第3話 白き影と金の刃
――ドンッ!!
乾いた銃声が、市場の喧騒を切り裂いた。
一瞬。
時間が、止まる。
次の瞬間――
悲鳴。
「きゃあああッ!!」
「伏せろ!!」
「撃たれてるぞ!!」
人が崩れる。逃げる。押し合う。
パンの匂いは消え、恐怖の匂いが広がる。
ネロが一歩前に出る。
「……追ってきやがったな」
カサンドラはすでに上を見ている。
「屋根。三……いや、四」
ソフィアは子猫を抱き寄せたまま、静かに言った。
「標的は――私たちね」
カチ。
引き金。
「――来る」
ノアは、すでに動いていた。
ドンッ!!
弾丸が地面を抉る。
だが、そこにノアはいない。
走る。
一直線――ではない。
跳ぶ。滑る。踏み込む。
人の隙間、屋台の影、荷台の縁。
すべてを“経路”に変える。
「……速ぇな」
ネロが低く呟く。
ノアは屋台の屋根へ。
さらに一歩。
隣の建物へ。
狙撃手が照準を合わせる。
「捉えた――」
遅い。
ドン。
一人。
崩れる。
「一人やられた!!」
残り三人。
だが――
もう遅い。
ノアは消える。
背後。
ドン。
二人目。
「どこだ!?」
横。
ドン。
三人目。
最後の一人が、引き金を引く。
ドドドドドッ!!
瓦が砕け、木材が裂ける。
だが。
当たらない。
ノアは、すでに目の前にいた。
カチ。
銃口。
後頭部。
ドン。
沈黙。
屋根の上に、風だけが残る。
ノアは立っていた。
息一つ乱さず。
ただ、静かに。
「……終わり」
下。
ネロが口笛を吹く。
「……やるじゃねぇか」
カサンドラは腕を組む。
「想像以上ね」
ソフィアは微笑んだ。
「やっぱり――」
少しだけ、楽しそうに。
「あなたは“弾丸”ね」
ノアは答えない。
ただ、視線を遠くへ向ける。
まだいる。
見ている者が。
だが――動かない。
――逃げた。
「追うか?」
ネロが問う。
ノアは首を振る。
「……必要ない」
「そう」
カサンドラが頷く。
「ここで長引く方が危険ね」
市場は、まだ混乱していた。
泣き声。怒号。逃げる足音。
だが――
すぐに戻る。
ここは、そういう場所だ。
◆◆◆
数分後。
「……急ぐわよ」
ソフィアが歩き出す。
「ここで補給を終わらせる。拠点までは二日――時間がない」
ノアは黙ってついていく。
食料店。
乾燥肉。缶詰。粉末スープ。
次々と袋に詰められていく。
「そんなに必要か?」
ノアの問い。
「ええ」
ソフィアは微笑む。
「途中で補給はできないもの」
ネロが横から口を挟む。
「車が止まれば終わりだ。水と食料は命だ」
武具店。
カチ、カチッ。
ネロがマガジンを確認する。
「使える弾だけ抜く」
カサンドラは帳簿を見ている。
「無駄な重量は切る。移動速度が落ちる」
薬屋。
埃をかぶった瓶が並ぶ。
ソフィアが手際よく選ぶ。
「止血剤、抗生剤……あとは猫用も」
「……猫?」
ノアが呟く。
「大事な仲間よ?」
ソフィアは当然のように言った。
ネロが笑う。
「お前より優先度高いかもな」
「……それは困る」
ノアが小さく返す。
一瞬。
空気が、少しだけ緩む。
◆◆◆
荷が揃う。
「積載は問題ないわ」
カサンドラが確認する。
「出発は?」
ネロ。
「日が落ちる前に」
ソフィアは空を見上げた。
「夜は冷える。移動は昼を中心にする」
ノアが呟く。
「……戦場と同じだな」
「ええ」
ソフィアは頷く。
「違うのは――」
少しだけ、微笑む。
「守るものがあるってこと」
ノアは、答えない。
ただ。
胸の奥に、何かが残る。
理解できない感覚。
だが。
嫌ではない。
◆◆◆
そのとき――
ガラガラ……。
路地裏のシャッターが開く。
「おい……ゼロバレットだ」
数人の男。
刃物。
濁った目。
「懸賞金付きだろ?」
ノアがわずかに身構える。
だが。
「……面倒くせぇ」
ネロが一歩、前に出た。
ピシィ……ッ。
空気が震える。
見えない圧。
男たちの膝が崩れる。
刃物が落ちる。
「俺の前で刃を抜くな」
低い声。
「死にたくなきゃな」
次の瞬間。
ドドドドッ!!
全員が逃げ出す。
沈黙。
カサンドラが息を吐く。
「相変わらずね」
「雑魚に時間かける方が無駄だ」
ネロは空を見上げる。
ノアはその背を見つめる。
――強い。
だが。
それだけじゃない。
「……頼れるな」
小さく呟く。
ネロが笑う。
「今さら気づいたか?」
◆◆◆
夕暮れ。
荷を積み終えた車両が、静かに並ぶ。
エンジン音。
「行くわよ」
ソフィアが言う。
「拠点まで――二日」
ノアは最後に市場を振り返る。
喧騒。
光。
人。
そして。
さっきまでの戦場。
「……」
目を閉じる。
開く。
前を見る。
――進む。
車が動き出す。
砂埃が舞う。
世界が、また動き始める。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第4話「二日間の道程」――
をお楽しみに。




