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「そんな汚いやり方で屈辱を果たそうとした貴様を絶対許さない。…貴様のようなウジ虫は叩き潰すのみだ」
限度を超えた怒りで、凶暴な『気』が私の全身にみなぎる。血も筋肉も即戦状態に達している。
阿修羅ふたたびの形相に変化した私に、椿本は素早く立ち上がると、喚きながら逃げ出した。
玄関へ駆け出そうとした椿本は、自分が投げつけた物につまずいて三和土から土間へ転がり落ちた。近づいてくる私に悲鳴をあげると、転んだ姿勢のまま土間の靴やサンダルを投げつけてきた。
私は飛んでくるものなど構わずに進む。入口間際まで来ると罵っている椿本を見下ろし、三和土に足をかけて胸ぐらをつかむ。
「待て待て!待ってくれ!」
椿本の言うことなど、もう私の耳に入りはしない。そのまま身体を持ち上げると、部屋の中央まで引きずっていく。一度掲げた身体をフローリングに叩きつけた。ぐしゃりと鈍い音を立てる。
顔から落下した椿本は呻きながら手足をくねらせたあと、身をねじるようにしてこちらを向いた。鼻梁が折れた血まみれの顔で哀願の視線を送ってくる。しかし残念ながら、私の中に許容の気持ちは微塵もない。
「天誅」
私は呟くように告げた。言葉の意味がわかったのだろう、絶望の表情を浮かべた椿本は、なおも這って逃げようとした。
襟首をつかんで後ろに引っ倒す、仰向けになった顔面に鋭い蹴りを入れると、ぐるりと白目に変わった。私は椿本の状態など構わずに、容赦ない制裁を次々に加えていく。
刃物や飛び道具で一瞬のうちに死ねるのは、殴り殺されるよりもはるかに楽だろう。死の寸前まで苦しみ続け悔やみ続けても、決して途絶えることのない暴力への恐怖。
その恐怖を椿本に味わわせるために、私は丸腰でやって来たのだ。…革手袋は止まることなく人体を破壊し続け、内臓や骨は修復不可能に粉砕していく。私は産業機械のように無感情なマシンとして淡々と拳を振るう。
最初のうちは聞こえていた叫びや悲鳴もやがて途絶え、気づいた時にはただの物体として床に転がっていた。四肢が不自然に向いた椿本は血まみれの人形と化した。
物音が消えた室内は、竜巻にでも襲われたあとのように散らかっていた。別の部屋に通じる引き戸を開けて、のぞき込む。真っ暗な空間のひんやりした空気が流れ込んできた。
私はそこへ踏み出すと、手探りで蛍光灯の紐を引っぱった。黒々とした板張りの床に、古いタイプの流し台がある。私がかつて訪れた頃のままの台所だった。
部屋の隅に10キロタイプのLPガスボンベがあった、大きめのコンロがオレンジ色のホースでつながっている。煮炊きに使っていたのだろう。
隣に予備用のボンベがふたつある、未使用の物は接続口に赤い封印が付いている。コックをひねるとガスの内圧で封印が飛ぶ、ふたつとも充瓶のようだ。コンロ付きのボンベとふたつの充瓶を、死体のある部屋に運び込んだ。
私はまだ夜が明けていない外に出て坂道を駆け降りると、レンタカーの後部座席のジュラルミンケースを開けた。中から小型の『時限発火装置』と包帯を取り出す。
時限発火装置なるものは、普通の人間が目にするものではない。店頭でもネットでも売られていない。一般人が普通の生活をする場合、まったく必要のない器具だからだ。
私は裂けたデニムシャツの上から包帯を巻いた。痛みはずっと続いていたが、出血量はさほどでもない。
時限発火装置をポケットに入れて、また坂道を戻っていく。途中まで来た時、頭上で枝を揺らすような大きな音がした。咄嗟にマグライトを探したが、ポケットは裂けていた。
素眼で見上げた空に、頭部の大きなフクロウが舞い上がるシルエットが見えた。




