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 《現在の慶城湖に戻る》


 「どうだ立花、5000万で手を打とうじゃねえか」

 椿本は欲望でギラついた眼を私に向けると、もう一度言った。

 私はわかっている。こういうハイエナのような輩は、一度でも死肉の餌の美味さを覚えると、何度でも寄ってくる。決して手放すことはない。最後には餌をやった人間に喰らいつき、骨までしゃぶられてしまうのだ。

 椿本は『人探しや探偵業』を自称していたが、おおかたの仕事はこういった、割のいい『強請り稼業』なのだろう。思い返してみると、昔から卑怯なこと平気でやる男だった。

 …15か16の頃、年上の不良数人に椿本が絡まれていたことがあった。私が助けに入り、リーダー格の男をぶちのめすと、翌日から椿本は、その男の家に執拗に無言電話や脅迫文を送りつけて金を要求した、困り果てた家族が椿本の要求に応じ、かなりの金額を払った。椿本はそれを自慢していた。

 私はハンティングベストの背中の、大きなポケットに右手を突っ込む。かつて勇市から奪い、ボート上で勇市を刺し殺したサバイバルナイフの柄に触れた。丁寧に研ぎあげてあるので、切れ味は抜群だ。

 その姿勢のまま一歩踏み出すと、椿本は怖気づいたように退いた。

 「おい、ちょっと待て。…俺が『阿修羅の立花』と話しつけるのに、なんの対策もしねえで来るとでも思ってんのか」

 椿本は一転して、威嚇の眼を向けてきた。

 「俺が時間と銭をかけて作り上げた報告書は、ある人物に預けてある。俺になにかあった場合、すぐに警察に届けるよう手筈は整えてあるんだぜ。…観念して銭を払うんだな」

 どうだと言わんばかりの表情を作り、唇を歪める。あたりはすっかり暗くなり、冷えた風が林間を抜けてきた。

 椿本の計画は、時間と金をかけただけのことはあった。私には対抗策がない。

 「言う通りにしよう」

 私はそう言うと、ナイフを放して背中のポケットから手を抜いた。椿本は緊張が解けたのか、深く息を吐く。

 「よし、決まりだ。こういうことは早い方がいい」

 椿本は身体を真横に向けると、ポケットから携帯電話を出して、通話をはじめる。

 「椿本ですが。例の件、話がまとまりましたんで、明日の早朝に報告書を届けてもらいたいんですよ。ええ、俺の家に。…ああ、その件なら大丈夫ですよ。まあ心配せずに」

 電話を切ると、私の正面に向き直った。ポケットからタバコを出すと、椿本の顔が赤く染まる。

 「聞いての通り、明日には報告書が戻ってくる。お前との取引の時間と場所は、明日あらためて連絡する。お前の電話番号を教えな。…銭をどこに隠してあるのか知らねえが、東京だとしても夜通し走れば、明日には間に合うだろう」

 タバコを煙を私に吹きつけ、嘲るように笑う。

 「いいか、5000万だぞ。忘れんな」

 椿本は私に背中を向けぬよう、後ずさりするように戻っていく。私はその姿が見えなくなるまで、突っ立っていた。

 

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