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母の話を、目からウロコを垂れ流すように聞いてから早一時間。
俺は『ある羅列』を、間違わぬよう、必死に覚えていた。
母さん、というか、母さんのチームが点てた計画を反復しながらなので、間違える可能性もある。
リュックを守るための作戦。
決行は、明日の昼間だった。
明日とは急だが、時間が解決してくれる問題でもない。
俺は、つぅっと指先で『セカンドライフ』のグラスディスプレイをなぞりながら、持ち上げた。
グラスディスプレイに映っているのは、きっと平野風太じゃない。
これを通じて、〈Dragon obey Licence Online〉を通じて、クロカゼはリュックを守るんだ。
「ログイン――フルダイブ」
世界が変わる。
俺の世界から、リュックの〈世界〉へ――
さきほどの返信がないヒイラギくんへ通話を送ると、数コールのうちに出てくれた。
ややこしいことになっていなければいいと思ったが、そんなことはなかった。
映像を撮るのに夢中で、メールに気づかなかったとのこと。
一安心して、通話を終了させる。
ふう、今からアパートに帰るそうだ……。
「ややこしいことになっとるやないかーい!!!」
俺がヒイラギくんに送ったメールの文面を思い出す。
『リュックが監視されるから、いますぐNPCに見つからないように部屋に戻って!』
ここでもしリュックが補足されると、作戦の成功率に大きく関わる。
あのメールを送ってからどのくらい外にいた?
10分? 20分?
作戦聞いていて、そんなこと全く考えていなかった。
慌ててシーツをつかみ、アパートを飛び出す。NPCがどのようにバグ検出しているのかは知らないが、リュックをシーツで包み、視覚としての情報を奪ってしまえば、運営側の映像データだけは封じることができる、はずだ。
何人かのプレイヤーを躱しながら、慌てて噴水へ視線を向ける。〈セントラルライセンス〉で良かった。噴水までは50mとない。
「こら! またお説教されたいの?」
〈山頂の挑戦者〉に話しかけるプレイヤーがいる!?
そう考えながら後ろを向くと、〈ドワーフ〉のNPCが……ん? ミクリか! 忘れてた! いたわこんなヤツ!
彼女は初心者プレイヤーと一緒に、アパートに向かう最中だったらしい。
「あ、ごめんねミクリー。ちょっと知り合いがねー」
「クロカゼさーん!」
ファサ
シーツでミクリを包み、慌てて後ろを――噴水のほう向く。
ノシノシ歩くワニが目立つこと目立つこと。
装備もいつの間にか一新されており、スカートだかキュロットだがで、どことなく女の子らしい――らしいだけで、ワニが服を着ているだけなのだが。
その後ろを歩くリュックとヒイラギくんの服装も変わっていた。ヒイラギくんは半袖に七分丈のシャツ。今風の少年である。背負っているリュックのリュックサックが気になるところだが。
そして当のリュックも、だいぶ様変わりしていた。
「あ、あの、クロカゼさん」
「お、おう」
「どうでしょうか?」
いや、正直可愛いと思いました。
リュックとは言え、2.5次元にこのトキメキ。ちょっとキモすぎる気がする。
髪はいつの間にかハーフアップにしていて、だぼっとした青いカーディガン。動きやすそうなジーパンも妙に似合っているし、シャツもなんか、大人のエロ気がさ。服とか誰に採寸してもらったのとか声を大にして聞きてぇよ!
「いやいやっ、それより逃げるぞ」
「あ! そうでした――」
と、駆け出そうとしたヒイラギくんの動きが止まる。
その引き攣る頬を見ながら、いやぁ、DOLOってすげぇクオリティだなぁ! と感心することなどなく、俺の視線もヒイラギくんの視線を追いかけるだけだった。
――あ、そういえば、うん、俺のシーツダメだったわ。
走馬灯のように。
燃え上がるシーツと、ベッドの上で転がるクロカゼ伍長と、焦げ穴の中で遊ぶアスプロの風景が頭を巡った。
俺たちの視線の先に、無表情のミクリがテルテル坊主よろしく立っていた。
可愛いとか思ったのも秘密だコンチクショウ!!
「逃げるぞ!!」
俺の叫び声に周囲のプレイヤーが振り向くが、それに構う余裕はない。
NPCがどのように連絡を取り合うのかは知らないが、ミクリは一度、誰かと通話していた。
あれが運営側と通話していたのか、それともシステム的な演出だったかは謎だが、リュックと俺たちがフレンドになったのも、プレイヤー寄りのシステムにしてあるおかげだ。
そして、そのシステムを利用して、今度は確実に運営への連絡をしている。
「入って!」
「はい!」
俺が扉を開け、全員を招待する。
最後尾のクーの尻尾を尻目に、思い切り扉を閉める。
「くっそ! マズイぞマズイ! こういうときは、ええと! どうする!?」
「すみませんクロカゼさん! もっと早く帰ってきていれば……」
「いやいやいいんだ! それより……」
頭を掻きながら作戦のことを思い出す。
前提が崩れた。明日まで会社と母親チームと接触は避けなきゃいけないのだ。
「それより!!!」
「!?」
クーの声が部屋に響く。
仁王立ちしたワニに視線を向けるが、カチカチカチと顎を鳴らしながら俺を睨みつけていた。
「な、なんだよ」
「リュック、どう?」
お前俺がチキンだって知ってたか?
心臓がビックリするくらい高鳴ってますよ?
「リ、リュック、さん、は……狙われてますよ?」
「そうじゃなくて!!」
ワニの口が大きく開く。
え、なんだよ! 本当にもう!
「リュックが!!……あぁもうクソ筋肉!!」
「――貴様、筋肉を馬鹿にするのはやめなさい」
脳みそがクリアになる。
「いいか、筋肉とは偉大だ。
なぜアメリカでドラゴンボー○が大人気かわかるか?
筋肉だからだ!
なぜドラえもが知名度ゼロなのかわかるか?
筋肉じゃないからだ!!」
「脳筋!!!」
「ぐはぁ!」
ザバっと一刀両断だぜ……。
コイツにはなにも伝わっていない。
唯一リュックにだけ熱意と真実が伝わったようで、腕立て伏せを始めていた。
「リュックも止めなさい!」
「え、だって筋肉つけないと」
「つけなくていいから!!」
「もぉなんなのさキミら! いいか? ここは危ないんだ。いつ運営側が来たっておかしくないんだから!」
っていうかこの部屋からどうやって出たらいいんだ? 普通に出ていいのか?
「あたしアンタのこと大ッッッ嫌いだからね!」
「なんでだよ!」
こっちは考え事をしているんだぞワニ娘。
「それで、クロカゼさん」
「なに? あ、作戦?」
そうだ、筋肉談義している場合じゃねぇ。
「とりあえず場所を移す。俺の部屋は多分ダメだ。補足されている可能性がある」
「どうします?」
「俺が家主だがら、部屋から出れない。クー……さんは休んでいてください。ヒイラギくん、ちょっと外の様子見てきてくれるか?」
「はい、〈セントラルライセンス〉でいいんですか?」
「あー……いや、あー、だめだ!」
〈セントラルライセンス〉ではさっき見つかったばかり。〈ネンベッツァ〉にはリュックの妹(?)NPCの左近がいるし、〈夕日の街〉には、現在進行形でプレイヤーがリュックの追跡をしているはずだ。
「キミら、〈ジョカ領〉に行ったことある? 正確には三つ目の街なんだけどさ」
「すみません。まだないんです」
まぁ、そうだよな。
家族に通話をしてみる。
とは言っても、仕事に出ている父と、仕事のチームと連絡を取り合う母は除外したので、姉弟に通話ということになる。
――出ないんですけどね!!
なんて抜群に信頼がおけない家族なんだ。
「キミたちフレンドいる?」
「連絡取れればフレンドになれますが」
「アイツきらーい。名前ダサいんだもん」
「お前ねぇ。嫌いじゃ済まないの。リュックが大変なの!」
ワニ娘には困ったものだと、頭を抱えてしまう。
「だって覇王ダークなんちゃらでしょ? 中二過ぎてもう無理!」
「ダアァァァァクッディスティニィイイイイイ!!」
覇王ダークディステニー!?
なんでだよ! なにこのタイミング!? なんでお前が伏線に成り上がっているの!? おまけになんで回収されているんだよ!!
これ全世界500万人が楽しむVRMMOですよね!? 世界狭すぎるだろ!
「え? 知り合いなんですか?」
「いや、知り合いっつーか……。お、俺がやっぱり他の奴に」
っくっそ。俺が部屋主じゃなければ、瞬間ログアウトして姉貴を叩き起こすのに!
〈フレンド〉一覧を見ながら、一人一人に連絡をとる。名前が白く光っているのが、ログインしている証拠か? やべぇこれ全然見てなかった。なんてったって〈山頂の挑戦者〉ですから! ははっ!
先行プレイヤーのフィリップ――黒
『もしもしー、どうしたの?』
『勉強中だろうにすまん。お願い、ログインして欲しいんだけど』
『こっちもすまん。ドーロどころか『セカンドライフ』も封印されました。壊されなかっただけまだマシなので、夏期講習が終わるまでなにもできません……』
『マジか。大丈夫?』
『大丈夫だけどさー、ログインは無理ー。なんかイベント?』
『ノーイベント。そっちも気をつけて』
『ありがとー。ん? そっちも?』
通話を終わらせ、もう一人に掛ける。もう一人の先行プレイヤー、ゲイルだ。
そしてログイン中!
『伍長? 裁判でなにかあった?』
『いやいや、そっちは終わったんだけどさ』
『マジでか、はえぇー。あ、ちょっと待ってね』
会話が保留音に変化する。
「繋がった。大丈夫だと思う」
ベッドのクーとリュック、それにヒイラギくんを安心させるように声を出す。
『もしもし伍長くん?』
『あ、この声トール?』
『会議のほうがいいかなって』
『ありがとゲイル。んで、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?』
『なに?』
『〈セントラルライセンス〉と〈ネンベッツァ〉と〈夕日の街〉。ここ以外に行きたいんだけど、お願いします! 招待してください!』
『すまん、俺はちょっと無理かなー? いまフィールドだし、ポッドも遠いわ』
『ボクならいいよー。と言っても、その街のラインナップだと〈ジョカ領〉しかないけど』
『それで十分! で、ちょっと複雑な話になるんだけどさ、大丈夫?』
『うん、なにー?』
『まず、〈ネンベッツァ〉で俺のフレンドと、トールがフレンドになってほしい。それでそのあと、彼を〈ジョカ領〉に送り出してあげて。そのあとは、危ないかもしれないから』
あっと、失言。
『そのあとは、俺の友達をフレンドから削除して――』
『いま危ないって言ったよね?』
『お前……今度はなにしたの?』
『いやぁ、あのねぇ、ちょっと』
『説明を求む!』
『そうだよ! ボク危ないかもしれないんだよ?』
『とは言っても、時間がないんだ。スマン!! あとで絶対に説明するから!』
どうにかこうにか二人を説得する。
ゲイルはあとから絶対駆けつけるなどと不吉なセリフを残していたが……大丈夫かな?
「話がついた。ヒイラギくん、このまま〈ネンベッツァ〉にGO!」
「はい!」
部屋から出ていくヒイラギくんを見送る。エレクトールの特徴は教えてあるが、角を隠している可能性もあるからな。『男の娘』でちゃんと伝わっているといいんだが……。
「あ、そういえばクーさんよ」
「なにさ」
ベッドにどっしりと構える彼女は、こっちを向こうともしない。むしろこっちを気にしてくれているリュックの視界を覆うために奮闘していた。
「まだ怒ってるのかよ……。〈亜人・クロコダイル〉って、どう変化するの?」
「え? 変化?」
「あ、大丈夫です……」
わ、話題が、ねぇ!
おひさしぶりです!
まだお気に入り続けてくれている方、本当にありがとうございます!
そしてこの段階で完結できなかったことを深く! 深くお詫び申し上げますー!!




