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第30話 「胎動 ― Prototype-05/END」

――アルディナ拠点・情報観測室。


 青白いホログラム光が、暗い室内を静かに染めていた。


 無数のモニター。


 高速演算を続けるサーバ群。


 電子ノイズ。


 冷却ファンの低い駆動音。


 キーボードを叩く乾いた音だけが、張り詰めた空気の中で響いている。


 誰も雑談しない。


 誰も無駄口を叩かない。


 全員が、“何か”を恐れていた。


 ネオンの指先が光学パネルを滑る。


 瞬間。


 空間投影された立体マップが広がった。


 港湾区地下構造。


 旧リスボニア動力炉跡。


 崩壊区画。


 浸水通路。


 封鎖炉心。


 そして――最深部。


 赤い光。


 脈打つ一点。


 ドクン。


 ドクン。


 それは、完全に“生きている”反応だった。


「……ここが、旧リスボニア動力炉地下第十二層。

 最深部へ続く、“神兵開発実験区画”」


 ネオンの声が落ちる。


 室内の空気がわずかに重くなった。


 リリスが椅子を回しながら、投影マップへ顔を近づける。


 白衣の袖が揺れた。


「……まだ動いてるの?」


「動いてる、っていうより……」


 ネオンの視線が赤い波形へ落ちる。


「“生き残ってる”」


 一拍。


「外部電源は二十年前に停止。

 でも地下磁場だけが、今も脈動してる」


 モニターへ映し出される波形。


 規則的。


 周期的。


 それは完全に、“心拍”だった。


 ドクン。


 ドクン。


 リリスの顔から笑みが消える。


「……冗談でしょ。

 機械が“鼓動”してるなんて」


「冗談なら良かった」


 ネオンが低く返す。


「戦争終結直前。

 ここでは《Prototype-05》の構築が進められていた」


 空間投影へ、一つのコードネームが浮かぶ。


 【E.N.D.】


 深紅の文字。


 まるで警告みたいに明滅する。


 ルアンが腕を組みながら静かに言った。


「Extended Neural Design……人工神経模倣計画か」


「そう」


 ネオンが頷く。


「人間の脳。

 感情。

 人格。

 神経伝達。

 全部を切り分けて、機械側で“再構築”する計画だった」


 リリスが目を細める。


「……それ、もう兵器じゃない。

 “生命創造”よ」


「だから禁忌になった」


 ネオンが短く返した。


「完成直前で研究データは削除。

 施設ごと封鎖。

 関係者は全員死亡扱い」


 一拍。


「……でも、“反応”だけが残ってる」


 ルアンの瞳がわずかに細くなる。


「心拍周期が変化している」


「え?」


「ノアと一致している。

 いや――」


 ルアンがモニターへ顔を向ける。


「模倣している」


 室内が静まり返る。


 ネオンが低く続けた。


「05は、対象の神経波形を“学習して再構築”する。

 つまり――ノアを観測した瞬間、“ノアそのもの”を作り始めた」


 リリスが息を呑む。


「そんなの……制御できるわけないじゃない」


「制御するための“人格”が存在しない」


 ネオンの声が沈む。


「05は、自己成長型の未完成神経兵器。

 学習し続ける。

 止まる理由がない」


 その瞬間。


 端末へ通信識別コードが表示された。


 《NOAH/ASHLEY》


 現場班。


 地下第十二層到達。


 赤い波形が、強く脈打つ。


 ドクンッ。


 まるで侵入を“理解した”みたいに。


     ◆


 ――港湾区地下、第十二層。


 ギィィィィ……。


 錆びついた隔壁が開く。


 重い鉄の擦れる音が、暗闇へ不気味に響いた。


 ノアとアシュレイは、ゆっくり内部へ足を踏み入れる。


 空気が違う。


 鉄。


 潮。


 油。


 焦げた樹脂。


 そして、腐った機械みたいな臭い。


 湿気を帯びた冷気が肌へまとわりつく。


 ピチャン。


 天井から黒い水滴が落ちる。


 静寂。


 だが完全な無音じゃない。


 もっと低い。


 もっと奥深い。


 “何か”の音がする。


 ドクン。


 ドクン。


 心臓みたいな鼓動。


 地下施設そのものが、生きているみたいだった。


「……気味悪ぃな」


 アシュレイが低く呟く。


「地下じゃなくて、腹の中歩いてる気分だ」


「似たようなものかもな」


 ノアが暗闇を見つめたまま返す。


「ネオン、聞こえるか」


 ザザッ――。


 ノイズ。


『入ってる。

 ……ただし磁場干渉が強い。

 通信維持は三分が限界』


「十分だ」


 ノアが低く返した。


 その瞳は暗闇を見ていた。


 いや。


 暗闇の“奥”を見ていた。


 壁面は黒く焼けている。


 焦げ跡。


 爆裂痕。


 融解した鉄。


 そして――無数の“手形”。


 焼き付いたみたいに壁へ残っていた。


 まるで誰かが、逃げようとして。


 最後まで。


 必死に。


 壁へ縋りついていたみたいに。


 アシュレイが顔をしかめる。


「……ここで死んだ連中、相当地獄見たらしいな」


『試験スタッフ四十二名。

 生還者ゼロ』


 ネオンの声が響く。


『人工神経接続試験が暴走。

 被験体と神経共有していた研究員全員の脳が焼損した』


「つまり、“神様”を作ろうとして――」


 アシュレイが鼻を鳴らす。


「人間の方が壊れたってわけだ」


『ええ』


 ネオンが静かに返す。


『人が神を模倣するとき。

 一番最初に失うのは、“自分の形”だから』


 ノアの足が止まる。


 鉄骨の影。


 床に散乱したパーツ群。


 その中へ、一つだけ異質なものがあった。


 義手。


 だが普通の義体じゃない。


 内部へ編み込まれているのは金属線じゃなかった。


 人間の神経線維。


 黒ずんだ神経束が、内部で絡み合っている。


 まるで“生きたまま組み込まれた”みたいに。


「……最悪だな」


 アシュレイが吐き捨てる。


 ノアが静かに拾い上げた。


「義体じゃない。

 “接続試作”か」


『それがPrototype-05の基礎母体』


 ネオンの声が低くなる。


『神経インターフェースによって、人間の運動と思考を再構築する。

 でも完成前に――人格が消えた』


「人格が?」


『ええ。

 感情だけを残して、“人間”が空になった』


 沈黙。


『魂のない模倣体。

 それが05』


 ノアは静かに義手を置いた。


「……“動いてる”なら、止めないとな」


 二人はさらに奥へ進む。


 階段を下りるたび、空気が熱を帯びていく。


 地下なのに寒くない。


 むしろ、生暖かい。


 まるで巨大な臓器の内部へ入り込んでいくみたいだった。


 ドクン。


 ドクン。


 鼓動が強くなる。


 壁面の赤いラインが、脈拍に合わせて明滅していた。


『……ノア。

 波形が変化してる』


「何?」


『心拍リズム。

 あなたたちに同期し始めてる』


 アシュレイが苦笑する。


「覗かれてる気分だな」


『観測じゃない。

 “模倣”よ』


 ノアの目が細くなる。


「……見てるってことか」


『ええ。

 そして“覚えてる”』


 その瞬間。


 地下全体が震えた。


 ゴォォォォ……。


 施設が軋む。


 呼吸するみたいに。


 壁面の警告灯が、一つずつ赤く点灯していく。


【外部信号感知】


【神経同期率:上昇】


【E.N.D./再起動】


 アシュレイが即座にライフルを構えた。


「……来るぞ」


『ノア!!

 波形急上昇!!

 臨界域入った!!』


「もう遅い」


 ノアの声は静かだった。


 吹き抜けの中央。


 巨大な冷却槽。


 その奥で、“光”が蠢いていた。


 赤。


 深紅。


 液体じゃない。


 炎でもない。


 無数の粒子。


 神経みたいな光の糸。


 それらが絡み合い、“人の形”を作り始めていた。


 グチュ……。


 ズル……。


 肉とも機械ともつかない音。


 光が骨格を形成する。


 神経が伸びる。


 皮膚が生まれる。


 筋肉が繋がる。


 人間を、“再構築”している。


 アシュレイが息を呑む。


「……おい。

 冗談だろ、これ」


『データ照合一致。

 Prototype-05/END』


 ネオンの声が震える。


『成長段階――模倣化フェーズ。

 まだ、“再構築”の途中だったなんて……』


 “それ”が、ゆっくり顔を上げた。


 曖昧だった。


 髪も。


 輪郭も。


 性別も。


 全部が不完全。


 だが。


 その瞳だけは違う。


 そこには確かに、“意志のようなもの”が宿っていた。


『――観測、継続』


 ノアの目が動く。


「……人の声か」


『違う』


 ネオンが即座に否定する。


『音声模倣プログラム。

 でも……サンプル音声波形が――』


 一瞬の沈黙。


『ノア。

 あなたと一致してる』


 アシュレイが振り返った。


「……は?」


 “それ”の輪郭が変わっていく。


 顔。


 骨格。


 瞳。


 ゆっくり。


 ゆっくりと。


 “ノア”へ近づいていく。


 皮膚の下を赤い神経光が走る。


 蒼白の瞳。


 黒髪。


 無表情。


 それはまるで、“もう一人のノア”だった。


 ノア自身ですら、一瞬だけ“鏡”を見ている錯覚に陥る。


 アシュレイが息を呑む。


「……笑えねぇな」


アシュレイの喉がわずかに鳴る。


「敵が“お前”とか、一番やりづれぇだろ」


だがライフルは下げない。


「……けど安心したわ」


「何がだ」


「本物のお前の方が、よっぽど化け物だ」


「つまり、“俺”を基準にしてる」


 ノアの声は静かだった。


 だが、その奥にはわずかな震えがあった。


『ノア、アシュレイ。

 退避推奨。

 05は生体模倣域へ入った。

 戦闘行動へ移る前に観測を切る!!』


「……いや」


 ノアが答える。


ノアは数秒、“自分の顔”をした化け物を見つめた。


《蒼白の天秤》が脈打つ。


本能が警告していた。


――逃げろ、と。


それでも。


ノアは目を逸らさなかった。


「……観測は続けろ」


声は静かだった。


だが、その奥では確かに警戒していた。


「俺たちは、“これが何なのか”確かめる」


 通信が途切れた。


 ザザッ――。


 沈黙。


 直後。


 吹き抜け中央で、金属音が鳴る。


 カン――。


 それは、“それ”が初めて動いた音だった。


 模造体が、ゆっくり立ち上がる。


 赤い光が皮膚の下を流れていく。


 筋肉。


 骨格。


 表情。


 全部が、“ノア”へ近づいていく。


 模造体の口元が、ぎこちなく動いた。


 まるで“人間の笑い方”を学習しているみたいに。


「――ノア。

 観測、完了」


 次の瞬間。


 施設の照明が、全て落ちた。


 闇。


 赤。


 警告灯だけが世界を染める。


 そして。


 模造体の瞳が、ゆっくり開いた。


 その奥にあったのは――


 憎悪でもない。


 怒りでもない。


 もっと深い。


 もっと冷たい。


 “終わり”そのものみたいな色だった。


 その瞬間。


 ノアの胸の《蒼白の天秤》が、初めて“拒絶”するように脈打った。


――次回更新:今日17:30公開予定


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマーク・評価・感想で応援していただけると嬉しいです。


『ゼロバレット』続編、第31話「帰還 ― 崩落する街にて」――


をお楽しみに。


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