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 ダブルキャブのハイラックスから少し離れた木の下に、レンタカーを停める。

 私は浅めの黒いニット帽をかぶり、薄手の革手袋をはめて車を降りた。グローブボックスの茶封筒はベストの背中ポケットに差し込む。 

 進行方向から見て左側が山で右側は崖になっているが、路肩にガードレールは設置されていない。そういえば荒れ道に入ってから、カーブミラーでさえひとつもなかった。廃村区域の扱いは、隣町も同様だということだ。ポケットからマグライトを取り出す。

 道下の斜面は大半が丈の低い藪で覆われているが、一部は土砂崩れで流されたのか、草も生えていない急な斜面が、かなり下まで続いていた。むき出しの岩が方々に浮いている。

 下から左側を見上げると、雑木林の中の高台にある古屋敷が、黒い影として見える。ここから灯りらしきものは見えない。

 道路から屋敷までは獣道のような坂が伸びていて、20メートルほどの高低差がある。

 私はこの建物を、実は昔から知っていた。周囲10キロ四方に他の民家がなくポツンと佇むこの屋敷は、立花家に嫁ぐ前の、母親の実家だったからだ。

 母親の両親、つまり私の祖父母が健在だった頃、何度か訪れたことがある。私がまだ小さい頃だったが、記憶は残っていた。祖父は養蚕や、近くの山中で炭焼きをしていたらしい。

 のちに高齢になった祖父が亡くなり、独り暮らしを断念した祖母が里に下りたので、長らくの間無人の廃墟同然になっていた。

 落ち葉が積もった坂道を登る、やや蛇行している道のところどころに石が並べられ、平たい面が足掛かりになっていた。

 マグライトはポケットにしまったが、無灯で歩いていると次第に目が慣れてきて、足元の白いタバコの吸い殻も見えるようになった。

 坂を登りきると、屋敷の前庭に出た。坂の終わりが庭の右端なので、敷地と建物が左奥へと続いている。古屋敷の母屋は実家と同じような造りだが、玄関の位置が右寄りというところは違っていた。

 庭の奥の方に、大きな木の樽が置かれていて、その上に塩ビ管が差し掛けてあり、管の先端から樽へと水が流れ落ちていた。

 流しそうめんの竹のように、支柱に固定された塩ビ管は、藪の中から続いているようだ。近くの沢から引いてきて、生活用水として使っているのだろう。

 私が子供の頃の記憶では、祖母が屋敷の裏手の井戸から水を汲んでいた気がする。

 母屋の左奥に土蔵がある。藤松邸のように綺麗に塗られた漆喰や、時代劇に出てくるような豪華な腰巻など設えた大層な蔵ではない。

 土色のままの壁はそこら中ひび割れたり、壁材がごっそりと抜け落ちて、格子状に組んだ竹の芯がむき出しになっているところがある。置き屋根上の瓦も、何枚か脱落しかかっているように見えた。

 その土蔵の前に薪が積んであり、エンジン付きの巻き割り機が無造作に置いてあった。


 私は玄関の前に立つ。磨りガラス入りの大きな引き戸の枠は、経年で乾きに乾いている。横にそこだけ真新しい感じの玄関チャイムが付いていた。

 私はチャイムの大きなボタンを押した。

 

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