デートへのお誘い
ピクニックとはいえ、庭園にはガゼボがある。
今日は日差しも強いからと、そこでお茶を楽しむことになった。
アリーシャはふわりと真っ白なテーブルクロスを広げ、その上にスコーンやサンドイッチを飾っていく。
お茶も用意して前に座るブランに差し出せば、彼はテーブルクロスの先を掴んで軽く持ち上げた。
「とっても素敵な刺繍だね。アリーシャが?」
「――あ、はい。……そうです」
テーブルクロスの端には真っ白なウサギが、四葉のクローバーを咥えている刺繍がしてある。
それをしたのはアリーシャだ。
愛だの恋だのに夢を見ていた時、素敵なお嫁さんになりたいと刺繍を頑張って上達した。
その成果ではあったのだが、まさか褒められるとは思わず思わず頰を赤らめてしまう。
「上手だね。こんなに可愛い刺繍、見たことがない」
「お恥ずかしい限りですが」
「恥ずかしがることないよ。素晴らしい才能だ」
そんなに褒められるなんて嬉しいなと、アリーシャは浮かれてしまったのだ。
気づいたらポロッと口から言葉が溢れていた。
「――もしよければ、今度プレゼントしましょうか? ハンカチとか…………あ、いや! すいません。余計なおせっかいを――!」
アリーシャがよくする刺繍は、ウサギや猫といった可愛らしいものばかりだ。
ゆえに過去、ダニエルにプレゼントした時に言われてしまったのだ。
『こんな女々しい刺繍のもの使えるわけないだろう』
と。
あれから父親にすら刺繍のプレゼントはしていなかったのに、褒められたことに浮かれて調子に乗ってしまったのだ。
慌ててなかったことにしようとしたが、ブランはぱあっと表情を明るくした。
「――いいの? ぜひお願いしたいな。ほかにはどんな刺繍が得意なの?」
「…………ね、猫とか得意です、けど」
「いいね。俺も猫好きなんだ。もしアリーシャがよければ、ぜひお願いしたいんだけれどどうだろうか?」
この人は女々しいとか思わないのだろうか?
恥ずかしいとか、そういうふうに思うことはないのかと考えて、またしてもふと気がついた。
アリーシャは無意識にも、ブランとダニエルを比べていなかったか?
ダニエルがこう言ったから、ブランも嫌なのではと比べて判断していなかったか?
そしてそれはあまりにも失礼なことでは……と思い、アリーシャは頭の中のダニエルをポイっとどこかへ放った。
ダニエルという存在がアリーシャの中でトラウマとなっていることはわかっているが、だからといってずっと囚われたいわけではない。
むしろ今すぐにでも忘れたいと、アリーシャは決意した。
己の中からあの男を葬り去ると。
「もちろんです。ハンカチとかでいいですか……?」
「うん。楽しみにしてる」
本当に嬉しそうな顔に、アリーシャのほうまでわくわくしてしまった。
どんな刺繍が好みだろうか、とか、渡した時どんな顔をしてくれるだろうか、とか。
そんなことを考えて楽しくなった。
「――と、とにかくお茶にしましょう!」
「うん」
お茶を共にしてよくわかったのが、二人の好みが似ているということだ。
アリーシャは可愛らしい形のクッキーとか、イチゴを花の形にしたケーキとかそういった、見た目も楽しめるものが好きなのだが、ブランもそういったものに関心があるらしい。
伯爵家の料理をたくさん褒めてくれて、アリーシャはぜひとも彼の言葉を料理長に聞かせたいと思った。
「ホワイトガーデンのケーキもとっても可愛いんですよ。色もカラフルでしかも美味しい!」
「へぇ。あまりカフェとかに行かないから、いい情報を聞いたなぁ」
「紅茶も美味しいんでおすすめです!」
ああ、思い出してしまったら、また食べたくなってくる。
あの目で楽しみ口でも楽しめるという、一石二鳥的な食べ物が最高なのだ。
またナナリーを誘っていこうと心に決めた時、ブランの手がそっと伸びてきてテーブルの上にあるアリーシャの手に重ねられた。
「――もし、よければ……。一緒にいかない? アリーシャのおすすめのものを食べてみたいんだ」
「…………! も、もちろん。……一緒に行きたいです」
それはつまりデートということだろう。
改めてまた会えるなんて……!
と喜ぶアリーシャに、ブラフもまた嬉しそうに笑う。
「明後日なんてどうかな? もしアリーシャの予定が合えばだけれど……」
「明後日なら大丈夫です!」
またナナリーに言っておめかししないと。
今度はカフェに行くのだから、もっとおめかししないと……と考えていると、ブランが紅茶を一口喉に流した。
「――そういえば、弟さんが昨日熱を出してパーティーに出れなかったと聞いたんだが、大丈夫だった?」
「――ラルフですね! もう元気になったみたいで、両親と一緒に買い物に行ってます!」
会ったこともないラルフの心配までしてくれるなんて、と、アリーシャの中でのブランへの好感度が急上昇中だ。
「そう。……義理の弟だと聞いたけれど、関係はどうだい? 正直複雑なところだろう?」
「いいえ全く! 義母も優しくしてくれますし、義弟はとっても可愛いです!」
とはいえ確かに最初から全てを受け入れられていたわけではないと、アリーシャはティーカップを優しく握った。
「私は母を早くに亡くしているので、母親というものがどういうものなのかわからなかったんです。だから最初は接しかたというか甘えかたがわからなくて、困らせてたと思います」
新しい母だと言われて拒否感などはなかったが、代わりに接しかたがわからず困ったものだ。
だがそこも込みでアリーシャを救ってくれたのがラルフだった。
「ラルフとは普通に接することができたので、最初はツンケンしてたんですけれど私がこの性格なので……。ラルフに構いまくってるうちに義母とも普通に話せるようになって……」
だからと、アリーシャは力強く拳を握った。
「ラルフは私にとって天使なんです! 好きをとおり越して愛してます! だからこそ彼には幸せになって欲しいと思ってます。私以上に!」
「…………」
またしても語ってしまったとハッとしたアリーシャが慌ててブランを見れば、彼は顔を手で覆い隠していた。
「ど、どうかしましたか……?」
もしや不愉快にしてしまったかと慌てたが、ブランはほんのりと赤く染まる顔で微笑んでみせた。
「いや。素敵な家族愛だなと感心していた」
そんな感じには思えなかったが、ブランがそういうならいいかと納得した。
好きなことを語り尽くそうとする癖はよくないなと、アリーシャは一人反省会をする。
「弟さんは幸せだな。アリーシャのような素敵な姉がいて」
「……そう思ってくれてたら嬉しいです」
「思ってる。――間違いない」
力強く頷いてくれるブランに、アリーシャはなんて優しいのだと感動した。
もちろんラルフの考えていることはわからないが、もし本当にそう思ってくれていたのならなんの悔いもない。
隠居してもその記憶だけで一生暮らしていけるだろうと考えていると、ブランから提案がされた。
「とりあえず明後日は、二時ごろ迎えにくるよ」
「――あ、はい! お願いします」
「……デート、楽しみにしてる」
「ふおお……っ」
やはりまだ慣れないと、アリーシャは顔を赤くした。




