不信感
「――はぁ? なに言ってるの?」
急にやってきて別れたほうがいいだなんて、なにが言いたいんだとアリーシャは首を傾げた。
「あなたの言うことに私が耳をかすとでも?」
「かさないと後悔するぞ!」
強気のダニエルに、アリーシャはため息をつく。
「あのね。あなたは私を裏切ったの。そんな男の話を聞けと?」
「――あの男のことをちゃんと調べたか?」
「そんなことするわけ……」
「俺は調べた。そうしたらやっぱり、いろいろ変なところが出てきたんだよ」
ダニエルはそう言うとなにやら分厚い書類を取り出して、アリーシャの目の前に突きつけた。
「ウィット公爵って確かに一時期有名だったけど、その前は聞いたこともなかっただろう? 国王陛下から直接陞爵されたって話だけれど、その前の爵位はどれくらいだったか知ってるか?」
言われてみれば確かにそうだ。
ウィットという家名を聞いたことはなく、ブランの家が以前どの爵位だったのかまでは知らない。
「……だとしても、国王陛下から陞爵された事実は間違いないわ」
「それも変だろ。その理由が国に貢献、なんて明確でないなんて。――それに……」
ダニエルは真剣な顔でアリーシャを見つめた。
「そもそもこの国の誰一人として、このことに疑問を抱かなかった。おかしくないか?」
「……それは……そこまでみんは他人に興味がないから」
「最初あんなに追いかけ回してた女たちもか? 調べたやつはいるだろう」
ダニエルはなにが言いたいのだろうか?
確かにそうやって並べられると摩訶不思議なことではあるけれど、だからといってアリーシャにブランを疑えと言うのか。
「彼は誠実な人よ。あなたと違って」
「じゃあ聞くが、公爵家には行ったか? あの男の家はどこにある?」
「――…………」
確かに会うのは外か伯爵家のみで、公爵家には行ったことはない。
「それにあの噂。……ブラン•ウィット公爵がブサイクだなんて話し、どこから湧いてでたんだ?」
「それは――!」
「俺あの男はブラン•ウィットを語る偽物だと思ってる」
アリーシャはついに黙り込んでしまった。
そんなはずがないと思う心と、ダニエルが与えてくる情報に頭がバラバラに動き始める。
「アリーシャ。冷静になれ。今ならまだお前は間違いを犯さずにすむんだ」
アリーシャはダニエルのその言葉に、彼を強く睨みつけていた。
「間違いを犯したのはあなたでしょう!? それがなによ。私のことを思って忠告しにきたって? 馬鹿にしないで!」
「アリーシャ……お前っ」
「ブランはあなたと違って私に嘘なんてついてないわ! 誠実な彼を、あなたの言葉で疑うわけないでしょう!」
もう帰って、と叫ぶアリーシャに、ダニエルは苦虫を潰したような顔をしたあと、その瞳を彼女が持つカゴへと向けた。
「――それ、あいつに渡すために……?」
「え? ……だったらなによ」
「――貸せ!」
「ちょっと!?」
ダニエルはアリーシャからカゴを奪うと、マフラーを地面へと落としなんども踏みつけた。
「お前は、黙って、俺の、言うことを、聞いてれば、いいんだよ――!」
アリーシャはその光景を呆然と眺めた。
なにが起きてるのか脳の処理が追いついてなかったのだ。
ただダニエルによって、ブランへのプレゼントが汚されていっているのだけはわかった。
踏みつけられた白と青のマフラーは、靴底の汚れをつけられ土だらけになっている。
そう思った時、アリーシャは無意識にも飛び出していた。
「――やめてっ!」
「――なっ!」
そんなことをすればどうなるか、冷静に考えたらわかるのに、やはり思考はうまく回っていなかったようだ。
アリーシャは踏みつけられるマフラーを庇うよう手を伸ばし、その指はダニエルによって強く踏みつけられた。
鋭い痛いが指先を襲ったが、アリーシャは意地でマフラーを掴むと庇うように胸元で抱きしめた。
「――出て行って! 今すぐに!」
「……あ、アリーシャ。怪我は……」
「今すぐ出ていかないと人を呼ぶわよ!?」
これ以上の騒ぎを起こしたくないのだろう。
ダニエルは気まずそうにアリーシャの砂だらけの手を見たあと、おずおずと踵を返す。
だがまだ言いたいことがあるのだろう。
彼は最後にも振り返った。
「――俺は必ずあいつの正体を暴いてみせるからな」
そう言い捨てて去っていくダニエルの背中が完全に消えてから、アリーシャは止めていた息を吐き出す。
「――はぁ、」
「お嬢様! お手を……!」
慌ててナナリーがアリーシャの手を見るが、その指は青白く腫れていた。
「――なんてひどい……っ! 誰か、医者を!」
ドーパミンが落ち着いたのか、指先からドクドクと痛みが脳へ伝わってきた。
だがアリーシャは自分の指よりもマフラーばかり見つめてしまう。
「……あと少しだったのに」
もう一日でもやれば、ブランに渡せたのに。
そうしたらあの、綻ぶような笑みが見れたというのに……。
「…………ごめんなさい、ブラン」
彼へのプレゼントをこんなふうにしてしまった罪悪感か。
はたまた指の痛みのせいなのか。
わけのわからない深い感情が襲ってきて、気づいたらアリーシャはぽろぽろと涙をこぼしていた。
薄汚れたマフラーを胸に抱いて――。




