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異界の巫女  作者: ハル
ゲームスタート
47/56

不穏の前兆

 創立祭の一件から時は過ぎて、季節は夏に差し掛かった。

 衣替えも始まり制服は夏服へと差し変わる。

 あれ以来、同じような魔物が現れたという報告もなく、一見穏やかな平穏が過ぎていくだけだった。

 七月に入り、少しずつ暑くなる中、私は今猛烈に汗をかいている。

 それもこれも、このスパルタなミスジーン先生のせいだ。


「違います!貴女たちは何度言ったら分かるんですか!?」


 ミスジーン先生の怒鳴り声は私と隣に並ぶユキさんに向かう。


「すみません……」


 ユキさんは悔しそうに唇を噛み締めながら俯いた。

 相変わらず淑女学は苦手なようで、毎度のようにミスジーン先生に怒られている。けれど、幾ら怒られようともへこたれる姿はなかった。

 そしてその隣で同じように怒られる私。

 ユキさんが現れたことによって先生からの標的から逃れたと思ったのも束の間、彼女は私を逃がしてはくれなかったようだ。

 目を光らせて私にも容赦ない怒声を浴びせる。

 うん、やっぱりミスジーン先生が一番怖いわ。


「いいですか?このときの所作はこうやって優雅に動くのです。ミスウィンダリアは動きが固すぎて、明らかに不慣れだと分かってしまいます。それでは周囲の者に笑われ、恥をかくのは貴女なのですよ」


 ミスジーン先生がお手本のように動くマナーは確かに見ていて見惚れるようなものだった。ユキさんはそれを見て必死に真似をしようと頑張っている。

 そんなユキさんを見ている私をミスジーン先生は見逃さない。


「ミスバレリアナ!貴女も貴女ですよ!動きだけは良いのに、なぜそうも遜っているのですか!?貴女はもっと自信を持ちなさい。それから何度も言いますが、その外見をもっと繕って綺麗に見せなさい!」


 もう本当に何度目かも分からないわ。


「ですが、私なんかが……」

「甘えは許しません!淑女たるものしっかりと見栄えから完璧にこなしなさい。貴族の一員となれば、尚更ですよ」

「……はい」


 やはりミスジーン先生の授業は精神的に堪える。嫌いではないんだけどね。

 そんなミスジーン先生が、少しずつ私の方へと近づいてくる。

 え?何?威圧感が物凄いんですけど。


「ミスバレリアナ。この際だから尋ねましょうか。貴女が選択している授業は淑女学と確か商業学でしたね?」

「……その通りです」

「なぜ魔道の専攻を取らないのです?貴女もまた魔法の才能には長けているように思いますが……」

「それは……」


 何でいきなりそんなことを?わけが分からないわ。


「いえ、出過ぎたことを尋ねました。ごめんなさいね。気にしなくて結構よ」

「……はぁ」

「ただこれだけは伝えておきましょう。淑女といえど、時に命をかけて大切なものを守る場面に出くわすこともあります。その時に無力な自分を恥じても遅いのです。何かしら自分の力になることを身に付けるのをお勧めしますわ」

「それは……」

「貴女のような生徒は特にそうですわ。優秀な姉がいたところで、貴女は貴女なのです。もっと自分に自信を持ちなさい、ミスバレリアナ」


 あぁ、だからこの先生は嫌いになれないのよ。

 どうしてかミスジーン先生は私と姉を見比べたりはしない。さすがは王妃にもスパルタを行った先生だけあると思う。

 何と返したらいいかは分からなかったが、そんな私にミスジーン先生はもう掛ける言葉もないようだった。


「さて、もういいですわ。今日はここまでにしましょう。ミスウィンダリア、ミスバレリアナ、二人とも来週までには完璧にしてくださいね」


 そう言ってようやく私たちは解放された。

 ちなみに今は授業中ではなく、私たち二人が残された居残り中であった。なので周囲に他の生徒はいなかったが、ユキさんが心配だったのか姉のリーシャだけは外から見守っていたようだ。


「ユキ、大丈夫!?」

「うん……ありがとう、リーシャ」


 姉が真っ先に駆け寄ったのはもちろん私ではなく、ユキさんの方だった。関係も順調で、いつの間にやら呼び捨てで呼ぶ間柄になっていたようだ。


「アーシャさんは大丈夫でしたか?なんだか私のせいでアーシャさんにも迷惑かけてるようで……」


 本当にユキさんは気遣いも出来る子だ。私なんかにも気を配るなんて。


「……はい。私は大丈夫です。慣れてますし……」

「ふふっ、そうよね。アーシャのことは心配しなくていいのよ、ユキ。ミスジーン先生に扱かれるのなんていつものことだものね」

「そんな……」


 姉の言葉にどう反応していいのか分からないユキさん。

 うーん、傍から見ても可愛いわ。

 その時、私は初めてユキさんの指に傷が付いているのを発見した。


「あの、ユキさん……指怪我されたんですか……?」

「えっ!?」

「あら、ホント!どうして言わなかったのユキ!急いで手当しなきゃ」

「あ、いえ、私は大丈夫なので……!」


 心なしか慌てるユキさん。その様子に私はあることを悟ってしまった。

 そういえば、今は七月だっけ。

 七月といえば、カタリナたちのユキさんへの苛めが表面化する頃だったはずだ。

 つまり彼女の傷は何かの拍子に悪意ある傷を付けられたのだろう。

 もちろんユキさんがそれを正直に告白するわけもなく、周囲が気づくまで隠し通すイベントでもある。


「大丈夫なわけないじゃない。さぁ、医務室まで一緒に行きましょう」

「リーシャ……ありがとう……」

「いいのよ。私たち親友じゃない」


 なんだか百合の園が出来てるのは見間違いなのか、そうでないのかは分からなかった。

 まあともかく、二人は私のことが見えてないように小走りに部屋を出て行った。

 いやまあ、別にいいんだけどね。

 それにしてもユキさんへのイジメねぇ……。

 気になることが一つあった。

 ゲームのシナリオはカタリナを中心にミレイやアンリ、そしてアーシャが確かに主人公へイジメを行う場面はあった。それが攻略対象たちにバレるものの、カタリナは責任をアーシャへと押し付けるのだ。

 それは間違いないゲームのイベントだ。

 けれど最近のカタリナとのお茶会での話を聞く限り、彼女はユキさんに文句を連ねるものの、イジメを行うなどの発言はなかったはずだ。それを聞いた私ですら訝しく思いつつも、ユキさんへのイジメがないならそれでいいだろうと楽観視していた分がある。

 だが、現実にはシナリオ通りユキさんへのイジメが行われた。

 果たしてこれはカタリナが仕掛けたものなのだろうか。

 何かがシナリオとは別に動いているような不安が押し寄せながら、私も遅れてその場をあとにした。


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