↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/45

33



「風太、ログアウトしなさい」


 そんなバレリーナの女装しているやつに――なんて軽口は、いまの俺には叩けなかった。

 無計画なリュックに怒鳴ってしまいそうで。

 無責任なゲームの開発者に殴りかかってしまいそうで。

 無力な自分が憎くて憎くてしかたなかったんだ。


 考える気力もなく、指でメニューを開いた。

 それを止めようと、リュックは大声を出す。


「待ってください!」


 俺はリュックの顔を見ることはできなかった。だが、母親の目がリュックを捉えていることはわかってしまった……。


「私は、ここに――」


 掻き消える母親のアバター。

 泣きそうになっているリュックを尻目に、俺もログアウトをタップした。

 『セカンドライフ』を外し、溢れる涙を拭う。


 嗚咽がこぼれた。

 みっともない。いつからこんな泣き虫になったというんだ……。


 母親は立ち上がって、台所でなにかをし始める。

 そのうち、コーヒーの香りが漂ってきた。


「風太、こっちに来なさい」


 テーブルのほうへ呼ばれ、席に着く。

 俺の分のコーヒーは用意されていなかった。

 いや、もういいんだ。ちょっとそんなところ指摘する余裕がなかった。


 コーヒーを飲む母親との沈黙に耐え切れず、丁寧に、リュックがどのような存在かを、母親に説明したつもりだ。


 あれがNPCであること。

 出会った状況と、言葉の機能を復元させたこと。リュックという名前をつけたこと。ポーションが出せること。火山に一緒に行ったこと。自我があると認識したこと。家族と運営に相談することを辞めたこと。

 そして、涙を流せること。


 コーヒーを飲み終えても、母は無言で俺の話を聞いてくれている。


「風太は、あれを見てどう思った?」

「俺は……人間だと思っているよ」


 だからこそ、誰にも言えなかったのだ。


「自我があるって、確証はあるの? 涙って、錯覚じゃなくて?」

「確証はない。涙は錯覚じゃない。しかも、嬉し泣きだったんだぞ。笑っちまうよ」


 母には「なんて顔してんのあんた」と言われたが、いまの自分がどんな顔しているかなんてわからない。それと、こんな顔に産んだのはアンタだ。


「ってか普通に凄いわよ彼女……。ちょっと学会で発表してくるわ」

「んな機会ねぇでしょ。でも、もしかしなくても、協力してくれるの?」


 期待を込めてそう呼びかけるが、母はやんわりと否定した。


「個人としては、彼女を保護するべきだと思う。会社のほうにも呼びかけはしてみるよ。でもね、たぶん無理。バグ一つの存在で、会社の経営は傾けられない」

「バグってことねぇでしょー」

「バグだよ」


 言い切って、母は続ける。


「風太にとってリュックはバグじゃないかもしれない。でも、リュックって存在が公言されたら、世間にどんな認識されるかわかるでしょ? だから、彼女はバグなの」

「でもさ!」

「生きているんだよ、って? 裁判所が彼女の人権認めると思うの? 日本政府が彼女の戸籍を発行してくれる?」


 笑うことなく、母は続ける。


「あんただって、こういう話になるのわかってて、相談もしなかったんでしょ。昨日だって回りくどい聞き方してさ」

「その結果、ウイルスって言われちゃったけどね……」

「まぁ、調べてみないとわかんないけどね」


 ここまできたら、聞いてしまおう。

 一抹どころか計量スプーンを使わなければならないほどの不安はあるのだが……。


「調べるって、どうするの? リュックをどっかに移動させてデータの解析とかするの?」

「移動って、どうやって?」

「――えっ!?」


 専門職に質問されるとは思わなかった。


「あんたが言ったんでしょ、リュックは人間だって。現実的に考えてごらん? フツーの人間が、どうやってPCに入るっていうの」


 ここで初めて、母の質問の意味がわかった。

 なんてことはない。リュックをどこに移動させるか、そんな愚問、意味がない。

 データとして彼女をどこかに移動させるってことは、彼女をコピーしなければならない。それは、リュックなのか?

 ――そして気づく。


「もしかして、運営側ってリュック消そうと思えばいつでも消せるの!?」

「ううん。それはない」


 断言とは、なんとありがたい……。


「リュックが逃げたあとすぐ、リュックがいた場所にNPCを再配置したの、知ってるでしょ? 電話した日」

「榎田益男さんだっけ?」

「そ。そのあと緊急メンテで再配置したんだけど、そのあと、逃げたNPCに関しての情報なんか入ってきてない。無論、データとしても追いかけたらしいわよ? 風太が見たっていう草原のデータも徹夜で。あたしも、そこから手伝ったくらいだしね」


 母はソファーを指差して、メンテ中にログインするのも乙なのだぜと笑っていた。

 しかし、その言葉を鵜呑みにするならば、リュックはプレイヤーにしか認識できないだろうか――。

 いや、彼女の認識うんぬんには、実はもう一つ気になることがある。

 火山でリュックが言っていた発言だ。


『あの子たち、私のこと見向きもしないので、大丈夫だったんですよー』


 イグアナだかトカゲに襲われた俺たちだったのに、ただ一人リュックは攻撃を受けていない。それは「彼女はプレイヤーとして認識されていない」、あるいは「そもそも認識されていない」、ということになる。


 これは、ちょっとした希望に繋がる。

 山奥に隠してしまえば、彼女を見つけるプレイヤーは極端に少なくなって、しかも安全ってことになるんじゃないだろうか。


「母さん、運営の通報はやめてもらえるか? ちょっと考えがあるんだけど」


 そう言ってみたが、母は小さく首を振った。

 理由はわかる。

 このゲームを作るのに、おそらく億や兆に届く金が掛かっているはずだ。そして、それをご破産にするネタがリュックだ。

 なおかつリュックがウイルス感染しているというのであれば、ウイルスを撒いた犯人も、リュックの存在を明らかにしたがるはず――

 だが俺の浅知恵は、簡単な事実に否定された。


「通報はしないけど、お母さんの視覚データは、もう運営側にチェックされてるはずなの。正確にリュックがNPCとして運営のチェックに引っかかるのは、たぶん明日の夜くらい?」


 なんで――! と声を荒らげそうになる。

 だが、そうだ、そういう可能性もある。

 なにせこの母親は、


「お母さんは先行のときに配られたけど、お父さんは一般からだったから見事に外れてねー。しかたないから、お母さんとお父さんのプレイデータ送るって約束でお父さんのぶんを会社からもらってきたの」


 こんなクソッタレゲーマーなんだから。


「マジかよ……。会話とかも? ひでぇな」

「会話聞かれてるって言っても、データを解析するのはPCだからね、恥ずかしがることないでしょ」

「あー、そうかい……」


 時計を見る。まだ14時前。

 24時後にバレたとしよう。そのあとどうなる?


「そのあと――どうなる」

「バグ認定されるわねー。NPCとして認識されたら、人間のスタッフが確認する。運が悪ければ映像として再現される」

「なんで運が悪ければ?」

「あの子、とんでもないことしたでしょ」


 あぁ、はい。その通りです。


「プレイヤーの部屋に入れるなんて反則すぎる。あそこは、言うなればDOLO専用のログイン画面みたいなもんよ。部屋主が、部屋を開放している状態で、フレンドを招待しなければ入れない部屋に、彼女は無遠慮に入ってきた。しかも――あんたの部屋に」

「やばい……ことなんだよね?」


 はぁー……と大きなため息を、俺は直視できなかった。

 母のコーヒーカップを手に取り、おかわりを入れる。ついでに自分のぶんも。


「『セカンドライフ』でログインするとき、ログイン画面は存在しない。なんてったって、脳波検出受けてるからね、誤魔化しようがない。だからこそ、部屋なんてシステム取り入れられたわけだからね。面白いでしょ?」

「ああ。相川さんも面白がってたよ」

「でも、リュックがやった行為は、その設定を全部ぶち壊した。いえいえそれどころか、『セカンドライフ』ってハードにすら関与したってことなんじゃないかな。それは調べてみないとわからないけどね。データだと彼女どう動いてんのかなー? あ、ありがとー」


 コーヒーを渡して、俺なりに考えようとした。


 ――ソーランソーラン


 母のケータイに着信音がなければ。


「えっ」


 母の顔が凍りつく。

 こんな話をしていたときにその顔だ。会社の人だろう。

 『大塚聡一』

 どこかで見たことがある字面を向けられ、母と一緒に首を傾げる。なぜ〈Dragon Obey Licence Online〉のシステムデザイナーが、掛けてく理由とはなんぞや?


 気にはなるが仕事の話を盗み聞きするわけにもいかず、電話に出る母を尻目に、俺も自分のケータイをチェックする。

 いつもどおりのボッチかと思いきや、メールが1件。ヒイラギくんからだった。


『すみませんクロカゼさん

 リュックがクロカゼさんのところにどうしても行きたいと……

 すみません』


 なるほど……バッキャロォ!

 俺も気づくのおっせぇよ!


 ながながと返信を考えていると、母は通話を終わらせてケータイをテーブルに転がした。


「なんでだー!!」

「なに? 呼び出し?」

「違う!!」


 その顔からは怒気が溢れている。

 その理由はすぐに、母親の口から怒鳴り声とともに伝わってきた。


「リュックが運営にバレてる!」


 なんでだよ!!



あんなに文章書いたのに、まともに上げられるのこれだけって

他の書き手さんすごいですねー……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。