夢見た景色
義母から聞きつけたのだろう、ブランが伯爵気家にやってきた。
両親とラルフは気を遣ってくれたのか、部屋に二人きりにしてくれた。
「――ごめんね。俺がそばにいれば……守れたのに」
そういうブランの表情はつらそうだ。
ソファに座るアリーシャの前に膝をつき、包帯の巻かれた手を優しく持ち上げる。
「ブランのせいじゃないわ。それより……私のほうこそごめんなさい。マフラー守れなくて」
「それこそアリーシャのせいじゃないよ。それに君は守ろうとしてくれた……。でももう二度としないで。アリーシャが傷つくほうが、ずっとつらいよ」
苦しそうに目を閉じたブランの顔を見て、アリーシャは確信を持てた。
こんなにアリーシャを心配してくれるブランが、嘘をついているわけがない。
きっと話せなかったり、アリーシャに見せられない訳があるのだ。
だから今のアリーシャにできることは一つ。
ただ彼を信じて待つのみだ。
「ごめんなさい。もうしないって約束するから……」
「……うん。ありがとう」
ブランはそれだけいうとアリーシャの隣へと腰を下ろした。
「それで……ご両親から聞いたかな? ……結婚の話」
「――」
思わず黙り込んでしまった。
その話がブランにとって負担にならなければいいのだが、どうだろうかと様子を見る。
すると彼もまたアリーシャの様子を伺っており、目があった二人はどちらからともなく笑う。
「聞きました。……その、迷惑ではないですか?」
「まさか! 俺としては願ったりというか……本当に嬉しいと思う。でもアリーシャはどう? もう少しお互いを知ってからのほうが、とかあるなら……」
こんな時ですらアリーシャの心配をしてくれるなんてと、ブランの優しさを再確認する。
もちろん彼の言うとおり、もう少し彼のことを知りたいと思いはした。
けれどこの思いはきっと、いつまでたっても変わらないだろう。
不安が消え去ることはない。
だって結婚なんて、人生においてそうなんどもない大きなイベントの一つだろう。
それを決めなくてはならないなんて、相当な覚悟が必要になる。
だからこそ、時にその決断は大胆に、そして勢いをもってしたほうがいいこともある。
慎重に慎重を重ねる性格であるアリーシャならば、それはなおさらだろう。
どうせいつまでもうじうじ悩むくらいなら、いっそ当たって砕ければいいのだ。
いや、砕けたくはないが……。
「――もし、ブランがよければ……。私と結婚してください」
とはいえ緊張しないわけがなく、アリーシャの心臓はお祭り状態だった。
鼓動が耳の奥でしているのではと思うほどの大きさで鳴られて、アリーシャは顔が赤くなっていくのがわかる。
大胆なことを言ってしまったとそわそわし出したアリーシャに、ブランはその肩を優しく抱き寄せた。
「ごめん。今のは聞かなかったことにしていいかな」
「――」
時が止まったかと思った。
まさか今の流れで断られるなんて思わず、アリーシャは息すら止めてしばし沈黙する。
そしてその後、まるで壊れたダムのようにボロボロと涙をこぼす。
「い、今ので断るとか……そんなのありですかぁ!?」
「え? あ、違うよ! ごめん! 不安にさせたね!」
ブランは慌ててハンカチを取り出すと、アリーシャの涙を拭う。
それがアリーシャお手製刺繍入りのハンカチだったため、なおさら涙が止まらなかった。
「ど、どういう意味ですか? 私とは結婚できないってことじゃ……」
「違うよ! アリーシャと結婚したい。だからこそ、俺から告白させて欲しかったんだ」
ブランはそう言うと立ち上がり、改めてアリーシャの前に跪いた。
その手に小さな箱を持って。
「――改めて、アリーシャ・マグラウェン。君を生涯をかけて守り、幸せにすると誓います。……だから、俺の隣で笑い続けてください」
ぱかり、と音を立てて小さな箱が開かれる。
中には大きな宝石がついた指輪が入っており、アリーシャはその美しさに感嘆のため息をついた。
「きれい……。七色に光ってる……?」
「特別な石なんだ。君と俺を繋いでくれる、世界で一つだけのものだ」
赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫。
まるで虹のように光り輝く宝石は、この世のものではないような輝きを放っていた。
そんな特別な宝石がついた指輪をアリーシャへ差し出す。
真剣な眼差しをして……。
「――俺と、結婚してください」
この瞬間を夢見る女性は多いのではないだろうか?
それはアリーシャも同じで、小さいころはどんな気分なのだろうかと想像したものだ。
きっと薔薇咲き誇る庭園で、ロマンチックに告白されて、その時は羽が生えたような気分だろうと思っていた。
だが実際はただの部屋だし、アリーシャの顔は涙でボロボロ。
しかも最悪なことに指輪をはめるはずの手は包帯まみれで、そのリングに指を通すこともできない。
夢に見たものとはあまりにも違いすぎた。
――だというのに、こんなにも嬉しいものなのだろうか?
アリーシャはおさまりかけていた涙をまたしても流した。
今度はもっと大胆に、なんども鼻を啜りながら。
けれどどうしてもこれだけは伝えなくてはならないと、差し出された指輪を受けとりながら口を開いた。
「はい……。よろしくお願いします――!」




