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夢見るゴミスキル(中)

 ――資料より抜粋。


 ダンジョン出現初期三年間における被害統計。


 世界全体:

 死者 約三百二十万人

 行方不明者 約六百八十万人


 日本国内:

 死者 約十二万四千人

 行方不明者 約二十一万人




 後年、各国が共同でまとめた年次報告書には、ダンジョン出現初期における被害規模が、淡々と数字で記されている。


 その多くは、封鎖されたダンジョンから、制御不能に溢れ出したモンスターによるものだった。



 一方で、例外もあった。


 共産圏の小国がいくつかが、人命を顧みない強引な内部探索を行い、結果としてダンジョンの“溢れ”を防いだ、いや起こらなかった事例が確認されたのだ。



 結果的にモンスターを内部で間引き続けなければ、被害はさらに拡大する……その現実を否定できなくなってしまった。


 忸怩たる思いを抱えながらも、各国はダンジョンへの人命を資源とした、継続的な介入を選択せざるを得なくなった。




 やがて、事態は国や軍だけで抱え込める規模を超えていく。


 さらに大小無数のダンジョンが時を置かず多発的に生まれ、全てを公的機関で管理することは不可能になったからだ。


 そのため各国は民間と連携し、役割を分担する体制へと舵を切ることになる。


 そして、同時にダンジョンは、単なる未知の脅威だけではなくなっていった。



 ダンジョン内部やモンスターから、未知のエネルギー源や、従来の科学では再現できない新素材が見つかり始め、それらは、兵器、医療、インフラ、あらゆる分野で応用が可能だった。



 国家にとっては戦略資源。


 企業にとっては莫大な利益を生む鉱脈。



 こうしてダンジョンは『危険だから封じるもの』から『管理し、利用すべき対象』へと認識を変えていく。



 だが、こうした変化は、同時に新たな問題も浮き彫りにした。


 ダンジョン内部では、部隊行動や重装備による制圧が必ずしも有効ではなく、むしろ少人数、あるいは個人単位での柔軟な対応が求められる場面が多かった。


 さらに、スキルという力は、訓練や階級では均せない。

 発現の有無や内容は人によって大きく異なり、組織として一律に運用すること自体が難しかった。


 結果として、ダンジョンに最も適応できるのは、国家や軍の枠に収まらない……“能力を持つ個人”だった。




 ――探索者の誕生である。











「悠、ほんとにスキルが出たんだなあ」


 

 夕飯の席につくなり、父がそう言って顔をほころばせた。

 昼間から何度も聞いた言葉なのに、その声音にはまだ興奮が残っている。どこか現実味がないまま、嬉しさだけが先に来ているようだった。


「うん。鑑定板にも、ちゃんと表示された」


「探専だろ? しかも、推薦だなんてなあ」



 父は箸を持ったまま何度も頷く。隠そうともしていない、ただただ素直な喜び方だった。


「今はもう、昔とは違うからな。無茶して潜る時代じゃない。探索者の学校もあるし、訓練もある。制度も装備も、ずいぶん整った」



 その言葉を聞きながら、俺はテレビの画面に目をやった。ちょうど探索者向け装備のCMが流れていた。安全基準を満たした軽装甲の改良モデル、探索中の負荷を数値化する管理システム。どれも、ここ数年ですっかり見慣れた話題だった。



「でも……」


 母が、そこで一度だけ言葉を切った。


 食卓の端に置かれた書類に視線を落とし、指先でそっと揃える。

 何度も読み返した跡が残っている紙だった。


「悠が、探索者を目指すなんて」


 それだけ言って、母は小さく息をつく。

 表情は穏やかだけど、笑ってはいない。


「しかも、奨学生扱いで、学費も寮の費用も、かからないなんて」


 まるで、確認するみたいな言い方。だけど、その一言の後で、ようやく肩の力が抜ける。


 心配が消えたわけじゃない。

 ただ、現実の重みが、少しだけ軽くなった。



「助かるわ……そこは、本当にね」



 それは、賛成でも反対でもない。母なりの、受け止め方だった。



 父も、そこで一度だけ深く頷く。



「でも、無理だけは、しないでね」


 反対はしてない。ただ、心配をしている。その微妙な距離感が、今の母の精一杯だった。



「分かってるよ」


 そう答えながら、俺は自分でも、その言葉がどこまで理解して言ったのか分からなかい。


 もう危ない世界じゃない。無茶をする時代でもない……ちゃんとした道が用意されている。


 そう信じる理由は、揃っている。


 父の言葉も、母の書類も、テレビの画面も。


 気づけば、俺の背中を押す理由としては、十分に思えた。



「悠の人生、ここからだな」


 酒に顔を赤らめた父は、冗談みたいな調子でそう言った。


 なのに、その言葉は、不思議と胸に残った。



 不安がないわけじゃない。スキルの内容だって、よく分かっていない。それでも、昼間に鑑定板に浮かんだ文字が、何度も頭に浮かぶ。




 《スキル:夢見》


 意味は分からない。評価も定まっていない。

 それでも、選ばれたという事実だけは、確かにそこにあった。


 今日までの俺は、まだ何も成し遂げてはいない。

 なのに、不思議と胸は軽かった。


 明日が、昨日と、同じじゃない。

 その可能性を、素直に楽しみに思いはじめてた。



 それだけで、その夜は十分だった。




――あの夜のことは、あとになって何度も夢に見た。











 9月のなかば。暦の上では秋、だけど夏はまだ続いていた。


 制服のシャツが、じっとりと背中に貼りつく。

 エアコンの効いていない廊下を歩くと、少し歩いただけで、背中にうっすら汗を感じた。

 

 職員室の前で俺は一度だけ足を止める。呼ばれる理由に、心当たりがないわけじゃない。


 小さく息を吐いて、ドアを開けた。



「失礼します。田所先生、お呼びでしょうか?」



 田所先生は、こちらに気づくと小さく手を挙げた。

 席に着いたまま、少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。


「ああ、夕城ごくろうさん。これの件だ『夢日記』」


 そう言って机の上の一冊を指先で示し、こちらに手招いた。


 先生はノートを開き、淡々とページをめくる。

 俺はその手元を見ながら、書かれている内容をひとつひとつ思い出していた。


 そこに書かれていることは、俺自身が一番よく知っている。



『異世界の戦場』名もなき死が積み重なる場所。


『剣と魔法の世界』理屈よりも力が優先される世界。


『滅びかけた王国』誰も救われない終章。


『時代劇のような街』時間に取り残された様な風景。


『近未来都市』管理された希望と、自由。



 ほかにも、この三年間。何度も繰り返し見た、たくさんの『夢』の断片たち。




「繰り返しになるが……」


 先生が、顔を上げる。


「これは全部、夢か?」


「はい」


 即答だった。

 迷う理由はない。


「作り話じゃないな?」


「違います。見たままを書いてます」



 先生はノートを閉じると、軽く息をついた。


 そして机の脇に置いてあった書類に、視線を移す。


 ペン先で軽く紙を叩く。



「『夢見』というスキル。当初はな、未来視や予知に近いものを想定していた。……これも繰り返しだな」



 先生は少し苦笑いを浮かべると、言葉を選ぶように、ゆっくり続けた。



「災害の兆候、ダンジョンブレイクの予兆、あるいは未踏階層の情報。そういったダンジョンに関わる“予言的な要素”が含まれる可能性が高いのでは?」


 だが、と前置きしてから、先生はページを閉じた。


 「今のところ、その傾向はまったく見られないな」


 否定でも断定でもない。

 ただの事実確認。


「書かれているのは、どれもフィクション性の高い内容だ。夢の範囲を出ていない。いや、実際のところ、よくできている物語ではある……はは、夕城はこれで食っていけるんじゃないか。いや、すまんな」


 先生はそこで一度、言葉を切った。

 軽口にしかけたのを、思い直したようだった。


 俺は、何も言えなかった。


 「とはいえ、判断するにはまだ早い。夢というもの自体が不安定だ。スキルの発現から時間が経って、ようやく輪郭が見えてくるケースも、ままある」


 その口調は、あくまで指導だった。

 見放すでも、期待を煽るでもない。


 「引き続き、夢日記は続けなさい。見た内容は細部まで書く。起きた時間、感覚、印象。すべて記録すること」


 「……はい」


 そう答えるしかなかった。


 職員室を出ると、廊下の窓から空が見えた。

 雲ひとつない、やけに高い青。


 夏は、まだそこに残っていた。




 教室に戻ると、誰かが楽しそうに探索の話をしていた。

 レベルが上がっただの、新しい技が使えるようになっただの……そんな輪に、いつしか自然と入れなくなっている自分に気づく。


 まだ俺はみんなから「落ちこぼれた」わけじゃない。

 ただ、期待の中心から、ほんの少しだけ外れただけ。


 でも……


――まだ、わからない。


 そう言われ続ける時間が、いちばん長く、いちばん静かに、人を削るのだと……



 その頃の俺は、まだ知らなかった。

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