第8話 「硝煙の朝 ― 前編」
――ブォォォォン……。
夜明け前の拠点。
格納庫の奥で、ヘリのエンジンが低く唸りを上げていた。
ローターが回転を増し、冷たい空気を切り裂く。
巻き上がった砂が金属床を叩く。
乾いた音。鉄の匂い。焼けた油の残り香。
空気が――戦場のそれに変わっていく。
◆◆◆
ソフィアは静かに立っていた。
結い上げた髪が風に揺れる。
その視線は、すでに現地を見ている。
「戦場情報、更新は?」
モニター越しに、ネオンの声。
透き通るような声。だが、その中身は冷たい。
『完了。第1班、旧南戦線跡地。
武装勢力残党、約70』
画面に熱マップが浮かぶ。
動線、密度、逃走予測。
『第2班は工業区。補給路奪還戦。
輸送ラインはすでに半壊』
ネオンが小さく笑う。
『気温43度、湿度18%。
火薬の燃焼効率は良好。――撃ちやすいね』
◆◆◆
ソフィアは迷いなく割り振る。
「第1班――ノア、カリナ」
一拍。
「第2班――ネロ、カサンドラ」
『了解』
通信が切れる。
◆◆◆
その瞬間。
空気が“切り替わる”。
カチャ。
ガチャッ。
――ドン。
装填音。
安全装置の解除。
ブーツが床を叩く。
全員が、日常を脱ぎ捨てる。
◆◆◆
ソフィアが全体回線に触れる。
「――ゼロバレット」
一瞬の静寂。
「作戦開始」
◆◆◆
――
ローターの轟音が夜明けを裂く。
ヘリが浮上する。
薄い靄の向こうに、焼けた街が見える。
黒煙。崩壊した建物。熱で歪む空気。
◆◆◆
機内。
油と鉄の匂い。
ノアは無言で銃を握る。
視線は下。
すでに“見ている”。
◆◆◆
隣。
カリナがガムを噛む。
弾倉を軽く叩き、装填確認。
「緊張してる?」
ノア。
「……別に」
「そっか」
カリナが笑う。
「ならいいわ」
一拍。
「壊すの、任せた」
◆◆◆
ヘリが旋回する。
街の全景が見える。
70人。
だがノアにとって、それは“数”ではない。
◆◆◆
「地上、敵70確認!」
パイロットの声。
カリナが軽く肩を回す。
「70か……ちょうどいいわね」
◆◆◆
ノアが立ち上がる。
ドアを開ける。
――ゴォォォォ!!
熱風。
砂。
光。
一気に世界が変わる。
◆◆◆
風の流れ。
砂の軌跡。
崩れた壁の角度。
熱の歪み。
◆◆◆
すべてが、情報になる。
◆◆◆
「降下!」
ロープが落ちる。
ノアは――迷わない。
飛ぶ。
◆◆◆
――ドスッ。
砂煙。
熱。
匂い。
血と鉄。
焼けた空気が肺を刺す。
◆◆◆
ノアは、止まらない。
一瞬で“読む”。
屋根に二。
路地に三。
壁裏に二。
移動中が四。
伏兵が六。
逃走準備が十。
◆◆◆
70という数が、
位置と意思を持つ構造に変わる。
◆◆◆
カリナが合図する。
指を軽く振る。
「行け」
◆◆◆
ノアが動く。
◆◆◆
バシュッ。
最初の一発。
跳弾。
角度。
死角。
こめかみを貫く。
◆◆◆
バン。
バンッ。
連続。
反応前に終わる。
◆◆◆
敵が気づく。
だが遅い。
恐怖が先に走る。
◆◆◆
ガガガガッ!!
乾いた連射。
壁越し。
音だけで位置を取る。
◆◆◆
ノアは撃っていない。
“流している”。
◆◆◆
呼吸。
鼓動。
焦り。
逃げる方向。
◆◆◆
すべてが弾道になる。
◆◆◆
カリナが笑う。
「なにこれ……」
瓦礫の上に立つ。
戦う前に終わっていく。
「私、いらなくない?」
◆◆◆
ノア。
「半分以下」
淡々と。
「残りも、逃げ場はない」
◆◆◆
敵が走る。
だがその動きが、
すでに“読まれている”。
◆◆◆
カチャン。
バンッ。
一人。
また一人。
◆◆◆
時間が歪む。
一時間。
二時間。
◆◆◆
太陽が昇る頃。
最後の銃声が消える。
◆◆◆
静寂。
風だけが残る。
◆◆◆
ネオンの声。
『第1班、制圧確認!』
『残党ゼロ!』
少しだけ、嬉しそうに。
◆◆◆
ノアは答えない。
ただ立つ。
風の中。
銃を下ろす。
◆◆◆
“終わった”感覚が、遅れてくる。
◆◆◆
カリナが隣に立つ。
「……終わったな」
一拍。
「いやほんと」
ノアを見る。
「お前、ヤバいわ」
◆◆◆
ノアは遠くを見る。
街。
壊れた建物。
死んだ静寂。
◆◆◆
ほんの一瞬。
違和感。
◆◆◆
「……」
だが、言わない。
◆◆◆
ヘリの影が落ちる。
風が再び吹く。
◆◆◆
ノア。
「……次だ」
◆◆◆
カリナが笑う。
「ほんと、それな」
◆◆◆
ヘリが降りる。
砂が舞う。
◆◆◆
ノアは乗り込む。
だがその目は――
もう次の戦場を見ている。
◆◆◆
――空は高い。
砂煙が光に溶ける。
◆◆◆
この戦場は、終わった。
だが。
◆◆◆
“何も残っていない”。
◆◆◆
それが、
正しいのかどうか。
◆◆◆
まだ、誰も知らない。
――次回更新:明日17:30公開予定
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。
『ゼロバレット』続編、第9話「援護の風 — 後編」――
をお楽しみに。




