おやすみ
結婚式前日。
アリーシャは殺風景な己の部屋を眺めていた。
荷物はほとんどまとめてしまったので、ここには必要最低限のものしかない。
生まれてからずっと住んでいた部屋も、ものがなくなるとまるで自分の部屋ではないように思えてくる。
この部屋とも今日で最後だ。
明日には結婚式を終え、アリーシャは公爵家に行くのだから。
「――ふぅ」
感傷に浸ってため息をついた時だ。
「ねえさま……」
「ラルフ!」
アリーシャの部屋にラルフがやってきた。
もう眠いであろうに瞼を擦りながら近づいてきたラルフは、そのままアリーシャの足元にギュッと抱きついてくる。
「――ラルフ……」
そうだ。
今日を過ぎればラルフともお別れなのだ。
もちろん帰ってくれば会えるけれど、今までのように毎日一緒にはいられない。
それがとても寂しくて、アリーシャはラルフを抱き上げた。
「今日は一緒に寝ようか?」
「……はい」
ぎゅっとアリーシャの服を掴むラルフ。
彼もまた別れを寂しがってくれていたら嬉しいなと、ベッドへと腰を下ろした。
「明日は楽しみにしててね? ラルフの最高の衣装を準備したから!」
「……はい」
「…………」
やはり声に元気がない。
それにアリーシャのほうを見ようともしないのだ。
これはさすがに別れを悲しんでくれているのだと、自惚れてもいいかもしれない。
アリーシャは静かなラルフの頭を撫でる。
「永遠に会えないわけじゃないわ。時々帰ってくるもの」
「……はい、わかってます」
だが寂しくないわけじゃない。
だからこそアリーシャもラルフを撫でる手を止めることができないのだ。
とはいえ、こればかりはどうすることもできない。
なんと言って慰めようか悩んでいると、ラルフがゆっくりと口を開いた。
「……ねえさま? あしたはねえさまにとっていろんないみで特別な日になるかと思いますが、どうか忘れないでください」
ラルフはそういうと顔を上げ、その青々とした瞳にアリーシャを写す。
「僕は姉様の味方です。それに……姉様を愛しています。だから明日、なにがあっても信じてください」
どういう意味だろうか?
ラルフがなにを言いたいのか、その全てを理解することはできないだろう。
ただあまりにも真剣な瞳に、気づいた時には頷いていた。
「……大丈夫よ。わかってるから。……それにそれは私も同じ。たとえ離れていても、私はラルフの味方よ」
「……はい、知ってます。ねえさまはいつも、ぼくのみかたです」
ラルフはそれだけいうと安心したのか、アリーシャの膝上で肩の力を抜いた。
きっと明日の別れを想像して、物悲しい気持ちに駆られたのだろう。
だからあんなことを言ったのだろうなと、アリーシャはラルフを抱きしめたままゆっくりとベッドへ寝転んだ。
「明日ね、ラルフのお嫁さん候補のお嬢さんを呼んだのよ」
「――え」
実はラルフの婚約者候補選びは大変苦戦した。
最初の三人があまりにもよすぎたのだ。
なんとか新しい人を探し出そうと努力したが難しく、致し方ないとあの三人を結婚式に招待した。
結局最後に見るべきはラルフとの相性だ。
そこを決めるのはアリーシャじゃない。
確かに母親が強すぎたり、わがまますぎたり、兄が最悪を極めた性格をしていたとしても、最後に決めるのはラルフである。
だからこそ明日、ラルフに会ってもらおうと思うのだ。
「大丈夫。とっても素敵なお嬢さんたちばかりだから」
「……まだやってたんですね、それ」
「もちろんよ! 私がずっとそばにいられないからこそ、ラルフを支えてくれる人を見つけなきゃ……!」
そう意気込むアリーシャのそばで、ラルフは大きなため息をついた。
「まあ、会うことはないからいいか……」
「ん? なにか言った?」
「いえ、なんでもないです」
軽く頭を振ったラルフは、いそいそとベッドの中央へと向かうとシーツの中へと潜り込んだ。
「あしたはたのしみですね」
「――そうね。とっても」
ラルフの隣に寝転びながら、彼のお腹あたりを優しくトントンと叩く。
昼寝する時よくやってあげることだけれど、ラルフはこれをするとすぐ寝てしまうのだ。
案の定あっという間に目がとろんとしはじめて、眠りに誘われようとしている。
「ラルフも絶対に幸せな結婚ができるからね? 私に任せて!」
「……しあわせな、けっこん……?」
アリーシャの話している内容を理解しているのかいないのか。
ラルフは瞼を閉じては開け、閉じては開けを繰り返し、口をむにむにと動かした。
「ぼくは……ねえさまとけっこんするので……しあわせですよ……」
「ええ? ――そうね、姉様と結婚するんだもんね?」
寝ぼけているのだろう。
なんて可愛い寝言なのだと聞いていると、ラルフはそのまま話を続けた。
「そうです。……あした、けっこんします……」
どうやらラルフの中では自分と結婚することになっているらしい。
アリーシャはうんうんと頷きながら、ラルフが眠るその瞬間まで彼を見守り続けた。
この時間も、今日で最後なのだから。
「――おやすみ、ラルフ」
「……おやすみ、なさい……」




