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前世ヒーラーのじじい馬、隠居したいのに長距離レースで無双する 〜こっそり全員癒やしてたら、伝説のステイヤーになってました〜  作者: 猫の造形美


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第30話 東京優駿後日談


 翌朝。


 美浦のトレセンに、朝日が差した。


 じじいは、馬房でニンジンを食べていた。


(ふむ、今日も良い朝じゃ)


       ★


【北海道・古道牧場】


 古道敏夫は、朝からスポーツ紙を三紙買っていた。


 全部、一面がじじいだった。


「史上初の同着決着」


「ワスレナグサ、三の足の衝撃」


「ダービー馬二頭誕生」


 敏夫は、三紙を食卓に広げた。


 春代が、お茶を持ってきた。


「また飾るんですか」


「当たり前だろ」


「もう壁に貼る場所がないですよ」


「作る」


 敏夫は、真剣な顔で言った。


 息子が、スマートフォンを見ながら食卓に来た。


「社長、ネットがすごいことになってますよ」


「どんな感じだ」


「『三の足ってなんだ』って競馬民がパニックになってます。あと『ワスレナグサはじじいっぽい』ってスレが伸びまくってて」


「なんで」


「あの落ち着き方と、勝っても淡々としてるところが、おじいちゃんっぽいって」


 敏夫は、紙面のじじいの写真を見た。


 ゴール後、全く息を乱さず歩いている芦毛の馬。


「……まあ、確かに」


 春代が、隣でお茶を飲みながら言った。


「でも、あの子、牧場にいた頃からそうでしたよ。寝太郎って呼んでたやつですよ」


 敏夫は、新聞を丁寧に折り畳んだ。


「額縁、買ってくる」


       ★


【競馬掲示板・某スレッド】


『日本ダービー同着騒動スレ・その7』


>三の足ってなんなんだよ説明しろ


>二の足は皐月賞で見たけど三の足は初めてだろ


>残り150から加速したよな明らかに


>あそこで上がり目があるのおかしい


>普通の馬は残り150で減速するんだよ


>ワスレナグサだけ残り150から加速した


>カイザーの末脚が世界レベルなのに並ばれたまま差し返してるんだよ


>意味わからん


>三の足の正体は何


>スタミナの権化説


>魔力説


>草


>ワスレナグサの正体はじじいって聞いたけど


>どういうこと


>落ち着きすぎてておじいちゃんっぽいってことじゃないの


>なるほど


>じじいが三の足を持ってるのか


>筋が通ってる


>通ってない


>でもカイザーに回復かけてたよな


>は?


>ゴール後じじいがカイザーに近づいてたじゃん


>そしたらカイザーが急に落ち着いたんだよ


>気のせいだろ


>草


>草じゃなくない?


>新馬の時から謎多すぎるんだよこの馬


>とりあえずセントライトと菊花賞が楽しみすぎる


>菊花賞3000mならじじいの天下だろ


>二の足三の足のスタミナ化け物が3000m走ったら


>他の馬が可哀想


>カイザーは天皇賞秋行くらしいじゃん


>別の頂点目指すのか


>熱い


>ワスレナグサとカイザー、それぞれの王道


>胸熱すぎる


>競馬って最高だな


       ★


【紗季・インタビュー】


 ダービーの翌日。


 東京競馬場の一室で、紗季はメディアの前に座っていた。


 カメラが、数台並んでいる。


 マイクが、いくつも向けられている。


「駿河騎手、まず昨日のレースを振り返っていただけますか」


 紗季は、静かに答えた。


「完璧なレースをしてくれた馬に、感謝しています」


「三の足と呼ばれている、残り150メートルからの加速についてはいかがですか」


 紗季は、少し考えた。


「私には、説明できません」


 記者が、身を乗り出した。


「どういう意味でしょうか」


「この馬が持っているものです」


「騎手として、何か指示を?」


「手綱を緩めただけです」


「それだけで?」


「それだけです」


 記者たちが、顔を見合わせた。


「ロードカイザーとの同着について、悔しさはありますか」


 紗季は、首を振った。


「カイザーは、皐月賞より強くなっていました。鷹騎手の騎乗も、完璧でした」


「それでも同着に持ち込めたのは」


 紗季の目が、静かに光った。


「この馬のおかげです」


「次走はセントライト記念、そして菊花賞を狙うとのことですが」


「はい」


「3000メートルという距離は」


 紗季は、口元を緩めた。


「この馬に、距離の限界はないと思っています」


 記者が、また身を乗り出した。


「それはなぜ?」


 紗季は、少し間を置いた。


「……距離が延びれば延びるほど、強くなる馬です」


 それだけ言った。


 記者たちは、一斉にペンを走らせた。


       ★


【美浦・古谷厩舎】


 インタビューが終わった夜。


 紗季が、古谷厩舎に戻ってきた。


 じじいの馬房の前に立った。


 じじいは、藁の上でトラと並んで座っていた。


 完全にリラックスしている。


「昨日のこと、聞いてもいい?」


 じじいは、紗季を見た。


「残り150から、何かが変わった」


 じっと見てくる。


「あれは、なんだったの」


 じじいは、しばらく紗季を見ていた。


 それから、鼻先を格子に向けた。


(説明できんのう。前世の術じゃ、言葉にならん)


 紗季は、じじいの鼻先に手を当てた。


「まあ、いいか」


 じじいは、耳をぴくりと動かした。


 紗季は、小さく笑った。


「次は菊花賞3000メートル、頼んだよ」


 じじいは、藁をもう一口食んだ。


(やれやれ、また仕事が増えるのう)


       ★


【翌朝・美浦】


 佐々木が、馬房を掃除しながら言った。


「ワスレナグサ、お前、今やスポーツ紙全部に載ってるぞ」


 じじいは、飼い葉を食べていた。


「三の足って呼ばれてるらしいぞ」


 食べていた。


「ネットじゃ『じじいっぽい』って言われてるぞ」


 食べていた。


「……全然気にしてないな」


 佐々木は、苦笑した。


 トラが、佐々木の足元に擦り寄ってきた。


 尻尾が、ゆらゆら揺れている。


「ちゅーるか」


 にゃあ。


「後でな」


 トラは、じじいを見た。


 じじいを見た。


 また佐々木を見た。


(後でじゃなくて今じゃ)


 という顔だった。


 佐々木は、ため息をついた。


 ――ちゅーるは先週から、厳重管理になった。


 管理者は、佐々木である。


 意味はなかった。


「……わかった」


 押しに弱い管理者は、今日も押しに負けて、事務スペースへ歩いていった。


 じじいは、その背中を見送った。


(トラ、うまいことやるのう)


 外では、初夏の風が吹いていた。


 菊花賞まで、まだ時間がある。


 前世の大聖者は、今日も美浦の朝を、のんびりと過ごした。



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