32
俺の立ち位置を自覚してしまった呆然を味わっていると、姉から一つの案を提示された。
「なんか武器作ってあげようか?」
「え、そういう強そうなやつ?」
「うん。素材はあんまりないから、鉄とかになるけど。あんたなにもなさそうだもんねー」
そうなのだ。金はあるとはいえ、昨日の火山で盾と槍と、ついでにグローブも失って、初期の鞘が部屋に眠っているだけだ。
初めて間もないということも理由の一つだが、そろそろ防具も欲しくなっている自分がいる。
「お願いしますー」
「おっけー。なにがいい?」
「ナックル!」
ぽいねーと笑われるが、珍しく素直な姉はアパートに消えていく。
「え、ここで待ってればいいの?」
「火燐ちゃんならせいぜい3分かな?」
俺が最初の槍を作ったときもそんなもんだったが、それと同じような不細工なナックルが出来上がったら、残念すぎるわけだが。
「ちなみに、姉貴と雪緒が装備しているやつは誰が作ったの?」
「お母さんだよー」
アスプロと遊ぶ雪緒はシレっと言い放つ。その理由は彼の横に立つ、〈リザードマン〉のドヤ顔にあった。いや、本当に〈リザードマン〉なのかは知らない。
どんなゲームでも、深入りしすぎている人は、違うゲームをしている人だと認識している。つまり、この〈リザードマン〉はきっと、別世界の〈リザードマン〉なのだ。
「あ、そうだ、ちょっと待ってて!」
俺も自室に戻り、赤い板――ではなく、赤い核を持ち出す。これが結局なんなのか、正直検討もつかない。
「これなんだけど」
「核だよねー。売ったら?」
いけずか! 〈鑑定〉とかしてみてよ!
「〈鑑定〉ー。お! 真核じゃないの」
「魔核!? すげぇ、レアそう!」
「レアっていうか、使い終わったというか、もう使えないというか」
「魔核なのに?」
「真核なのに。っていうか、なにに使ったの?」
母の瞳に捉えられてしまった。この目は良くない。経験上、この目の母親は俺の秘密をすべて暴く。言えないレベルの秘密をすべて――だ。
恐怖の瞳で見抜かれた俺は、蛇と蛙の関係よろしく動けなくなってしまう。
「コレね、レアモンスターから出る色核ってヤツなの。使い終わると、色も完全に抜けちゃって真核になるんだけど、あと一回使えるのかなー? まぁ使える使えないは置いておいて、表示はすでに真核になっているってことは……あとはわかるな、坊主」
ママっ! 怖いよママ!!
「御用改めである! 風太の部屋に入るわよ!」
「いやだー!! 俺のプライバシーがー!!」
結局、母親の「それでなにか作ってあげるから!」という一言に負け、家族を部屋の中に招き入れる。
あまりの質素な部屋を弟には笑われたる俺を無視して、懐かしの我が家とばかりにアスプロはベッドのコゲ穴に入っていく。――癒しだ。
ズカズカと工房に入っていく母親は、すぐさま赤い板を発見して、目を輝かせていた。
「秘密にしていた激レアなのにー!」
「家族間に秘密があるとか、お母さんいやだなー。コレおっきいねー……うっわ本当にレアじゃないの! なにこれどうしたの!?」
「角に気をつけてよー! ベッド焼けたんだからー!」
「角?」
躊躇なく木材の角を工房の床に当て、火災を誘発する母親。
「おい!!」
「ティへへ」
「うぜぇ!!!」
母親の水の魔法によって、床をビッチャビチャにされつつも、母の糾弾は続く。
「これどこで入手したの? 森? どこの? あの森!? あんた入ったの? わざわざ? やるぅ! で、どこで? 大木? 知らない。へぇ、そんなこところに。ウォーターベアー? あぁ、青熊? え? あ、お、ぐ、ま。そんなこといいから、え! 写真あるの? ちょっとお母さんに見せなさい! へぇー、これがー、へぇー。よし! 面白い武器作ってあげるわね。ちょっと火燐ちゃんに電話するよー」
ちなみに俺はこの間、単語しか口にしていない。そんなもんでここまで会話が成立するとは、実に残念な家族愛だ。
「怒られちゃった。一緒に作ってくるねー」
母親は木の板を持って立ち上がる。母はそのまま外に出ていってしまった。
止める間もなく、雪緒とアスプロと部屋に残されてしまう。いや、えっと、結果オーライになるのか?
「ぎゅ」
「コイツ可愛いねー」
「だろー」
「兄ちゃん服とか買いに行くー?」
「あー……そうだねー」
俺と弟は、現実世界ですら一緒に行ったことのない服屋へ向かった。
雪緒と二人で服屋など色気の欠片もない場面は、語るにも値しない。
せいぜい店員に奇異の目を向けられたことくらいだろうか。いや、店を出てからのほうが、周囲の目のほうがよっぽどではあったのだが……。
「うん、似合うねー」
「そうか? いやー、なんか照れるなー」
「うん、似合ってるよその世紀末」
革ジャンのサイズが合わなかったので袖を切り取って、補強のつもりで肩口に鉄を仕込んでもらったのだが、それがいけなかったような気がする。オーバーオールも下取りに渡したため、ズボンも新調したのだが、無駄に統一感を生み出してしまったような……。
「大丈夫? 雑魚っぽくない?」
「大丈夫大丈夫! なんていうか、獄長みたい!」
それはパンツ一丁だよぉ。マントもないしさぁ。
あとでお母さんの仕事部屋行って読んできなさい。
「あ、母さんから電話着たよー」
「おっけー」
しばらく歩くと、弟は通話が終わった旨を伝えてくれた。
「終わったって?」
「まだまだ。いい図案できたから、夕方まで暇つぶしときなさいってー。なんかクエスト行く?」
いまの弟に言われると魅力的な提案だったが、俺はそれを断った。時計を見るとすでに11時30分。昼飯の準備をするにはとてもいい時間だった。
「んじゃなに? この傷つけたモンスターは見てないっていうの?」
「あぁ。っていうか、俺は母ちゃんがこのイベント知らないことに驚いたよ」
ケータイで写真を見ながら、母親は食事を続ける。
俺もドーロ色に染まってしまったようだ。飯を食いながらゲームの話とは……。
「雪緒も勘違いしてるけど、お母さんはあくまで開発スタッフの一人。しかも原案よりだからね、一個一個のイベントまで網羅してるわけないでしょ」
「え、やっぱそうなの?」
あの木のイベントが放置されていることが、ずっと気になっていたんだ。運営側がユニークイベント放置するのは当然の配慮ではあるが、我が道を征く母親だ、どうにかこうにか家族に回収させていてもおかしくはない。
「PRGならまだしもDOLOクラスのMMOとなると、イベント細かすぎて無理なんだよねー……」
年には勝てない、と遠い目の母親はさておき、
「じゃあドラゴンの取得方法も?」
「そっちは運営でもトップシークレット。バッカよねー。ド、ラ、ゴ、ン・オベイ・ライセンスだってーの……。まぁ、一応ヒントは出されてるけどね。教えてあげようか?」
「え!? 知ってるの?」
蛇がほかのモンスターの殻を食って――それだけじゃないのか?
俺だけじゃなく、雪緒も話を聞こうと身を乗り出す。
「たとえば宗教的な観点で、仏教だとシェンロンで、キリスト教だと羽生えてるでしょ?」
へぇ! わかんねぇけど。
「で、DOLOは欧米・中国ともに多くのユーザーを獲得してるでしょ? どっちにも角が立たないようにするには、辰のほうの龍じゃなくて、ドラゴンの竜にしなきゃいけないの」
へぇ! わかんねぇけど。
「で、ドラゴンは混合生物! つまり、爬虫類や恐竜を羽の生えた生物を組み合わせればいいわけ。問題は組み合わせる方法。こればっかりは教えてもらってないんだよねー……」
「〈調合〉とか?」
「卵はどうあがいても卵でしょ? 鑑定しても意味ないし、かと言って生き物と生き物を調合はできない……」
「じゃあpoipoってプレイヤーのドラゴンはどうなってるの?」
すでに答えを知っている俺は言いたくてウズウズしているわけだが、弟の質問の答えも知りたい。
その質問に応えたのは姉だった。
「わかんないんだよねー。外国人プレイヤーってところまではわかってるんだけど、特別に情報開示してくれてないの。でも、β開始後すぐにドラゴン入手したことを考えると、もしかしたらただの激運かもね」
「もータイトル変えたら?」
「だってよー」
「あはははーいいねー」
結局俺は竜之進のことを言えず、仲睦まじい家族の会話を続けることになる。
この親と交渉するにあたり、竜之進のことは切り札として使える……のではないだろうか。だとすれば、切るタイミングには細心の注意を払いたい。
であれば、言いたくてウズウズしているこの口からは、別の言葉を放とうではないか。
「そういえば、俺のあの、レアの板ってどうなったの? 鎧とか?」
「あぁー、どうする母さん」
「まだ秘密かなー! 度肝抜いてあげるよ! あ、向こう戻ったらアパートのドア開けといてねー」
ニヤっと笑う母親に嫌な予感を覚えながら、俺たちはゲームに戻る。
いつも父が使うソファーに寝そべり、初めて誰かと一緒にフルダイブすることができた。とは言え孤独に自室で目覚めるのだが……。
俺は言われたとおりドアを開けて、母親を待っていた。
「待ったー!」
手を振りながら俺の部屋にまっしぐらな、バレリーナみたいな男が来たので、思わず扉を閉める。
閉めたと同時に、メールと通話が1件ずつやってきた。
『ちょ! 開けてよ!』
『いやだよ! 着替えて来いよ!!』
『お母さん宝塚に――』
それもうやったから!
「どうぞー」
「ありがとー! お母さん身内以外にこんな格好見せないんだからね!」
「見たくないって、どうやったらわかってもらえますかね?」
まずこれ見てー! と母親が丸めた用紙を俺に見せた。
工房に行って、まさかの設計図を見せられる。これは……どう見るんだ?
「俺、武器の設計図初めて見るんだけど。なに、これ?」
「まずねー、赤い板を二分割にして――」
――コン、コン……
工房のドアがノックされた。
母親が首をかしげ、工房の掃除をしているヌイグルミのポムを見る。
――コン、コン……
俺は慌てて立ち上がり、母親から工房のドア全体を隠すように、ゆっくり開ける。
なんで、お前がいるんだよ。
「ねぇ風太、誰が来たの?」
「えぇっと……友だち。ごめんね、いま、うちの母親来ててさ、リアルな母親。だから、ちょっと取り込んでて――」
「風太!!」
母親は鋭い声をあげる。
俺は……また泣きそうになっていた。
「誰が来たの?」
「友だちだってっ」
埓が明かないとばかりに母親は俺を押しのけ、思わぬ来客と向き合う。
「あんた……嘘でしょ」
「――私は、ここにいるべきでは、ありませんか?」
リュックの言葉は、彼女が初めて口にしたものだった。




