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「あ! やば」
仲直りしようと一生懸命クーに話しかけているとき、彼女は慌てて、リュックのリュックを、あ、リュックのリュックサックを手元に置いた。
大きなリュックサックだ。それこそ、リュックがその中から出てきても驚かない
無論、中から竜之進とピーちゃんが出てきたときも、せいぜい、
「なんでもありか!!」
と叫んだ程度で済んだ。
驚いたか驚かないかで言ったら、そりゃ驚いたさ。
だってモンスター入れたんだぜ? ワロター。
「それポーション専用じゃねぇのかよ」
でなければ、入れた物がポーションに――なんて可能性もあったわけだ。よくそんな度胸があったなオイ。
「だって竜って貴重なんでしょ? 映像には欠かせない! けどそこら辺の人に見られるのは良くない。ってことで、この中に」
「ま、まぁ、変質してなくてよかったけどさ」
「キュイ!」
パタパタと羽ばたき、俺の肩に留まる竜之進の喉元を撫でる。無骨な指なため、竜之進の頭ごとグワングワン揺すってしまったが、それが気に入ったようだ。チロチロと指を舐められる。
さて、ここまでくるとリュックの感染したウイルスってなんなんだよ。自我を持たせるウイルスだ、なんてアホらしいことを口にするつもりはないが、それにしたってわけがわからない。
ウイルスを撒いたやつは、なにを狙ったんだ。
そもそもウイルスなのか? そもそもウイルスってなんだ、ビールスだよな? ウイルスって和製英語だよな?
いや、まずは運営が敵だ。目的を見失うな俺!
「ごめんねーピーちゃん、狭かったよねー?」
「狭いのここ?」
ダメだ。気になる。
腕を突っ込むが、何かに当たる様子はない。かと言ってチャックを全開にする勇気もない。リュックはどうやってポーションを取り出しているのだろうか。
――とは言っても、それはあくまでゲーム内の仕様。
このゲームの特徴としてあげられるのだが、このリュックサックは、見た目はもちろん、道具袋としての機能も、プレイヤーは再現できるはずだ。中の無限ポーションはさすがに無理だが。
この中になにも入っていないということは、リュックが鶴の恩返しよろしく、リュックサックの中で生成しているのなら説明はつく……か?
さっそく目的を見失って考え中のおり、ヒイラギくんからの通話で現実に戻る。
『エレクトールさんの部屋にきました。いま〈ジョカ領〉を開放しました』
『了解! じゃ、一旦部屋に戻って。もう一度〈ネンベッツァ〉で俺たちを拾うのだ』
『わかりましたー。行きましょうトールさん』
『はーい』
ん? んん?
なにか聞こえたが、意図的に無視した。
〈ネンベッツァ〉のアパート周辺を、プレイヤーやNPCに占拠されている可能性はいなめない。
クーに偵察を頼み、周囲を確認させる。
時計はすでに17時近い……。時期的に言えば現実世界では日が高いが、ここはゲーム。すでに夕日になってしまっている。
視界不良であるため、NPCのアイコンを重点的に探してもらう。
「大丈夫! 行こう!」
「おーけー」
俺はリュックの手を引いて部屋から出た。
隣の部屋に滑り込むワニの尻尾を追いかけるように、リュックを部屋に押し入れる。
最後に俺だ。
そして、部屋の奥に立つ、笑顔の素敵な青年アバターを見据えた。
「昨日振り伍長ー」
「昨日振りー。えぇっと、彼はエレクトール。俺のフレンド。こっちはクー。俺とヒイラギくんのフレンド。それで彼女が、リュック」
リュックは礼儀正しくお辞儀をした。つられたようにクーもである。
トールも慌てて頭を下げた。
「よろしくおねがいしますー。フレンド登録送っていい? クーさんとリュックさん」
「いいよー」
友達か! 早いよ!
「ダメだって! トール、あとで説明するから、いまは出て行ったほうがいい」
「その人と関係あるんでしょ?」
トールの視線の先には、いわずも知れたリュックさん。扮装したのは良い判断だったかもしれない。トールは、リュックがNPCである可能性など考えてもいないだろう。
「彼女は、リュック。俺のフレンド……。だけど、ゴメン、彼女にはフレンド申請しないでくれ。本当に、危ないんだ」
「……危ないって、別に死ぬわけじゃないでしょ?」
少し間を置いて、トールは言った。
「ヒイラギくんにも言われたよ。危ないかもしれないから、フレンド解除してくださいって。まぁ、べつにボクが嫌なら、それはそれでしかたないんだけどさ、そうじゃないなら、ボクも混ぜてほしいな」
「……お前、良いヤツだなぁ」
正直に言うと、トールはケラケラ笑った。
笑ってくれた。
「気づくの遅いよ!」
「ありがとうございますトールさん!」
「クロカゼより頼りになりそう! リュック、こっちにしなさい!」
「ダメですよそんなこと言ったらー」
後ろで盛り上がる面々は放置して、ふと、トールの視線があるものに釘付けになった。
俺もそちらを見て、あ、やばいかも、と思った。
「それ……え、ドラゴン?」
「あ、はい! 竜之進っていいます!」
トールはスタスタと、空を飛ぶ竜之進とピーちゃんに近づいて、指を差し出す。
猫と戯れるように、指で注意を引くと、人懐っこい竜之進はトールの周囲をピーちゃんと一緒に踊りだした。
「わぁ! かっわいいー! いいなー! ドラゴンー。あー、絶対ケント殴ってやる!」
「……良かった……トール、お前本当に良いヤツな!」
トールの笑顔を見ながら、俺は、本当に一安心した。
一瞬でも、彼が運営側の人間だったら、と疑ってしまった自分が恥ずかしい。もしそうなら、今後の人生、確実に人間不信に陥ってやる。
「じゃ、作戦と一緒に、トールにも説明しとく」
「ケントたちも呼ぶ? さっきまで姫路さんとゼクシオさんと三人でガールズトークしてたけど」
〈フェアリー〉の美しい羽と、姫路さんの横顔が頭をよぎった。彼女がいてくれたら嬉しいなー、こう、気分的に。あー! 俺も姫路さんとのガールズトークに花咲かせてぇ!!
「よ、び、ば、ない! 呼びません! 」
「いいの? 伍長のこと気に入ってたって言ってたけど」
「呼びましょうか」
――まぁ呼ばなかったけどさ。
「じゃあ説明始めますよ」
とはいえ、どこから説明したものか……。
ベッドに座るリュックとクー。ベッドの木枠に腰掛けるヒイラギくん。工房へ向かう扉近くの椅子に座るトール。クローゼットが定位置の俺……。
むしろ俺が説明を求めたい状況なんだぞ。
「まず、俺たちの敵は〈Dragon obey Licence Online〉運営、および〈Dragon obey Licence Online〉制作会社、および〈Dragon obey Licence Online〉へ出資した企業、開発に携わった企業、および〈Dragon obey Licence Online〉の俺たち以外のプレイヤーだ」
トールのニコニコ顔が固まる。
目が笑っていないとは、こういう場合も使うんだな。
そりゃそうだ。
彼が「危ない」という意味合いから汲んだ意味は、せいぜいがキルされるようなイベントを発生させた、か、変なプレイヤーに付きまとわれている、程度だったことだろう。
あのヒイラギくんが、俺のフレンドだからといって、すべての事情を伝えるとは思えない。
「トールさん……」
「……うん、続けて」
ヒイラギくんに心配されて、トールは真剣な顔になった。
――覚悟を決めてくれたようだ。
お前本当に良いヤツだな。
「狙いは彼女だ。リュック。ここからは、お前にも隠し事は無しだ。全部伝える。その結果、俺たちが望む方向へは行かなくなるかもしれない。知らないほうが、お前は幸せかもしれない。俺は……俺も、その覚悟をもってここにいる」
「はい。聞かせてください」
クーは心配そうにリュックを見ているが――耐えてくれた。
クーの気遣いと、リュックの勇気に、俺は、多分現実で涙を流してしまっているだろう。
「リュックは、この〈Dragon obey Licence Online〉というゲームの中の、ただのデータだ。お前は、このゲームの世界でしか生きられない、このゲームで唯一の人間だ」
クーが、リュックの手を掴み、力を込めた。
無論、こんな説明では、トールが理解できないだろう。
だから、俺は無理に言葉を加える。
「リュックってのはただの愛称。本名は、NPC〈左近〉。ノンプレイヤーキャラクターだ」
「え?」
彼はリュックを凝視する。
――だが、わかるはずがない。
NPCのアバターと、プレイヤーのアバターの差は、頭上にあるアイコンだけなのだ。
「リュックは、おそらくだが、ウイルスに感染してしまったことで、なにかしらのバグが脳みその中に生まれた。それが、彼女が自我を持ったことの原因だ、ということになっている」
「自我……え? 本当に? え!?」
トールの視線が、俺とリュックを行き来する。
なんというか、俺の感動的な気持ちと緊張感とを返してほしい!
でもまぁ、これが素直な反応なのか、とも思ってしまう。
今後も、リュックはこういう奇異の目で見られ続けるのだ。
「説明を続けますよー」
「あ、はーい」
「原因不明と言って良いとも思うが、問題は、病気の原因じゃない。病気にかかっているという現実だ。DOLOの会社はリュックを悪性と考えて、処分することに決めた。処分のやり方は、思いのほか単純で……プレイヤーがリュックを殺しに来る」
「殺し……って、物騒だね」
「違うよトール。大げさでもなんでもない。むしろ過小な表現だ」
「運営や会社やらが、くっそ忌々しい精鋭たちを引き連れて、なにも知らない病弱な美少女を、自分一人では逃げることしかできなかったお姫さまを、なぶり殺しにくるんだよ」
ここに、頼りないナイトが四人いるだけ。
「リュックは死ぬ。もし、身体の耐久値がなくなれば、キルじゃねぇ。死ぬんだ。覚悟しろよキミら。もし、目の前でリュックが消滅エフェクトでキラキラしてみろ、もう二度と、彼女には会えなくなるんだよ」
「ウソ……」
クーは、言葉を失った。
いや、俯いているヒイラギくん、も、だ。
「説明を、続けますよ……」
その声に反応するヤツは、誰もいなかった。
「運営と会社とが敵だと言ったが、運営側にも、俺たちの味方がいないわけじゃない。俺の母親が所属、開発チームだ。規模も人数も、正直開発チームかすら、俺には詳しくわかっちゃいないが、そのチームと、ある作戦を行うことにした。決行は明日」
「ちょっと! それ安全なの!?」
「正直、フィフティーフィフティー。俺の母親だからって、全部信用してくれなくてもいい。いっそ、俺を疑ってもらってかまわない。だが、このままじゃ確実に、リュックは明日の緊急メンテナンスに紛れて、殺されるんだ。作戦を聞くだけ聞いて、クーとヒイラギくんは、俺が知らないような場所にリュックを隠してくれてもかまわない――だけど」
こんなこと、言いたくはないけど。
「もしリュックを守れなかったら、俺は、お前らを許さない」
俺の言葉に、クーはたじろぐ。
……だよな。命って重いよな。
「チームが立てた計画って言っても、素人目にすら穴だらけだ。それに、すでに前提すら崩れてしまったしな。あんまり期待して聞いてくれるなよ」
全員が頷いたのを確認して、俺は続ける。
「まず、明日の緊急メンテナンスだが。表向きは朝9時から昼11時まで。実際は午後4時まで時間が取られている、らしい」
「え? じゃあ11時には絶対に終わらないってこと?」
「そういうわけじゃないらしいが……ごめん、俺もよくわかんない。もともとあったバグ修正に、定期的なシステムチェックもしなきゃいけないらしくてね。詳しくは知らん。それに加えて、リュックの存在だ。時間は、多く取られているんだと思う」
これくらいかかるだろう、という母の予想だ。
「伸ばせば伸ばすだけ、運営に不信感を抱く人たちが増える。そりゃ伸ばしたくはないだろうけど、それだけリュックの存在が危険視されているっていうことにもなる」
「質問、いいですか?」
「どうした?」
リュックから来るとは珍しい。
いや、珍しがるほど、俺は彼女のことを知らないのだが……。
「私は、いったいどれほど危険なのですか?」
「いまのところ、目に付いたバグは、自我があることくらいだ。周囲のプレイヤー……周囲の人間に危害を与えるものじゃない。だが運営側は、リュックが死んだとき、拡散することを恐れているんだ。どんなものかわからないウイルスが、ゲームに撒き散らされたとき、どうなっちゃうかなんて、わからないだろ? リュック自身は、危険性ゼロだ。安心していいよ」
そう言うと、リュックは大きな呼吸とともに胸をなでおろしたようだ。
あとでもう一度、ウイルスは可能性の一つだと伝えておこう。
トールはリュックの行動をマジマジと観察している。止めたいようなー、リュックが気にしていないのだから別にいいようなー。
過保護なのだろうな。
「続けるぞ。作戦決行前に、リュックとウチの母さん――のチームを合わせる手はずだ。理由は三つ。向こうがリュックと話してみたい、というのが一つ。もう一つは、向こうのメンバーのアバターを覚えたいから。その場にいない全員が、敵ってわけだ。最後に、運営に、リュックを認識させて、安全であるという証明がしたいんだ。お互いのために。それの前提が彼女を直接合わせる……ということになる」
「クロカゼさん」
「はいヒイラギくん」
挙手までされたので、思わず先生のように指をさしてしまった。
「その場が、安全だという確証はありますか?」
「うん! ありません!」
「そうですかそれなら――え?」
「ありません! 全員で襲ってきたら、無理です。ってか運営チームに勝てるスキルなんてあるのかな? ウチの母さんは、さすがに大丈夫だと思うけど、俺たちだったら5分と持ちません。憐れお姫さまは、ナイトに守られることもなく、ボロボロの、ズダズダに、殺されて、しまうのですよ」
――いかん。キャラじゃないな。
軽口を叩きながら、こんなに眉間にシワを寄せるのは。
「だから言っただろ。五分五分だ。リュックが生きるか、死ぬか。ただそれだけの選択肢なんだよ。――まぁ、ここで成功したとして、リュックの位置情報を、味方チームが、会社全体に伝える。この時点で作戦その1は終了。会社がこれで安全ですね! となれば、リュックはそのまま開放される」
危険とみなされたままなら――
「位置情報を掴み、なおかつ会社側が、そのマーカーでリュックを殺しにきた場合、ダミーを用意して、それを攻撃させる。これでリュックが死にました~という時点で作戦その2が終了………………」
沈黙が続く。
わかっている。みんな俺の言葉を待っているんだ。
言うか? 言ってしまうか?
浅く、鋭く息を吸って、俺は説明を続けた。
「これで終わりです」
説明が終わった。




