夢見るゴミスキル(上)
「やべー、これ受かったら俺、人生勝ち組じゃね?」
「ぎゃはは、お前には絶対無理だって、だって負け顔だもん」
「ふっ。とうとう秘められし力に覚醒するときがきたようだ」
「厨二乙w」
ほうぼうで、誰かがふざけて声を上げていた。
笑い声が起きては、すぐに別の誰かがそれをかき消す。
まるで緊張を誤魔化すみたいに、やたらと声が大きい。
そのやりとりを、俺は少し離れたところから見ていた。
ここは中学校の体育館のはずなのに、スーツ姿、腕章、首から下げた職員証。
朝からずっと、知らない大人たちのたくさんの視線が行き交っている。
今日、ここは“東京第二探索者高等専門学校・第一次スキル鑑定会場”と呼ばれていた。
うん長い。だけども『探索者高等専門学校』その名を知らない生徒はいない。
ダンジョンが当たり前に存在するこの世界で、そこは特別な意味を持つ進学先の一つ。
夢見がちな子供なら、誰だって一度は憧れる。そんな場所だ。
『探索者』
危険なダンジョンに挑み、派手な活躍をする彼、彼女らを、ネットやテレビ、メディアで目にしない日はない。
ときに彼らの一部は、英雄のように扱われる。
テレビ番組では特集が組まれ、ネットでは名前がトレンドに並ぶ。
タレントやスポーツ選手よりも、その顔や名前を知っている人はずっと多い。
ダンジョンという現実の脅威と向き合い、それを乗り越えて戻ってくる存在。
だから“探索者”は、憧れの対象であり、この世界にとっての“希望”のような存在だった。
そして、そんな探索者を専門的に養成する『探索者高等専門学校』は進学先として、探索者の登竜門としても、最も狭き門とされていた。
そこに入ることができれば、将来を約束されるかも知れない、超エリートコース、そんな探専の入口に立つための条件は、たったひとつ。
『スキル』を持っているかどうか?
それだけだった。
「山崎 恒一」
「はい!」
順番に名前を呼ばれ、生徒たちは前へ進む。
自分の番が近づくにつれて、周囲の音が遠くなる。
誰かが笑った気がした。誰かが泣いてる気もした。
結果が出た生徒は、職員に呼ばれて別室へと案内されるらしい。
だが、この時点では、まだ誰も動いていなかった。
「……夕城 悠」
「はい」
呼ばれて、前に出る。鑑定板の前に立ち手を置く。ただそれだけの簡単な作業なのに、やけに喉が渇いた。
鑑定板は、ダンジョン由来の出土品だ。
触れた人間のスキルと基礎的なステータスを読み取り表示する。探索者の世界ではごくありふれた道具で、特別に貴重というわけでもない。
だけども、その板に触れる手が、震えるような気がする。
子供ながらに、まるで人生を決める儀式のように思えた。
喉をならして触れる。
思ったよりも冷たい。
手を置いて数秒、全体に淡い光が走った。
板の表面に、文字が浮かび上がってゆく。
筋力や敏捷といった聞き慣れた項目と、高いのか低いのか、よくわからない数字が並んでいた。
そして、その下に、こう表記されていた。
《スキル:夢見》
職員たちの動きが止まった。
視線が集まり、互いに顔を見合わせる。
小声で短いやりとりが交わされている。
その表情には期待と、なぜか戸惑いが入り混じっていた。
それに気づいた誰かが、ざわりと息を飲んだ。
やがて、その気配が周囲へと、少しずつ広がっていった。
『夢見』
知らないスキルだった。
戦闘系でも、魔法系でも、生産系でもなさそう。文字の意味から想像はつかない。
でも、そういうスキルもあるって、ネットの記事で、ちらっと見た覚えがあった。
「特殊系か?……珍しいな」
そう、分類不能。特殊系って言われてるらしい。
別の職員が鑑定板を覗き込んで、無言のまま、小さく頷いた。
「――こちらへ」
俺は職員に促されるまま、体育館の端へと歩き出す。
視線が集まる気がしたが、振り返る余裕はなかった。
廊下に出て、空いている教室へ通される。
机と椅子が規則的に並ぶ、見慣れたはずの場所。
なのに、足が少し地面から浮いているみたいだった。
胸の奥がふわふわして、足元が覚束ない。
良いのか、悪いのか、それすらも、わからない。
ただ一つだけはっきりと言える、そんな感覚がある。
『選ばれたんだ、俺は』
窓から差し込む昼の光が、強く教室を照らしていた。
そのはずなのに、景色の色はどこか薄く感じられた。
現実のはずの場所が、少しだけ遠くにあるみたい……
まるで夢の中にいるようだった。
世界にダンジョンが出現してから、すでに二十年近くが経っていた。
最初の頃は、未曽有の混乱があった。
その経緯は教育機関や報道、各種記録を通して広く共有されている。
世界中のあちこちに、“穴”が開いた。
地下へ続く縦穴だったり、建物の中の壁に口を開けていたりした。
時も場所も選ばず、なんの法則性もなく、突然だった。
そして、その中はどこまで続いているのかわからないほど広く、まるで物理性を無視したかのような空間が広がっていた。
人が足を踏み入れたことで、その異常はよりはっきりした。
内部の環境は、地球上のどの自然環境とも一致しなかった、からだ。
気圧や温度や湿度は一定せず、階層を移動するだけで数値が大きく変動する。
重力の方向すら曖昧になる空間もあり、上下の感覚を失ったという報告も残されている。
そして、その内部には人の知らない生態系があり、未知の生物がうごめいていた。
それらは映画や小説になぞらえて、穴とその中の空間をまとめて『ダンジョン』。中にいる存在は『モンスター』と便宜上、そう呼ばようになった。
各国は最初、軍や研究機関を投入した。
ダンジョン内部で何が起きているのかを、把握する必要があったからだ。
だが、探索は思うように進まなかった。
重火器が、ほとんど効果を示さなかったからだ。
銃も爆弾も、すべての武器はモンスターの身体をすり抜けるように通り過ぎてしまう。
まるで、そこに実体が存在しないかのようだった。
理由は分からなかった。
確かに目の前に存在している。
動き、襲いかかり、人を傷つける。
だが、こちらからの攻撃だけが成立しない。
モンスターは、人とは違う次元に存在している。
当時は、そのように定義づけるほかないと考えられていた。
科学的に説明する手段は、存在しなかった。
なにより厄介なのは、それらが一方的な存在ではなかったことだ。
こちらからの銃撃等は通らないのに、相手からの接触や攻撃は成立する。
その理不尽さから、多くの死傷者を生む結果となった。
ただし、それは完全に攻撃が通らない、という意味ではなかった。
人の身体を介した接触。
素手やナイフ、警棒のような近接武器であれば、なぜか攻撃出来ることが報告されたのだ。
結果として現場では、まるで、ファンタジー小説のような戦いを強いられることとなった。
そうしたこともあり、探索は遅々として進まなかった。
また、討伐されたモンスター達は死骸を残さなかった。
倒された瞬間、その身体は崩れるように消えてしまう。そして、その場には正体不明の物体が残された。
それらの現象は不可解すぎて、まるでRPGの仕組みを現実に持ち込んだかのようだった。
ダンジョン内部にある岩壁や地面も、一見すると自然物に見える。
だが、既存の鉱物組成とは、まるで一致しない性質を示しており、加工や分析を試みても、一定の結果を得ることはできなかった。
もはや物質と呼ぶには、どこか曖昧な存在だった。
ダンジョンは空間そのものが、外界と異なる法則で成立している。
初期の観測段階ではもう、そう考える他なかった。
そして、状況を改善するための、これといった打開策は見つからないまま、場当たり的な試行錯誤は繰り返された……が、決定的な成果にはつながらなかった。
探索の現場では被害が相次ぎ、死傷者だけが積み重なっていった。
こうした事態を受けて、探索は次第に縮小されていった。
その結果として、まず選ばれたのが、ダンジョンの周囲を包囲し、封鎖するという方針だった。
モンスターによる被害を防ぐための、現場レベルでの暫定的な対応だった。
そうして各国は、一時的にダンジョン内部への、無理な進行を控える判断を下すこととなる。
それは、相次ぐ死傷者の発生と、探索そのものに対する、世論の反発を受けての判断だった。
後年の分析では、人命を優先したこの選択は、当時として不可避であったと評価されている。
しかしこの判断は、結果として最悪の事態を招くこととなった。




