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 腰まで沈んでいきそうな黒革のソファーで、楢崎と向かい合う。入口のドアが開き、先ほどの女性がふたり分のお茶と、A4サイズの封筒を運んできた。

 テーブルに茶を置くと、封筒は楢崎に渡す。楢崎の秘書的な立場の人かと思ったが、秘書にしては眼にも動作にもなんの感情も感じられない。私は軽く頭を下げたが、顔を上げた時には立ち去っていた。

 楢崎は封筒から書類を取り出すと、低いバリトンボイスで呟くように読みはじめた。

 「立花義彦、1982年4月7日生まれ、20歳…」

 楢崎は淡々と読み上げる。私の現住所・両親の名前・出身校と現在所属している会社名・所持資格・最後には私の性格や行動の特徴、また今まで起こした喧嘩沙汰や揉め事の類の詳細まで、恐ろしいほどの情報量だった。昨日の早朝に初めて会った男に、今日ここまで把握されているとは。

 楢崎はひと通り読み終わると、顔を上げ私の目を見据えた。

 「…相手が君だから単刀直入に言おう。君には『殺人及び死体処理請負人』になってもらう。…簡単に言えばプロの殺し屋ということだ」

 楢崎は事も無げにそういうと、テーブル上に腕を組んで顎を載せた。依然として目は離さない。

 私は呆気にとられて言葉を失う、言われた内容があまりにも非現実的で、しかも『…なってもらう』という断定的な言い方だったからだ。『この男は本気で言ってるのか、また断ることはできるのか…』

 黙っている私の腹の中を見透かしたように、唇を曲げて楢崎は続けた。

 「これは冗談話ではない。私は様々な分野に会社を持っていてね、規模として大きいとこや小さいとこ、業界として安全な分野もあればかなり危険な分野もある。まあ本当に様々でね。…そうなると否が応でも政財界ともつきあわなくてはならなくなる。…そうした経済活動をしていると、どうしても綺麗ごとでは解決しない問題も出てくるんだよ」

 楢崎はテーブルの上の茶を啜った、やけに年寄りくさい動作に思えた。

 「…慶城湖、あれの権利を町から移したのは、あそこもそういった場所として使っているからでね。…あそこはかなりの水深がある。だから湖底には何体か沈んでいるんだよ」

 とんでもない話をなんでもないことのように話す楢崎の目を見て、私の背筋に悪寒が走った。

 「そういった経緯があってたまたま慶城湖に調査に行ったら、偶然にも君の殺害行為を見てしまってね。…正直に言わせてもらうと、君の殺しは完璧だった。時間の無駄もないし動きも素早い、なにより殺すことになんの躊躇もなかった。私は偶然にも最高の逸材を見つけてしまったようだ」

 私は空調の効いた涼しいはずの部屋で、脂汗をじっくりとかいている。やはりこの男は爬虫類のようだ、そして私は睨まれた両生類の蛙のようだ。

 「君には近日中に東京に出てきてもらう。君の両親にも現在の会社にも、納得してもらえるように段取りするスタッフがいるからなにも心配はない。それから君の住居は23区内になるが、物件はいくらでもあるから好きな場所を選べばよい。それから表向きの職業に就いてもらわなければならないが、なにか希望はあるかね」

 楢崎は畳みかけるように話すと一度立ち上がり、自分のデスクへ行くと書類を持ってきた。数え切れないほどの企業名が並んだリストを渡された。楢崎がオーナーの会社だろう。

 細かい字が並んだ企業リストを見ても、私はピンと来ない。なによりすべての話が唐突過ぎて、かつ有無を言わさぬ一択の状況に、頭も心も追いついていない。これも楢崎のやり方なのだろう。

 「そしてこれから言うことは我々にとって一番大事なことだ」

 楢崎の眼がすっと暗くなる。

 「私以外にこれまでのことを口外した場合、またあらゆる媒体に記したり知らせた場合、君にあるのは死だけだ」



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