第38話 「ゼロ班・第一次交戦」
――ガリレア砂漠戦線・東部前線。
時刻、22時17分。
夜の砂漠は、昼とは別の地獄だった。
昼は灼熱。
夜は凍土。
乾いた冷風が装甲車の外壁を叩き、鉄板を低く軋ませている。
空は黒い。
だが星だけは、異様なほど綺麗だった。
その下で――人が死んでいる。
遠くで断続的に響く砲撃。
揺れる火柱。
夜空を横切る曳光弾。
砂丘の向こうで何かが爆発し、赤い閃光が一瞬だけ地平線を照らした。
戦争はまだ終わっていない。
いや。
ここからが本番だった。
◆
重装輪装甲車内部。
赤色灯だけが、車内をぼんやり照らしている。
油。
火薬。
血。
汗。
金属。
兵士の呼吸。
狭い車内へ、戦場の匂いが染み付いていた。
ゼロ班八名は、それぞれ武器を抱えたまま座っている。
誰も無駄口を叩かない。
その沈黙だけで、この部隊の異常性が分かった。
「……接近音、右前方三キロ」
ヘッドセットへ触れながら、レオンが低く言った。
「味方残存車両と思われる。エンジン数、減少中」
「減少中?」
ジャドが眉をひそめる。
「撃破されてるってことか」
ミアが静かに続けた。
「熱源も急減してる。歩兵の密度も低い。……かなり押されてる」
車内の空気が、少しだけ重くなる。
その時。
『第七中隊応答しろ!!』
通信機から怒号が飛び込んだ。
『第七中隊!! 応答しろ!!』
返答はない。
ノイズだけ。
次の瞬間。
ドォンッ――!!
遠くで爆発。
窓の外で、装甲車が炎を噴きながら横転した。
『戦車だ!!』
『右から来るぞ!!』
『対戦車班は!?』
『死んだ!!』
『医療兵!! 誰か来い!!』
『クソッ、ライン維持できません!!』
怒号。
悲鳴。
砲撃。
断末魔。
それが、“前線”だった。
バルドが低い声を出した。
「サーシャ、戦況」
対面座席。
ホログラム地図を展開していたサーシャが、戦域を拡大する。
青い光が彼女の横顔を照らした。
「友軍第18機械化大隊。東部ラインで完全停止」
一拍。
「敵戦力は混成旅団規模。最低五千。最大八千」
赤い光点が地図を埋める。
「戦車。対戦車陣地。迫撃砲。多連装ロケット。電子妨害あり」
グレンが煙草を指で回した。
「はっ。随分歓迎されてんな」
「歓迎というより処刑場ね」
イリヤが肩をすくめる。
「上層部、本当に私たちを人間だと思ってる?」
「私たちは、正規記録上には存在しない」
サーシャが淡々と言った。
「作戦名簿にも、戦果報告にも、部隊識別にも残らない。投入された事実ごと抹消される」
一拍。
「だからゼロ班」
ノアが静かに顔を上げる。
バルドが続けた。
「表の戦争で処理できない場所にだけ、俺たちは出る」
低い声。
「存在しない最強部隊。
それが俺たちだ」
車内が静まる。
その言葉には、妙な重みがあった。
誇りじゃない。
栄誉でもない。
ただ、“そういう役割”として作られた部隊の声だった。
「つまり俺たちは」
ジャドが笑う。
「戦場の後始末係ってわけだ」
「違うわね」
サーシャが地図を閉じる。
「戦場そのものを、作り直す側よ」
一拍。
「敵の“頭”を落とす」
赤いポイントが三つ浮かび上がった。
「砲兵陣地」
「通信中継」
「指揮所」
「ここを潰せば、敵は自壊する」
バルドがノアを見る。
「ノア」
「はい」
「お前が先頭だ」
赤い照明の下。
バルドの目だけが鋭かった。
「前線へ“穴”を開けろ」
「砲兵陣地までのルートを強引に作る」
「了解」
「……即答か」
グレンが苦笑する。
「ほんと躊躇ねぇな、お前」
ノアは静かにライフルへ触れた。
「躊躇してる時間はありません」
「違ぇねぇ」
イリヤがノアの腕へモニターを当てる。
「心拍上昇。アドレナリン濃度増加」
一拍。
「ようやく“戦闘前の顔”になってきた」
「問題ありますか」
「逆。落ち着きすぎてる方が怖い」
イリヤは少しだけ目を細めた。
「十二歳の顔じゃないのよ、あなた」
ノアは答えない。
代わりに、指先で弾倉を確かめた。
カチ。
乾いた金属音。
それだけで、少し落ち着く。
怖くないわけじゃない。
ただ、恐怖より先に身体が動くだけだ。
止まれば死ぬ。
迷えば死ぬ。
だから、考える前に戦場へ沈む。
それが、ノアという少年が生き残るために覚えた唯一の方法だった。
バルドが立ち上がる。
ゴン――。
装甲車天板を叩いた。
全員の視線が集まる。
「聞け」
低い声。
「ここから先は、“普通の戦争”じゃねぇ」
一拍。
「敵の数も火力も、紙の上じゃ俺たちの負けだ」
誰も喋らない。
バルドは全員を見渡した。
「だが俺たちは、紙の上で戦わねぇ」
一歩。
「現場で撃って」
一歩。
「歩いて」
一拍。
「生き残った奴が勝ちだ」
そして。
バルドは、静かに笑った。
「――いつも通りやれ」
「了解」
八つの声が重なった。
◆
ギィィィ――。
後部ハッチが開く。
冷たい夜風。
砂。
煙。
血。
戦場の空気が、一気に流れ込んでくる。
ノアが最初に飛び降りた。
乾いた砂を踏む。
その直後。
七つの足音が続いた。
ゼロ班。
たった八人。
だが――。
その場にいた負傷兵たちは、彼らを見た瞬間、顔色を変えた。
「……ゼロ班だ」
「本物か?」
「嘘だろ……」
「“零”が来たのか……?」
それは援軍を見る目じゃない。
怪物を見る目だった。
◆
■地獄の手前
前線凹地。
そこはもう、半分墓場だった。
炎上した輸送車。
横転した装甲車。
砂へ転がる死体。
担架。
怒号。
血。
硝煙。
砲撃。
空気そのものが死臭を帯びている。
負傷兵が地面を這っていた。
「み、水……」
その横で。
衛生兵が必死に止血している。
「押さえろ!! 押さえろって言ってるだろ!!」
「腕が……俺の腕が……」
さらに奥では。
対戦車砲が火を噴いた。
ドォォンッ――!!
夜空が白く染まる。
敵戦車の砲撃。
味方塹壕が吹き飛ぶ。
『左翼突破されるぞ!!』
『工兵隊は!?』
『もういない!!』
『クソッ!!』
戦争だった。
本物の。
数万人が殺し合う、“戦争”だった。
バルドが中年将校へ近づく。
「第18機械化大隊指揮官は」
「……俺だ」
血塗れの将校が振り返った。
疲弊した目。
割れたヘルメット。
震える指。
だがゼロ班を見た瞬間、その目へ少しだけ光が戻る。
「……あんたらが“零”か」
一拍。
「よりによって、こんな地獄に」
「状況を話せ」
将校は地図を叩いた。
「前面に敵歩兵と戦車」
「中腹に対戦車陣地」
「後方砂丘に迫撃砲とロケット」
喉を鳴らす。
「正面突破は三回失敗した」
「損耗率は?」
サーシャ。
「七割だ」
その瞬間。
車列の向こうで爆発。
兵士が吹き飛ぶ。
『衛生兵!!』
『止血しろ!!』
『クソッ、また砲撃だ!!』
将校が唇を噛む。
「……このライン抜かれたら、後方都市が焼かれる」
一拍。
「だが、もう打つ手がねぇ」
沈黙。
そして。
バルドが少しだけ笑った。
「なら、俺たちの仕事だな」
将校が苦く笑う。
「八人でか?」
バルドは、少しだけ口角を上げた。
「八人だから、ただの増援じゃねぇ」
一拍。
「俺たちは“零”だ」
将校の表情が変わる。
「……零?」
「記録上は存在しない。作戦名簿にも載らない。戦果も残らない。失敗しても、死んでも、誰も認めない」
バルドは防盾を肩に担いだ。
「だが、戦場で最も厄介な場所にだけ投入される」
一拍。
「国家が認めない最強戦力。
存在しないはずの特殊部隊」
低い声。
「だから、“零”」
周囲の兵士たちが息を呑む。
「戦場ってのは、本来、数で動く」
バルドは続けた。
「兵力。火力。補給。損耗率。記録。報告。命令系統」
一拍。
「だが俺たちは、そのどこにも存在しない」
将校の目を見据える。
「存在しない部隊が、戦場の前提を壊す」
低い声。
「それがゼロ班だ」
将校は、返す言葉を失った。
ノアが一歩前へ出た。
「前線座標をください」
将校が見る。
若い。
若すぎる。
だが。
その目だけが異常だった。
「……無駄死には、させません」
将校は数秒黙り。
ゆっくり頷いた。
「頼んだぞ、少年」
その瞬間だった。
ドォォォンッ――!!
至近距離へ砲弾着弾。
砂と炎が吹き上がる。
兵士たちが伏せる。
「敵戦車接近!!」
「距離四百!!」
「対戦車班応答しろ!!」
『全滅だ!!』
怒号。
混乱。
炎。
その中で。
バルドだけが立っていた。
巨大な防盾を持ち上げる。
「ゼロ班、前へ出る」
低い声。
「ここから先、“戦場”を取り返すぞ」
「了解」
七人の声が重なった。
◆
■浸透開始
ゼロ班は、正面から突っ込まなかった。
それは自殺だ。
敵は数で勝っている。
火力で勝っている。
地形も押さえている。
普通の部隊なら、ここで終わる。
だが。
ゼロ班は“普通”ではない。
「右翼の死角を使う」
サーシャの声が無線に流れる。
『現在地から北東へ百二十。
低砂丘を越えた先に、敵監視線の穴がある』
「穴?」
グレンが笑う。
「そんな都合よく空いてんのか?」
『空いているんじゃない。作るのよ』
サーシャが返す。
『レオン、ミア』
『了解』
双子の声が重なる。
上空を低く走っていた小型ドローンが、砂丘の影を縫うように滑る。
ミアが敵の熱源を拾う。
『前方百五十。敵歩哨二名』
レオンが別角度の映像を重ねる。
『左丘陵に狙撃手一。熱源小。隠蔽布使用』
バルドが即座に指示を飛ばす。
「グレン、左を潰せ」
「了解」
「ノアは歩哨」
「了解」
「ジャド、電子妨害準備」
「三秒くれ」
「イリヤ、後方待機。負傷者が出たら迷わず動け」
「言われなくても」
指示が終わる前に、全員が動いていた。
これがゼロ班だった。
一人が強いんじゃない。
八人で戦場そのものを組み替える。
パンッ――。
グレンの狙撃。
丘陵の狙撃手が、声を上げる間もなく崩れ落ちる。
同時に。
ノアが砂の上を走った。
音がない。
無駄もない。
風下へ回る。
呼吸を殺す。
距離、二十。
十五。
十。
敵兵の会話がかすかに聞こえた。
「……なぁ、本当に来ると思うかよ。“零”なんて」
「知らねぇよ。上は騒いでたがな」
「八人だろ?」
「八人に何が――」
言葉は、そこで終わった。
ノアの腕が右の兵の口を塞ぎ、ナイフが喉へ沈む。
左の兵が振り返る。
遅い。
サプレッサー弾が喉を貫いた。
二人の身体が砂へ沈む。
音は、風に紛れた。
「クリア」
『前進』
サーシャの声。
ゼロ班は再び動き出す。
◆
■敵陣後方
敵砲兵陣地。
無数の迫撃砲。
多連装ロケット。
補給弾薬。
無線車両。
軽装甲車。
敵兵たちは、前線しか見ていなかった。
後方から死神が近づいていることを、まだ知らない。
レオンが小声で言う。
『砲兵三十。補給要員含め五十以上』
ミアが続ける。
『通信車両一。軽装甲車三。戦車は無し』
ジャドが笑った。
「戦車がないなら楽だな」
イリヤが冷たい目を向ける。
「あなたの“楽”は信用できない」
「俺の楽は敵の地獄だ」
「最悪ね」
バルドが防盾を地面に下ろした。
重い音。
「サーシャ、ルート」
『三段階で壊す』
サーシャの声が冷たい。
『第一段階。通信遮断』
「ジャド」
「任せろ」
『第二段階。砲兵沈黙』
「グレン、ノア」
「了解」
『第三段階。前線へ混乱を逆流させる』
「バルド」
「分かってる」
バルドが笑った。
「俺が正面を割る」
ノアが一瞬だけバルドを見た。
「隊長」
「何だ」
「俺が先に出ます」
「駄目だ」
即答。
ノアの目がわずかに動く。
バルドは低く言った。
「お前は刃だ」
一拍。
「だが、刃は盾があって初めて振れる」
巨大な防盾を持ち上げる。
「俺が立ってる間は、道は塞がらねぇ」
ノアは一瞬だけ黙り。
短く頷いた。
「了解」
◆
■砲兵陣地強襲
ジャドが小型EMPを砂へ埋める。
指を立てる。
三。
二。
一。
「落ちろ」
パルス。
目に見えない衝撃が、敵通信車両を貫いた。
無線機が弾ける。
照明が落ちる。
敵兵が顔を上げる。
「通信が切れたぞ!?」
「予備回線は!?」
「駄目だ! 全部死んでる!」
その瞬間。
グレンが撃った。
パンッ――!!
敵通信兵の頭が吹き飛ぶ。
続けて二発。
機関銃手。
観測手。
三人が、同じ呼吸の中で倒れる。
「敵襲――!!」
叫び。
だが遅い。
砂丘の稜線から、バルドが降りた。
巨大な防盾。
鈍い足音。
真正面から、敵陣へ踏み込んでいく。
「撃て!! 撃てぇ!!」
敵機関銃が火を噴いた。
ドガガガガガガッ!!
弾丸が防盾へ叩き込まれる。
火花が散る。
装甲板が削れる。
それでも、バルドは止まらない。
「前見て走れ!!」
怒号。
「俺が立ってる間は、道はある!!」
その背後から、ノアが飛び出した。
低い姿勢。
砂を蹴る。
銃口が動く。
ヘッドショット。
喉。
心臓。
膝。
武器を持った者から順に落とす。
敵兵が叫ぶ。
「なんだあいつ!?」
「子供だぞ!?」
「撃て!!」
ノアの頬を弾丸が掠めた。
血が一筋、流れる。
一瞬。
視界が赤く滲む。
その刹那。
右側からRPG兵が肩を上げた。
「ノア!! 右!!」
ミアの声。
ノアが反応するより早く。
パンッ――!!
グレンの弾丸がRPG兵の眉間を抜いた。
「借り一つな、最年少」
「……了解」
ノアは止まらない。
バルドの背中が道を作り。
グレンの弾が死角を消し。
双子の声が未来を教え。
サーシャの指示が戦場の形を変える。
『ノア、三秒後に左から増援』
「了解」
『バルド、十メートル前進後に右へ寄せて。敵火線を誘導』
「任せろ」
『ジャド、軽装甲車を潰して』
「潰すだけでいいのか?」
『使えるなら奪って』
「最高だ」
ジャドが煙幕の中へ消えた。
数秒後。
敵軽装甲車の機銃が、味方の方ではなく、敵陣へ向いた。
「おい、あの車両は味方だろ!?」
「誰が乗ってる!?」
車内からジャドの声。
「悪いな、借りるぞ敵さん!!」
重機関銃が唸る。
砲兵陣地の弾薬箱が吹き飛んだ。
連鎖爆発。
炎が夜を裂く。
イリヤはその中で、味方負傷兵のもとへ駆けていた。
「動くな」
「た、助け――」
「喋るな。血が減る」
止血剤。
注射。
包帯。
そして背後から迫る敵兵へ、振り向きもせず拳銃を撃つ。
膝。
肩。
喉。
敵兵が崩れる。
イリヤは負傷兵の頬を叩いた。
「死にたい?」
「い、いや……」
「なら目を開けてなさい。私の患者は勝手に死なせない」
◆
■敵側通信
『後方陣地、応答しろ!!』
『こちら砲兵三班! 敵襲! 敵襲!!』
『敵の規模は!?』
『不明!!』
『不明とは何だ!!』
『見えません!!』
『数は!?』
『八――いや、違う!!』
『何が違う!?』
『八人に見えません!!』
悲鳴。
銃声。
爆発。
『後方守備隊は!?』
『応答ありません!!』
『どういうことだ!?』
『消えました!!』
『ふざけるな!!』
『“零”です!! ゼロ班です!!』
一瞬の沈黙。
そして、敵通信に恐怖が走った。
『……ゼロ?』
『東部に投入されたのか!?』
『撤退許可を!!』
『許可できるわけないだろ!! 相手は八人だぞ!!』
『違う!! 八人じゃない!!』
通信兵が叫ぶ。
『あれは、戦場そのものだ!!』
◆
■ゼロ班
砲兵陣地は崩れ始めていた。
ただ殺されているのではない。
指揮系統が切られ。
通信が死に。
火力が逆流し。
味方と敵の境界が崩れている。
戦場の理屈が、壊されていた。
バルドが防盾で機関銃陣地へ突っ込む。
至近距離。
敵兵が恐怖で固まる。
「ば、化け――」
「遅ぇ」
バルドの拳が敵兵を吹き飛ばす。
その背後をノアが抜ける。
刃のように。
影のように。
息をするように、人を撃つ。
だが、完璧ではない。
敵弾が肩を掠める。
足元で爆発。
ノアの身体が一瞬浮く。
「ノア!!」
バルドが腕を伸ばし、彼の襟首を掴んだ。
引き戻す。
直後。
ノアがいた場所へ機関砲弾が叩き込まれた。
砂が弾ける。
バルドが睨む。
「死に急ぐな」
ノアは息を整えながら答えた。
「……見えていました」
「見えてても死ぬ時は死ぬ」
一拍。
「背中を見ろと言ったはずだ」
ノアは一瞬だけ黙る。
「……了解」
そのやり取りを聞いて、グレンが笑った。
「隊長、父親みてぇだな」
「撃つぞ、グレン」
「冗談だって」
サーシャの声が割り込む。
『雑談終了。敵指揮車両が移動開始。逃がせば再編される』
レオンが続ける。
『方位二時。距離三百二十』
ミア。
『護衛六。軽装甲一』
バルドが即座に言う。
「ノア、行け」
「了解」
「グレン、護衛を削れ」
「任せろ」
「ジャド、車両を止めろ」
「タイヤでいいか?」
「燃やせ」
「了解、分かりやすい」
ノアが走る。
グレンの狙撃が護衛を落とす。
一人。
二人。
三人。
ジャドの即席爆薬が車両前方で炸裂。
軽装甲車が横滑りし、砂へ突っ込む。
ノアがその上へ飛び乗った。
ハッチが開く。
中の将校と目が合う。
「な――」
銃声。
一発。
指揮官が倒れる。
その瞬間。
敵陣全体の動きが、目に見えて乱れた。
サーシャが静かに言う。
『敵指揮系統、沈黙』
一拍。
『前線への砲撃ログ、停止』
◆
■前線
味方第18機械化大隊。
兵士たちは、目の前で起きていることを理解できなかった。
さっきまで自分たちを粉砕していた砲撃が止まった。
通信妨害が消えた。
敵の火線が乱れた。
そして、砂丘の向こうで炎が上がっている。
「……押し返してる?」
「嘘だろ……」
「たった八人だぞ……?」
老兵が、震える声で呟いた。
「違う」
若い兵士が振り返る。
「“零”が来たんだ」
◆
■遠くの狙撃手
戦場から少し離れた丘陵。
別部隊の狙撃手が、遠距離スコープ越しにその光景を見ていた。
「……おい」
彼は、少しだけ笑った。
「今、砲兵陣地で何が起きてる?」
隣の観測手が無線を拾う。
『後方から友軍特殊部隊が浸透。詳細不明。“ゼロ班”と推定』
「ゼロ班ねぇ」
スコープの向こう。
巨大な盾を持つ男が敵火線を受け止めている。
その背後を、少年が走る。
狙撃手は息を止めた。
速い。
異常に速い。
だが、それだけじゃない。
少年は一人で戦っているわけじゃない。
盾が道を作り。
狙撃が死角を消し。
爆薬が敵の形を崩し。
索敵が未来を示し。
指揮が戦場を組み替えている。
その中心を、少年が刃として走っている。
「……なんだ、あれ」
観測手が呟く。
「化け物か?」
狙撃手は、スコープから目を離さなかった。
「違う」
一拍。
「あれは、“戦争に愛されてる奴”だ」
口元が吊り上がる。
「じゃあ、こっちはその“ゼロ”が撃ち漏らしたやつを拾ってくか」
コールサインは《Silver-3》。
のちに世界ランク11位――。
アシュレイ・ケインと呼ばれる狙撃手だった。
この時の彼は、まだ知らない。
スコープの向こうを走る少年と、いつか同じ戦場で肩を並べることになるなど。
そして。
その少年の名前を、自分が何度も呼ぶことになるなど。
◆
■第一次交戦、終了
砲兵陣地は、沈黙した。
通信中継は破壊。
指揮車両は炎上。
敵前線は混乱。
第18機械化大隊は、再び前へ動き出していた。
砂漠に、味方の砲声が戻る。
だが。
ノアは、ふと空を見上げた。
さっきから、妙に静かだった。
砲撃音が遠い。
風の音だけが近い。
まるで。
世界から、少しずつ“音”が削られていくような。
「……ノア?」
イリヤが声をかける。
「怪我?」
「いえ」
「じゃあ何?」
ノアは黒い砂漠を見つめた。
「……静かすぎます」
イリヤの表情が、わずかに変わる。
遠くで、砂嵐が立ち上がっていた。
夜の砂漠。
赤い炎。
黒い空。
そして、音の薄い世界。
まだ誰も知らない。
この第一次交戦が、ただの始まりに過ぎないことを。
そして――。
この夜がやがて、《無音の夜》と呼ばれることを。
――次回更新:今日17:30公開予定
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。
『ゼロバレット』続編、第39話「砂塵の夜襲 ― 黒い砂嵐」――
をお楽しみに。




