ピクニックへ
そして翌朝、アリーシャは想像よりもずっと早くに起こされた。
いや、叩き起こされたと言っても過言ではない。
侍女のナナリーによってカーテンを開けられ、陽の光を浴びざるをおえなくなったアリーシャは、しぶしぶといった様子でベッドから起き上がった。
「…………なに?」
「なに? じゃ、ございません! 今日はうんとおめかししなくてはならない日です! なので早く起きてください!」
なんの話だ? と数秒動きの悪い頭で考えて、すぐに答えを出した。
そうだ、今日は婚約者であるブランとピクニックする約束があったのだ。
「――とはいえ、こんなに朝早くから支度しなくても……」
「なに言ってるんですか!? 勝負はもう始まってるんですよ!」
「勝負……? なんのこと?」
「恋愛とはつまり、どちらがより相手を惚れさせるかにかかってるんです! なのでお嬢様、めいっぱいおめかししましょう!」
よくわからないけれど、ナナリーが異様にやる気満々なことだけはわかった。
瞼をこするアリーシャをベッドから引っぺがすと、ナナリーと数名の侍女によってあっという間に身支度がされていく。
その間アリーシャはなす術なく、ただされるがままだった。
「――よし! いいでしょう!」
さすがにそのころには目も覚めはじめ、アリーシャは己の姿を確認した。
寝起きでボサボサだったはずの髪はお団子にされ、周りをぐるりと三つ編みが回る形になっている。
顔もきちんとお化粧がされていて、これならあの見目の良い男の隣にいても、多少はマシかもしれない。
ドレスはピクニックということもあり、動きやすいシンプルな形になっているが、パステルカラーの蝶が刺繍されており、そこがお気に入りの一枚となっている。
姿見の前でくるりと回ったアリーシャは、その出来にうんと頷いてみせた。
「さすがナナリー。素晴らしい出来だわ。これなら彼の隣にいても恥ずかしくないわね」
「とっても素敵ですよ! 料理長も腕によりをかけてお食事を作ってます。美味しいケーキもあるそうですよ!」
「――ケーキ……」
パーティーに向けてダイエットしていたため、ケーキなどの甘いものはしばらく食べていない。
あの魅惑的な味を思い出して口をむにむにさせていると、片付けをしていたナナリーがなにかを思い出したのか手を叩いた。
「そうだ! 旦那様と奥様はひと足先にショッピングに向かわれましたよ。ラルフ様もご一緒です」
「え!? ラルフ体大丈夫なの?」
昨日は寝る瞬間まで顔を赤くしていたというのに。
心配するアリーシャに、ナナリーは笑ってみせた。
「お医者様からもう大丈夫だと言われたと奥様が。昨日パーティーに出れずおかわいそうなので、今日は外出に連れて行って差し上げるそうです」
「……そう」
確かにパーティーに出れずかわいそうだったので、両親の提案にはあのラルフも喜んだことだろう。
そういうことならいいかと納得した時だ。
侍女の一人がアリーシャを呼びにきた。
「お客様がお待ちです」
「――」
「きましたね! お嬢様、頑張ってください!」
「う、うん……」
ブランを思い出して思わず顔が赤くなってしまった。
汗をかかないように手で扇ぎつつ、アリーシャはゆったりとした足取りで庭園へと向かう。
本当に来てくれたのだという喜びと、また顔を合わせるのだという緊張が入り混じった、わけのわからない感情が心を支配した。
息切れと動悸がすごい。
アリーシャが胸を押さえながらなんとか庭園へと向かえば、そこには侍女に案内されたのだろう、ブランがいた。
「――アリーシャ。おはよう」
「――っ、眩しい……」
ブランの微笑みが眩しくて、アリーシャは朝の日差しを浴びた時のように目を細めた。
時間が経ってちょっとだけ薄れていたが、やはりブランは神の化身かなにかなんだ。
そうじゃなければこんな美しい人間が、ここにいていいわけがない。
「大丈夫? 今日は天気がいいから……ひとまず木陰にいこうか?」
「――いえ、大丈夫です。おはようございます」
眩しいのはあなただと言いたいが言えなかった。
なんのことだと思われるだけだろう。
アリーシャはひとまずピクニックの場所まで向かおうと、ブランを案内した。
「…………」
隣を歩く彼をチラリと見る。
陽の光の元見る彼もまた、とてもかっこよかった。
キラキラと光る黒い髪に、柘榴のような赤い瞳。
その瞳がアリーシャを捉えると、目尻が下がりほんのり赤く染まるところが本当に素敵だった。
「今日の装い素敵だね。髪型も可愛らしいし、パステルカラーの蝶がとてもお似合いだ」
「――あ、ありがとうございます!」
アリーシャが好ましいと感じているところを、彼もそう思ってくれるなんて……!
褒められたこともたが、好みが似ていることが嬉しくてアリーシャは頰を赤らめつつ語った。
「そうなんです。この髪型も侍女のナナリーがこだわってくれて……! 三つ編みのところがすごく可愛いんです! ドレスの蝶も細かな刺繍で表現されてて、とっても好きなんです!」
と、そこまで早口で語ってハッとした。
ダニエルの時もこうやって早口で語っては、うるさいと怪訝な顔をされたものだ。
しまったと慌てて口を手で覆えば、ブランがそっとその手に触れた。
「素敵だね。もっとお互いのことを話そう。――俺はアリーシャのことを知るために、ここに来たんだから」
「…………う、うるさくない……ですか?」
「アリーシャの声も好きだから、たくさん喋ってくれるの嬉しいよ」
「――」
胸がぽかぽかする。
アリーシャがこくりと頷けば、ブランは嬉しそうにしつつも手を離すことはなかった。
手が繋がったまま、ブランとともに歩き出す。
手が繋がっていることもそうだけれど、まさかあんなことを言ってもらえるなんて思わなかった。
アリーシャはもう一度ちらりとブランを見てから、すぐに視線を逸らす。
「…………」
嬉しくてそっと笑ってしまったことは、ブランには気づかれませんように。




