第2話 銀の護衛と白の秤
――バチッ。
風が焼け焦げた弾丸を転がし、血の匂いを運んだ。
湿った夜気の中に、金属と硝煙の味が重く漂う。
夥しい死体に覆われた戦場。
その中心で交わされた短い会話は、ひとまず終わりを迎えようとしていた。
だが――
カツン、カツン……。
廃墟の奥から、硬質な足音が響く。
迷いがない。躊躇もない。
まるで最初から、ここにいることを知っていたかのような歩み。
瓦礫の影から、ひとりの青年が姿を現した。
銀髪。
白のリネンシャツ。
第三ボタンまで外された胸元に、夜風が滑り込む。
無造作で、どこか気だるげな立ち姿。
だが。
その瞳だけが、異質だった。
眠る獣のような静けさ。
だが、視線が向けられた瞬間――
空気が、軋んだ。
「……戦場の空気が変わったと思ったら」
低く、乾いた声。
「ソフィア。また妙な拾い物をしてきたな」
エンデン・ネロ。
ソフィアの“右腕”。
常に最前線に立ち、彼女の命を守る男。
その視線が、ノアへと向けられる。
鋭い。
冷たい。
ただそれだけで、人を押し潰すような圧。
ノアの呼吸が、わずかに止まる。
――強い。
直感が告げていた。
だが、目は逸らさない。
「ふふ……いい目だ」
ネロはわずかに口角を上げる。
「子供にしては、ずいぶん肝が据わっている」
そのとき――
コツ、コツ、コツ……。
もうひとつの足音。
月明かりの中に、白い影が現れる。
白のスーツ。
胸元で揺れる天秤のペンダント。
冷ややかな美貌を持つ女。
――カサンドラ。
「また拾ってきたの? ソフィア」
「ええ。放っておけなかったのよ」
ソフィアは柔らかく微笑み、黒猫の頭を撫でる。
ネロは小さく息を吐いた。
「……あなたの“拾い癖”は、いつか命取りになる」
「そうかしら?」
ソフィアは肩をすくめる。
「命を拾うのも、悪くないわ」
その声音は、戦場には似つかわしくないほど穏やかだった。
カサンドラはノアを見下ろす。
その視線は、冷たい秤のようだった。
「私はカサンドラ。“白き天秤”」
静かに告げる。
「裏切りと不正を秤にかけ、重い方を沈める女」
一歩、距離を詰める。
「覚えておきなさい。私に嫌われれば――あなたはここで生き残れない」
ノアは、目を逸らさない。
「……嫌われないようにする」
一瞬の沈黙。
そして。
カサンドラの唇が、わずかに歪んだ。
「言うじゃない」
ソフィアが軽く手を叩く。
パンッ。
「さて。ここに長居は無用ね。迎えを呼んであるわ」
その直後――
ドドドドド……!
廃墟の向こうから、重低音が迫る。
風圧。砂煙。振動。
黒塗りの軍用ヘリが、夜を裂いて降下してきた。
ノアは、無言でそれを見上げる。
――ここを離れる。
それだけは理解できた。
そして、一歩。
前に出た。
――
――夜明け。
ヘリは軋むような音を立てて着陸した。
降り立った先は――別世界だった。
人の声。
笑い声。
パンの焼ける香ばしい匂い。
戦場の残滓が、一瞬で薄れる。
ノアは足を止めた。
「……にぎやか」
「そうね」
ソフィアが穏やかに答える。
「ここは中継市場。拠点に向かう前の最後の補給地点よ」
ネロが周囲を一瞥する。
「……長居はできねぇ。ここは目立つ」
「ええ、わかってるわ」
ソフィアは微笑みながらも、わずかに目を細めた。
「さっきの連中……“あれで終わり”とは思っていないもの」
ノアの視線が動く。
――追われている。
言葉にしなくても、理解できた。
カサンドラが静かに言う。
「拠点まで二日。この距離で追いつかれれば……面倒ね」
ネロが鼻で笑う。
「来るなら来い。全部潰すだけだ」
そのとき――
ミャァ……。
足元の木箱の中で、二匹の子猫が震えていた。
「まぁ……」
ソフィアは迷いなくしゃがみ込み、抱き上げる。
ネロ:「……またか」
ソフィア:「賑やかな方がいいの」
カサンドラ:「これで三匹目ね」
ノアは、その光景を無言で見つめていた。
血と煙に覆われた世界しか知らなかった少年にとって、
その手の温もりは――
理解できないものだった。
だが。
嫌ではなかった。
風が通りを抜ける。
パンの匂いに混じって――
わずかに、鉄の匂い。
ノアの視線が、ゆっくりと上がる。
屋根。
風向き。
角度。
「……いる」
ネロの目が細まる。
「……早ぇな、気づくの」
カサンドラも視線を上げる。
「来たわね」
ソフィアは猫を抱きしめたまま、静かに呟く。
「やっぱり――終わっていなかった」
ガチャリ。
引き金。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第3話「白き影と金の刃」――
をお楽しみに。




