04:魔語を学ぶ
「……きゅうきゅうきゅるるん。きゅ」
「んぅ?」
ヴェロニカが目を覚ますと、モモちゃんが頻繁に声を出していた。
「……モモちゃん、どうしたの?重かった?」
眠たそうに目を擦りながら、ヴェロニカは声をかけた。
「きゅるん」
「え〜本当?」
「ほう……お前、モモちゃんと呼ばれているのか」
「きゅるん」
男性の声に驚いたヴェロニカは、ようやく向かいの席に人が座っていることに気がついた。
「……すみません。まさか人がいるとは思わなくて」
「乗合馬車で眠るのはあまり感心しないぞ」
全身真っ黒だ。怪しすぎる、ヴェロニカは警戒しながら謝った。しかし、男性の返答はごく普通のものだった。
「あ、はは。つい眠たくなっちゃいました」
「まぁ、君のモモちゃんが、警戒してくれていたが」
大人の男性の口から、モモちゃん、という可愛らしい名前が発されることに違和感を覚える。そしてすぐに、顔を赤くした。
モモちゃんと話しているところを見られた!
ヴェロニカは、モモちゃんと話すのを人前では我慢していた。幼い頃、一緒に遊んでいた近所の友人に、「魔物と会話するなんて、気持ち悪い」と言われたからだ。
その友人とは2度と遊ぶことはなかったけれど、周りの大人もスライムに話しかけることはないと知って、人がいるところで話すことをやめた。
「……別に魔物と交流を図るのは悪いことではないぞ」
「え……でも、プラルトリでは」
「ティルオンに行くのだろう?王都ではパートナーとして魔物を連れ歩く人もいる。仲の良い魔物と人なら会話していても不思議ではない」
「そうなんですか!」
初めて知った事実に、ヴェロニカは目を輝かせた。なんて素敵なところなんだろうか。やはり、プラルトリの常識は王都では違うのだ。
「ああ。まぁ、一部の人間だけだが……」
ヴェロニカの食いつきように、男は少し慌てて付け足した。
あ、この男の人、見た目は怪しいけど、たぶんすごく親切な人だ。
「……お兄さん、王都に詳しいんですか?」
情報が少ない今、目の前に教えてくれそうな人がいるなら聞いておくべきだ。馬車の中が退屈なせいもあるが……。
「ティティックに通っていた。君の先輩ということになるな」
男は長い足を偉そうに組んだ。顔は見えないけれど、自慢げな表情を浮かべているだろう。って、そんなことより今、この人はなんて言った?
「え……どうして、私がティティックに通うことを知っているの?」
そもそも、ティルオンに向かうことをなぜこの人は知ってるのだろう。プラルトリからだいぶ離れたと言っても、王都までは2日以上はかかる。推測なんて、できないはずだ。
ヴェロニカは、頭の中で使える攻撃魔法があるか探し始めた。しかし、試験で必要だったのは日常生活で役立つ程度の魔法だ。攻撃魔法なんて、教本で少し見ただけで、使える保証なんてない。
女1人の旅で危険だってあると思っていた。だから、ナイフは持っている。でも、抵抗したとしても、小柄なヴェロニカがこの男に勝てるだろうか?
モモちゃんだけは守らないと。
私は慌てて、お尻の下にいたモモちゃんを引き出し、ぎゅっと抱きしめて男に背中を向けた。
「お金は持っていてくれてかまいません!せめて命は助けてくださいっ……」
「……おい?俺は何だと思われているんだ……。お前が寝ている間に、そこのスライムから聞いたんだ」
呆れたようにため息をついた男は、胸元にいるモモちゃんを指差した。
「……モモちゃんが?え?」
男は時間が経っても襲ってこない。ヴェロニカは、ようやく胸に抱き締めていたモモちゃんを見た。ずっと、きゅるきゅるとヴェロニカに話しかけていた。残念ながら、どういう意味かはわからなかった。
「俺は魔物だ。だからソレの言葉がわかる」
「……もしかして、魔人族ですか」
「フン、優秀だな」
試験のために学んだことをヴェロニカは覚えていた。魔物には、人語を話す魔人族がいることを。しかし、極めて珍しくそう簡単に会える存在ではないはずだ。
「ほら」
黒いフードを脱ぎ、男は銀の髪を一つにゆるくまとめた。赤い目と長くとんがった耳、魔人族の特徴そのままだった。ヴェロニカは、息を呑んで男の顔を見つめた。
「皆同じような反応をするから顔を隠すんだ……おい、聞いているのか?」
「は、はい」
「ティティックに通った、とは言ったが、俺はパートナーに召喚されて共に学んだのだ」
「きゅる、きゅるる」
「うるさい。今まで魔語も話さず、感情に任せて鳴いていた奴が何を言う。それに主人に守られて情けない奴だな」
「きゅるー!!」
本当に、この人はモモちゃんと会話ができるらしい。怒ってグネグネ動いているモモちゃんを撫でて宥めつつ、ヴェロニカは思考を切り替えた。
ヴェロニカは学ぶことが好きだった。知識欲も持ち合わせていた。常に一緒にいる、モモちゃんと話せる可能性を逃すことは考えられなかった。教本には、どこにも魔物と話す方法なんて載っていない。
この人は、もしかして知っていたりしないだろうか。
「私も、モモちゃんと話すことはできますか?」
「人間でも、魔語を学べばできるだろうな」
ヴェロニカは、揺れる馬車の中で立ち上がり男に深く頭を下げた。
「魔語について、教えてくれませんか」
頭上で男が声を上げて笑ったのがわかった。
「……いいぞ。あの学園でスライムとパートナーを組む人間がいるなんて面白そうだ。このベルスが、お前たちが学園で、生き残ることができるように魔語の知識を授けてやろう」




