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「なんで!?」

「知らない。たぶんお母さんのデータ……いや、でも、あーもー仕事早すぎ! いつもそうすればいいのになんて間の悪い!」


 母の盛大な舌打ち。

 なんでバレた、どこからバレた、いつバレた、それらはこの際さて置こう。


「どうすればいい?」

「どうすればいいかな?」


 母ちゃん! 聞かないでよ母ちゃん……。


「とりあえず、リュックが安全ですって報告してほしい!」

「安全なの?」

「わかんない」


 これは却下された。


「自我うんぬんは?」

「まぁ、すごいレアケースだからね、会ってみたい人は多いと思うよ。いや、それがいいかもね」

「それって大丈夫なの? 不意打ちで攻撃されたりしないの?」

「可能性はある」


 じゃあ却下だ。

 ってかそんな物騒なのプログラマーって。


「それで全部解決するなら、そうすると思うよ。お母さん含めてね。社長の耳に入れば、一も二もなくリュックは、そうだね、殺《・》される」

「そうですかー……」


 まぁ、そこは深く言うまい。思うところはあるが、いま、母すら敵に回しては、リュックを救う術がないんだ。

 それに母が、リュックが死ぬという発言に気を使っていたことも、正直嬉しかった。内容こそ縁起でもないが、殺されるってことは、彼女が生きていると認めていることに直結する。


「母さんはこれからどうするの?」

「……風太は?」

「聞き返さないでよ。俺だって五里霧中なんだから」


 自分でハッキリさせたことは、リュックを守るということだけだった。

 なんて頼りないナイトだ……。


「とりあえずリュックと、彼女を保護してるプレイヤーに現状を報告して……あとは運営側の対応が知りたいです」

「伝えてみるけど、本当に期待しないでね。とりあえずお母さん会議出てくるから」


 そう言って『セカンドライフ』を被る母親。え、そんなんで会議……なの? それとも会議通話ってやつですか? まさかドーロの中で会うわけじゃないよな……。鉢合わせとか勘弁ですよ。

 ソファーに寝転がった母は、すでにフルダイブしている。フルダイブが『セカンドライフ』特有のものだとは言っても、フルダイブしている場所がDOLOの中でないことを祈って、俺も準備を始める。


『ヒイラギくん、いまどこ?』

『リュックがふさぎ込んじゃって……

 クーの部屋で励ましてます』


 なにがしたいんだリュック――というのは、あまりに身勝手すぎるだろうか。

 彼女だっていろいろ考えているんだろう、思わしくない事態になったことには違いないが……。


 DOLOにフルダイブして自室を飛び出す。

 ヒイラギくんを通話で呼び出して、部屋を開けてもらう。これがリュックだったら無関係に部屋に入れるのかと思うと、ゾッとしない話だ。

 ゲームスタッフからすれば、彼女はバグ以外のなにものでもないのだろうな……。


 ヒイラギくんに通話して、ドアを開けてもらう。

 工房へ向かうドアへ案内された。ベッドに座るクーは、ひどくむくれている。俺のことを信用していないのだろう。――まぁ、俺だって自分を信用していない。


「クロカゼさん……リュックが……」

「わかってるよ。どっか行かなくて良かった」


 運営側がいままでリュックを見つけられなかったのは、純粋にプレイヤーじゃないからだ。たぶん、NPCに対してのマーカーが存在しないのかもしれない。

 でなければ、リュックのみ外れているのか。

 どちらにしろ、彼女が本気で逃げ出せば、追える人間は限られている。


「リュック。俺だ、クロカゼだ」


 荒っぽくドアを叩く。

 クーにたしなめられるが、俺だってこんなことしたくない。でも、これはきっと俺に対しての言葉でもある。だからこそ、強く話すんだ。

 扉に向かって声を出す。


「リュック、お前は俺たちとは違う。たぶん、ここにいちゃいけない人間だ。いいや、人間ですらないんだ。お前は、なんていうか、ただのバグ……なのかもしれない」


 バグという意味が、彼女に理解できるだろうか。

 理解できたとして、彼女はどう思うのだろうか。


「だとしても、俺、お前を守るから。俺だけじゃない。ヒイラギくんも、クーも。俺の母ちゃんも、いまはお前を守ろうとしてくれている。だから、頼む」



「俺たちを信じろ」



 ――俺一人では、なにもできそうにないからな――


「あの、すみませんクロカゼさん」

「どうした、ヒイラギくん」

「その……ドアの向こうに、なんていうか……」


 歯切れが悪い。

 嫌な予感を覚えながら、俺はヒイラギくんの言葉を待ちつつ、ワニの笑いをこらえた表情を見て俺の心は折れそうになった。


「音自体が、届いてなさそうっていうか、その、すみません」

「あははっはははははっはははははははっ!! だから止めたのに! あははははは!!」



「うわあああああああああああああああ!!!」





 さて……一時間は経っただろうか。


 ヒイラギくんに、通話《・・》でリュックと会話をして、出てきてもらっていた。

 もちろんさっきの小っ恥ずかしい説得を、もう一度するほどのメンタルの強さはなく、しどろもどろな説明をして、とりあえずリュックに出てきてもらったカタチにはなった。


「しかし、まさかリュックとフレンドとは、驚いたね」

「ボクも通話できるとは思いませんでしたよ! さすがクロカゼさん!」

「さすがクロカゼさん!」


 うるさいぞワニ娘!


「リュック、俺ともフレンド登録いいか?」

「……はい」


『NPC〈左近〉にフレンド申請を行います。よろしいですか?』


 ほぉ、実は左近っていうのか。イエスイエス。

 フレンドを開くと、新たに〈左近〉という名前が増えていた。


「じゃあ、まずはリュックのことに関して、運営がどう動いているか話しておこう」


 いや、俺もそこまで詳しいわけじゃないが。

 とりあえず、母との会話、母にかかってきた電話、母のいまの対処に関して話しておいた。


「あんたなにもしてないんだね」

「うっさい。俺だってなにかしたいと思ってるよ」

「まぁ、ねぇ」


 話し終わって、軽口を叩けるのは俺とクーだけだった。

 クーも、決して状況が良くないと理解しているだろう。無理しているのはわかっている。だが彼女もわかっているのだ。自分じゃなにもできないということを。


「どうするリュック」


 ベッドの上でただ話を聞いていたリュックは、顔をあげようとすらしていない。ショックを受けているのか、理解すらしていないのか。

 彼女が、この世界を嫌いになったら、俺になにかできることがあるのだろうか。


「最初……私が見たものには、カタチがありませんでした」


 ボソボソと、リュックが話し出す。


「カタチがないのに、目があったんです。私を見ていたんです。目があって、私はそれを見なきゃいけなくて……でも、理由もわからなくて、怖くなったんです。しかも、私もその目を見ちゃって、なんで視線が合ったのか理解もできなくて、逃げ出しました。逃げて、逃げて、ヒイラギさんとクーに出会いました。クロカゼさんにも、メリーさんにも……」


 狭い、あまりにも狭い彼女の世界。

 〈Dragon Obey Licence Online〉の世界は、データ上では北海道を含めない日本ほどの広さだ。移動可能であればもう少し狭いが、いろいろの世界を見せてあげたい。


「だったら、もう少し逃げようか、リュック」


 俺の言葉に、みんな顔をあげる。


「逃げるんだよリュック。運営が来ようが、モンスターが来ようが、逃げて逃げて、新しい人に会おう。絶対楽しいさ! 俺もログイン時間増やすし」

「あたしも賛成! 運営が味方になるかわかんないんだから、とりあえず逃げよう!」

「どこにさ?」

「どっか! 部屋って安全なのかな?」


 クーのお気楽な質問に、俺も首を傾げた。

 普通に考えれば安全地帯なのだが……運営側にとってここはどうなのだろうか。部屋を一つ丸々、ほかの部屋に上書きすることなど容易いのではないだろうか。そうなれば、いったいどうなる? リュックは残るのか? いや、そもそも部屋を特定できるのか? 全部の部屋を上書きということも可能だろうが、それでクレームをつけるプレイヤーの数を考えれば、それはリュックを消す必要はないほどの損失ではないだろうか。


「部屋を特定されなければ、たぶん大丈夫。でも、俺の部屋でリュックが発見されたってことが運営側に伝わっちゃえば、俺のフレンドの部屋も怪しいんじゃないかな?」

「じゃあどうするんです?」

「ううーん……まぁ運営が敵に回るかどうかで、難易度が変わるからなー。まぁ、回ったと想定すれば、俺たちはただただ逃げることしかできない。それも、なるべく広いフィールドでだ」

「なんでです?」

「俺も素人だからわからんけど、広いフィールドってのは上書きするにしても時間がかかる――んじゃないかな? 上書きがかかったら隣のフィールドに、それでまた隣のっていけば、時間は稼げるはずだ。それに、広ければ一般プレイヤーも多いから、運営に対する文句も多くなるはずだ」

「迂闊にデータ上の改ざんはできないってこと?」

「わかんねぇ。部屋のほうが安全かもしれない。それは、あとで母親に聞いてみるけどさ……」


 こればかりはただの素人考えだ。

 知識も知恵も情報も、なにもかもが足りない。


「あの、もう一つ質問なんですが」

「あーもー! ヒイラギ! あんたも意見出してよ! こっちばっか頭使ってて卑怯じゃん!」


 挙手しているヒイラギくんに向かって、喚き出すクーを俺が落ち着かせる。珍しい光景だ。

 そして、クーの存在を完璧に無視するヒイラギくんも、とても珍しいと思った。


「あの……この前、盾のバグ技教えてもらいましたよね?」

「あぁ。教えたね」


 クーとのファーストコンタクトのイベント。彼らを森に助けに行ったときのことだ。


「8月になったらバグを直すってメンテが入るって言ってましたけど、そのときリュックはどうなるんですか?」


 ――それは、考えていなかった。


「マズいよね! いやわからん! リュックの場所が特定できないなら、バグだろうがなんだろうが、直しようがないんじゃないか!? わかりません!」

「メンテ中ってあたしたちログインできないじゃん! どうすんの馬鹿!」

「バババババババカ? この俺をバカだと!? お前三角関数の倍角公式知ってるんだろうな!!」

「知るか馬鹿!」


 喧々囂々と喚く二人であったが、どうやらヒイラギくんは冷静だ。


「メンテナンス前に、公表用のビデオ撮りましょう。運営が敵に回るっていうなら、プレイヤーを味方にしましょう!」


「ほほぉ?」

「やるじゃん!」

「ビデオって、なんですか?」


 ヒイラギくんの作戦は、俺たちに光明を見出させるに十分だった。



次回、リュック視点あげます

短めなので今日中に!

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