした嫌がらせなのだろう。流石に困惑するアリアに少しニヤリとするオリハ。
「エランデ。ハイ、カ、イイエ」
上から目線な声色。そしてそれを感じてアリアの方も少し苛立った。
「ふーん、いつものヤツでしょ? ではポチッとな。もちろん『Yes』よ」
コンソールに一瞬『ok』が表示されると、プログラムのような長い英文がツラツラと表示される。目を奪われて困惑していると、アリアの頭にはいつものヘルメットではなくゴーグルタイプのHMDが自動で被さった。
「あれ? ヘルメットじゃないの?」
「エヘン。ナツハ、ヘルメット、アツイカラネ」
気遣いが嬉しくて一瞬笑顔に戻る。でも急に自分の不甲斐なさが際立った気がして余計に素直な感情を出せなくなるアリア。
「ありがとっ! フンっ」
「ムズイ……」
年頃の少女の心の中など分かる筈もないのでオリハは困惑することしかできない。
コクピット内はギスギスしていたが砲撃の準備は順調に進んでいる。背中から筒状のバズーカ砲が細いアームで展開された。左手に装備されるとHMDには今まで見たことがない複雑な照準が現れた。コンソール下にはいつものトリガー付きレバーが出てきている。
「グレネードハ、ムユウドウダン、ダカラ、ガンバッテ、ネラッテネ」
視線を上げ下げして照準を動かすと、表示されている色々な数字やグラフが小刻みに増減する。見ているだけで、これまた目が眩む。
「何これー……」
「レティクル。ヨコノ、スウジハ、センターマデノ、キョリ。アトハ、フウソク、トカダヨ」
「えーー……」
何となく今までのいたせり尽せりな感じがなくて不満げなアリア。突然セルフサービス始めましたって言われても、と腹が立つ。とはいえそんな心中は隠したい。
「ヤメトク?」
優しい言葉も今は嫌味に聞こえる。
そう、痴話喧嘩でも喧嘩は喧嘩。
(簡単には謝りたくないわ!)
ぐっと握り拳に力を込めた。




