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 完全に私の負けだった。目の前のリボルバーが本物か偽物か、以前に私は楢崎の放つ尋常ではない『気』に飲まれていた。

 もし本当にモデルガンだと知っていても、銃を構えることはできなかっただろう。

 

 私は中学生あたりから、いわゆる悪道を歩いていた。地元の町での喧嘩はもちろん、わざわざ街まで出向いていき、同世代の不良少年たちとの乱闘騒ぎも茶飯事だった。

 勇市に命じられて、指定された地域へ乗り込んでいくことも多々あった。少年たちであったが、まるで暴力団と変わらないことをやっていた。

 そんな時でも、私はどんな相手にも飲まれることはなかった。乱闘前に多少緊張はあったとしても、常に数秒後を考える余裕があった。

 その余裕は自身の平常心を保つことができ、逆に相手には存分に恐怖感を与えることができる。精神的に相手を窮地に追い込む、そうなったら、ぶちのめすことは案外たやすい。

 強靭な体や身体能力や技はもちろん必要だが、強靭な精神と先を読む力、冷静な判断力はもっと大事なのだ。

 私はいつの間にか、初対面の相手と目を合わすだけで、その潜在能力ポテンシャルが読めるようになっていた。さらに言えば、その時点で事後の最適な『落とし前』のつけ方まで決めていた。そしてそれを翻すことは、絶対に許さない。

 『慣れ』というものは本当に恐ろしい。私は数々の修羅場に慣れ、半殺しにした相手を見下ろすことにも慣れ、残酷な落とし前をつけることにも慣れ、『阿修羅の立花』と恐れられることにも慣れていた。

 だが、目の前の背の高い中年男の、底知れない迫力と不気味さはスケールが別格だった。過去に出会った『百戦錬磨』を自称した手強い相手でさえ、この男に比べると幼児に思えた。


 私はPPKから手を離すと、無意識に両手を挙げていた。ほんの数秒間、互いにそのままの姿勢だった。

 不意に楢崎の全身から殺気が失せると、息を吐きながら構えた両手を下ろす。そして撃鉄ハンマーを指で押さえながらそっと戻した。

 私は手を挙げたまま、その慎重すぎる動作を見ていた。楢崎の右ポケットに収まるのを見ながら、リボルバーは本物だと確信する。

 「君が拳銃を抜きそうだったので威嚇したが、玩具でも効果があったようだね」

 白々しいことを言った時には、楢崎はもう自然体に戻っていた。私はようやく手を降ろした。 

 「ところで君が殺害した男は、もしかすると藤松興産の常務の勇市氏じゃないかね」

 私は楢崎が意外なことを言ったので内心驚いたが、なんの反応も示さなかった。楢崎はそれを肯定と受け取ったようだ。

 「私の別会社の方が、実は商工会議所幹部の勇市氏から甚大な金銭的被害を受けていてね。…そうか、やはり藤松興産のね…」

 楢崎は明るくなりはじめた東の空を眺めるような角度で、しばらく黙っていた。

 「…どうだね、ひとつ取引をしないかね。…これから私がする提案を君が受けてくれるのなら、私は君の起こした行動をすべて見なかったことにする」

 薄茶色のサングラスの下の眼がまた、不気味な色に変わったが、マスクの下の唇はニヤリと歪んだような気がした。


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