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第39話 「砂塵の夜襲 ― 黒い砂嵐」

――ガリレア砂漠戦線・第二区画。


 時刻、23時41分。


 夜の砂漠は、昼とは別の顔を見せる。


 昼は灼熱。


 夜は凍土。


 乾いた冷風が肌を裂き、砂粒が装備の隙間へ入り込み、呼吸するたび喉の奥を削っていく。


 空には、異様なほど綺麗な星。


 だが地上では、絶え間なく人が死んでいた。


 遠くで砲撃。


 曳光弾。


 炎。


 断続的な爆発。


 焼けた鉄と血の匂い。


 戦場全体が、巨大な獣みたいに唸っている。


『右翼第三塹壕、後退!!』


『敵歩兵、再集結中!!』


『第18機械化大隊、弾薬残量三割!!』


『医療班が足りない!!』


『誰か止血帯を回せ!!』


 無線には悲鳴が混じっていた。


 戦争は数字で語られる。


 損耗率。


 弾薬残量。


 生存者数。


 撤退可能ライン。


 だが現場にあるのは、数字じゃない。


 叫び。


 血。


 火。


 そして、死ぬ順番を待つ兵士たちの呼吸だった。


     ◆


 ゼロ班は、第二区画外縁の砂丘へ伏せていた。


 風下。


 敵の死角。


 だが視界の先では、敵部隊が明らかに動きを変え始めている。


 サーシャが携帯端末へ浮かぶドローン映像を睨んだ。


「……敵歩兵部隊、後退開始」


 一拍。


「代わりに重装爆破班が前へ出てきてる」


 レオンもヘッドセットを押さえる。


「傍受した通信に爆薬コードあり。

 大型爆破の準備だ」


 ミアが続ける。


「おそらく、第18機械化大隊の主防衛線ごと吹き飛ばすつもり」


 ジャドが眉をひそめた。


「正面突破できねぇから、地形ごと消す気かよ」


「敵指揮官、頭いいわね」


 イリヤが小さく息を吐く。


「ゼロ班が砲兵陣地を潰してなかったら、今頃あの大隊は壊滅してたわ」


 遠くで爆発。


 夜空が赤く染まる。


 その光を見ながら、ノアが静かに立ち上がった。


「……行きますか」


 淡々とした声。


 感情は薄い。


 だが、その一言だけで空気が変わる。


 ジャドが笑った。


「お前の“行きますか”、

 最近もう戦闘開始の合図なんだよな」


「違います」


「いや違わねぇ」


 グレンがスコープを覗きながら口を開く。


「お前が立つと、だいたい敵が死ぬ」


 ノアは否定しなかった。


 その代わり、ライフルの安全装置を外す。


 カチ。


 乾いた音。


 バルドが全員を見る。


「聞け」


 低い声。


 それだけで全員の視線が集まる。


「目標は敵重装爆破班」


 サーシャが地図へ赤いポイントを表示した。


「中心に爆破部隊三十。

 外周に護衛歩兵百五十以上」


「重機関銃六門。

 砂丘上に狙撃手三。

 重装甲二」


 グレンが鼻で笑う。


「狙撃手は俺がやる」


「頼む」


 バルドは即答した。


「ノア、先頭。

 敵中央へ穴を開けろ」


「了解」


「ジャド、イリヤ。

 左右フォロー」


「了解」


「双子は索敵継続。

 敵増援を最優先で拾え」


『了解』


「サーシャは全体統制」


「当然」


 そして最後に。


 バルドは巨大な防盾を背負い直した。


「――ゼロ班、動くぞ」


 七人が自然に前へ出る。


 それは命令というより、“呼吸”に近かった。


 誰かが言う前に、誰かが動く。


 誰かが撃つ前に、誰かが道を作る。


 この八人は、個別の兵士ではない。


 戦場を壊すために組み上げられた、一つの怪物だった。


     ◆


■敵重装爆破班索敵区域


 第二区画は天然の殺し場だった。


 左右を巨大な砂丘に挟まれた細い回廊。


 逃げ場がない。


 遮蔽物も少ない。


 正面突破した部隊は、確実に削り殺される。


 だからこそ敵は、ここへ爆破班を置いた。


 回廊そのものを爆破し、前線を崩し、第18機械化大隊を砂ごと埋める。


 それが敵の狙いだった。


 ミアがドローン映像を切り替える。


『爆破班中心部確認。

 護衛歩兵百五十。

 重装甲二。

 重機関銃六』


 レオン。


『敵狙撃手、上方砂丘へ分散配置。

 左右の高台に一名ずつ。

 中央奥に一名』


 サーシャが冷静に言う。


「五分以内に爆破開始。

 それまでに沈める」


「五分か」


 ジャドが笑う。


「余裕だな」


「誰基準だそれ」


 イリヤが呆れる。


「ジャド基準なら、大体爆発するわ」


「爆破担当に失礼だろ」


「褒めてない」


 その時。


 バルドがノアを見る。


「いけるか」


 ノアは即答した。


「十分です」


 誰も疑わなかった。


 世界ランク29位。


 ゼロ班最年少。


 そして――戦場適応能力だけなら、この場で誰より壊れている少年。


 バルドは短く頷く。


「ただし、単独で走りすぎるな」


 ノアの目がわずかに動く。


「……了解」


「お前は刃だ」


 一拍。


「だが刃だけじゃ戦場は切れねぇ。

 柄も、盾も、目も、支える手も必要だ」


 バルドは防盾を持ち上げた。


「俺たちを使え」


 ノアは静かに頷いた。


「了解」


     ◆


■奇襲開始 ― 0分00秒


 サーシャが指を鳴らした。


「開始」


 その瞬間。


 ノアが砂丘を滑り降りた。


 静かだった。


 速い。


 だが何より、“気配がない”。


 砂へ溶けるみたいに動く。


 レオンが思わず呟く。


「……ノアの心拍、変化なし」


 イリヤが小さく笑った。


「この子、戦闘に入る直前が一番落ち着くのよ」


「普通逆だろ」


 ジャドが低く言う。


「普通じゃないから、ここにいるのよ」


 イリヤが答える。


 距離。


 百二十。


 百。


 八十。


 敵はまだ気づかない。


 その時。


 砂丘上の敵狙撃手が動いた。


 グレンの目が細くなる。


「見つけた」


 ――パン。


 抑えられた発砲音。


 一人目の頭部が吹き飛ぶ。


 続けざまに二発。


 三発。


 敵狙撃手は、誰一人として引き金へ指をかける前に死んだ。


「上、排除」


 グレンは淡々と言った。


「撃たれる前に撃つ。

 基本だ」


「それを簡単に言うな」


 ジャドが呟く。


 同時に。


 ノアが敵陣中央へ滑り込んだ。


 一人目。


 喉。


 二人目。


 心臓。


 三人目。


 口を開く前に額。


 敵兵が気づく。


「……敵――」


 その瞬間にはもう、ノアはいない。


 別の位置。


 別の死角。


 別の首。


 まるで“影”だった。


「っ!? どこだ!?」


「右だ!!」


「違う左――」


 混乱。


 そこへ。


『ジャミング開始』


 ミア。


 敵通信が一斉に途切れる。


『こちらアルファ班!! 応答――』


 ノイズ。


『おい!? 通信が――』


「これで増援は呼べない」


 サーシャが冷静に言った。


「バルド、今」


「押すぞ」


 次の瞬間。


 バルドが真正面から突っ込んだ。


 重機関銃が火を吹く。


 だが。


 ゴガガガガガガガッ!!


 巨大防盾が、全部受け止める。


 火花。


 砂煙。


 金属音。


 それでもバルドは止まらない。


「退くなァッ!!」


 敵陣へ突っ込む。


「俺を見るな!!

 俺の後ろを見ろ!!」


 その背後では、ノアが走っていた。


 バルドが道を作る。


 ノアが中枢を裂く。


 グレンが死角を消す。


 双子が未来を読む。


 サーシャが戦場を組み替える。


 ジャドが陣地を壊す。


 イリヤが崩れかけた命を繋ぐ。


 これが、ゼロ班。


 八人で一つの戦場兵器。


 その背後からジャドが突っ込む。


「道開けろオラァ!!」


 爆薬を投げ込む。


 敵機関銃陣地が吹き飛ぶ。


 イリヤがその隙間を正確に射抜いた。


 パン、パン、パン。


「右二。

 左一。

 ジャド、前出過ぎ」


「分かってる!!」


「分かってる奴は被弾しないの」


「それはそう」


「なら下がりなさい」


「それは嫌だ!」


「子供か」


 イリヤは呆れながらも、ジャドの死角へ入った敵兵を撃ち抜いた。


 グレンが上から援護する。


「ノア、左後ろ!」


 瞬間。


 ノアが振り向きざまに発砲。


 敵兵が崩れる。


「助かります」


「礼は後でいい。

 死ぬな」


 その時だった。


 爆破担当の一人が起爆スイッチへ手を伸ばす。


「今だ!!

 吹き飛ば――」


 ノアの足が、その腕を踏み砕いた。


 ゴキッ。


「ぎゃ――!!」


 ノアは無表情のまま刃を突き刺す。


 そしてスイッチを奪い、後方へ放り投げた。


「ジャド!」


「任せろ!」


 空中でキャッチ。


 即座に安全装置を解除する。


「爆破阻止!!」


 別の爆破班が予備起爆装置へ手を伸ばす。


 だが、レオンの声が飛ぶ。


『ノア、右奥二人目!』


 言い終わる前に、ノアの銃口が動いていた。


 撃つ。


 倒れる。


 そのさらに奥。


 ミアが叫ぶ。


『左高台、増援八!』


 グレンが笑う。


「八なら多いな」


 八つの影が砂丘を降りる前に、八つの頭が順に消えた。


 誰も、砂丘を降りられなかった。


 敵兵が叫ぶ。


「何なんだこいつら!?」


「八人だぞ!?!?」


「化け物かよ!!」


 その中心で。


 ノアだけが静かだった。


 敵を撃ち。


 動きを見て。


 次を殺す。


 それだけ。


 まるで呼吸みたいに。


 だが、その呼吸は一度だけ乱れた。


 右の爆破兵を撃つべきか。


 左の機関銃手を落とすべきか。


 ほんの一瞬、判断が割れた。


 その一瞬が、戦場では致命傷になる。


 ドガッ――!!


 敵弾がノアの足元を抉った。


 体勢が崩れる。


「ノア!!」


 バルドが腕を伸ばし、ノアの襟首を掴んだ。


 引き戻す。


 直後。


 ノアがいた場所を重機関銃の弾丸が薙いだ。


 砂が爆ぜる。


 バルドが低く言う。


「死に急ぐな」


「……見えていました」


「見えてても死ぬ時は死ぬ」


 一拍。


「背中を見ろ」


 ノアは、ほんのわずかに目を伏せた。


「……了解」


 それは叱責ではない。


 命令でもない。


 戦場で、少年を兵器ではなく“部下”として扱う隊長の声だった。


     ◆


■敵側通信


『こちら爆破班!!

 敵襲!! 敵襲!!』


『敵の規模は!?』


『不明!!』


『不明とは何だ!!』


『見えません!!』


『数は!?』


『八――いや、違う!!』


『何が違う!?』


『八人に見えません!!』


『通信が死んでる!!』


『狙撃手も落ちた!!』


『機関銃陣地が吹き飛んだ!!』


『爆破装置を奪われた!!』


『誰にだ!?』


『分かりません!!

 影みたいな奴が中に――』


 そこで通信が途切れる。


 次に入った声は、震えていた。


『……ゼロ班だ』


 一拍。


『零が来てる』


     ◆


 戦闘終了。


 経過時間――二分四十七秒。


 敵爆破班、壊滅。


 回廊へ、死体と煙だけが残る。


 ミアが報告する。


『第18機械化大隊、前進開始』


『第二防衛線維持成功』


 遠くで味方の砲声が戻る。


 焼けた戦線が、わずかに押し返していた。


 ジャドが肩を回した。


「はぁー……。

 相変わらず無茶苦茶だな」


「お前も十分無茶苦茶よ」


 イリヤが呆れる。


 グレンがライフルを背負う。


「いやぁ、でも今回かなり綺麗にハマったな」


「ノアが中央抜いたから」


 サーシャが言う。


「敵指揮系統が完全に崩れた」


 バルドがノアを見る。


「怪我は」


「問題ありません」


「そうか」


 一拍。


「さっきの判断迷い、忘れるな」


「……了解」


 短いやり取り。


 だが、その時。


 ――パァンッ!!


 遠距離狙撃。


 ノアの足元で砂が弾けた。


「狙撃!?」


 イリヤが伏せる。


 レオンが即座に座標を拾う。


「距離千七百!

 後方高台!」


 ジャドが舌打ち。


「敵にあんな腕いたか!?」


 グレンがスコープを覗き――笑った。


「……いや」


 一拍。


「あれ、敵じゃねぇ」


「は?」


「弾道見ろ。

 ノアじゃなく――」


 ノアが振り返る。


 背後。


 敵重狙撃兵が倒れていた。


 頭部を、超遠距離から正確に撃ち抜かれている。


 遠くの丘。


 一瞬だけ、“白いスコープ反射”が光った。


 そして消える。


 ノアが小さく呟く。


「……助けられた」


 サーシャが肩をすくめた。


「あなたを知ってる人間かもね」


 グレンが笑う。


「いや、あいつはただの狙撃バカだ」


「強ぇ奴見つけると勝手にフォローしたがるタイプ」


「知り合いですか?」


「名前だけな」


 グレンが遠くを見る。


「《Silver-3》」


 一拍。


「アシュレイ・ケイン」


     ◆


 遠くの丘で。


 アシュレイはスコープを閉じた。


「……面白ぇ」


 砂塵の向こう。


 黒い影みたいに戦場を裂いていく少年。


 そして、その周囲を支える七人。


 戦場で“速い奴”は何人も見てきた。


 “強い奴”もいた。


 だが。


 あんなふうに、戦場へ溶け込む人間は初めて見た。


「八人で戦線ひっくり返すとか、

 イカれてやがる」


 隣の観測手が言う。


「撃たなくてもよかったんじゃないか?」


「撃ちたかったんだよ」


「理由になってない」


「なるさ」


 アシュレイは口元を吊り上げた。


「ああいう奴は、死なせたらつまんねぇ」


 もう一度、スコープを覗く。


 黒い影の少年。


 その背後に立つ、盾の男。


 そして、戦場を壊していく七人。


「――いつか会うんだろうな」


 一拍。


「あの“黒い影”と」


 その夜。


 ガリレア東部戦線では、

 たった八人の介入によって、第二区画の戦況図が丸ごと書き換わった。


 後に敵軍は、この夜をこう記録する。


 ――“黒い砂嵐”。


 そして。


 その名はやがて、

 《無音の夜》へと繋がっていく。



――次回更新:明日6:30公開予定


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。


『ゼロバレット』続編、第40話「補給基地急襲 ― 夜明け前の罠」――


をお楽しみに。


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