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第3話 存在しない二十七年後

 時象災害対策局本部は、地上からは見えない。


 東京都心の官庁街。


 表向きは閉鎖された地下共同溝のさらに下、鉄とコンクリートで幾重にも隔てられた空間に、その施設は存在している。


 午前三時十一分。


 第六封鎖班を乗せた装甲車が、地下第三区画の検疫ゲートを通過した。


『車両を停止してください』


 無機質な音声が流れる。


 装甲車の外側へ、白い霧が噴射された。


 時象物質を分解するための中和剤。


 冬真は座席へ背を預け、裂けた防護服の上から脇腹を押さえていた。


 傷は浅い。


 欠落体の触手は筋肉まで達していない。


 それでも、痛みとは別の熱が体内に残っていた。


 あの長い刀を引き出してから、右腕の感覚が鈍い。


 指は動く。


 握力もある。


 だが、自分の腕ではないような違和感が消えなかった。


「医療棟に直行しろ」


 向かいに座る久世が言った。


「先に認識票を調べる」


「命令だ」


「傷は問題ない」


「お前が決めることじゃない」


 冬真は久世を見る。


 久世の防護服にも、欠落体の爪痕が残っていた。


 左肩には血が滲んでいる。


「久世さんも怪我をしている」


「俺は班長だ」


「班長なら怪我をしないのか」


「口数が増えたな」


「聞きたいことが増えた」


 久世はそれ以上答えなかった。


 真白が二人の間で小さく息を吐く。


「帰って早々、親子喧嘩しないでくれる?」


「誰が親子だ」


「そこを否定するんだ」


 荒牧が低く笑った。


 彼は今回、ほとんど負傷していない。


 何度も欠落体の攻撃を受けた大型盾だけが、原形を失いかけていた。


「十九のガキを拾ってきて、戦い方まで教えたんだ。似たようなもんだろ」


「教えた覚えはない」


 久世の返答は早かった。


 真白の表情から笑みが消える。


「そうなんだよね」


 冬真が視線を向ける。


「何が」


「あなたの戦い方」


 真白は背中の狙撃銃を外し、銃口部分の汚れを拭った。


「久世班長の教え方と、全然違う」


「人によって戦い方は違う」


「そういう意味じゃないよ」


 真白は冬真の目を見た。


「あなた、誰にも習っていない動きをする」


 荒牧も黙っていた。


 同じことを感じていたのだろう。


「戦闘記録では、局へ入る前の冬真に実戦経験はない」


 真白が続ける。


「三年前、久世班長が保護したときは、まともに武器も握れなかった」


「訓練した」


「訓練だけで、大型欠落体の核を空中から断てる?」


「できた」


「できたことを聞いてるんじゃない」


 真白の声音は柔らかい。


 だが、視線は鋭かった。


「どうしてできたのかを聞いてる」


 冬真は答えられなかった。


 自分でも分からない。


 身体の奥に、知らない経験が積み重なっている。


 知らない戦場。


 知らない部下。


 知らない自分。


 それらが必要な瞬間だけ浮かび上がり、現在の冬真を動かしていた。


『中和処理が完了しました』


 車両前方の隔壁が開く。


 久世が立ち上がった。


「話は聴取室でする」


「誰に対して?」


 真白が尋ねる。


「上がもう動いている」


「認識票のこと?」


「ああ」


 久世は後部扉へ手をかけた。


「ここから先、勝手な発言はするな」


「それは命令?」


「警告だ」


 扉が開いた。


 白い防護服を着た十人以上の職員が、装甲車を取り囲んでいた。


 胸部に刻まれた紋章は、時象災害対策局のものではない。


 円の中に、縦へ走る一本の黒線。


 冬真は、その印を知っていた。


 見たことはない。


 それでも知っていた。


 《時象監理室》。


 局内の人間すら、ほとんど詳細を知らない内部監察組織。


 消失区から持ち帰られた物品。


 帰還者の記憶。


 規定外の能力発現。


 それらを管理し、必要であれば処分する部署。


「第六封鎖班、全員その場で待機してください」


 先頭の男が言った。


 四十代ほど。


 髪を撫でつけ、縁の細い眼鏡をかけている。


「時象監理室、主任監察官の榊宗一郎です」


 榊は冬真を見た。


 正確には、冬真の胸元を見ていた。


「消失区より持ち帰った物品を提出してください」


 久世が一歩前へ出る。


「医療処置が先だ」


「規定外物品を保持した状態で、局内施設へ入れることはできません」


「俺たちが持ち帰った民間人は、すでに医療棟へ運ばれた」


「彼女たちは物品を所持していません」


「冬真は負傷している」


「確認しています」


 榊は微笑んだ。


「生命に危険はありません」


 その言葉に、真白が眉を寄せた。


「まだ診察してないのに?」


「車両内の生体情報はこちらでも取得しています」


「気持ち悪いね」


「安全管理です」


 榊の後ろに立つ職員たちは、全員が武器を携えていた。


 短銃身の制圧銃。


 欠落体ではなく、人間へ向けるための装備。


「瀬名冬真」


 榊が呼ぶ。


「認識票をこちらへ」


 冬真は動かなかった。


「拒否しますか」


「一つ聞きたい」


「質問は提出後に」


「あなたは、この認識票を知っているのか」


 榊の瞳が、ごくわずかに細くなった。


「知りません」


「なら、どうして発行年を聞いても驚かない」


 その場の空気が変わった。


 荒牧がゆっくりと冬真を見る。


 真白も黙っていた。


 榊は微笑みを崩さない。


「報告はすでに受けています」


「二十七年後に発行された認識票だったことを?」


「そうです」


「監理室では、未来の物品をよく扱うのか」


「詮索は勧めません」


「答えになっていない」


「瀬名」


 久世が低い声で制した。


「出せ」


 冬真は久世を見る。


 久世の表情は硬い。


 だが、その目は榊ではなく、後方の職員たちを見ていた。


 人数。


 武装。


 立ち位置。


 逃走経路。


 戦闘になった場合を考えている。


「分かった」


 冬真は胸元へ手を入れた。


 認識票を取り出す。


 二百十二本の傷。


 二十七年後の発行番号。


 そして、自分の名前。


 榊が手を差し出した。


 冬真が認識票を置こうとした、その瞬間。


 認識票が熱を持った。


 焼けた鉄のような熱さ。


 冬真は反射的に手を引く。


「何だ」


 榊が一歩近づいた。


 認識票の表面から、黒い霧が立ち上る。


 職員たちが一斉に銃を構えた。


「全員、下がってください!」


 認識票の傷が、一本ずつ赤く光り始める。


 一。


 二。


 三。


 尋常ではない速度で、赤い光が広がっていく。


『時象濃度上昇!』


 施設内に警報が鳴り響いた。


『検疫区画内に異常位相を確認!』


「封鎖しろ!」


 榊が叫ぶ。


 装甲車の前後で隔壁が落ちる。


 第六封鎖班と監理室の職員たちは、巨大な検疫区画へ閉じ込められた。


 冬真の手の中で、二百十二本目の傷が光る。


 その隣。


 何もなかった空白へ。


 赤い線が一本、ゆっくりと刻まれた。


 二百十三本目。


 認識票から黒い霧が噴き出した。


「冬真、捨てろ!」


 久世の声。


 冬真は認識票を床へ投げた。


 黒い霧が渦を巻き、検疫区画の中央へ集まる。


 人の形。


 腕。


 脚。


 顔。


 黒い霧の中から、一人の男が現れた。


 局の防護服を着ている。


 全身は焼け爛れ、右腕は肘から先がない。


 首には認識票が下がっていた。


「欠落体反応!」


 職員が叫ぶ。


「撃て!」


「待て!」


 冬真の声は間に合わなかった。


 制圧銃が一斉に火を噴く。


 男の身体へ弾丸が突き刺さる。


 血が飛んだ。


 灰ではない。


 赤い、人間の血だった。


 男が膝をつく。


 口から血を吐きながら、それでも顔を上げた。


 男の目が冬真を捉える。


「……隊長」


 榊の顔色が変わった。


「殺せ!」


 職員たちが再び銃を向ける。


 冬真は動いていた。


 弾丸が放たれるより早く、男の前へ滑り込む。


 刀を抜く。


 銃口が十以上。


 全方位から冬真へ向けられる。


「瀬名、離れろ!」


 榊の怒声。


「その個体は欠落体だ!」


「血が出ている」


「擬態だ!」


「喋っている」


「人間の言葉を真似ているだけだ!」


 どこかで聞いた説明だった。


 奈々が言っていた。


 怪物じゃない。


 ちゃんと喋った。


「冬真」


 久世の声がした。


 制止ではなかった。


「三秒だけ守れ」


 冬真は振り返らない。


「何をする」


「生体認証を取る」


 久世が携帯端末を取り出し、倒れた男へ近づく。


 榊が叫んだ。


「久世班長! 命令違反です!」


「班員候補を確認するだけだ」


「そいつは人間ではない!」


「なら三秒で分かる」


 職員の一人が引き金へ指をかける。


 冬真には、その動きが見えた。


 右奥。


 最初の弾丸は男の頭部へ。


 二発目は冬真の脚。


 三発目以降は久世へ向かう。


「撃つな」


「退いてください」


「撃てば斬る」


「局員へ武器を向ける気ですか」


「向けているのは、そっちだ」


 職員の指が動いた。


 冬真の刀が閃く。


 銃声は鳴らなかった。


 制圧銃の銃身が、斜めにずれ落ちる。


 切断面から火花が散った。


 職員は自分の手元を見て、言葉を失う。


「次は指を落とす」


 一瞬で、検疫区画が静まり返った。


 十人以上の武装職員。


 その全員が銃を構えている。


 だが、誰も引き金を引けなかった。


 冬真の刀は低く下がっている。


 構えてすらいない。


 それでも、次に動いた者が誰なのか。


 どの武器が最初に火を噴くのか。


 冬真には、すでに見えていた。


「……こいつ」


 荒牧が小さく呟く。


「さっきより速くなってねえか」


 真白は答えなかった。


 狙撃銃を背中へ回したまま、監理室の職員たちの死角へ立っていた。


 すでに二人の射線を遮断できる位置。


 第六封鎖班は、命令がなくても動いていた。


 荒牧は冬真と倒れた男を守るように盾を構える。


 真白は榊を狙える位置へ。


 冬真が正面。


 そして久世が、男の頸部へ端末を当てた。


「認証開始」


『生体情報を照合します』


 榊が一歩前へ出る。


「やめろ!」


 真白が銃へ手をかけた。


「次は動かないほうがいいですよ、主任監察官」


 榊が止まる。


 久世の端末から電子音が鳴った。


『照合完了』


 全員が画面を見る。


 久世の顔から、表情が消えた。


「班長?」


 荒牧が尋ねる。


 久世は答えない。


 冬真が男を見下ろす。


 焼け爛れた男は、苦しげに呼吸している。


 それでも、その目には意識があった。


「誰なんだ」


 冬真が問う。


 男の唇が動く。


「帰還……できたのか」


「どこから来た」


「深町……第七避難区」


「第七?」


 深町の消失区で見つかった施設には、中央避難施設と書かれていた。


 第七という表記はなかった。


「何年だ」


 冬真が尋ねる。


 男は理解できないように、目を瞬いた。


「今は何年だ」


「二〇二六年」


 男の呼吸が止まりかけた。


「嘘だ」


「嘘じゃない」


「そんな……」


 男の瞳から涙が落ちる。


「まだ、始まってもいない」


「何が」


 男は答えなかった。


 代わりに、久世の端末が読み上げた。


『登録情報を表示します』


 榊が顔を上げる。


「やめろ」


『氏名、立花誠』


「停止しろ!」


『所属、時象災害対策局――』


 榊が懐から拳銃を抜く。


 真白が狙撃銃を構えるより早く、冬真が刀を振った。


 拳銃が榊の手から弾き飛ばされる。


 同時に荒牧が踏み込み、盾の縁を榊の胸元へ押しつけた。


「動くな」


 榊の背中が壁へ叩きつけられる。


 真白がほかの職員へ銃口を向けた。


「はい、全員そのまま」


 久世の端末は読み上げを続けていた。


『時象災害対策局・第六封鎖班』


 冬真の手に力が入る。


『登録階級、封鎖員』


 男――立花誠が、冬真を見上げた。


 その顔に、安堵が浮かんだ。


「やっぱり……隊長だ」


「俺は、お前を知らない」


「そうか」


 立花は弱く笑った。


「また、消したんだな」


「何を」


「自分の記憶を」


 冬真の右目の奥に痛みが走る。


 燃える街。


 長い刀。


 並んだ部下。


 その中に、今倒れている男がいた。


 右腕はある。


 若い。


 笑いながら、何かを冬真へ渡している。


 認識票。


 ――次は、ちゃんと帰ってきてくださいよ。


 記憶が途切れる。


 冬真は額を押さえた。


「冬真?」


 真白の声が遠い。


 立花が震える左手を上げる。


 冬真の防護服を掴んだ。


「時間がない」


「何の時間だ」


「あの子が……境界を開いてる」


「仮面の女か」


 立花の目が見開かれる。


「会ったのか」


「誰なんだ」


「隊長の――」


 立花の身体が大きく跳ねた。


 胸元が膨らむ。


「離れろ!」


 久世が冬真を引く。


 立花の皮膚の下を、黒い筋が走った。


 首。


 頬。


 眼球。


 全身を黒い線が覆っていく。


『時象濃度、急上昇!』


 警報が鳴る。


「中和剤を!」


「駄目だ!」


 立花が叫ぶ。


 喉から、人間のものではない音が混じった。


「中和したら、俺ごと消える!」


 監理室の職員たちが再び銃を構える。


 冬真は刀を持ち上げた。


「ほかに方法は」


「ない」


「なら抑える」


「無理だ」


 立花の右肩から、黒い骨が突き出す。


 失われていた右腕が、異形の形で再生を始めていた。


「もう、こっちの時間が身体に追いついた」


「何を言っている」


「俺は二十七年、生きた」


 黒い腕が床を叩く。


 検疫区画が揺れた。


「でも、こっちじゃ……まだ生まれてもいない」


 冬真は息を呑む。


 立花誠。


 未来の第六封鎖班員。


 現在では、存在していない人間。


 黒い骨が背中から突き出す。


 職員たちの一人が恐怖に耐えきれず、発砲した。


 弾丸が立花の肩へ命中する。


 次の瞬間。


 黒い腕が伸び、職員を壁へ叩きつけた。


「荒牧!」


「任せろ!」


 荒牧が盾を滑り込ませる。


 二撃目を受ける。


 衝撃で床が沈む。


「重い……!」


「真白、関節を撃て!」


「射線を空けて!」


 冬真が前へ出る。


 未来が見える。


 立花の黒い腕が荒牧の盾を回り込み、首を狙う。


 冬真は刀で受け流す。


 衝撃が左腕を駆け抜けた。


 重い。


 縫合型よりも速く、強い。


「立花!」


 冬真が叫ぶ。


「聞こえているなら止まれ!」


「聞こえてる……!」


 立花の口から黒い血が溢れる。


「でも、身体が……!」


 真白の弾丸が、黒い腕の肘を撃ち抜く。


 骨片が飛ぶ。


 立花の身体が一瞬よろめく。


「班長、首の後ろ!」


 久世が叫ぶ。


「時象核らしき反応がある!」


「撃てない!」


 真白が答える。


「撃ったら本人まで死ぬ!」


「俺ごとやれ!」


 立花が叫んだ。


「まだ死ぬと決まっていない」


 冬真は立花の懐へ入る。


 黒い爪が振り下ろされる。


 半歩ずれる。


 肩を掠め、防護服が裂ける。


 冬真は刀の峰を立花の脇腹へ打ち込んだ。


 身体を浮かせる。


「荒牧!」


「おう!」


 荒牧の盾が立花の胸へ激突する。


 巨体が後方へ弾かれた。


 壁へ衝突する寸前。


 冬真は立花の背後へ回り込む。


 首の後ろ。


 皮膚の下に、赤い光がある。


 核。


 だが欠落体のものとは違う。


 黒い線が立花の脊髄へ絡みつき、未来の肉体を現在へ固定している。


 冬真の視界に、別の刃が重なった。


 長い刀。


 未来の自分。


 刃を振るう軌道だけが、鮮明に見える。


 核を断たない。


 核と身体を結ぶ黒い線だけを切り離す。


 刃先一枚分でもずれれば、立花の首を断つ。


「冬真、何をする気!」


 真白の声。


「引き剥がす」


「そんなことできるの?」


「知らない」


 刀を構える。


「でも、俺はやったことがある」


 記憶にはない。


 身体が知っている。


 立花が振り返る。


 黒い爪が冬真の胸を貫こうとする。


 その直前。


 冬真は一歩踏み込んだ。


 刀が、立花の首筋を掠める。


 黒い線だけが、音もなく断たれた。


 赤い核が身体から浮かび上がる。


「真白!」


「見えてる!」


 一発。


 弾丸が浮いた核を撃ち抜く。


 赤い光が弾けた。


 立花の黒い腕が崩れる。


 骨が灰へ変わり、床へ落ちる。


 身体を覆っていた黒線が消えた。


 立花は力を失い、冬真へ倒れ込む。


 冬真は刀を捨て、両腕で受け止めた。


 微かに呼吸している。


 生きている。


「医療班!」


 久世が叫ぶ。


 隔壁の向こうから、別系統の緊急扉が開く。


 医療用防護服を着た職員たちが駆け込んできた。


 立花は担架へ乗せられる直前、冬真の腕を再び掴んだ。


「隊長」


「何だ」


「深町に……戻るな」


「どうして」


「あそこは入口じゃない」


 立花の声は消え入りそうだった。


「墓場だ」


 医療班が立花を運び出す。


 冬真は立ち上がった。


 床には、灰になった黒い骨と、未来の血が残っている。


 榊が荒牧の盾に押さえつけられたまま、立花を見送っていた。


 その顔に、怒りはない。


 恐怖だけがあった。


「榊主任」


 冬真が呼ぶ。


「あなたは、立花を知っていたな」


「知らない」


「なら、なぜ生体認証を止めようとした」


「規定です」


「なぜ、名前が読み上げられる前に銃を抜いた」


 榊は答えない。


「二十七年後の第六封鎖班」


 冬真は認識票を拾い上げた。


「そこで、何が起きる」


「……知れば、戻れなくなる」


 榊が呟いた。


「どこへ」


「今のお前には関係ない」


「もう関係している」


 冬真は認識票を掲げた。


「俺の名前がある」


「名前だけじゃない」


 榊の声が震える。


「お前がいるから、あの未来が生まれる」


 久世の目が細くなる。


「どういう意味だ」


 榊は口を閉ざした。


 直後。


 検疫区画の照明がすべて消えた。


 闇の中、非常灯だけが赤く点滅する。


『警告』


 施設内放送とは違う声が流れた。


 若い女の声。


 消失区で聞いた、黒い仮面の女と同じ声。


『第六封鎖班、帰還を確認』


 榊の顔が青ざめる。


「あり得ない」


『欠員、一名』


 冬真は天井のスピーカーを見る。


『班長、瀬名冬真』


 赤い非常灯が明滅する。


『帰還処理を再開します』


 施設中の時計が、一斉に止まった。


 午前三時二十三分。


 数字が歪む。


 針が逆回転を始める。


 三時二十二分。


 三時二十一分。


 三時二十分。


 秒針が、異常な速度で戻っていく。


 そして。


 すべての時計が、午前二時十三分を示した。


 検疫区画の壁に、黒い亀裂が走る。


 亀裂の向こうから。


 無数の人間の声が聞こえた。


 ――隊長。


 ――隊長。


 ――今度こそ。


 ――全員を、連れて帰ってください。


 冬真は刀を拾った。


 亀裂の奥。


 崩壊した東京の街並みの中に。


 数百人の隊員が、整列していた。


 全員が第六封鎖班の紋章をつけている。


 その先頭には。


 黒い仮面をつけた女が立っていた。


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