第40話 「補給基地急襲 ― 夜明け前の罠」
――ガリレア砂漠戦線・第七補給区画前線。
時刻、04時13分。
夜明け前の砂漠は、静かだった。
静かすぎた。
風がない。
砲撃も遠い。
曳光弾も見えない。
まるで戦争そのものが、一瞬だけ呼吸を止めているような沈黙。
だが、その静寂の下では、確かに数千人単位の人間が殺し合っている。
砂漠は広い。
だから、人は簡単に消える。
死体も。
悲鳴も。
部隊そのものすら。
遠くの地平線に、ぼんやりと補給基地の灯りが見えた。
巨大燃料タンク六基。
装甲車両二十以上。
弾薬コンテナは推定二百。
燃料、弾薬、修理設備、通信中継。
敵東部戦線を支える巨大補給拠点。
ここを潰せば、敵三戦線の進軍速度は激減する。
逆に言えば――
敵も、絶対に失えない場所だった。
◆
砂丘の稜線。
ゼロ班八人は、夜の闇へ溶け込むように伏せていた。
サーシャがドローン映像を拡大する。
「……見張り、多いわね」
一拍。
「外周歩哨だけで五十。
内部警備含めれば二百はいる」
グレンが低く口笛を吹く。
「補給基地にしちゃ厳重だな」
「ここ落とされたら、東部戦線が止まるもの」
イリヤが答える。
「むしろ当然よ」
ジャドが双眼鏡を下げた。
「問題は、どう燃やすかだ」
「正面から突っ込むなよ?」
グレンが横目で見る。
「お前の場合、“潜入”が“爆破”になる」
「細かいこと気にすんな」
「基地ごと吹き飛ぶのを細かいで済ませるな」
そんな軽口の中でも、全員の視線は鋭い。
既に戦闘へ入っている目だった。
バルドが静かに口を開く。
「予定通り、二手に分かれる」
全員の空気が切り替わる。
「ノア、ジャド、イリヤ、サーシャ」
「東側潜入。
燃料タンクへ起爆装置を設置」
「俺、グレン、レオン、ミアは西側制圧。
敵の視線を散らす」
「了解」
短い返答が重なる。
ノアが聞いた。
「敵指揮所は」
ミアがタブレットを操作する。
「基地中央の管制テント」
一拍。
だが、その声が少しだけ止まった。
「……変です」
全員の目が向く。
ミアが眉を寄せた。
「内部熱源が少なすぎる」
「少ない?」
サーシャが聞き返す。
「普通なら最低でも十数人はいるはず。
でも今、中央熱源……ゼロ」
空気が変わった。
レオンがすぐ通信解析へ入る。
「通信量も少ない。
基地規模と噛み合ってない」
グレンが目を細める。
「つまり?」
サーシャが低く言う。
「……管制が空」
ジャドが顔をしかめた。
「補給基地でそれあり得るか?」
「あり得ない」
バルドが即答した。
一拍。
「罠だな」
誰も驚かなかった。
戦場では、“うますぎる話”は大抵罠だ。
だが。
バルドは双眼鏡を下ろした。
「それでも行く」
静かな声だった。
「補給基地を捨てられるなら、敵は既に追い詰められてる」
一拍。
「なら叩く価値はある」
ノアがゆっくり立ち上がる。
「……行きます」
ジャドが笑った。
「はい出ました。
ゼロ班戦闘開始の合図」
「違います」
「いや違わねぇ」
グレンが鼻で笑う。
「お前が動くと、だいたい戦場壊れ始めるからな」
ノアは何も言わない。
代わりに、ライフルの安全装置を外した。
カチ。
乾いた音。
それだけで、全員が自然に前へ出る。
ゼロ班。
命令だけで動く部隊じゃない。
互いの動きで噛み合う、“戦場専用の怪物”だった。
◆
■潜入 ― 04時21分
基地東側。
高い鉄柵。
土嚢。
照明灯。
監視塔。
夜でも警備は厳重だ。
だが、ノアの動きはその全てを無視していた。
砂へ溶ける。
風へ紛れる。
敵の視界から、自然に消える。
歩哨の一人が小さく振り返る。
「……?」
次の瞬間。
喉へ刃。
声もなく崩れる。
サーシャが即座に死体を引き込み、血痕へ砂をかけた。
「次」
短い声。
ノアはもう動いている。
二人目。
三人目。
呼吸みたいに敵を消していく。
ジャドが苦笑した。
「……早すぎんだろ」
「急がないと間に合わなくなる」
ノアは前を見たまま言った。
イリヤが眉を寄せる。
「何に?」
ノアは基地中央を見つめていた。
静かすぎる。
広い基地なのに、人の流れがない。
物資搬送も。
整備兵も。
巡回も。
“生きた基地の音”が消えている。
「……不自然です」
サーシャも気づいた。
「まさか」
ノアが低く言う。
「――囮だ」
その瞬間だった。
ドォォンッ――!!!!
西側で大爆発。
地面が揺れた。
砂丘が震える。
レオンの声が無線へ飛び込む。
『西側爆発!!』
『地雷原!!』
ミアが叫ぶ。
『敵、補給基地を放棄してる!!
ここ全部罠!!』
ノアの目が鋭く細まる。
「全員散開!!」
直後。
照明弾。
夜空へ何十発も撃ち上がる。
白光。
砂漠全体が昼みたいに照らされる。
そして――現れた。
砂丘の向こう。
無数の影。
歩兵。
装甲車。
重機関銃。
対戦車班。
数百。
いや。
千。
それ以上。
イリヤが息を呑む。
「……嘘でしょ」
サーシャが青ざめる。
「最低千二百……!」
ジャドが舌打ちした。
「補給基地守ってた兵力じゃねぇぞ……!」
ノアは静かに言った。
「俺たちを待ってた」
一拍。
「敵は補給を捨ててでも、ゼロ班を殺しに来てる」
◆
■敵包囲部隊・前線指揮車両
同時刻。
砂丘南東部。
装甲指揮車両の内部で、敵指揮官がモニターを睨んでいた。
白い照明弾の下。
砂丘に浮かぶ八つの影。
その中心にいる、黒髪の少年。
「……出たな」
男の声は低かった。
「《零》だ」
副官が端末を確認する。
「識別一致。
戦術班長バルド・レーガン。
狙撃手グレン・マードック。
双子索敵兵レオン、ミア。
医療兵イリヤ。
工兵ジャド。
参謀サーシャ」
一拍。
「そして……《Blank》」
指揮官の目が細くなる。
「黒髪の少年を最優先で殺せ」
「了解」
「奴を自由に動かすな。
距離を取れ。
囲め。
火線を重ねろ」
男は拳を握る。
「一対一で勝とうとするな。
あれは兵士じゃない」
一拍。
「戦場の異物だ」
通信兵が声を張る。
『全隊へ通達!!
目標はゼロ班!!
補給基地は放棄済み!!
包囲を閉じろ!!』
『《Blank》を最優先排除!!』
『繰り返す!!
黒髪の少年を殺せ!!』
◆
その通信は、レオンの耳にも入っていた。
『傍受した』
レオンの声が硬い。
『敵はノアを名指ししてる』
ミアが続ける。
『包囲網、三層。
外周に機関銃。
中層に歩兵。
内側に対戦車班。
逃げ道を全部塞いでる』
サーシャが端末を睨む。
「完全に私たち用の罠ね」
ジャドが笑った。
「人気者は辛いな、ノア」
「笑えません」
イリヤが低く言う。
ノアは答えなかった。
西側。
炎の中からバルドが現れる。
防盾が半分焼けている。
左肩の装甲も歪んでいた。
グレンが肩を押さえながら続く。
ミアとレオンも無事。
だが全員、完全に包囲されている。
ノアの視線が一瞬だけ、バルドの焼けた防盾へ向いた。
呼吸がわずかに浅くなる。
「隊長」
「生きてる」
バルドが即答した。
「それだけで十分だ」
グレンが苦笑する。
「俺はちょっと肩やった」
「撃てるか」
バルド。
「誰に聞いてる」
グレンは片手でライフルを構え直した。
「目は生きてる」
敵軍の拡声器が響いた。
『ゼロ班!!』
『投降しろ!!』
『貴様らは包囲されている!!』
『抵抗すれば全員処刑する!!』
ジャドが笑った。
「はは。
俺ら有名人じゃねぇか」
「笑ってる場合!?」
イリヤが睨む。
「相手千人超えてるのよ!?」
「千二百」
サーシャが訂正した。
「しかも重装備」
グレンがライフルを構える。
「いやー……。
これはさすがに多いな」
「怖い?」
ジャドが聞く。
「少しな」
「珍しい」
「死ぬかもしれん」
「いつもでしょ」
「それもそう」
ジャドは笑っていた。
けれど、握った爆薬の指先がわずかに震えている。
それに気づいたイリヤが、小さく言った。
「足、震えてるわよ」
「寒いんだよ」
「嘘」
「怖いんだよ」
一拍。
ジャドは笑ったまま、目だけを敵へ向けた。
「でもまぁ、やるしかねぇだろ」
その時。
敵照明弾の光が、ノアの横顔を照らした。
静かだった。
異様なほど。
ノアは前を見る。
敵千二百。
包囲。
地雷原。
退路なし。
普通なら、終わりだった。
だが。
ノアの呼吸だけが、妙に静かだった。
心拍も。
視線も。
指先すら揺れていない。
千二百の包囲。
普通の兵士なら、
恐怖で判断が鈍る状況。
だがノアだけは違った。
むしろ――
戦場が大きいほど、静かになる。
ノアは小さく呟く。
「……突破します」
イリヤが振り返る。
「は?」
「包囲が完成する前に、一点突破」
淡々とした声。
「敵指揮系統を崩せば、穴はできます」
サーシャが即座に地形図を開く。
「理論上は可能。
でも現実的にはほぼ不可能よ」
「可能性は?」
「三・七%」
「十分です」
「十分じゃない」
イリヤが即座に返す。
「普通は撤退を考える数字よ」
「撤退路がありません」
「……ほんと、嫌なほど正論ね」
バルドがノアを見る。
「いけるか」
「いけます」
一拍。
そしてノアは、ほんの少しだけ笑った。
「――いつも通りです」
その瞬間。
ゼロ班全員の空気が変わった。
恐怖じゃない。
覚悟でもない。
“戦闘開始”の空気。
バルドが巨大防盾を持ち上げる。
「ゼロ班」
低い声。
「ここからは、生存戦だ」
全員が彼を見る。
バルドは一歩前へ出た。
「俺が先頭を割る」
一拍。
「全員、俺の後ろを通れ」
グレンが弾倉を叩き込む。
「派手に行こうぜ」
ジャドが爆薬を抱える。
「千人でも一万人でも変わんねぇ」
イリヤが呆れる。
「変わるわよ」
イリヤは呆れたように笑った。
「……ほんと、どうして生き残ってるのよあなた」
「気合い」
「最低」
サーシャが戦場マップを開く。
「包囲南東部、指揮車両確認。
あれを落とせば敵連携が鈍る」
レオン。
『敵増援、さらに接近中!』
ミア。
『三分以内に包囲完成!』
イリヤが深く息を吐いた。
「……ほんと、ろくでもない部隊ね私たち」
ノアが前へ出る。
照明弾の白光の中。
黒い影みたいに。
敵軍の通信が叫ぶ。
『撃て!!』
『《Blank》を止めろ!!』
『ゼロ班を近づけるな!!』
バルドが防盾を構えた。
「行くぞ」
ノアが短く答える。
「了解」
そして。
敵軍千二百名の包囲網へ向かって――
ゼロ班は、たった八人で走り出した。
次の瞬間。
千二百の銃口が一斉に火を噴き、
夜明け前の砂漠を、弾丸の雨が埋め尽くした。
――次回更新:今日12:00公開予定
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。
『ゼロバレット』続編、第41話「包囲突破 ― 灰の突破口」――
をお楽しみに。




