善は急げ
ぐすぐすと鼻を鳴らすアリーシャの前には、騒ぎを聞き駆けつけた両親とラルフがいた。
「――やっぱりあの男ネズミにして猫の前に放り出してやりましょう」
「その程度では生ぬるいね。靴にしてくれれば私が一生踏みつけてやるよ」
「あらいいわね!」
両親が怖い。
アリーシャにあったことを聞いてからの両親は顔もこわばっており、言うことがやけに物騒なのだ。
しかも現実的ではないことばかり言うので、もしかしたら相当にキレているのかもしれない。
アリーシャは包帯を巻いた手を振って、両親を宥めようとする。
「お父様、お母様落ち着いて……」
「手を動かしちゃダメよ! 骨が折れてるのよ!?」
「そうだよ! 安静にってお医者さんにも言われただろう!」
「あ、はい。すみません……」
そっと両手を膝の上に置いたアリーシャは、ほんのり痛む手を眺めた。
結局中指と小指の骨が折れていたらしい手は、打撲等もあり包帯でぐるぐる巻きだ。
これでは日常生活もままならぬと落ち込んでいると、そんなアリーシャの手にラルフが優しく触れた。
「ねえさま、いたい……?」
「大丈夫よ。今は痛み止めも効いてるから」
それはつまり痛み止めが切れればなかなかに激痛というわけで……。
眠れるうちに眠っておこうと決めた。
未来に若干の不安を抱いているアリーシャの手を優しく撫でつつ、ラルフはぐっと眉間に皺を寄せる。
「……あの男、五体満足で生きれると思うなよ」
「――? ラルフ? なにか言った?」
「いいえなにも! ……いたいのいたいのとんでけ」
そういってぽいっと遠くへなにかを投げる仕草をするラルフに、アリーシャの胸はきゅんっと大きく跳ねた。
これだけで痛みなんて一瞬でどこかへと消え去った気がする。
「ありがとね。ラルフのおかげで痛くないわ!」
「……はやくなおるといいですね」
「そうね。はやく治してラルフと遊ばないと!」
日常生活を送るためにも、早く治さなくてはならない。
そのためには安静第一である。
「――私の知り合いに怪我がはやく治った人がいるの。その人曰く特別な薬を飲んだらしくて……今度それをもらってくるわね!」
「そ、それは大丈夫なお薬でしょうか……?」
怪我がはやく治る薬なんて、いろいろな意味で大丈夫なのだろうかと不安になる。
合法? と怯えるアリーシャに、義母はグッと親指を上げた。
「簡単な魔法薬よ」
「魔法薬って……かなり高価なんじゃ……?」
魔術師の数が減少している中、魔法薬もまた数が減っていっている。
一般人にはとてもではないが手の届かない品物をアリーシャのためにと用意しようとする義母に、金銭的な面で大事なのかと不安になった。
「大丈夫よー! 骨折の治療薬くらい私が――…………ごほんっ! 知り合いに頼めば簡単にくれるわ!」
「そうなの……? お母様が大変じゃないのなら、お願いしたいです」
早く治るならそれに越したことはないと願い出れば、義母はすぐに頷いた。
「娘のためだもの! 大船に乗ったつもりでいてちょうだい!」
「……ありがとうございます」
血の繋がりはないのに、義母はアリーシャを実の娘のように思ってくれる。
そのことに感謝していると、それを穏やかに見守っていた父が申し訳なさそうに一歩歩み出てきた。
「それで……。あの男はいったいなんのようだったんだい?」
「あ――。それが……」
伝えていいものが悩んでしまった。
両親はブランを信頼しているようで、彼の身元が不審だなんて言って傷つけたりはしないだろうか?
しかしこのまま黙っているわけにもいかず、アリーシャはダニエルに言われたことを話した。
「ふむ、なるほど。……余計なことをしてくれたわけか」
「余計なこと……?」
「そうだろう? 下手な調べかたをしてアリーシャを心配させて、あまつさえ怪我までさせて……。本当にどうしてくれようか」
「靴にするなら言ってね? 全力出すから」
その案まだ続いていたのか。
もしや義母の知り合いに魔術師でもいるのだろうかと考えていると、父が優しくアリーシャの肩を掴んだ。
「安心しなさい。ブランの身元は我々が保証しよう」
「そうよ。国王陛下から公爵の爵位を授かったのも嘘じゃないわ。それだけでも身元は確かでしょう? 国王が認めてるんだもの!」
確かにそれはそうだ。
国が認めた人ならば、ほかの誰よりも確かな身元といえるだろう。
両親の言葉にこくりと頷いたアリーシャに、二人は安堵のため息をこぼす。
「とはいえこうなんどもあの男に騒がれると面倒だねぇ……」
「いっそブランとの結婚を急いだらどう?」
「はえ!? いや、それは……!」
確かに結婚を考えなかったわけではないが、こんなことで急ぐというのはどうなのだろうか?
しかし両親は乗り気なのか、いい案だと頷き合っている。
「ブランならアリーシャをあの馬鹿男の魔の手から、必ず守ってくれるだろう」
「そうよ! それにブランならとっても喜ぶわよ。善は急げね! 手紙出してくるわ!」
アリーシャの静止を無視して突き進む義母は、もう小さな背中しか見えない。
呆然とするアリーシャは、思わぬ形で結婚話が進むことに驚きを隠せないでいた。
「――え、本当に?」




