第42話 「戦況反転 ― ガリレア走廊の死闘」
ゼロ班は包囲網突破後、
休む間もなく南部走廊地帯へ向かっていた。
補給車両の残骸。
燃える砂丘。
途中ですれ違う敗走兵。
ガリレア戦線そのものが、
既に崩壊寸前だった。
――ガリレア砂漠戦線・南部走廊地帯。
時刻、05時27分。
夜明け前。
空はまだ暗い。
だが東の地平線だけが、わずかに灰色へ変わり始めていた。
冷たい風が砂丘を撫でる。
乾いた砂が舞う。
遠くで砲撃。
炎。
崩れる装甲車。
曳光弾。
夜と朝の境界で、戦争だけが止まらず動いていた。
そして。
その戦争の中心に、“ガリレア走廊”があった。
◆
走廊地帯。
ガリレア戦線の心臓部。
巨大砂丘の谷間を貫く、幅百メートルにも満たない一本道。
補給車両。
弾薬。
燃料。
兵員。
全てがここを通る。
つまり――ここを支配した側が、戦線を支配する。
だが今。
その走廊は完全に塞がれていた。
燃える補給車。
横転した装甲車。
砕けた履帯。
地雷で抉れた道路。
死体。
血。
煙。
敵兵力、推定四千。
四層防衛ライン。
丘上狙撃部隊。
中央重機陣地。
後方には補給を受け続ける予備大隊。
真正面から行けば、軍団単位でも削り殺される。
◆
砂丘上。
ゼロ班八名は伏せながら、その地獄を見下ろしていた。
ノアがスコープを覗く。
(……悪い。)
(かなり悪い。)
敵の配置に無駄がない。
射線。
補給。
退避位置。
全部が噛み合っている。
しかも時間がない。
味方後続部隊は既に南側で停止していた。
ここを開かなければ、東部戦線全体が止まる。
サーシャが静かに聞いた。
「……ゼロ班で、この走廊突破できる?」
ノアは答えなかった。
数秒。
敵陣だけを見ていた。
そして、小さく呟く。
「突破じゃないです」
「え?」
「……こじ開けます」
一拍。
「ここを押し広げて、“味方が通れる穴”を作る」
ジャドが笑った。
「毎回言うことが無茶苦茶なんだよなお前」
「はい」
ノアは淡々としていた。
「今回は本当に無茶です」
イリヤが地図を開く。
「でも、やるしかない」
一拍。
「隊長。
命令を」
全員の視線が、バルドへ向く。
バルドは走廊を見下ろした。
敵四千。
こちら八人。
普通の指揮官なら撤退を選ぶ。
だが。
彼はゼロ班の隊長だった。
『……やるぞ』
低い声。
『ゼロ班は、“戦況を変えるため”に存在する』
その言葉だけで、全員の空気が変わる。
恐怖じゃない。
覚悟でもない。
もっと静かな、“戦闘態勢”だった。
◆
前方。
敵重機関銃陣地。
――ダダダダダダダッ!!!!
火線が砂漠を薙ぐ。
砂が爆ぜる。
岩が砕ける。
黄色い砂煙が視界を埋めた。
ジャドが顔をしかめる。
「距離三百。
重機六基」
「生で突っ込んだら蜂の巣だぞ」
グレンも目を細める。
「しかも後ろに狙撃部隊。
完全に殺しに来てる配置だ」
サーシャが銃を構える。
「ノア、撃つわよ」
「待ってください」
ノアだけは動かなかった。
敵陣を見ている。
ただ、それだけ。
だが彼の目は、敵の“癖”を読んでいた。
肩の揺れ。
反動。
照準のズレ。
砂丘による銃座の傾き。
(……見える。)
ノアが小さく言った。
「敵の射線、右に偏ってます」
「右?」
レオンが聞き返す。
「重機の脚部が砂へ沈んでる。
反動制御がズレてるんです」
ノアは砂丘の傾斜を指差した。
「だから左斜面側だけ、“穴”がある」
サーシャが顔を上げた。
「待って。
そこ、MG三基のクロス地点よ!?」
「だからこそです」
ノアは静かだった。
「敵は“そこから来ない”と思ってる」
ジャドが吹き出す。
「ははっ……。
お前の“だからこそ”は信用できねぇって」
「理屈が毎回狂ってるんだよ」
「でも成功してるじゃない」
サーシャ。
「それが怖いのよ」
イリヤが息を吐く。
「……つまり?」
ノアが答える。
「俺が走ります」
一瞬、空気が止まった。
「また一人かよ!!」
ジャド。
「違います」
ノアは首を振る。
「今回は、“俺を囮にしながら”全員で押し込みます」
レオンが頭を抱えた。
『囮になる本人が一番冷静なの怖いんだけど!?』
ミアも青ざめる。
『ちょっと待って!
相手四千だよ!?』
「だから全員で行くんです」
ノアは静かに言った。
「一人じゃ押し切れない」
一拍。
「でもゼロ班なら、“崩せる”」
バルドがノアを見る。
そして短く言った。
『……作戦変更なし』
『ノア案を採用する』
誰も反対しなかった。
ゼロ班は知っている。
ノアが“できないこと”を言わないことを。
◆
――作戦開始。
ノアが砂丘を蹴った。
ドッ――!!
敵兵が即座に反応する。
「敵影!!」
「前方二百八十!!」
「《Blank》だ!!」
「なんで止まらない!!」
「撃ってる!!
当たってるはずだろ!!」
「距離取れ!!
近づけるな!!」
「クソッ!!
なんで八人で押し返されるんだ!!」
「撃てェェェ!!」
重機関銃が火を吹いた。
ゴガガガガガガガッ!!!!
曳光弾が一直線に砂丘を削る。
だが。
ノアは止まらない。
伏せない。
迷わない。
最短距離だけを走る。
弾丸が頬を掠める。
砂が爆ぜる。
防弾プレートへ火花。
それでもノアは静かだった。
(右。
二射目が流れる。)
(左。
連射が長い。)
(中央。
呼吸が乱れてる。)
世界が遅い。
敵だけが、遅れて見える。
呼吸。
重心。
引き金へかかる指。
全部、“撃つ前”に分かる。
敵の癖が全部見える。
だから、射線の“空白”も見える。
その瞬間。
ノアが斜面へ倒れ込んだ。
敵兵が叫ぶ。
「倒した!!」
「《Blank》をやったぞ!!」
だが。
それは“錯覚”だった。
「――今」
ノアの声。
その瞬間。
砂丘下からゼロ班が飛び出した。
サーシャ。
イリヤ。
ジャド。
レオン。
ミア。
グレン。
そしてバルド。
『全員前進!!
ノアが作った穴を通れ!!』
敵陣が混乱する。
「別部隊!?」
「どこから湧いた!?」
「左から来てる!!」
グレンが狙撃。
パンッ!!
丘上狙撃兵が吹き飛ぶ。
「右上落とした!」
サーシャが連続射撃。
指揮兵だけを正確に抜く。
イリヤが叫ぶ。
「ジャド! 前出過ぎ!」
「押し切るしかねぇだろ!!」
ジャドが装甲板を盾代わりに突っ込む。
敵兵を殴り飛ばす。
ミアが擲弾を投げた。
ドォォンッ!!
重機陣地が吹き飛ぶ。
その中心へ――ノアが突っ込んだ。
一基目。
射手を撃ち抜く。
二基目。
脚部を蹴り、砂へ沈める。
三基目。
装弾手の喉を撃ち抜く。
重機六基。
沈黙まで、四十秒。
◆
だが。
本当の地獄はそこからだった。
「後続来るぞ!!」
レオンの叫び。
敵後方大隊が動き始める。
迫撃砲。
装甲車。
歩兵。
三方向から三百以上。
サーシャが舌打ちした。
「キリがない!!」
イリヤも叫ぶ。
「ノア!
何かある!?」
ノアは敵中央を見ていた。
(……後方大隊が加わる。)
(ここが崩れたら戦線全体が終わる。)
だが不思議と焦りはなかった。
遠く。
別戦線。
山脈方向で閃光が走る。
長距離狙撃。
(……アシュレイ。)
(そっちも戦ってるんだろ。)
なら。
止まれない。
ノアが口を開く。
「全員、左へ回り込みます」
「中央を“縦に割る”」
バルドが目を細めた。
『中央突破か』
「はい」
「敵東西を分断する。
その数十秒で、味方後続が走廊へ入れます」
ジャドが笑う。
「いいじゃねぇか。
ゼロ班らしい」
ノアは銃を構えた。
「……行きます」
◆
ゼロ班八名が走り出した。
敵三百へ向かって一直線。
「来るぞ!!」
「射線張れ!!」
「止めろォ!!」
ノアが先頭で撃つ。
パンッ!!
敵兵が崩れる。
ジャドが装甲板を持ったまま突撃。
敵を吹き飛ばす。
サーシャが頭を抜く。
イリヤが援護。
グレンが狙撃。
ミアとレオンが後方支援。
バルドが叫ぶ。
『止まるなァァァ!!』
敵軍中央が揺れる。
「押し返せ!!」
「数で潰せ!!」
だが。
ゼロ班は止まらない。
ふたり。
三人。
五人。
敵を薙ぎ倒しながら、一直線に中央を貫く。
そして。
ノアが叫んだ。
「――ここだ!!
割れ!!」
その瞬間。
サーシャとレオンの同時狙撃。
ジャドの突進。
バルドの防盾突破。
敵陣中央が“縦”に裂けた。
直後。
後方からエンジン音。
味方機甲部隊。
【こちら第四機甲部隊!!】
【走廊開通確認!!】
停止していた味方戦車部隊が、
一斉に走り出す。
エンジン音。
履帯音。
怒号。
その全てが、
“反撃開始”の音だった。
敵兵たちは初めて理解した。
たった八人に、
戦線を壊されたのだと。
【ゼロ班、よくやったァァ!!】
戦車と装甲車が一斉に走廊へ突入する。
敵陣が崩れる。
後退。
混乱。
そして。
全員が理解した。
――戦況が変わった。
◆
バルドが深く息を吐く。
『……全員生存。
突破成功だ』
ノアは砂丘上から遠くの戦線を見る。
別戦場。
別の丘。
そこでも一人の狙撃手が、同じ夜空を見ていた。
アシュレイ・ケイン。
まだ出会っていない。
だが確かに。
互いの存在を感じ始めていた。
(……まだ終わらない。)
(この戦争は、まだ続く。)
ノアが仲間たちを見る。
「行きましょう」
一拍。
「次が、本当の地獄です」
ゼロ班八名は、再び砂煙の中へ消えていく。
敵軍推定死傷九百八十。
走廊奪還成功。
そして、この戦闘を境に――
ガリレア戦線は、わずか七時間で戦況を逆転させることになる。
後に人々は、この戦いをこう呼んだ。
――《ガリレア走廊の死闘》。
その夜。
ガリレア戦線で、
敵兵たちは初めて知る。
たった八人で、
戦争を変える部隊が存在することを。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第43話「千砂丘の狙撃戦 ― アシュレイ視点①」――
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