40
「ええ!?」
作戦を伝え終わったところ、トールはコケるように立ち上がった。
ヒイラギくんもクーも、それこそリュックですら、唖然といった表情で俺を見ている。
「だから言っただろ! 素人目にも穴だらけって!」
「穴どころの問題じゃないじゃない! なんていうか、アレだよ! エメンタールだよ!」
……エメンタール? エレクトールの親戚?
俺が脳内で必死に検索をかけていると、リュックがおずおずと発言した。
「それ、穴だらけって意味ですよね?」
「……そうだね! 間違えた! ええと! なんか、レンコンとか?」
「よし、論点がズレる! やめよう! とにもかくにも、所詮はこんな作戦だ。有効かどうかも不確定。味方に敵がいる可能性もある。だから、さっきも言ったように、ヒイラギくんとクーには、リュックをどこか、俺も知らないようなところに匿ってもらって、一向にかまわない」
そうなったパターンも、すでに脳内で想定してある。
偏差値67の秀才は伊達じゃないんだ。
まず俺がリュックの服を着て――
「わかりました。でも、ボクたちは、メンテナンス時どうしていればいいですか?」
「――わかったって、本気なのヒイラギ?」
クーの言葉に、俺も同感だった。
なぜ……とは思う。
俺だったら、こんな不確定が多すぎる作戦に乗るのは避けたい。母からこの話を聞いたとき、緊急メンテナンス時にログインできるという一点で、承認したのだ。
「本気だよ。もしそれでダメだったら、ボクもクロカゼさんを許さない」
彼の、そのまっすぐな視線を受ける。
受け止める。
「でも、きっと、クロカゼさんは誰よりもそういうのを覚悟して、ここに来てくれているんだよ」
「か、覚悟なんて! リュックが死んじゃったら意味ないじゃない!!」
「そうだな。意味がない。だから、リュックに決めてもらう」
俺は、リュックを見据えた。
「俺たちはガキだ。ゲームやって、あははって仲間と遊んでいるただの子供だ。リュック……俺たちに命を預けていいと思うか?」
彼女は、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。
「私は……よくわかりません。会社とか運営とか、そういう人たちが私を狙っていて、私を、殺そうとしていて……。命って、なんでしょう」
命とはなにか。
残念ならが、まともな厨二病にかかったことのない俺は、そのことについて深く悩んだことはなかった。
いや、厨二病どころの話ではないか。もはや哲学の領域である。
子どもに教える分には、案外簡単だ。
子どもに、夏しか生きない虫の世話をさせて、秋になって死んだ頃に、お前が殺したんだ、と告げればよい。
かくして風太少年は、命がなにかをぼんやりながら把握したのであった。
動かなくなったクワガタを地面に埋めるとき、死ぬとは無くなることだと感じた。
――これが両親のイタズラだとすれば悪質極まりないのだが、いや、教育であったとしても健全とは言えないのだが、命の大切さについては、クワガタには申し訳ないものの、ものすごーくためになった。
「……リュックは、痛いところあるか?」
リュックは頭を傾け、あ、と手を合わせた。
その顔は、まるでNPCがプレイヤーに向ける、とびきりの笑顔だった。
「胸の奥なんですが、たまに、痛くなるんです! えっと、私が危ない存在だったらどうしよう、とか、ここにいたら、みなさんに迷惑かけちゃうんだろうな、とか考えているとと、ジンジンするんです! ジンジンって、痛いってことですよねー」
笑顔なのに、なんてこと言い出すんだよ、お前は……。
「それが――ッ――生きているってことだと思うんだ。俺だって、まだ17年しか生きてない子どもだからさ、よくわかんねぇけど……。痛いって、生きているってことなんだよ」
「じゃあ治ったら、死んでるんですか?」
「ううん、死んだら、無くなるんだ、痛みは」
「治る、とはまた違うんですね」
「あぁ。いままでやってきたこと、痛かったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと、そういうの、一切合財まとめて無くなる」
「え!? じゃあ、会ったことも忘れちゃうんですか?」
リュックは慌ててヒイラギくんとクーを見る。
「あ……それは……嫌……ですね」
「リュック……」
クーはリュックの肩を掴んで抱き寄せた。
「俺たちだって、忘れるのは嫌だ。だから、俺たちがリュックを守る。絶対に守る」
絶対――なんて、安易に使うべきじゃない。
守る――なんて、確固たる自信なんてない。
命なんて――そんな重たいもん――絶対に、守るんだ。
「トールも、ここまでは大丈夫か?」
彼もゆっくり頷いた。
「あ、でも待って! ボクも、明日ログインできるの?」
「できる人間は限られるが、それについては問題ない」
「どゆこと?」
ワニ娘の問いは、トールとヒイラギくんも気になるところだろう。
「通常、メンテナンスだろうがなんだろうが、ログインすることはできない。が、今回はある任務があるので、数は知らんが多くの関係者がログインするらしい。ある任務っていうのは――」
いわずもがな……だよな。
「母親は緊急メンテナンス時、管理者としてログイン可能だ。無論、他の管理者も同じ。それに加え、会社に雇われたプレイヤーたちも、同時にログインできる。そういう雇われた奴らは、個別の利用コードを与えられているらしい。そして、これら関係者は、明日の緊急メンテナンス開始後1時間後に、総出でログインするんだ」
『ある羅列』を反芻しながら、仮想メモ帳に仮想ペンで書き出していく。
「メンテナンス中にログインする場合、送られてくるメッセージに、暗証コードを入れて部屋から出ると、あらビックリ、関係者しかいないDOLOの世界だわー。となる。途中退出、途中入場も可能。そのときには再入力が必要」
「わかった! そのとき、コードを持っている人と一緒に部屋にいればいいんだ!」
「おしいぞワニ!」
「ワニ言うな!」
あ、心の声が……。
「ゴッホン、えー。母の特別な計らいにより、コードは入手済みです」
「おおー!」
俺は3人にメモ帳の切れ端を渡す。
母親からもらった、リュックの命綱の数字の羅列。
あ、ちなみに。
バレたらクビだわ、と不穏なセリフも一緒に頂いた。
「そしてこの特別なコードは、何人使用しても使えます」
バレたら捕まるわ、と不吉なセリフも一緒に頂いた。
いま一番危ういのが、母親かもしれないことに、感謝の意が止まらない。
「だが、さっきは入退場自由とは言ったけど、このコードは何度も使うと、なにかしらのチェックに引っかかる。引っかかればそのコードと入力した人の『セカンドライフ』は使用不可。もしかしなくても、ゲームからはじき出されるだろう。そして、もしかしたら警察のお世話になる。いいか、危険っていうのは、そのことなんだよ。安全策でリュックをどこかに隠すっていうのが、一番理想的なんだ」
まず、メンテナンスが始まった段階で、我々4人が同時に(同時であれば、チェックも甘いかも――と母)DOLOへ特攻。
母のチームにリュックを引き合わせつつも、そのチームのメンバーには警戒すること。
そのあとは彼女の位置情報を入手して、いつでもなにかしらの処理が可能であると母チームが会社へ伝え、リュックへの攻撃を中止させる。
――このとき、同時に(もしかしたらもっと早い段階で)母のチームの誰かしらが、先ほど俺たちが使った暗証コードの履歴を削除中なはずだ。これが失敗すれば、俺たちは芋づる式に逮捕されることになる。主犯が母さんで、俺たちは実行犯という形になるのかな。
上記で失敗した場合、正確に言えば、会社がリュックは殺さなければいけないんだと判断した場合、リュックの位置情報へプレイヤーたちが殺到することになるだろう。
それを阻害するために、俺たちはログインしなきゃいけない。
データで確認したリュックが、万が一にでもどこか別の〈世界〉へ移動可能ならそれでもいいと、母は言っていた。――最悪、コピーだけでも、と。
だが、移動が不可能であった場合、位置情報を書き換えるのに時間が必要だということだった。まぁ、位置情報と言ってもマップにアイコンが出るわけじゃないから、当然と言えば当然だ。
文字の羅列を書き換え、なおかつ矛盾のないように書き直すのに40分掛かるらしい。それが遅いのか早いのか、素人の俺にはさっぱりわからない。
リュックの本当の位置情報につられてやってきたプレイヤーたちを、40分間足止めして、その場から彼女を避難させる――
絶対? 守る? 確証なんかありはしない。
覚悟なんていいながら、ただ意地を張っただけなのかもしれない。
だから、ヒイラギくんがここで、リュックをどこかに隠しましょうと言ってくれれば、俺は、きっと、胸をなでおろしたことだろう。
あぁ、言ってしまおう。
恥も外聞もなく言ってしまおう。
――もしヒイラギくんの責任で、彼の判断でリュックが死んだら、俺はただ恨めばいい。
「俺の言うとおりにしておけば!」
あぁ、なんて、なんて、なんて簡単な逃げ道だ。
俺がその逃げ道を欲している真実に嫌になってきた。
――もしリュックの責任で、彼女の判断で、俺たちがリュックを守る必要がなくなれば。
「あぁ、悲しい! あのとき信じてもらえなくて!」
「俺の言うとおりにしておけば!」
あぁ、これも、どれも、それも簡単な逃げ道だ。
吐き気がするほど、真実が嫌になってきた。
〈クロカゼ伍長〉の指先は震えない。
アドレナリンはこんなにも過剰分泌されているというのに。
いま平野風太という子どもが喧嘩をしたら、ナイフで刺されたって痛みを感じないに違いない。
「もう一度だけ聞く。これで最後だ。正直に聞くぞ。どんな答えだって、誰も、ソイツを貶しもしないし、あとから、なんだてめー、なんてことにも、絶対にならねぇよ。捕まるなんて可能性、俺だって考えられなかった。特に、トール、キミに関しちゃ、俺たちに義理も人情もなんにもない。スレッドで少し会話しただけの赤の他人って感じか?」
「ボクは――」
「質問を変えるぞ」
――これは、ズルいかな――
「お前、ふっ、なんでここにいんの?」
極めて、努めて、汚らしい薄ら笑い。
おかしいくらい、トールの表情が固まる。
〈下卑た笑い〉をオンにしている気分だが、人間はやる気になれば、素でこんな顔もできるんだぞ。
「ノリだよなー、一番は。俺が口を滑らせたから、それが一番悪かった。正直すまんかった。でも、いいよなぁ危険って言葉。なんか悪いことしている気分でさぁ。でも、明日はゲームじゃないんだ。下手すりゃ捕まる。下手しなくても、しばらくログインできないかもな。……このゲーム手に入れたとき、気分良かったろ。完全抽選って意味わかる? 運なんだよ運。ヒイラギくんとクーもさぁ、お前ら知り合いでやっている幸運わかってる? それにもう一人いるんだろ? 覇王なんちゃらくん。すげぇよ。知り合い3人って、なんだ、身内に関係者いなきゃ無理だって! いや、本当に無理なんだぜ? 先行発売は多少金持ちに融通したそうだけど、本製品は完全に抽選にしたらしい! 関係者で先行やる余裕のなかった奴らには配ったらしいけど、本当にそれだけ。すげぇよな! 本当に、お前ら幸運すぎ! 当たった時気持ちよかっただろうなー。送られてきたの? 買いに行ったの? まぁどっちか知らんが、箱を開けるその瞬間までさ、最高に気持ちよかっただろ! だけど、俺たちが捕まったらさ、そんな気分関係なく、『セカンドライフ』は押収。家族から、友人から、どういう目で見られるかなぁー。だせーじゃ済まないよな? 犯罪者だぜ犯罪者! 前科一犯!! うはー、人生、棒に振るきかよ?」
――演技したつもり、だった。
DOLOに関しては正直無知だった。
完全抽選が、どこまで事実かなんてUSO8OOだ。抽選後、どのようにお金を払ったのかすら知らない。送られてきたの? 店頭まで買いに行ったの?
だが――人生を棒に振るという点は、紛れもない俺の言葉だ。
演技に紛れて、俺の汚い心の一部が、本心というものが、吐き出された。
リュックが人間だとして。
彼女がそこらへん歩いている一般女性だとして。
俺は、昨日初めて会った人間のために、人生を掛けられるほど、聖人君子だったのか?
ヒイラギくんやクーだってそうだろ。
お前らだって一昨日じゃねぇか。
惚れた腫れたの関係でもなければ、友達って言えるほどお互いを理解し合っているわけじゃねぇ。
助けたところで、リュックにはその自覚もないし、「ありがとうございます」の、感謝の気持ちもないかもしれない。
――気持ちというものが、そもそも無いのかもしれない。
お前らは、なんでそんなもんに人生をかけられるんだ?
「トール……ヒイラギくん……クー……。時間はあまりねぇけどさ、よく考えてくれ」
俺は、なんで人生を賭けているんだ?




