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「ええ!?」


 作戦を伝え終わったところ、トールはコケるように立ち上がった。

 ヒイラギくんもクーも、それこそリュックですら、唖然といった表情で俺を見ている。


「だから言っただろ! 素人目にも穴だらけって!」

「穴どころの問題じゃないじゃない! なんていうか、アレだよ! エメンタールだよ!」


 ……エメンタール? エレクトールの親戚?

 俺が脳内で必死に検索をかけていると、リュックがおずおずと発言した。


「それ、穴だらけって意味ですよね?」

「……そうだね! 間違えた! ええと! なんか、レンコンとか?」

「よし、論点がズレる! やめよう! とにもかくにも、所詮はこんな作戦だ。有効かどうかも不確定。味方に敵がいる可能性もある。だから、さっきも言ったように、ヒイラギくんとクーには、リュックをどこか、俺も知らないようなところに匿ってもらって、一向にかまわない」


 そうなったパターンも、すでに脳内で想定してある。

 偏差値67の秀才は伊達じゃないんだ。

 まず俺がリュックの服を着て――


「わかりました。でも、ボクたちは、メンテナンス時どうしていればいいですか?」

「――わかったって、本気なのヒイラギ?」


 クーの言葉に、俺も同感だった。

 なぜ……とは思う。

 俺だったら、こんな不確定が多すぎる作戦に乗るのは避けたい。母からこの話を聞いたとき、緊急メンテナンス時にログインできるという一点で、承認したのだ。


「本気だよ。もしそれでダメだったら、ボクもクロカゼさんを許さない」


 彼の、そのまっすぐな視線を受ける。

 受け止める。


「でも、きっと、クロカゼさんは誰よりもそういうのを覚悟して、ここに来てくれているんだよ」

「か、覚悟なんて! リュックが死んじゃったら意味ないじゃない!!」

「そうだな。意味がない。だから、リュックに決めてもらう」


 俺は、リュックを見据えた。


「俺たちはガキだ。ゲームやって、あははって仲間と遊んでいるただの子供だ。リュック……俺たちに命を預けていいと思うか?」


 彼女は、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。


「私は……よくわかりません。会社とか運営とか、そういう人たちが私を狙っていて、私を、殺そうとしていて……。命って、なんでしょう」


 命とはなにか。

残念ならが、まともな厨二病にかかったことのない俺は、そのことについて深く悩んだことはなかった。

いや、厨二病どころの話ではないか。もはや哲学の領域である。

 子どもに教える分には、案外簡単だ。

 子どもに、夏しか生きない虫の世話をさせて、秋になって死んだ頃に、お前が殺したんだ、と告げればよい。

 かくして風太少年は、命がなにかをぼんやりながら把握したのであった。

 動かなくなったクワガタを地面に埋めるとき、死ぬとは無くなることだと感じた。

 ――これが両親のイタズラだとすれば悪質極まりないのだが、いや、教育であったとしても健全とは言えないのだが、命の大切さについては、クワガタには申し訳ないものの、ものすごーくためになった。


「……リュックは、痛いところあるか?」


 リュックは頭を傾け、あ、と手を合わせた。

 その顔は、まるでNPCがプレイヤーに向ける、とびきりの笑顔だった。


「胸の奥なんですが、たまに、痛くなるんです! えっと、私が危ない存在だったらどうしよう、とか、ここにいたら、みなさんに迷惑かけちゃうんだろうな、とか考えているとと、ジンジンするんです! ジンジンって、痛いってことですよねー」


 笑顔なのに、なんてこと言い出すんだよ、お前は……。


「それが――ッ――生きているってことだと思うんだ。俺だって、まだ17年しか生きてない子どもだからさ、よくわかんねぇけど……。痛いって、生きているってことなんだよ」

「じゃあ治ったら、死んでるんですか?」

「ううん、死んだら、無くなるんだ、痛みは」

「治る、とはまた違うんですね」

「あぁ。いままでやってきたこと、痛かったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと、そういうの、一切合財まとめて無くなる」

「え!? じゃあ、会ったことも忘れちゃうんですか?」


 リュックは慌ててヒイラギくんとクーを見る。


「あ……それは……嫌……ですね」

「リュック……」


 クーはリュックの肩を掴んで抱き寄せた。


「俺たちだって、忘れるのは嫌だ。だから、俺たちがリュックを守る。絶対に守る」


 絶対――なんて、安易に使うべきじゃない。

 守る――なんて、確固たる自信なんてない。


 命なんて――そんな重たいもん――絶対に、守るんだ。


「トールも、ここまでは大丈夫か?」


 彼もゆっくり頷いた。


「あ、でも待って! ボクも、明日ログインできるの?」

「できる人間は限られるが、それについては問題ない」

「どゆこと?」


 ワニ娘の問いは、トールとヒイラギくんも気になるところだろう。


「通常、メンテナンスだろうがなんだろうが、ログインすることはできない。が、今回はある任務があるので、数は知らんが多くの関係者がログインするらしい。ある任務っていうのは――」


 いわずもがな……だよな。


「母親は緊急メンテナンス時、管理者としてログイン可能だ。無論、他の管理者も同じ。それに加え、会社に雇われたプレイヤーたちも、同時にログインできる。そういう雇われた奴らは、個別の利用コードを与えられているらしい。そして、これら関係者は、明日の緊急メンテナンス開始後1時間後に、総出でログインするんだ」


 『ある羅列』を反芻しながら、仮想メモ帳に仮想ペンで書き出していく。


「メンテナンス中にログインする場合、送られてくるメッセージに、暗証コードを入れて部屋から出ると、あらビックリ、関係者しかいないDOLOの世界だわー。となる。途中退出、途中入場も可能。そのときには再入力が必要」

「わかった! そのとき、コードを持っている人と一緒に部屋にいればいいんだ!」

「おしいぞワニ!」

「ワニ言うな!」


 あ、心の声が……。


「ゴッホン、えー。母の特別な計らいにより、コードは入手済みです」

「おおー!」


 俺は3人にメモ帳の切れ端を渡す。

 母親からもらった、リュックの命綱の数字の羅列。

 あ、ちなみに。

 バレたらクビだわ、と不穏なセリフも一緒に頂いた。


「そしてこの特別なコードは、何人使用しても使えます」


 バレたら捕まるわ、と不吉なセリフも一緒に頂いた。

いま一番危ういのが、母親かもしれないことに、感謝の意が止まらない。


「だが、さっきは入退場自由とは言ったけど、このコードは何度も使うと、なにかしらのチェックに引っかかる。引っかかればそのコードと入力した人の『セカンドライフ』は使用不可。もしかしなくても、ゲームからはじき出されるだろう。そして、もしかしたら警察のお世話になる。いいか、危険っていうのは、そのことなんだよ。安全策でリュックをどこかに隠すっていうのが、一番理想的なんだ」


 まず、メンテナンスが始まった段階で、我々4人が同時に(同時であれば、チェックも甘いかも――と母)DOLOへ特攻。

 母のチームにリュックを引き合わせつつも、そのチームのメンバーには警戒すること。

 そのあとは彼女の位置情報を入手して、いつでもなにかしらの処理が可能であると母チームが会社へ伝え、リュックへの攻撃を中止させる。

 ――このとき、同時に(もしかしたらもっと早い段階で)母のチームの誰かしらが、先ほど俺たちが使った暗証コードの履歴を削除中なはずだ。これが失敗すれば、俺たちは芋づる式に逮捕されることになる。主犯が母さんで、俺たちは実行犯という形になるのかな。


 上記で失敗した場合、正確に言えば、会社がリュックは殺さなければいけないんだと判断した場合、リュックの位置情報へプレイヤーたちが殺到することになるだろう。

 それを阻害するために、俺たちはログインしなきゃいけない。

 データで確認したリュックが、万が一にでもどこか別の〈世界〉へ移動可能ならそれでもいいと、母は言っていた。――最悪、コピーだけでも、と。

 だが、移動が不可能であった場合、位置情報を書き換えるのに時間が必要だということだった。まぁ、位置情報と言ってもマップにアイコンが出るわけじゃないから、当然と言えば当然だ。

 文字の羅列を書き換え、なおかつ矛盾のないように書き直すのに40分掛かるらしい。それが遅いのか早いのか、素人の俺にはさっぱりわからない。


 リュックの本当の位置情報につられてやってきたプレイヤーたちを、40分間足止めして、その場から彼女を避難させる――


 絶対? 守る? 確証なんかありはしない。

 覚悟なんていいながら、ただ意地を張っただけなのかもしれない。

 だから、ヒイラギくんがここで、リュックをどこかに隠しましょうと言ってくれれば、俺は、きっと、胸をなでおろしたことだろう。


 あぁ、言ってしまおう。

 恥も外聞もなく言ってしまおう。


 ――もしヒイラギくんの責任で、彼の判断でリュックが死んだら、俺はただ恨めばいい。

「俺の言うとおりにしておけば!」

 あぁ、なんて、なんて、なんて簡単な逃げ道だ。

 俺がその逃げ道を欲している真実に嫌になってきた。


 ――もしリュックの責任で、彼女の判断で、俺たちがリュックを守る必要がなくなれば。

「あぁ、悲しい! あのとき信じてもらえなくて!」

「俺の言うとおりにしておけば!」

 あぁ、これも、どれも、それも簡単な逃げ道だ。

 吐き気がするほど、真実が嫌になってきた。


 〈クロカゼ伍長〉の指先は震えない。

 アドレナリンはこんなにも過剰分泌されているというのに。

 いま平野風太という子どもが喧嘩をしたら、ナイフで刺されたって痛みを感じないに違いない。


「もう一度だけ聞く。これで最後だ。正直に聞くぞ。どんな答えだって、誰も、ソイツを貶しもしないし、あとから、なんだてめー、なんてことにも、絶対にならねぇよ。捕まるなんて可能性、俺だって考えられなかった。特に、トール、キミに関しちゃ、俺たちに義理も人情もなんにもない。スレッドで少し会話しただけの赤の他人って感じか?」

「ボクは――」

「質問を変えるぞ」


 ――これは、ズルいかな――


「お前、ふっ、なんでここにいんの?」


 極めて、努めて、汚らしい薄ら笑い。


 おかしいくらい、トールの表情が固まる。

 〈下卑た笑い〉をオンにしている気分だが、人間はやる気になれば、素でこんな顔もできるんだぞ。


「ノリだよなー、一番は。俺が口を滑らせたから、それが一番悪かった。正直すまんかった。でも、いいよなぁ危険って言葉。なんか悪いことしている気分でさぁ。でも、明日はゲームじゃないんだ。下手すりゃ捕まる。下手しなくても、しばらくログインできないかもな。……このゲーム手に入れたとき、気分良かったろ。完全抽選って意味わかる? 運なんだよ運。ヒイラギくんとクーもさぁ、お前ら知り合いでやっている幸運わかってる? それにもう一人いるんだろ? 覇王なんちゃらくん。すげぇよ。知り合い3人って、なんだ、身内に関係者いなきゃ無理だって! いや、本当に無理なんだぜ? 先行発売は多少金持ちに融通したそうだけど、本製品は完全に抽選にしたらしい! 関係者で先行やる余裕のなかった奴らには配ったらしいけど、本当にそれだけ。すげぇよな! 本当に、お前ら幸運すぎ! 当たった時気持ちよかっただろうなー。送られてきたの? 買いに行ったの? まぁどっちか知らんが、箱を開けるその瞬間までさ、最高に気持ちよかっただろ! だけど、俺たちが捕まったらさ、そんな気分関係なく、『セカンドライフ』は押収。家族から、友人から、どういう目で見られるかなぁー。だせーじゃ済まないよな? 犯罪者だぜ犯罪者! 前科一犯!! うはー、人生、棒に振るきかよ?」


 ――演技したつもり、だった。


 DOLOに関しては正直無知だった。

 完全抽選が、どこまで事実かなんてUSO8OOだ。抽選後、どのようにお金を払ったのかすら知らない。送られてきたの? 店頭まで買いに行ったの?

 

 だが――人生を棒に振るという点は、紛れもない俺の言葉だ。

 演技に紛れて、俺の汚い心の一部が、本心というものが、吐き出された。


 リュックが人間だとして。

 彼女がそこらへん歩いている一般女性だとして。

 俺は、昨日初めて会った人間のために、人生を掛けられるほど、聖人君子だったのか?


 ヒイラギくんやクーだってそうだろ。

 お前らだって一昨日じゃねぇか。


 惚れた腫れたの関係でもなければ、友達って言えるほどお互いを理解し合っているわけじゃねぇ。

 助けたところで、リュックにはその自覚もないし、「ありがとうございます」の、感謝の気持ちもないかもしれない。

 ――気持ちというものが、そもそも無いのかもしれない。


 お前らは、なんでそんなもんに人生をかけられるんだ?


「トール……ヒイラギくん……クー……。時間はあまりねぇけどさ、よく考えてくれ」


 俺は、なんで人生を賭けているんだ?



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