第41話 「包囲突破 ― 灰の突破口」
――ガリレア砂漠戦線・第七補給区画外縁。
時刻、04時42分。
照明弾が夜空を裂いていた。
白い閃光が、夜の砂漠を昼みたいに塗り潰していく。
砂丘の稜線。
谷間。
崩れた岩場。
その全てに、人影が浮かび上がる。
敵兵。
敵兵。
敵兵。
どこを見ても銃口だった。
重機関銃。
迫撃砲。
装甲車。
対戦車兵器。
敵兵力、推定千二百。
完全包囲。
対してこちらは――たった八人。
普通なら、もう終わっていた。
だが。
ゼロ班の誰一人、怯えていなかった。
いや。
正確には、“怯える段階を通り越していた”。
◆
砂丘裏の窪地。
ゼロ班は散開しながら最低限の遮蔽へ身を隠していた。
弾丸が頭上を通過する。
ヒュンッ――!!
砂が弾け飛ぶ。
バルドが巨大防盾を地面へ突き立てた。
ゴガァンッ!!
直後、防盾へ十数発の銃弾が叩き込まれる。
「チッ……!」
金属が軋む。
だがバルドは一歩も退かなかった。
『ノア! 東側はどう見える!』
無線越しの声。
ノアは砂丘の斜面を滑るように駆け上がり、片膝をつく。
モノキュラーを覗く。
敵影。
火線。
隊列。
移動速度。
全部を一瞬で読む。
「……東は二百」
一拍。
「北から増援。
あと十9:09 2026/05/24分で三百を超えます」
砂丘裏へ滑り降りながら続ける。
「東は“囮の壁”です。
突破用じゃない」
レオンが歯を食いしばる。
『西側も駄目だ!
地雷原で完全に封鎖されてる!』
ミアも焦った声を上げた。
『地雷密度、高すぎる……!
安全地帯ほぼ無し!』
イリヤが低く呟く。
「つまり、どっち行っても死ぬってことね」
「いや」
ノアが顔を上げる。
「南だけ薄い」
全員の視線が向く。
ノアは砂丘南側を指差した。
「斜面奥。
遮蔽物が少しある。
敵歩兵密度も低い」
サーシャが即座に地図を開く。
「待って。
そこ――」
一拍。
「重機関銃三基がクロスしてる場所よ!?」
「だからこそです」
ノアは淡々と言った。
「敵は“そこから来ない”と思ってる」
ジャドが吹き出した。
「ははっ。
お前の“だからこそ”は信用できねぇ」
「結果的に成功してるだけで理屈が狂ってんだよ」
「でも成功してるじゃない」
サーシャ。
「それが怖いのよ」
イリヤが額を押さえる。
「……死ぬ気で走る作戦ね」
ノアは否定しなかった。
代わりに、小さく呟く。
「ゼロ班は、“死ぬ気で走る人間”だけ集められた部隊です」
グレンが笑う。
「違ぇねぇ」
だが、その笑みの奥には緊張があった。
千二百。
いくらゼロ班でも、数が違いすぎる。
◆
敵包囲部隊。
南側重機関銃陣地。
「照明弾維持!!」
「敵を動かすな!!」
「《Blank》を視認したら即撃て!!」
兵士たちは怒鳴りながら射線を固定していた。
彼らも恐怖していた。
知っているからだ。
ゼロ班を。
そして“空白”を。
『確認急げ!!
本当にあの《Blank》なのか!?』
『映像照合一致率九十二!!
黒髪、少年体格、戦闘パターン一致!!』
『クソッ……!
なんでこんな場所にいる!?』
『近づけるな!!
近距離に入られたら終わるぞ!!』
重機関銃手が唾を飲み込む。
手汗でグリップが滑る。
「たった八人だろ……?」
誰かが呟いた。
だが返事はない。
全員、分かっていた。
問題は人数じゃない。
“誰がいるか”だ。
◆
砂丘裏。
ノアが短く言った。
「まず俺が南斜面のMGを潰します」
一瞬、空気が止まる。
レオンが聞き返した。
『……は?』
「その間に全員前進。
地雷原の穴を抜けてください」
ミアが叫ぶ。
『待って!!
MG三基よ!?』
『射線密度おかしいんだよ!?』
ノアは平然としていた。
「走りながら撃ちます」
一拍。
ジャドが吹き出す。
「お前さぁ!!
なんでそれを“普通の作戦”みたいに言えるんだよ!!」
グレンも笑いながら肩を押さえた。
「いやー……。
でも多分こいつ本当にやるぞ」
「やるじゃない。
できるのよ」
サーシャが静かに言った。
ノアの目を見る。
そこに迷いはない。
恐怖もない。
あるのは、“計算”だけ。
この少年は。
できないことを口にしない。
◆
照明弾が消えた。
砂漠が、一瞬だけ闇へ沈む。
その0.5秒後。
ノアが飛び出した。
ドッ――!!
砂を蹴る。
斜面を滑る。
敵包囲網へ一直線。
敵兵が叫ぶ。
「前方!!」
「敵影一!!」
「《Blank》だ!!」
「撃てェェェ!!」
重機関銃が火を噴く。
ゴガガガガガガガッ!!!!
曳光弾が一直線に砂丘を削る。
だが。
ノアは止まらない。
伏せない。
迷わない。
最短距離だけを駆ける。
弾丸が頬を掠める。
砂が爆ぜる。
防弾プレートへ火花が散る。
それでもノアは静かだった。
(右。
二射目が下がる。)
(左。
連射癖がある。)
(中央。
呼吸が乱れてる。)
全部、見えている。
敵兵の呼吸。
照準のブレ。
指の癖。
火線の揺れ。
ノアの中で、戦場だけが極端に遅くなる。
そして。
跳んだ。
高くはない。
人間的な、小さな跳躍。
だが、その瞬間だけ。
三基のMGの射線が揃う。
(ここ。)
空中で銃口が閃いた。
――パンッ。
――パンッ。
――パンッ。
三発。
三つの頭部。
三人の射手。
重機関銃が沈黙する。
一瞬、戦場が止まった。
「なっ……」
「一人で……!?」
「あの距離で!?」
「馬鹿な!!」
敵兵たちの声が裏返る。
ノアは着地と同時に砂を滑り、窪地へ身体を落とした。
そして無線を開く。
「――今です」
◆
「全員前進!!」
イリヤが叫ぶ。
ゼロ班が一斉に走り出す。
ミアが端末を見ながら叫んだ。
『ノアの通った場所!!
そこだけ地雷反応薄い!!』
「つまり!?」
『“人間一人が通れる幅”だけ空いてる!!』
ジャドが笑った。
「ははっ!!
マジで道作りやがった!!」
バルドが防盾を構える。
「全員、俺の後ろを通れ!!」
バルドが最初に地雷原へ足を踏み入れた。
誰も止めなかった。
彼が先頭に立つ時、ゼロ班は必ず生き残ってきたからだ。
敵兵が射撃を再開。
だがMG三基を失ったことで、火線が乱れている。
その数秒。
たった数秒が、ゼロ班には十分だった。
グレンが片手で狙撃する。
パンッ!!
敵狙撃兵の頭部が弾ける。
「右上、落とした!」
サーシャが叫ぶ。
「レオン! 敵増援!」
『南西から百追加!!
急げ!!』
イリヤがミアの腕を掴む。
「転ぶな!!
地雷踏んだら終わりよ!!」
「わ、分かってる!!」
その後ろを、ノアが一人で抑えていた。
◆
敵兵五十以上。
怒号を上げながら突っ込んでくる。
ノアは静かに立ち上がった。
「……時間稼ぎです」
ジャドの怒鳴り声。
『ノア!!
死ぬなよ!!』
「はい」
一拍。
「楽勝です、こんなの」
「全然説得力ねぇ!!」
敵兵が飛び込む。
ノアは斜面を利用した。
突撃してきた兵士の腕を掴む。
重心をずらす。
そのまま背後へ投げ飛ばす。
二人まとめて転倒。
落ちたライフルを拾う。
三点バースト。
パン、パン、パン。
三人沈黙。
(左足重心。)
(照準が甘い。)
(撃つ前に肩が動く。)
敵の癖が、全部見える。
だから。
ノアにとって戦場は、“読める”。
敵兵が恐怖した。
「なんなんだコイツ!?」
「止まれよ!!
なんで止まらないんだ!!」
「《Blank》だ!!
距離取れ!!」
その時。
バルドの声が響く。
『ノア!!
合流完了だ!!』
ノアが後ろを見る。
全員、生存。
それだけで十分だった。
「了解」
ノアは最後の敵兵を撃ち抜き、砂丘を蹴る。
◆
全員合流。
砂丘裏の窪地へ滑り込む。
サーシャがノアの肩を掴んだ。
「……本当に走りながらMG三基落とすなんて……」
一拍。
「人間じゃないわよ」
ノアは少しだけ笑った。
「人間ですよ」
ジャドを見る。
「ジャドよりは」
「なんで俺基準なんだよ!!」
イリヤが吹き出す。
レオンとミアも笑っていた。
「ノア生きてる……」
「それだけで崩壊しないの、ほんと意味分かんない……」
バルドが最後尾から叫ぶ。
『まだ終わってねぇ!!
移動するぞ!!』
全員の空気が締まる。
『包囲を抜けただけだ!!
ここからが本番だ!!』
ノアはふと夜空を見上げた。
照明弾の残光。
その遥か向こう。
遠い山脈側で、一瞬だけ閃光が走る。
長距離狙撃。
あの距離で撃てる人間は限られている。
(……アシュレイ。)
ノアは小さく目を細めた。
「……あいつも戦ってる」
そして前を見る。
「――行きましょう。
まだ終わりじゃない」
ゼロ班八人は、再び砂丘を駆け出した。
敵千二百名の包囲を突破しながら、なお一人も欠けず。
その夜。
“ゼロ班”という名前は、敵軍内部でこう記録される。
――遭遇時、交戦非推奨。
――《Blank》接触時、部隊壊滅率極大。
そして。
兵士たちは震えながら、こう噂し始めていた。
「奴らは人間じゃない」と。
――次回更新:今日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第42話「戦況反転 ― ガリレア走廊の死闘」――
をお楽しみに。




