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第6話 二百十三人目

 二百十三個の収容室が、一斉に解錠された。


 乾いた電子音が、白い廊下の奥まで連なっていく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 透明な扉が、わずかに開く。


 隙間から溢れ出したのは、冷気ではなかった。


 長く密閉されていた肉の臭い。


 薬品。


 血。


 排泄物。


 腐敗しきることさえ許されなかった人間の臭気が、地下十三階を満たしていく。


「遅い」


 皮膚を剥がされた遺体の胸から這い出した少女が、もう一度言った。


 柊真白と同じ顔。


 同じ声。


 だが、目の奥だけが違う。


 何人もの人間が死ぬ瞬間を、繰り返し見てきた目だった。


「三日後のあなたたちは、もう全員死んでる」


「どういう意味?」


 真白が狙撃銃を構えたまま尋ねる。


 銃口は、もう一人の自分へ向いていた。


「そのままの意味」


 血まみれの少女は、黒い管を引きずりながら立ち上がろうとした。


 膝に力が入らない。


 一度床へ崩れ、それでも壁へ手をついて身体を起こす。


「正確には、午前二時十三分に死ぬ」


 少女の胸元には、認識票が埋め込まれていた。


 皮膚を切り開き、鎖ごと肉へ縫いつけられている。


 刻まれている名前は。


 柊真白。


「あなたは……未来の私なの?」


「未来」


 少女が小さく笑った。


「まだ、そんな呼び方をしてるんだ」


 廊下の左右から、何かが床へ落ちる音が聞こえた。


 重いもの。


 柔らかいもの。


 骨の砕けるもの。


 開いた収容室の中で、黒い遺体袋が動き始めている。


「全員、通路中央へ」


 久世の指示が飛ぶ。


「荒牧、前方。真白は後方。澪を中央へ入れろ」


「了解」


 荒牧が破損した肩の補助装備を外し、予備の小型盾を左腕へ固定する。


 本来の大型盾と比べれば、半分ほどしかない。


 それでも荒牧が構えれば、人一人を隠すには十分だった。


 真白は血に濡れた少女から目を離さない。


「あなたも中央に」


「嫌」


「撃たれたい?」


「もう撃たれた」


 少女が自分の腹を指す。


 透明な膜の下には、複数の銃創が開いていた。


 傷口から流れる血は、床へ落ちる前に黒い霧へ変わっている。


「あなたに」


 真白の指が引き金へ触れる。


「私は、あなたを撃たない」


「撃ったよ」


「まだ撃ってない」


「だから、あなたはまだ一度目なんだ」


 最初の収容室の隣。


 保管番号二の扉が、完全に開いた。


 黒い遺体袋の中から、太い腕が伸びる。


 五本の指は、すべて途中から欠けていた。


 袋が内側から裂かれる。


 現れたのは、大柄な男だった。


 胸部から下がない。


 腹の断面には、金属製の装備と腸が絡み合い、黒い管となって床を這っている。


 顔の右半分が潰れていた。


 それでも。


 残った左目。


 傷だらけの顎。


 荒牧岳だった。


「……ふざけんなよ」


 現在の荒牧が呟く。


 袋から這い出した荒牧は、左腕と一体化した巨大な盾を引きずっていた。


 金属の表面には、大量の指が埋め込まれている。


 盾の内側から、人間の呻き声が聞こえた。


「がく……」


 盾の中に埋まった女が、掠れた声を漏らす。


「いたい……たすけて……」


 未来の荒牧が口を開く。


「静かにしろ」


 自分の盾へ向かって、優しく囁いた。


「もうすぐ帰れる」


 荒牧の顔から血の気が引いた。


「その声……」


 盾に埋め込まれているのが誰なのか。


 冬真には分からない。


 だが荒牧には、分かってしまった。


 彼がかつて失ったと語った、戸籍上は存在しない妻。


 あるいは。


 未来で生まれるはずだった家族。


「見るな、荒牧」


 久世が言った。


「でも、あれは――」


「お前の知っている人間じゃない」


「知ってる声だ!」


 未来の荒牧が盾を持ち上げた。


 その動きに合わせ、盾の表面に埋め込まれた指が一斉に蠢く。


「帰還者を確認」


 機械音のような声。


「障害対象を排除する」


 未来の荒牧が床を殴った。


 盾の縁が廊下へ食い込み、白い床材をまとめて跳ね上げる。


「来るぞ!」


 現在の荒牧が前へ出た。


 二つの盾が激突する。


 轟音。


 衝撃で廊下の透明扉が一斉に震えた。


 現在の荒牧の足元が滑る。


 片腕だけでは受け切れない。


「ぐっ……こいつ……!」


「右肩が死角だ!」


 血まみれの真白が叫んだ。


「そいつは右腕を庇う!」


 冬真はすでに動いていた。


 未来の荒牧の肩へ、刀を振り下ろす。


 刃が肉へ食い込む直前。


 盾の表面から、女の腕が伸びた。


 冬真の手首を掴む。


 爪のない指。


 皮膚の下に、黒い虫のようなものが這っている。


「冬真」


 女が呼んだ。


 知っている声ではない。


 それでも胸の奥が痛んだ。


「この人を、連れて帰って」


 次の瞬間。


 未来の荒牧が盾を横へ振るった。


 冬真は腕を振りほどき、身を沈める。


 盾が頭上を通過する。


 風圧だけで、頬の皮膚が裂けた。


「真白!」


「射線がない!」


「俺ごと撃て!」


「またそれ!」


 銃声。


 弾丸が冬真の脇を抜け、未来の荒牧の右肩へ突き刺さる。


 肉が弾ける。


 だが血は出ない。


 傷口の奥には、何枚もの認識票が詰まっていた。


「核がない」


 冬真は刀を引く。


「立花と同じだ。身体全体が帰還点になってる」


「じゃあ、どうやって止める!」


「繋がりを探す」


 収容室三。


 扉が開く。


 白髪の男が、ゆっくりと姿を現した。


 左目が縫われている。


 胸から下は、黒い霧に覆われて見えない。


 久世玲司。


 現在より、二十年以上は老いていた。


 右手には、短銃身の散弾銃。


 左手には、人間の頭部を持っている。


「対象を確認」


 未来の久世が、首を持ち上げる。


 若い冬真の頭だった。


 目は開いたまま。


 口元には、乾いた血がこびりついている。


「班長、瀬名冬真」


 未来の久世は、その首へ銃口を押し当てた。


「帰還不能」


 引き金を引く。


 冬真の頭が、内側から砕けた。


 真白が息を呑む。


 荒牧の動きも、一瞬止まる。


 未来の久世が現在の冬真へ銃口を向ける。


「処分する」


「伏せろ!」


 現在の久世が冬真を押し倒した。


 散弾が頭上を通過する。


 背後の収容室へ叩き込まれ、透明扉と内部の寝台が粉々に砕けた。


「俺が俺を撃つ日が来るとはな」


 久世が散弾銃を構える。


 未来の久世も、同じ姿勢を取った。


 立ち方。


 銃口の角度。


 指の位置。


 鏡に映したように同じだった。


「何年後だ」


 現在の久世が尋ねる。


 未来の久世は答えない。


「冬真を殺したのか」


「帰還不能個体を処分した」


「質問に答えろ」


「お前も同じ選択をする」


 未来の久世の口元が、わずかに歪む。


「十三分後に」


 銃声が重なった。


 二人が同時に撃つ。


 散弾同士が空中でぶつかり、金属片となって廊下へ飛び散る。


 現在の久世が左へ。


 未来の久世が右へ。


 互いの動きを知り尽くしているように、死角を取り合う。


「冬真!」


 真白が叫ぶ。


「後ろ!」


 収容室から、別の帰還失敗者が飛び出した。


 水城澪。


 頭部の上半分が透明な容器へ置き換えられ、内部で露出した脳が揺れている。


 両目の代わりに、無数の赤いレンズ。


 細い身体から伸びた黒い配線が、廊下の壁へ突き刺さった。


『観測対象、瀬名冬真』


 現在の澪の端末が悲鳴のような警告音を上げる。


「局内設備が乗っ取られています」


 照明が落ちる。


 非常灯が赤く点滅する。


 開いていた収容室から、次々と人影が這い出してきた。


 腕だけで進む者。


 内臓を床へ引きずる者。


 顔の代わりに時計を埋め込まれた者。


 同じ顔が、何度も現れる。


 真白。


 荒牧。


 久世。


 澪。


 そして。


 瀬名冬真。


「全部、俺たちか」


 荒牧が盾を受け止めながら呟く。


「違う」


 血まみれの真白が言った。


 彼女だけは、冬真たちを襲っていない。


 壁際へ這い、黒い管を自分の腹から引き抜こうとしている。


「全部じゃない」


「何が違う」


 現在の真白が問いかける。


 少女は答える代わりに、自分の胸へ指を差し込んだ。


 縫いつけられた認識票を、肉ごと引き剥がす。


 血と黒い液体が噴き出した。


 少女は苦痛に顔を歪めながら、認識票を床へ投げる。


「ここにいるのは」


 認識票が転がる。


 裏面には、数字が刻まれていた。


 一八七。


「失敗した帰還者」


 少女は黒い管を掴み、歯を食いしばった。


 引く。


 肉が裂ける。


 腹の奥から、臓器と一緒に黒い管が抜けた。


 少女は声を上げなかった。


 管が床へ落ちた瞬間、その身体から黒い霧が噴き出す。


「成功した帰還者は、別にいる」


 膝をついたまま、冬真を見上げる。


「あなた」


 周囲の帰還失敗者が、一斉に冬真へ向いた。


『成功個体を確認』


『管理者を確認』


『回収を開始します』


 二百を超える声が重なる。


 廊下の奥から、無数の手が伸びた。


「冬真を中央へ!」


 久世の指示が飛ぶ。


 現在の第六封鎖班が、冬真を囲む。


 荒牧が正面。


 真白が左。


 久世が右。


 澪は背後で端末を操作する。


 未来の自分たちが、四方から迫ってくる。


「帰還失敗者の接続先を探しています」


 澪の声は冷静だった。


 だが、端末を持つ指が震えている。


「全個体が同じ場所へ接続されています」


「どこだ」


「廊下の最奥」


 赤い非常灯の先。


 白い扉が見えた。


 ほかの収容室とは違う。


 二重の金属扉。


 表面には、巨大な数字が刻まれている。


 二一三。


「帰還者名簿は、あの奥です」


 榊が壁際から叫んだ。


「全員の接続を止めるなら、中央管理機構を落とせ!」


「最初から言え!」


 荒牧が未来の自分を盾で押し返す。


「落としたら、どうなる!」


 冬真が尋ねる。


 榊は答えなかった。


 血まみれの真白が代わりに言う。


「ここにいる全員が死ぬ」


「お前もか」


「私はもう死んでる」


 現在の真白が少女を見る。


「そんな言い方しないで」


「あなたも三日後には分かる」


「三日後に何が起こるの」


 少女は床に落ちた黒い管を踏みつけた。


 管の先は、廊下の壁へ続いている。


「局が、私たちを未来へ送る」


「帰還じゃなく?」


「逆」


 少女の顔に、怯えが浮かぶ。


「帰るんじゃない」


「私たちは、これから送られるの」


 収容室から飛び出した異形の真白が、現在の真白へ襲いかかる。


 血まみれの少女が間へ入った。


 爪が腹部を貫く。


 少女の背中から、黒い刃が飛び出した。


「っ……!」


「おい!」


 現在の真白が異形へ銃口を向ける。


 撃つ。


 一発。


 二発。


 三発。


 未来の自分の顔が弾ける。


 頬。


 顎。


 眼球。


 血まみれの少女は腹を貫かれたまま、異形の腕を掴んでいた。


「今」


 少女が言う。


「撃って」


「あなたに当たる」


「知ってる」


「撃てない」


「私は撃ったよ」


 少女が微笑む。


「最初の私を」


 現在の真白の顔が歪んだ。


 引き金に置かれた指が震える。


 冬真は床を蹴った。


 異形の背後へ回り込む。


 首の後ろから伸びている黒い線。


 線は廊下の最奥。


 二百十三番の扉へ続いている。


 刀を振るう。


 黒い線を断つ。


 異形の身体から力が抜けた。


 腹を貫いていた腕が崩れ、灰へ変わる。


 血まみれの少女が床へ倒れた。


 現在の真白が駆け寄る。


「しっかりして」


「変なの」


 少女は自分と同じ顔を見上げた。


「私が私に言われてる」


「喋らないで」


「三日後」


 少女の口から血が溢れる。


「地下へ来ちゃ駄目」


「分かった。だからもう」


「違う」


 少女が現在の真白の防護服を掴む。


「ここじゃない」


「どこ?」


「地下二十三階」


 真白が動きを止める。


 局本部の地下は、十三階までしかない。


「十三じゃないの?」


「十三階は、収容室」


 少女の瞳が、冬真へ向く。


「二十三階が、切除室」


 頭部の下半分が崩れ始める。


 皮膚が灰へ変わり、歯が剥き出しになる。


「そこで、隊長が」


 言葉が途切れた。


 少女の指が、真白の装備から滑り落ちる。


 現在の真白は、崩れていく自分の身体を抱えていた。


「隊長が、何」


 少女の唇が、最後に動く。


「私たちを殺す」


 身体が灰になった。


 真白の腕の中に残唇が、ったのは。


 一八七と刻まれた認識票だけだった。


 ◇


「真白、立て」


 久世が叫ぶ。


 真白は動かなかった。


 灰の中に膝をつき、自分の名が刻まれた認識票を見つめている。


「真白!」


「聞こえてる!」


 真白が認識票を握り締め、立ち上がった。


 目元識票を握り締め、には涙が残っていた。


 だが、狙撃銃を構える手は止まっていない。


「冬真、どこを撃てばいい」


 冬真は周囲を見る。


 未来の荒牧。


 未来の久世。


 無数の真白と澪。


 そして、何人もの自分。


 全員から黒い線が伸び、二百十三番の扉へ繋がっている。


 個別に断っていては間に合わない。


 扉まで、八十メートル。


 間には数十体。


 現在の戦力では突破できない。


 普通なら。


「荒牧」


「おう」


「未来の自分を三秒押さえろ」


「三秒でいいんだな」


「真白」


「いつでも」


「天井の照明を、手前から七つ落とせ」


「暗くするの?」


「違う。落とす」


 真白が照明へ銃口を向ける。


「久世さん」


「分かっている」


「まだ何も言っていない」


「お前が前へ出るなら、右を空ければいい」


 久世が散弾銃へ弾を装填する。


 冬真は一瞬だけ、久世を見る。


 知らない記憶の中でも。


 この男は同じように、冬真の指示を先に読んでいた。


「澪」


「中央扉までの距離、八十二・四メートル。床面の強度は現在の装備重量に耐えます」


「聞く前に答えるな」


「必要だと思いました」


 冬真は刀を抜いた。


 右目の奥が熱を持つ。


 未来残響。


 一秒先。


 三秒先。


 十秒先。


 何十通りもの自分たちの死が見える。


 未来の荒牧に潰される。


 未来の久世の散弾で胸を穿たれる。


 澪の配線に首を締め上げられる。


 真白の弾丸が誤射し、冬真の頭を撃ち抜く。


 すべての失敗を捨てる。


 一つだけ。


 全員が二百十三番の扉へ辿り着く未来。


 細い線のように残った道を、冬真は見つけた。


「俺から離れるな」


 冬真が言う。


「十一秒で抜ける」


「十一秒?」


 荒牧が笑った。


「簡単に言ってくれる」


「できないか」


「誰に聞いてんだ」


 荒牧が未来の自分へ突進した。


 二つの盾がぶつかる。


「今!」


 真白が引き金を引く。


 照明が一つずつ砕ける。


 火花と金属片が、廊下へ降り注いだ。


 一つ目。


 未来の久世が照準を変える。


 二つ目。


 異形の澪の赤いレンズが、落下物へ反応する。


 三つ目。


 冬真は走り出した。


「右!」


 久世の散弾が、冬真へ伸びた腕をまとめて吹き飛ばす。


「二歩左!」


 真白が冬真の指示通り動く。


 彼女がいた場所へ、黒い配線が突き刺さる。


「伏せろ!」


 全員が身体を沈める。


 未来の久世の散弾が、背後から迫っていた帰還失敗者を薙ぎ払う。


 四秒。


「荒牧、離せ!」


「まだいける!」


「離せ!」


 荒牧が盾を捨て、横へ転がる。


 未来の荒牧が勢い余って通路中央へ出る。


「真白!」


「見えてる!」


 天井から落下した照明設備へ弾丸が当たる。


 金属塊の軌道が変わり、未来の荒牧の後頭部へ直撃した。


 巨体が膝をつく。


 六秒。


 冬真はその肩へ飛び乗った。


 頭上を駆け抜ける。


 未来の荒牧が腕を伸ばす。


 久世が銃床でその指を叩き落とす。


「先へ行け!」


 八秒。


 異形の澪が、すべての配線を扉の前へ集める。


 黒い壁。


 隙間はない。


 冬真の視界に、長い刀が重なった。


 未来の自分。


 崩壊した街で、何百もの敵を前に立っている。


 その背後には。


 現在の四人ではなく。


 二百を超える第六封鎖班。


 ――切る場所を間違えるな。


 未来の自分の声。


 ――敵を断つな。


 ――帰れなかった時間を、終わらせろ。


「全員、止まれ!」


 冬真が床へ刀を突き立てた。


 十秒。


 長い刃が、白い床の下へ深く沈む。


 二百十三番の扉へ伸びている、無数の黒い線。


 そのすべてが交差する一点。


 冬真は刀を横へ振り抜いた。


 床が裂けた。


 赤黒い液体が噴き上がる。


 壁の裏。


 天井。


 収容室。


 帰還失敗者たちの身体。


 地下十三階全体を繋いでいた黒い管が、一斉に切断された。


 十一秒。


 すべての帰還失敗者が、動きを止めた。


 未来の久世が銃を下ろす。


 未来の荒牧が、盾へ埋まった女を見た。


 異形の澪の赤いレンズが消える。


 何人もの真白が、膝をつく。


 瀬名冬真の顔を持つ者たちは。


 全員が現在の冬真を見つめていた。


「隊長」


 声が重なる。


「命令を」


 冬真は答えなかった。


 答える資格があるのか、分からない。


 自分が彼らを置き去りにしたのなら。


 自分が彼らを殺したのなら。


 だが。


 誰かが命令しなければ、このまま苦しみ続ける。


 冬真は刀を下ろした。


「休め」


 未来の隊員たちが、微かに笑った。


「了解」


 身体が、一斉に崩れ始める。


 皮膚。


 骨。


 臓器。


 認識票。


 すべてが灰となり、白い廊下へ降り積もる。


 未来の荒牧が最後に盾を抱き締めた。


「今度は」


 盾の中にいる女へ囁く。


「ちゃんと会いに行く」


 未来の久世は、砕けた冬真の首を床へ置いた。


「次は、自分で決めろ」


 現在の久世へ言う。


 そして消えた。


 廊下に静寂が戻る。


 二百を超える人間が崩れた灰は、冬真たちの足首まで積もっていた。


 冬真は、その灰の中を歩く。


 二百十三番の扉へ近づく。


 表面の数字に手を触れた。


『管理者権限を確認』


 扉がゆっくりと開く。


 内部は、ほかの収容室よりも広かった。


 中央に、一脚の椅子。


 壁一面を覆う記録端末。


 そして。


 椅子には、一人の男が座っていた。


 黒い防護服。


 長い刀。


録端末。


 そして 白髪の混じった髪。


 身体の右半分は、黒く炭化している。


 顔は。


 瀬名冬真だった。


 二十七年後の。


 認識票で見た年齢と同じ、四十六歳の冬真。


 男の胸には、長い金属杭が突き刺さっていた。


 椅子ごと床へ縫い止められている。


 死体に見えた。


 だが、冬真たちが室内へ入ると。


 男の左目が開いた。


「遅かったな」


 低い声。


 現在の冬真と同じ声が、二十七年分だけ擦れていた。


「二百十三人目」


 未来の冬真は、血のこびりついた歯を見せて笑った。


「今度のお前は、何人殺してここまで来た?」


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