第43話 「千砂丘の狙撃戦 ― アシュレイ視点①」
――ガリレア砂漠戦線・北部千砂丘帯。
時刻、05時31分。
砂の海が、静かに揺れていた。
風が吹くたび、無数の砂丘が波のように形を変える。
千砂丘帯。
その名の通り、地平線まで砂しかない死地。
目印はない。
遮蔽物もない。
方角を失えば、味方のいる方向すら分からなくなる。
普通の兵士にとっては悪夢。
だが――狙撃手にとっては、“世界そのもの”が武器になる。
夜明け前。
空はまだ暗い。
東の地平線だけが、わずかに灰色へ滲み始めていた。
冷たい風。
乾いた砂。
遠くで鳴る砲撃。
そして、その砂丘の上に――一本の長い銃身が、砂へ溶けるように横たわっていた。
◆
アシュレイ・ケイン。
当時、まだ軍属ではない。
政府が緊急編成した《特務狙撃隊》へ雇われた、半分傭兵みたいな男だった。
隊の構成は酷いものだった。
賞金稼ぎ。
流れの傭兵。
元軍人。
軍法会議寸前だった連中。
金で引っ張られてきた“使い捨ての射手”たち。
統率もなければ、忠誠もない。
だが、その中で一人だけ。
明らかに“規格”が違う男がいた。
アシュレイだ。
砂丘へ腹這いになりながら、彼は静かにスコープを覗いていた。
風向き。
砂の流れ。
空気の揺れ。
敵無線のざらついたノイズ。
遠くで動く車両の振動。
その全てが、“獲物の居場所”を教えてくれる。
(……まだバレてねぇな)
レシーバーから雑音混じりの声が入った。
【ケイン、聞こえるか】
「うるせぇな。聞こえてる」
【目標は敵後衛の通信部隊だ。
こいつらを落とさなきゃ、南側走廊が死ぬ】
「分かってる」
一拍。
「だから黙っとけ。呼吸がズレる」
【相変わらず感じ悪ぃな、テメェ……】
アシュレイは無視した。
×20スコープを覗き込む。
砂丘の向こう。
敵後衛陣地。
通信車両。
大型アンテナ。
中継設備。
兵士の配置。
全部が見える。
アンテナが左方向へ倒れていた。
砂嵐対策だ。
通信モードは短距離中継。
なら、制御系は右側へ寄っている。
(……右耳の裏)
アシュレイの口元がわずかに歪む。
通信兵が耳元へ手を当てている。
その奥。
通信車両の制御盤。
配線密度の高い位置。
人体と機械の“重なり”。
「見えた」
【撃てるのか? 距離二千だぞ】
「二千だからなんだよ」
息を吸う。
止める。
心拍が落ちる。
世界が静かになる。
狙うのは、頭ではない。
通信兵の右耳。
そこを抜けば、弾痕と衝撃波が奥の制御盤へ届く。
精密機器は、ほんのわずかな振動で死ぬ。
引き金が引かれた。
――パンッ。
乾いた銃声。
二千メートル先。
通信兵の頭部がわずかに揺れた。
一拍遅れて、通信車両内部で火花が散る。
制御盤停止。
警報。
同時に二射目。
パンッ!!
スコープ端に映った兵士の喉を撃ち抜く。
三射目。
運転席。
四射目。
アンテナ制御。
わずか三秒。
通信兵三名死亡。
制御車両停止。
敵陣が悲鳴を上げた。
「狙撃だ!!」
「どこからだ!?」
「砂丘上!!」
「違う、東だ!!」
「クソッ、見えねぇ!!」
その頃には、アシュレイはもう動いていた。
砂丘を滑る。
伏せる。
別角度へ移動。
スコープを切り替える。
新しい狙撃位置。
そして即射。
――パンッ!!
別の通信車両の運転席が血で染まる。
さらに二射。
敵通信兵が崩れる。
敵が混乱する。
どこから撃たれているのか分からない。
どの砂丘が死を吐いているのか分からない。
アシュレイは小さく呟いた。
「よし」
一拍。
「これで“声”は死んだ」
◆
敵後衛通信部隊。
壊滅。
通信車両四両停止。
通信兵、指揮補助員、護衛兵――死者四十二。
後方指揮系統、断絶。
レシーバーが怒鳴る。
【ケイン!!】
「だからうるせぇって」
【後衛が沈黙した!!
通信網が死んだ!!】
「見りゃ分かる」
【南走廊が動き始めてる!!】
アシュレイが眉をひそめた。
「南?」
【ゼロ班って部隊が突っ込んでる!!
味方機甲部隊が前進開始した!!】
「ゼロ班?」
知らない名だった。
アシュレイは鼻で笑う。
「また軍の“英雄部隊ごっこ”か?」
【違ぇ!!】
無線の向こうの声が、わずかに震えていた。
【なんかおかしい!!】
「おかしい?」
【敵陣が崩れてる!!
八人しかいないのに前線押し返してる!!】
「……は?」
一瞬だけ、アシュレイの目が止まった。
八人。
その数字だけが引っかかった。
(八人で戦線が動く?)
(そんなわけねぇだろ)
だが。
次の瞬間。
南側の地平線で、巨大な砂煙が上がった。
◆
アシュレイは砂丘の頂上へ駆け上がった。
腹這いになり、スコープを南へ向ける。
距離、三キロ超。
普通なら、“戦闘の輪郭”しか見えない距離。
だが。
アシュレイには見えた。
敵陣中央。
そこだけが、不自然に“裂けている”。
兵士が吹き飛ぶ。
射線が乱れる。
部隊が崩れる。
そしてその中心を――一つの黒い影が駆け抜けていた。
(……なんだ、あれ)
速い。
だが、それ以上に。
静かだった。
普通、強い兵士は派手だ。
怒鳴る。
突っ込む。
殺気を撒き散らす。
だが、あの影は違う。
呼吸みたいに戦っている。
撃つ。
動く。
次を撃つ。
それだけ。
なのに。
周囲の戦場そのものが、そいつを中心に崩れていく。
(……まさか)
アシュレイは小さく息を呑んだ。
(人間か?)
顔は見えない。
声も聞こえない。
所属も分からない。
だが。
“化け物みたいに強い”。
それだけは分かった。
レシーバーが騒いでいる。
【走廊中央突破された!!】
【敵東西ライン分断!!】
【第四機甲部隊、突入開始!!】
【戦況変わるぞ!!】
アシュレイは返事をしなかった。
ただ、遠くの黒い影を見ていた。
(……会う気がする)
(こういう奴は、必ずどこかで道が交わる)
◆
その瞬間だった。
遠距離スコープ越し。
ほんの一瞬だけ。
その“黒い影”が、こちらを見た気がした。
アシュレイの目が細くなる。
「……気のせいか?」
三キロ以上離れている。
普通なら見えるはずがない。
だが。
なぜか確信した。
あいつは、“こっちの存在”に気づいている。
アシュレイが笑う。
「ははっ……」
一拍。
「なんだよそれ。面白ぇじゃねぇか」
再び銃を構える。
新しい標的。
敵後方指揮官。
南走廊へ再集結命令を出そうとしている男。
アシュレイはそいつの喉元へ照準を合わせた。
【ケイン、まだ撃てるか!?】
「誰に聞いてんだよ」
【敵が南へ再集結してる!!
ゼロ班の背後を塞ぐ気だ!!】
「見えてる」
【なら――】
「黙って見てろ」
呼吸を止める。
風が一瞬だけ緩む。
砂の流れが止まる。
そして、撃つ。
――パンッ。
超遠距離狙撃。
敵指揮官が崩れ落ちる。
その直後、敵後方部隊の動きが乱れた。
南走廊への再集結が遅れる。
ほんの数十秒。
だが、戦場ではその数十秒が命を分ける。
アシュレイはスコープの向こうへ呟いた。
「そっちが戦況を変えるなら――」
一拍。
「俺は、戦場ごと撃ち抜く」
◆
南走廊。
黒い影はまだ動いている。
その周囲に、七つの影。
八人。
たった八人で、戦線を押し広げている。
アシュレイは笑った。
「ゼロ班、ねぇ……」
【ケイン、何笑ってる!?】
「いや」
銃身をわずかにずらす。
次の標的へ。
「面白ぇ奴らがいると思ってな」
【こっちは戦場だぞ!】
「知ってるよ」
一拍。
「だから面白ぇんだろ」
――パンッ。
また一人、敵の指揮官が死んだ。
ノアとアシュレイ。
顔も知らない。
声も知らない。
だが同じ砂漠で。
同じ夜明けを見ながら。
同じ敵を壊していた。
これが後に“伝説の二人”と呼ばれる怪物たちの――
最初の共闘だった。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第44話「無音の夜 ― アシュレイ視点②」――
をお楽しみに




