05:現実はそんなに甘くない
「……駄目だ。もう一度」
ベルス先生はスパルタだった。手に鞭を持っているように見えるのは私の幻覚でしょうか。
ヴェロニカとベルスの行き先は同じ王都ティルオンであった。心配していた乗り継ぎ等の計画も、ベルスについていくことで全てが問題なく進んだ。
自身が作った3日間の乗り継ぎ計画を見せたとき、「こんな順調に行くことができるなら、お前は配達人にでもなったほうがいい」と言い、鼻で笑われた。
「距離と平均的な馬車の速度から完璧に仕上げたはずなのに……」
プラルトリを出てから5日が経っていた。まだ、馬車に乗って移動中だ。王都まであと少しだというのに、乗客は、なぜか私たち以外いない。
そして、魔語の勉強は、基礎にすら到達していなかった。
「おい、無駄口を叩くな。魔語を学びたいと言ったのはお前だろう?」
「こんなに大変だとは知らなかったですもん……」
「きゅ!」
ヴェロニカとベルスの関係は、教師と生徒のようであったが、少しずつ打ち解けていった。ちなみに、ベルスとモモちゃんの仲はなぜか悪い。
偉そうな性格だが、ベルスの指導は熱血教師そのものだった。わからないところは、何度でも説明してくれて、繰り返す。
「高等部の学生の教本に書いていないのは、それほど難しい言語だからに決まっているだろう」
「ううっ……モモちゃんと話せるようになるだけじゃなくて、学園で自慢できると思ったのに。あの子すごい!とか言われるかな?って気持ちもあったのにぃ……」
「甘えた考え方だな。そんなすぐに話せるようになるわけがないだろう」
ベルスの教え方は上手い。ヴェロニカは読み書きは、プラルトリの小さな教会で習った。そこにいた先生とは比べられないほど、的確でわかりやすかった。
しかし、現在の目標である魔語の聞き取りは難解なものだった。
「きゅ」
「ヴェ?」
「きゅ」
「ロ」
「きゅ」
「ニ」
「きゅ!」
「カ!」
5日間の学びの成果はこれだけだ。モモちゃんが区切って鳴くことでようやく、自身の名前を聞き取れるようになったのだ。
「かわいい〜!!私の名前を呼んでくれてる!見てくださいベルス先生!」
「きゅるる〜!」
「なんて言ってくれてるかわからないけど、一緒に喜んでくれてるんだねぇ!よしよし」
だらっと緩み切った顔でヴェロニカはベルスにモモちゃんを自慢した。
うわ、ベルス先生、すごい顔してる。
「……すみません」
「『ヴェロニカ、頑張ったね』だそうだ。……まぁ、そのスライムは人語を理解しているから急ぐ必要はない」
「私、魔語を覚える才能がないんでしょうか」
落ち込んだ様子のヴェロニカは、指導のために隣に座っていたベルスを見上げた。先程から何かをノートに書き込んでいるベルスは手を止めて答えた。
「いや?そんなことないと思うぞ」
「でも、毎日教えてもらっているのに名前だけなんて」
「きゅ!」
「スライム、うるさい。普通の人間が独学で魔語を覚えるとなったら数十年かかる。教え手が少ないせいもあるが、人の耳、声帯がそのようにできてないからだ」
「数十年!?」
ヴェロニカは途方もない年数に絶望した。
モモちゃんと話せるようになる頃には私はおばあちゃんになってるんだ。
「だから人間は、人語を覚え、話すことができる魔人族とパートナーになることを望むのだ」
「でも、王都にはパートナーと話す人たちがいるんですよね?」
「一部の仲の良いパートナーだと言っただろう。人型ではない魔物は構造的に、人語を発することができない。だから、そう言った魔物とパートナーになったら、大抵は魔語を覚えようとすることもなく、交流を諦め、命令だけ聞くように人語を魔物に教える」
「そんな……」
「諦めるか?」
ヴェロニカは強く首を振った。命令だけ、なんて付き合い方をモモちゃんとしたくなかった。
「ふっ、いいだろう。数十年と言ったが、魔人族の教えがあれば、この調子なら1年もあれば簡単な会話はできる。……ほら、受け取れ」
ベルス先生はノートを破ると、そのページをヴェロニカに渡した。そこには、馬車を降りてからのティティック王立学園までの道と、"ドルフリー魔道具専門店"の住所が書かれていた。
「ドルフリー……?」
「俺の主人がやっている店だ。俺は、ここで店番をしていることが多い。学園生活が落ち着いて、まだ魔語を覚える気があるなら訪ねろ」
「はいっ!ありがとうございます」
「きゅるる」
フードを被り直したせいでベルス先生の表情は見えなかったが、きっと笑ってくれているだろう。
「……王都に着いたぞ」
ヴェロニカは窓から外の景色を見た。言葉を失うほど、立派な建物がたくさんあった。
プラルトリでは見たことないほど、様々な人で賑わっていた。ベルスとの会話に集中していたせいか、外の音に注意なんて払っていなかったが、馬車の中でも、人の声と、音楽が聞こえた。
「わぁ……!」
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